『上村松園』の作品一覧

上村 松園(うえむら しょうえん、1875年(明治8年)4月23日 - 1949年(昭和24年)8月27日)は、日本画家。本名は上村 津禰(うえむら つね、「禰」は「示」ヘンに「爾」)、常子(つねこ)と名乗っていたこともある。明治の京都下京に生まれ育ち、女性の目を通して「美人画」を描いた。1948年(昭和23年)女性として初めて文化勲章を受章。 子の上村松篁、孫の上村淳之と三代続く日本画家である。 画風 京の伝統風俗 京都市下京区四条通御幸町の葉茶屋「ちきり屋」の次女として生まれ、京の伝統文化に育まれた松園は、明治・大正・昭和を通して生涯、「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」、「真・善・美の極致に達した本格的な美人画」(いずれも松園のことば)を念願として女性を描き続けた。
出典:Wikipedia
作品底本初版発行日
画学校時代日本の名随筆 別巻95 明治1999(平成11)年1月25日
母への追慕日本の名随筆 別巻84 女心1998(平成10)年2月25日
旧作青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
九龍虫青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
砂書きの老人青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
眉の記青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
無題抄青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
友人青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
「汐くみ」の画に就いて青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
朝顔日記の深雪と淀君青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
あのころ(――幼ものがたり――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
作画について青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
三人の師青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
車中有感青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
好きな髷のことなど青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
簡潔の美青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
「草紙洗」を描いて青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
あゝ二十年(やっと御下命画を完成した私のよろこび)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
浮世絵画家の肉筆(――花は霞を透してひとしおの風情があるもの――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
絵だけ青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
幼き頃の想い出青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
女の話・花の話青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
軽女青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
画室談義青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
画道と女性(――喜久子姫御用の「春秋屏風」その他――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
画筆に生きる五十年(――皇太后陛下御下命画に二十一年間の精進をこめて上納――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
絹と紙の話と師弟の間柄の話青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
京のその頃青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
屏風祭青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
雷同性に富む現代女流画家青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
余齢初旅(――中支遊記――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
謡曲と画題青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
謡曲仕舞など(――文展に出品する仕舞図について――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
山の湯の旅(――発甫温泉のおもいで――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
靄の彼方(――現代風俗描写への待望――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
孟母断機青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
迷彩青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
無表情の表情青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
昔のことなど青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
花筐と岩倉村青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
虹と感興青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
楠公夫人青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
帝展の美人画青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
中支遊記青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
双語青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
棲霞軒雑記青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
縮図帖青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
四条通附近青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
座右第一品青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
最初の出品画(――四季美人図――)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
税所敦子孝養図青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
健康と仕事青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
苦楽(ある人の問いに答えて――絵を作る時の作家の心境について私はこう考えています。)青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
京の夏景色青眉抄・青眉抄拾遺1976(昭和51)年11月10日
応挙と其の時代が好き青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
思ひ出青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
写生帖の思ひ出青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
旧い記憶を辿つて青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
舞じたく青眉抄その後1986(昭和61)年1月15日
私の仕事 松篁の仕事青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
わが母を語る青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
明治懐顧青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
昔尊く(二千六百年を迎えて)青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
古い記憶を辿って(山元春挙追悼)青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
芙蓉の花にも似た美しい楊貴妃を青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
冷かされた桃割娘青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
日本画と線青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
土田さんの芸術(土田麦僊追悼)青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
栖鳳先生を憶う青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
随想青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
三味線の胴青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
今日になるまで青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
芸術三昧即信仰(生きることに悶えた四十代)青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
北穂天狗の思い出青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
寛政時代の娘納涼風俗青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
女の顔青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
想い出(絵の道五十年の足跡を顧みて)青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
帯の巾が広すぎる青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
大田垣蓮月尼のこと青帛の仙女1996(平成8)年4月5日
絵筆に描き残す亡びゆく美しさ青帛の仙女1996(平成8)年4月5日