『中島敦』の作品一覧

中島 敦(なかじま あつし、1909年(明治42年)5月5日 - 1942年(昭和17年)12月4日)は、日本の小説家。 中島家は代々、日本橋新乗物町(現在の東京都中央区日本橋堀留町)で駕籠を製造販売する商家であった。敦の祖父・中島慶太郎(号を撫山)は家業を嫌い、漢学者・亀田鵬斎の子・稜瀬の門下となり、稜瀬没後は稜瀬の養子・鶯谷に師事した。後に埼玉県南埼玉郡久喜町(現久喜市)に漢学塾「幸魂教舎」を開き、『斗南先生』のモデルとなった伯父・中島端蔵(戸籍謄本上は長男と記載されているが撫山には先妻との間に子があり、実際は撫山の次男)が祖父の漢学塾を受け継いでいた。他に中島竦・中島若之助・中島開蔵・中島比多木などの伯父・叔父がおり、みな漢学を修めて世に出ている。 父・中島田人(撫山の六男。戸籍上は五男)は1889年、文部省教員検定試験の漢学科に合格し、銚子中学校(旧制中学)で漢文の教員をしていた。生母・チよは、旗本の家柄で警察官をしていた岡崎勝太郎の一人娘で、小学校教員も一時していたとされる。
出典:Wikipedia
作品底本初版発行日
悟浄歎異(―沙門悟浄の手記―)李陵・山月記・弟子・名人伝1968(昭和43)年9月10日
狐憑中島敦全集 第一巻1976(昭和51)年3月15日
南島譚(01 幸福)中島敦全集21993(平成5)年3月24日
名人伝中島敦全集 第4巻1967(昭和42)年6月末第3版刊行
名人伝ちくま日本文学全集 中島敦1992(平成4)年7月20日
文字禍ちくま日本文学全集 中島敦1992(平成4)年7月20日
山月記文學界1942(昭和17)年2月
山月記李陵・山月記1969(昭和44)年9月20日、1989(平成元)年6月10日第43刷改版
李陵李陵・山月記・弟子・名人伝1968(昭和43)年9月10日改版
弟子ちくま日本文学全集 中島敦1992(平成4)年7月20日
斗南先生山月記・李陵他九篇1994(平成6)年7月18日
牛人山月記・李陵 他九篇1994(平成6)年7月18日
光と風と夢昭和文学全集 第7巻1989(平成元)年5月1日
悟浄出世李陵・山月記・弟子・名人伝1968(昭和43)年9月10日改版初版
盈虚中島敦全集第一卷1976(昭和51)年3月15日
夾竹桃の家の女花の名随筆8 八月の花1999(平成11)年7月10日
盈虚中島敦全集 21993(平成5)年3月24日
虎狩中島敦全集 11993(平成5)年1月21日
鏡花氏の文章中島敦全集 31993(平成5)年5月24日
かめれおん日記中島敦全集第一巻1976(昭和51)年3月15日
環礁(――ミクロネシヤ巡島記抄――)中島敦全集第一卷1976(昭和51)年3月15日
狼疾記山月記・李陵 他9篇1994(平成6)年7月18日
和歌でない歌中島敦全集第二卷1976(昭和51)年5月25日
南島譚(02 夫婦)中島敦全集 21993(平成5)年3月24日
南島譚(03 雞)中島敦全集 21993(平成5)年3月24日
河馬中島敦全集22001(平成13)年12月20日
環礁(――ミクロネシヤ巡島記抄――)山月記・李陵 他九篇1994(平成6)年7月18日