藍色の蟇

森の宝庫の寝間ねま
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の猟人かりうどはやはらかいカンガルウの編靴あみぐつに。


  陶器の鴉

陶器製のあをいからす
なめらかな母韻をつつんでおそひくるあをがらす、
うまれたままの暖かさでお前はよろよろする。
くちばしの大きい、眼のおほきい、わるだくみのありさうな青鴉あをがらす
この日和のしづかさを食べろ。


  しなびた船

海がある、
お前の手のひらの海がある。
いちごの実の汁を吸ひながら、
わたしはよろける。
わたしはお前の手のなかへ捲きこまれる。
逼塞ひつそくした息はおなかの上へ墓標はかじるしをたてようとする。
灰色の謀叛よ、お前の魂を火皿ほざらしんにささげて、
清浄に、安らかに伝道のために死なうではないか。


  黄金の闇

南がふいて
鳩の胸が光りにふるへ、
わたしの頭は醸された酒のやうに黴の花をはねのける。
赤い護謨ごむのやうにおびえる唇が
ちからなげに、けれど親しげに内輪な歩みぶりをほのめかす。
わたしは今、反省と悔悟の闇に
あまくこぼれおちる情趣を抱きしめる。
白い羽根蒲団の上に、
産み月の黄金わうごんの闇は
悩みをふくんでゐる。


  槍の野辺

うす紅い昼の衣裳をきて、お前といふ異国の夢がしとやかにわたしの胸をめぐる。
執拗な陰気な顔をしてる愚かな乳母うば
うつとりと見惚れて、くやしいけれど言葉も出ない。
古い香木のもえる煙のやうにたちのぼる
この紛乱ふんらんした人間の隠遁性と何物をも恐れない暴逆な復讐心とが、
温和な春の日の箱車はこぐるまのなかにれ親しんで
ちやうど麝香猫と褐色の栗鼠りすとのやうにいがみあふ。
をりをりは麗しくきらめく白い歯の争闘に倦怠の世は旋風の壁模様に眺め入る。


  鳥の毛の鞭

尼僧のおとづれてくるやうに思はれて、なんとも言ひやうのない寂しさ いらだたしさに張りもなくだらける。
嫉妬よ、嫉妬よ、
やはらかい濡葉ぬればのしたをこごみがちに迷つて、
鳥の毛の古甕色こがめいろの悲しい鞭にうたれる。
お前はやさしい悩みを生む花嫁、
わたしはお前のつつましやかな姿にほれる。
花嫁よ、けむりのやうにふくらむ花嫁よ、
わたしはお前の手にもたれてゆかう。


  撒水車の小僧たち

お前は撒水車をひく小僧たち、
川ぞひのひろい市街を悠長にかけめぐる。
紅や緑や光のある色はみんなおほひかくされ、
Silenceシイランス廃滅はいめつの水色の色の行者のみがうろつく。
これがわたしの隠しやうもない生活の姿だ。
ああわたしの果てもない寂寥を
街のかなたこなたに撒きちらせ、撒きちらせ。
撒水車の小僧たち、
あはい予言の日和が生れるより先に、
つきせないわたしの寂寥をまきちらせまきちらせ。
海のやうにわきでるわたしの寂寥をまきちらせ。


  羊皮をきた召使

お前は羊皮やうひをきた召使だ。
くさつた思想をもちはこぶおとなしい召使だ。
お前は紅い羊皮をきたつつましい召使だ。
あの ふるい手なれた鎔炉のそばに
お前はいつも生生いきいきした眼で待つてゐる。
ほんたうにお前は気の毒なほど新らしい無智を食べてゐる。
やはらかい羊の皮のきものをきて
すずしい眼で御用をきいてゐる。
すこしはなまけてもいいよ、
すこしはあそんでもいいよ、
夜になつたらお前自身の考をゆるしてやる。
ぬけ羽のことさへわすれた老鳥おいどり
お前のあたまのうへにびつこをひいてゐる。


  のびてゆく不具

わたしはなんにもしらない。
ただぼんやりとすわつてゐる。
さうして、わたしのあたまが香のけむりのくゆるやうにわらわらとみだれてゐる。
あたまはじぶんから
あはうのやうにすべての物音に負かされてゐる。
かびのはえたやうなしめつぽい木霊こだま
はりあひもなくはねかへつてゐる。
のぞみのない不具かたはめが
もうおれひとりといはぬばかりに
あたらしい生活のあとを食ひあらしてゆく。
わたしはかうしてまいにちまいにち、
ふるい灰塚のなかへうもれてゐる。
神さまもみえない、
ふるへながら、のろのろしてゐる死をぬつたり消しぬつたり消ししてゐる。


  やけた鍵

だまつてゐてくれ、
おまへにこんなことをお願ひするのは面目ないんだ。
この焼けてさびた鍵をそつともつてゆき、
うぐひす色のしなやかな紙鑢かみやすりにかけて、
それからおまへの使ひなれた青砥あをとのうへにきずのつかないやうにおいてくれ。
べつに多分のねがひはない。
ね、さうやつてやけあとがきれいになほつたら、
またわたしの手へかへしてくれ、
それのもどるのを専念に待つてゐるのだから。
季節のすすむのがはやいので、
ついそのままにわすれてゐた。
としつきにげたこのちひさなかぎ
またつかひみちがわかるだらう。


  美の遊行者

そのむかし、わたしの心にさわいだ野獣の嵐が、
初夏の日にひややかによみがへつてきた。
すべての空想のあたらしいたねをもとめようとして
南洋のながい髪をたれた女鳥をんなどりのやうに、
いたましいほどに狂ひみだれたそのときの一途いちづの心が
いまもまた、このおだやかな遊惰の日に法服をきた昔の知り人のやうにやつてきた。
なんといふあてもない寂しさだらう。
白磁の皿にもられたこのみのやうに人を魅する冷たい哀愁がながれでる。
わたしはまことに美の遊行者であつた。
苗床のなかにめぐむ憂ひの望みの芽、
わたしのゆくみちには常にかなしい雨がふる。


  秋

ものはものを呼んでよろこび、
さみしい秋の黄色い葉はひろい大様おほやうな胸にねむる。
風もあるし、旅人もあるし、
しづんでゆく若い心はほのかな化粧づかれに遠い国をおもふ。
ちひさな傷のあるわたしの手は
よろけながらに白い狼をおひかける。
ああ 秋よ、
秋はつめたい霧の火をまきちらす。


  つんぼの犬

だまつて聴いてゐる、
あけはなした恐ろしい話を。
むくむくと太古を夢見てる犬よ、
顔をあげて流れさる潮の
はなやかな色にみとれてるのか。
お前の後足のほとりには、いつも
ミモザの花のにほひが漂うてゐる。


  野の羊へ

野をひそひそとあゆんでゆく羊の群よ、
やさしげに湖上の夕月を眺めて
嘆息をもらすのは、
なんといふ瞑合をわたしの心にもつてくるだらう。
紫の角を持つた羊のむれ、
跳ねよ、跳ねよ、
夕月はめぐみをこぼす……
わたし達すてられた魂のうへに。


  威嚇者

わたしの威嚇者がおどろいてゐる梢の上から見おろして、
いまにもその妙に曲つた固い黒い爪で
冥府から来た響の声援によりながら
必勝を期してわたしの魂へついてゐるだらう。
わたしはもう、それを恐れたり、おびえたりする余裕がない。
わたしは朦朧として無限とつらなつてゐるばかりで、
苦痛も慟哭も、哀れな世の不運も、拠りどころない風の苦痛にすぎなくなつた。
わたしは、もう永遠の存在のはしへむすびつけられたのだ。
わたしの生活の盛りは、空気をこえ、
万象をこえ、水色の奥秘へひびく時である。


  憂はわたしを護る

憂はわたしをまもる。
のびやかに此心がをどつてゆくときでも、
また限りない瞑想の朽廃へおちいるときでも、
きつと わたしの憂はわたしの弱い身体からだを中庸の微韻のうちに保つ。
ああ お前よ、鳩の毛並のやうにやさしくふるへる憂よ、
さあ お前の好きな五月がきた。
たんぽぽの実のしろくはじけてとぶ五月がきた。
お前は この光のなかに悲しげにゆあみして
世界のすべてを包む恋を探せ。


  河原の沙のなかから

河原の沙のなかから
夕映の花のなかへ むつくりとした円いものがうかびあがる。
それは貝でもない、また魚でもない、
胴からはなれて生きるわたしの首の幻だ。
わたしの首はたいへん年をとつて
ぶらぶらとらちもない独りあるきがしたいのだらう。
やさしくそれをとりしてやるものもない。
わたしの首は たうとう風に追はれて、月見草のくさむらへまぎれこんだ。


  仮面の上の草

そこをどいてゆけ。
あかい肉色の仮面のうへに生えた雑草は
びよびよとしてあちらのはうへなびいてゐる。
毒鳥のくちばしにほじられ、
髪をながくのばした怪異の托僧は こつねんとして姿をあらはした。
ぐるぐると身をうねらせる忍辱は
黒いながい舌をだして身ぶるひをする。
季節よ、人間よ、
おまへたちは横にたふれろ、
あやしい火はばうばうともえて、わたしの進路にたちふさがる。
そこをどいてゆけ、
わたしは神のしろい手をもとめるのだ。


  香炉の秋

むらがる鳥よ、
むらがるの葉よ、
ふかく、こんとんと冥護めいごの谷底へおちる。
あたまをあげよ、
さやさやとかける秋は いましも伸びてきて、
おとろへた人人のために
をうつやうな香炉をたく。
ああ 凋滅てうめつのまへにさきだつこゑは
無窮の美をおびて境界をこえ、
白い木馬にまたがつてこともなくゆきすぎる。


  創造の草笛

あなたはしづかにわたしのまはりをとりまいてゐる。
わたしが くらい底のない闇につきおとされて、
くるしさにもがくとき、
あなたのひかりがきらきらとかがやく。
わたしの手をひきだしてくれるものは、
あなたの心のながれよりほかにはない。
朝露のやうにすずしい言葉をうむものは、
あなたの身ぶりよりほかにはない。
あなたは、いつもいつもあたらしい創造の草笛である。
水のおもてをかける草笛よ、
また とほくのはうへにげてゆく草笛よ、
しづかにかなしくうたつてくれ。


  球形の鬼

あつまるものをよせあつめ、
ぐわうぐわうと鳴るひとつの箱のなかに、
やうやく眼をあきかけた此世の鬼は
うすいあまかはに包まれたままでわづかにいきをふいてゐる。
香具をもたらしてゆく虚妄の妖艶、
さんさんと鳴る銀と白蝋の燈架のうへのいのちは、
ひとしく手をたたいて消えんことをのぞんでゐる。
みよ、みよ、
世界をおしかくすあかいふくらんだ大足おほあし
夕焼のごとく影をあらはさうとする。
ああ、ちからやみとに満ちた球形きうけいおによ、
その鳴りひびく胎期の長くあれ、長くあれ。


  ふくろふの笛

とびちがふ とびちがふ暗闇くらやみのぬけの手、
その手は丘をひきよせてみだれる。
そしてまた 死の輪飾りを
薔薇のつぼみのやうなお前のやはらかい肩へおくるだらう。
おききなさい、
今も今とて ふくろふの笛は足ずりをして
あをいけむりのなかにうなだれるお前のからだを
とほくへ とほくへと追ひのける。


  くちなし色の車

つらなつてくる車のあとに また車がある。
あをい背旗せばたをたてならべ、
どこへゆくのやら若い人たちがくるではないか、
しやりしやりと鳴るあらつちのうへを
うれひにのべられた小砂利こじやりのうへを
笑顔しながら羽ぶるひをする人たちがゆく。
さうして、くちなし色の車のかずが
河豚ふぐのやうな闇のなかにのまれた。


  春のかなしみ

かなしみよ、
なんともいへない 深いふかい春のかなしみよ、
やせほそつたみきに春はたうとうふうはりした生きもののかなしみをつけた。
のたりのたりした海原のはてしないとほくの方へゆくやうに
ああ このとめどもない悔恨のかなしみよ、
温室のなかに長いもすそをひく草のやうに
かなしみはよわよわしいたより気をなびかしてゐる。
空想の階段にうかぶ鳩の足どりに
かなしみはだんだんに虚無の宮殿にちかよつてゆく。


  輝く城のなかへ

みなとを出る船は黄色い帆をあげて去つた。
くちばしは木の葉の群をささやいて
海の鳥はけむりを焚いてゐる。
磯辺の草は亡霊の影をそだてて、
わきかへるうしほのなかへわたしは身をなげる。
わたしの身にからまる魚のうろこをぬいで、
泥土に輝く城のなかへ。


  銀の足鐶
   ――死人の家をよみて――

囚徒らの足にはまばゆい銀のくさりがついてゐる。
そのくさりのくわんは しづかにけむる如く
呼吸をよび 嘆息をうながし、
力をはらむ鳥のつばさのやうにささやきを起して、
これら 憂愁にとざされた囚徒らのうへに光をなげる。
くらく いんうつに見える囚徒らの日常のくさむらをうごかすものは、
その、感触のなつかしく 強靱なる銀の足鐶あしわである。
死滅のほそいみちに心を向ける これらバラツクのなかの人人は
おそろしい空想家である。
彼等は精彩ある巣をつくり、ひなをつくり、
海をわたつてとびゆく候鳥である。


  ひろがる肉体

わたしのこゑはほら貝のやうにとほくひろがる。
わたしはじぶんの腹をおさへてどしどしとあるくと、
日光は緋のきれのやうにとびちり、
空気はあをい胎壁たいへきの息のやうに泡をわきたたせる。
山や河や丘や野や、すべてひとつのけものとなつてわたしにつきしたがふ。
わたしの足は土となつてひろがり
わたしのからだはにほひとなつてひろがる。
いろいろの法規は屑肉くづにくのやうにわたしのゑさとなる。
かくして、わたしはだんまりのほら貝のうちにかくれる。
つんぼの月、めくらの月、
わたしはまだ滅しつくさなかつた。


  躁忙

ひややかな火のほとりをとぶ虫のやうに
くるくるといらだち、をののき、おびえつつ、さわがしい私よ
野をかける仔牛のおどろき、
あかくもえあがる雲の真下に慟哭をつつんでかける毛なみのうつくしい仔牛のむれ。
はりを産む風は輝く宝石のごとく私をおさへてうごかさない。
底のない、幽谷の闇のあけぼのにめざめて偉大なる茫漠の胞衣えなをむかへる。
つよい海風のやうに烈しい身づくろひした接吻をのぞんでも、
すべて手だてなきものは欺騙者の香餌である。
わたしの躁忙は海の底に
さわがしい太鼓をならしてゐる。


  老人

わたしのそばへきて腰をかけた、
ほそい杖にたよつてそうつと腰をかけた。
老人はわたしの眼をみてゐた。
たつたひとつの光がわたしの背にふるへてゐた。
奇蹟のおそはれのやうに
わらひはじめると、
その口がばかにおほきい。
おだやかな日和ひよりはながれ、
わたしの身がけむりになつてしまふかとおもふと、
老人は白いひげをはやした蟹のやうにみえた。


  白い髯をはやした蟹

おまへはね、しろいひげをはやした蟹だよ、
なりが大きくつて、のさのさとよこばひをする。
幻影をしまつておくうねりまがつた迷宮のきざはしのまへに、
何年といふことなくねころんでゐる。
さまざまな行列や旗じるしがお前のまへをとほつていつたけれど、
そんなものには眼もくれないで、
おまへは自分ひとりの夢をむさぼりくつてゐる。
ふかい哄笑がおまへの全身をひたして、
それがだんだんしづんでゆき、
地軸のひとつのはしにふれたとき、
むらさきの光をはなつ太陽が世界いちめんにひろがつた。
けれどもおまへはおなじやうにふくろふの羽ばたく昼にかくれて、
なまけくさつた手で風琴をひいてゐる。


  みどりの狂人

そらをおしながせ、
みどりの狂人よ。
とどろきわたる※(「女+冒」、第4水準2-5-68)ばうしつのいけすのなかにはねまはるはねのある魚は、
さかさまにつつたちあがつて、
歯をむきだしていがむ。
いけすはばさばさとゆれる、
魚は眼をたたいてとびださうとする。
風と雨との自由をもつ、ながいからだのみどりの狂人よ、
おまへのからだが、むやみとほそくながくのびるのは、
どうしたせゐなのだ。
いや……魚がはねるのがきこえる。
おまへは、ありたけのちからをだして空をおしながしてしまへ。


  よれからむ帆

ひとつは黄色い帆、
ひとつは赤い帆、
もうひとつはあをい帆だ。
その三つの帆はならんで、よれあひながら沖あひさしてすすむ。
それはとほく海のうへをゆくやうであるが、
じつはだんだん空のなかへまきあがつてゆくのだ。
うみ鳥のけたたましいさけびがそのあひだをとぶ。
これらの帆ぬのは、
人間の皮をはいでこしらへたものだから、
どうしても、内側へまきこんできて、
おひての風をぬのいつぱいにはらまないのだ。
よれからむ生皮いきがはの帆布は翕然きふぜんとしてひとつの怪像となる。


  死の行列

こころよく すきとほる死の透明なよそほひをしたものものが
さらりさらり なんのさはるおともなく、
地をひきずるおともなく、
けむりのうへをふ青いぬれ色のたましひのやうに
しめつた唇をのがれのがれゆく。


  名も知らない女へ

名も知らない女よ、
おまへの眼にはやさしい媚がとがつてゐる、
そして その瞳は小魚のやうにはねてゐる、
おまへのやはらかな頬は
ふつくりとして色とにほひの住処すみか
おまへのからだはすんなりとして
手はいきもののやうにうごめく。
名もしらない女よ、
おまへのわけた髪の毛は
うすぐらく、なやましく、
ゆふべの鐘のねのやうにわたしの心にまつはる。
「ねえおつかさん、
あたし足がかつたるくつてしやうがないわ」
わたしはまだそのこゑをおぼえてゐる。
うつくしい うつくしい名もしらない女よ


  黄色い馬

そこからはかげがさし、
ゆふひは帯をといてねころぶ。
かるい羽のやうな耳は風にふるへて、
黄色い毛並けなみの馬は馬銜はみをかんでつながれてゐる。
そして、パンヤのやうにふはふはと舞ひたつ懶惰らんだ
その馬の繋木つなぎとなつてうづくまり、
しきわらのうへによこになれば、
しみでる汗は祈祷のかてとなる。


  朱の揺椅子

岡をのぼる人よ、
野をたどる人よ、
さてはまた、とびらをとぼとぼとたたく人よ
春のひかりがゆれてくるではないか。
わたしたちふたりは
朱と金との揺椅子ゆりいすのうへに身をのせて、
このベエルのやうな氛気ふんきとともに、かろくかろくゆれてみよう、
あの温室にさくふうりんさうのくびのやうに。


  法性のみち

わたしはきものをぬぎ、
じゆばんをぬいで、
りんごの実のやうなはだかになつて、
ひたすらに法性ほふしやうのみちをもとめる。
わたしをわらふあざけりのこゑ、
わたしをわらふそしりのこゑ、
それはみなてる日にむされたうじむしのこゑである。
わたしのからだはほがらかにあけぼのへはしる。
わたしのあるいてゆく路のくさは
ひとつひとつをとめとなり、
手をのべてはわたしの足をだき、
唇をだしてはわたしの膝をなめる。
すずしくさびしい野辺のくさは、
うつくしいをとめとなつて豊麗なからだをわたしのまへにさしのべる。
わたしの青春はけものとなつてもえる。


  金属の耳

わたしの耳は
金糸きんしのぬひはくにいろづいて、
鳩のにこ毛のやうな痛みをおぼえる。
わたしの耳は
うすぐろい妖鬼の足にふみにじられて、
石綿いしわたのやうにかけおちる。
わたしの耳は
祭壇のなかへおひいれられて、
そこに印呪をむすぶ金物かなものの像となつた。
わたしの耳は
水仙の風のなかにたつて、
物の招きにさからつてゐる。


  妬心の花嫁

このこころ、
つばさのはえた、つのの生えたわたしの心は、
かぎりなくも温熱をんねつ胸牆きようしやうをもとめて、
ひたはしりにまよなかの闇をかける。
をんなたちの放埓はうらつはこの右の手のかがみにうつり、
また疾走する吐息のかをりはこの左の手のつるぎをふるはせる。
妖気の美僧はもすそをひいてことばをなげき、
うらうらとして銀鈴の魔をそよがせる。
ことなれる二つの性は大地のみごもりとなつて、
谷間に老樹らうじゆをうみ、
野や丘にはひあるく二尾ふたをの蛇をうむ。


  蛙にのつた死の老爺

灰色の蛙の背中にのつた死が、
まづしいひげをそよがせながら、
そしてわらひながら、
手をさしまねいてやつてくる。
その手は夕暮をとぶ蝙蝠のやうだ。
年をとつた死は
蛙のあゆみののろいのを気にもしないで、
ふはふはとのつかつてゐる。
その蛙は横からみると金色きんいろにかがやいてゐる、
まへからみると二つの眼がとびでて黒くひかつてゐる。
死の顔はしろく、そして水色にすきとほつてゐる。
死の老爺おやぢはこんな風にして、ぐるりぐるりと世界のなかをめぐつてゐる。


  日輪草

そらへのぼつてゆけ、
心のひまはりさうよ、
きんきんと鈴をふりならす階段をのぼつて、
おほぞらの、あをいあをいなかへはひつてゆけ、
わたしのいのちは、そこに芽をふくだらう。
いまのわたしは、くるしいさびしい悪魔のわなにつつまれてゐる。
ひまはり草よ、
正直なひまはり草よ、
鈴のねをたよりにのぼつてゆけ、のぼつてゆけ、
空をまふうをのうろこの鏡は、
やがておまへの姿をうつすだらう。


  ふくらんだ宝玉

ある夕方、一疋のおほきな蝙蝠が、
するどい叫びをだしてかけまはつた。
茶と青磁との空は
大口をあいてののしり、
おもい憎悪をしたたらし、
ふるい樹のうつろのやうに蝙蝠の叫びを抱きかかへた。
わたしは眺めると、
あなたこなたに、ふさふさとした神のしろい髪がたれてゐた。
幻影のやうにふくらんだ宝玉は、
水蛭みづびるのやうにうごめいて、
おたがひの身をすりつけた。
ふくらんだ宝玉はおひおひにわたしの脳をかたちづくつた。


  足をみがく男

わたしは足をみがく男である。
誰のともしれない、しろいやはらかな足をみがいてゐる。
そのなめらかな甲の手ざはりは、
牡丹の花のやうにふつくりとしてゐる。
わたしのみがく桃色のうつくしい足のゆびは、
息のあるやうにうごいて、
わたしのふるへる手は涙をながしてゐる。
もう二度とかへらないわたしの思ひは、
ひばりのごとく、自由に自由にうたつてゐる。
わたしの生の祈りのともしびとなつてもえる見知らぬ足、
さわやかな風のなかに、いつまでもそのままにうごいてをれ。


  むらがる手

空はかたちもなくくもり、
ことわりもないわたしのあたまのうへに、
いかりをおろすやうにあまたの手がむらがりおりる。
街のなかを花とふりそそぐ亡霊のやうに、
ひとしづくの胚珠はいしゆをやしなひそだてて、
ほのかなる小径のをさがし、
もつれもつれる手の愛にわたしのあたまは野火のやうにもえたつ。
しなやかに、しろくすずしく身ぶるひをする手のむれは、
今わたしのあたまのなかの王座をしめて相姦さうかんする。


  怪物

からだは翁草おきなぐさの髪のやうに亜麻色の毛におほはれ、
顔は三月の女鴉をんなからすのやうに憂欝にしづみ、
四つの足ではひながらも
ときどきうすい爪でものをかきむしる。
そのけものは ひくくうめいて寝ころんだ。
曇天の日没は銀のやうにつめたく火花をちらし、
けもののかたちは 黒くおそろしくなつて、
微風とともにかなたへあゆみさつた。


  花をひらく立像

手をあはせていのります。
もののまねきはしづかにおとづれます。
かほもわかりません、
髪のけもわかりません、
いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、
くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。


  めくらの蛙

闇のなかに叫びを追ふものがあります。
それはめくらの蛙です。
ほのぼのとたましひのほころびを縫ふこゑがします。

あたまをあげるものはよるのさかづきです。
くちなし色の肉をる夜のさかづきです。
それはなめらかにうたふ白磁のさかづきです。

蛙の足はびつこです。
蛙のおなかはやせてゐます。
蛙の眼はなみだにきずついてゐます。


  つめたい春の憂欝

にほひ袋をかくしてゐるやうな春の憂欝よ、
なぜそんなに わたしのせなかをたたくのか、
うすむらさきのヒヤシンスのなかにひそむ憂欝よ、
なぜそんなに わたしの胸をかきむしるのか、
ああ、あの好きなともだちはわたしにそむかうとしてゐるではないか、
たんぽぽの穂のやうにみだれてくる春の憂欝よ、
象牙のやうな手でしなをつくるやはらかな春の憂欝よ、
わたしはくびをかしげて、おまへのするままにまかせてゐる。
つめたい春の憂欝よ、
なめらかに芽生えのうへをそよいでは消えてゆく
かなしいかなしいおとづれ。


  ヒヤシンスの唄

ヒヤシンス、ヒヤシンス、
四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、
気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、
さては、なつかしい姉のやうにわたしの心をまもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、
とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、
そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。
たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。
わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、
わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。
波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、
しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。


  母韻の秋

ながれるものはさり、
ひびくものはうつり、
ささやきとねむりとの大きな花たばのほとりに
しろ毛のうさぎのやうにおどおどとうづくまり、
宝石のやうにきらめく眼をみはつて
わたしはかぎりなく大空のとびらをたたく。


  湿気の小馬

かなしいではありませんか。
わたしはなんとしてもなみだがながれます。
あの うすいうすい水色をした角をもつ、
小馬のやさしい背にのつて、
わたしは山しぎのやうにやせたからだをまかせてゐます。
わたしがいつも愛してゐるこの小馬は、
ちやうどわたしの心が、はてしないささめ雪のやうにながれてゆくとき、
どこからともなく、わたしのそばへやつてきます。
かなしみにそだてられた小馬の耳は、
うゐきやう色のつゆにぬれ、
かなしみにつつまれた小馬の足は
やはらかな土壌の肌にねむつてゐる。
さうして、かなしみにさそはれる小馬のたてがみは、
おきなぐさの髪のやうにうかんでゐる。
かるいかるい、枯草のそよぎにも似る小馬のすすみは、
あの、ぱらぱらとうつ Timbaleタンバアル のふしのねにそぞろなみだぐむ。


  森のうへの坊さん

坊さんがきたな、
くさいろのちひさなかごをさげて。
鳥のやうにとんできた。
ほんとに、まるでからすのやうな坊さんだ、
なんかの前じらせをもつてくるやうな、ぞつとする坊さんだ。
わらつてゐるよ。
あのうすいくちびるのさきが、
わたしの心臓へささるやうな気がする。
坊さんはとんでいつた。
をんなのはだかをならべたやうな
ばかにしろくみえる森のうへに、
ひらひらと紙のやうに坊さんはとんでいつた。


  草の葉を追ひかける眼

ふはふはうかんでゐる
くさのはを、
おひかけてゆくわたしのめ。
いつてみれば、そこにはなんにもない。
ひよりのなかにたつてゐるかげろふ。
おてらのかねのまねをする
のろいのろいかざあし。
ああ くらい秋だねえ、
わたしのまぶたに霧がしみてくる。


  きれをくびにまいた死人

ふとつてゐて、
ぢつとつかれたやうにものをみつめてゐる顔、
そのかほもくびのまきものも、
すてられた果実くだもののやうにものうくしづまり、
くさかげろふのやうなうすあをい息にぬれてゐる。
ながれる風はとしをとり、
そのまぼろしは大きな淵にむかへられて、
いつとなくしづんでいつた。
さうして あとには骨だつた黒いりんかくがのこつてゐる。


  手のきずからこぼれる花

手のきずからは
みどりの花がこぼれおちる。
わたしのやはらかな手のすがたは物語をはじめる。
なまけものの風よ、
ものぐさなしのび雨よ、
しばらくのあひだ、
このまつしろなテエブルのまはりにすわつてゐてくれ、
わたしの手のきずからこぼれるみどりの花が、
みんなのひたひに心持よくあたるから。


  年寄の馬

わたしは手でまねいた、
岡のうへにさびしくたつてゐる馬を、
岡のうへにないてゐる年寄の馬を。
けむりのやうにはびこる憂欝、
はりねずみのやうに舞ふ苦悶、
まつかに焼けただれたたましひ、
わたしはむかうの岡のうへから、
やみつかれた年寄の馬をつれてこようとしてゐる。
やさしい老馬よ、
おまへの眼のなかにはあをい水草すゐさうのかげがある。
そこに、まつしろなすきとほる手をさしのべて、
水草のかげをぬすまうとするものがゐる。


  鼻を吹く化粧の魔女

水仙色のそら、
あたらしい智謀と霊魂とをそだてる暮方くれがたの空のなかに、
こころよく水色にもえる眼鏡、
その眼鏡にうつる向うのはうに
豊麗な肉体を持つ化粧の女、
しなやかに ぴよぴよとなくやうな女のからだ、
ほそい にほはしい線のゆらめくたびに、
ぴよぴよとなまめくこゑの鳴くやうなからだ、
ねばねばしたまぼろしと
つめたくひかる放埓とが、
くつきりとからみついて、
あをくしなしなと透明にみえる女のからだ、
ものごしの媚びるにつれて、
ものかげの夜の鳥のやうに、
ぴよぴよと鳴くやうな女のからだ、
やさしいささやきを売る女の眼、
雨のやうに情念をけむらせる女の指、
闇のなかに高い香料をなげちらす女の足の爪、
濃化粧の魔女のはく息は、
ゆるやかに輪をつくつて、
わたしのつかれた眼をなぐさめる。


  あをざめた僧形の薔薇の花

もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、
うつうつとしてあゆみ、
うつうつとしてわらつてゐた
僧形そうぎやうのばらの花、
女の肌にながれる乳色のかげのやうに
うづくまり たたずみ うろうろとして、
とかげの尾のなるひびきにもにて、
おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。
すべてしろいもののなかに
かくれふしてゆく僧形そうぎやうのばらの花、
ただれる憂欝、
くされ とけてながれる悩乱の花束、
美貌の情欲、
くろぐろとけむる叡智えいちの犬、
わたしの両手はくさりにつながれ、
ほそいうめきをたててゐる。
わたしのまへをとほるのは、
うつくしくあをざめた僧形そうぎやうのばらの花、
ひかりもなく つやもなく もくもくとして、
とほりすぎるあをざめたばらの花。
わたしのふたつの手は
くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。


  僧衣の犬

くちぶえのとほざかる森のなかから、
はなすぢのとほつた
ひたひにしわのある犬が
のつそりとあるいてきた。
犬は人間の年寄のやうに眼をしめらせて、
ながい舌をぬるぬるとして物語つた。
この犬は、
その身にゆつくりとしたねずみいろの僧衣そういをつけてゐた。
犬がながい舌をだして話しかけるとき、
ゆるやかな僧衣のすそは閑子鳥かんこどりのはねのやうにぱたぱたした。
あかい あかい 火のやうな空のわらひ顔、
僧衣の犬はひとこゑもほえないで黙つてゐた。


  手の色の相

手の相は暴風雨あらしのきざはしのまへに、
しづかに物語りをはじめる。
赤はうひごと、
黄はよろこびごと、
紫は知らぬ運動の転回、
青は希望のはなれるかたち、
さうして銀と黒との手の色は、
いつはりのない狂気の道すぢを語る。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色のぼやけた手は扉にたつ黄金の王者、
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の予言、
栗色の馬の毛のやうなつやつぽい手は、
あたらしい偽善ぎぜんに耽る人である。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく青銅の鐘のこゑ。


  鈴蘭の香料

みどりのくものなかにすむうをのあしおと、
過去のとびらに名残の接吻ベエゼをするみだれ髪、
うきあがる紫紺しこんのつばさ、
思ひにふける女鳥をんなどりはよろめいた。
まつさをなかぎをひらめかし、
とほくたましひの宿をさそふ女鳥をんなどり
もやもやとしたなやましいおまへの言葉の好ましさ、
しろい月のやうにわたしのからだをとりまくおまへのことば、
霧のこい夏ののけむりのやうに、
つよくつよくからみつくにほひのことばは、
わたしのからだにしなしなとふるへついてゐる。


  香料の墓場

けむりのなかに、
霧のなかに、
うれひをなげすてる香料の墓場、
幻想をはらむ香料の墓場、
その墓場には鳥のばねのやうに亡骸なきがらの言葉がにほつてゐる。
香料の肌のぬくみ、
香料の骨のきしめき、
香料の息のときめき、
香料のうぶ毛のなまめき、
香料の物言ひぶりのあだつぽさ、
香料の身振りのながしめ、
香料の髪のふくらみ、
香料の眼にたまる有情うじやうの涙、
雨のやうにとつぷりと濡れた香料の墓場から、
いろめくさまざまの姿はあらはれ、
すたれゆく生物いきもののほのほはもえたち、
出家した女の移り香をただよはせ、
過去へとびさる小鳥のはねをつらぬく。


  香料の顔寄せ

とびたつヒヤシンスの香料、
おもくしづみゆく白ばらの香料、
うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
よるのやみのなかにたちはだかる月下香テユペルウズの香料、
身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
はなやかな著物をぬぎすてるリラの香料、
泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
年の若さに遍路へんろの旅にたちまよふアマリリスの香料、
友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉シプレの香料、
やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。


  舞ひあがる犬

その鼻をそろへ、
その肩をそろへ、
おうおうとひくいうなりごゑに身をしづませる二ひきの犬。
そのせはしい息をそろへ、
その眼は赤くいちごのやうにふくらみ、
さびしさにおうおうとふるへる二ひきの犬。
沼のぬくみのうちにほころびる水草すゐさうの肌のやうに、
なんといふなめらかさを持つてゐることだらう、
つやつやと月夜のやうにあかるい毛なみよ、
さびしさにくひしばる犬は
おうおうとをののきなきさけんで、
ほの黄色い夕闇ゆふやみのなかをまひあがるのだ。
しろい爪をそろへて、
ふたつの犬はよぢのぼる蔓草つるくさのやうに
ほのきいろい夕闇の無言のなかへまひあがるのだ。
そのくるしみをかはしながら、
さだめない大空のなかへゆくふたつの犬よ、
やせた肩をごらん、
ほそいしつぽをごらん、
おまへたちもやつぱりたえまなく消えてゆくものの仲間だ。
ほのきいろい夕空のなかへ、
ふたつのものはくるしみをかはしながらのぼつてゆく。


  林檎料理

手にとつてみれば
ゆめのやうにきえうせる淡雪あはゆきりんご、
ネルのきものにつつまれた女のはだのやうに
ふうはりともりあがる淡雪りんご、
舌のとけるやうにあまくねばねばとして
嫉妬のたのしい心持にも似た淡雪りんご、
まつしろい皿のうへに
うつくしくもられて泡をふき、
香水のしみこんだ銀のフオークのささるのを待つてゐる。
とびらをたたく風のおとのしめやかな晩、
さみしい秋の
林檎料理のなつかしさよ。


  まるい鳥

をんなはまるい線をゑがいて
みどりのふえをならし、
をんなはまるい線をひいて
とりのはねをとばせる。
をんなはまるい線をふるはせて
あまいにがさをふりこぼす。
をんなは鳥だ、
をんなはまるい鳥だ。
だまつてゐながらも、
しじゆうなきごゑをにほはせる。


  白い狼

白い狼が
わたしの背中でほえてゐる。
白い狼が
わたしの胸で、わたしの腹で、
うをう うをうとほえてゐる。
こえふとつた白い狼が
わたしの腕で、わたしのももで、
ぼう ぼうとほえてゐる。
犬のやうにふとつた白い狼が
真赤な口をあいて、
なやましくほえさけびながら、
わたしのからだぢゆうをうろうろとあるいてゐる。


  盲目の鴉

うすももいろの瑪瑙の香炉から
あやしくみなぎるけむりはたちのぼり、
かすかに迷ふ茶色の蛾は
そこに白い腹をみせてたふれ死ぬ。
秋はかうしてわたしたちの胸のなかへ
おともないとむらひのやうにやつてきた。
しろくわらふ秋のつめたいくもりに、
めくらがらすは枝から枝へ啼いてあるいていつた。
裂かれたやうな眼がしらの鴉よ、
あぢさゐの花のやうにさまざまの雲をうつす鴉の眼よ、
くびられたやうに啼きだすお前のこゑは秋のの葉をさへちぢれさせる。
お前のこゑのなかからは、
まつかなけしの花がとびだしてくる。
うすにごる青磁の皿のうへにもられた兎の肉をきれぎれに噛む心地にて、
お前のこゑはまぼろしの地面に生える雑草である。
羽根をひろげ、爪をかき、くちばしをさぐつて、
枝から枝へあるいてゆくめくら鴉は、
げえを げえを とおほごゑにしぼりないてゐる。
無限につながる闇の宮殿のなかに、
あをじろくほとばしるいなづまのやうに
めくら鴉のなきごゑは げえを げえを げえをとひびいてくる。


  蜘蛛のをどり

あらあらしく野のをかに歩みをはこぶ
ゆふぐれのさびれたたましひのおともないはばたき、
うすぐらいともしびのゆらめくたのしさにも似て、
さそはれる微笑の釣針のうつくしさ。
うちつける壁も扉も窓もなく、
むなしくあを空のふかみの底に身をなげ、
世紀のあをあをとながれるうれひ顔のうへに、
こともなげに、ひそかにも、
うつりゆく香料のたいまつをもやしつづけた。
いつぴきの黄色い大蜘蛛は
手品のやうにするすると糸をたれて、
そのふしぎな心の運命さだめを織る。
ああ、
ゆふぐれの野のはてにひとりつぶやく太陽の
かなしくゆがんだわらひ顔、
黄色い蜘蛛はと織りつづける。
女のやうにべつたりとしたおほきな蜘蛛は、
くたびれるのもしらないで、
足も 手も ぐるぐるする眼も
葉ずれの蘆のやうに、するどくするどくうごいてゐる。


  指頭の妖怪

あをじろむ指のさきから、
小鳥がまひたつてゆく。
ぎらぎらにくもる地面のとこのうへに、
片足でおとろへはてながら、
うづまきながらのしかかつてくる。
まつくろな蛇の腹のやうな太鼓のおとが
ぼろんぼろんとなげくのだ。
わたしのあをじろむ指のさきからにげてゆく月夜の雨、
毛ばだつた秋の果物くだもののやうな
ふといぬめぬめとしたくびをねぢらせ、
なまめく頸をねぢらせ、
秋のこゑをつぶやき、
秋のつめたさをおさへつける。
ぼろんぼろんとやぶれた魂の糸をかきならし、
熱く、ものうく、身をかきむしつて、
さびしい秋のつめたさをおさへつける。
まがりくねつた この秋のさびしさを、
あやしくふりむけるお前のなまなましい頸のうめきに、
たよりなくもとほざけるのだ。
しろくひかる粘液をひいて、
うねりをうつお前の頸に
なげつけられた言葉の世にも稀なにほひ。
ぼろんぼろんと
わたしの遠耳にきこえてくるあやしい太鼓のおと。


  わかれることの寂しさ

あの人はわたしたちとわかれてゆきました。
わたしはあの人を別に好いても嫌つてもゐませんでした。
それだのに、
あの人がわたしたちからはなれてゆくのをみると、
あの人がなじみのやせた顔をもつて去つてゆくのをおもふと、
わけもないものさびしさが
あはくわたしの胸のそこにながれてゆきます。
人の世の 生きてわかれてゆくながれのさびしさ。
あの人のほのじろい顔も、
なじみの調度てうどのなかにもう見えなくなるのかと思ふと、
さだめなくあひ、さだめなくはなれ、
わづかのことばのうちにゆふぐれのささやきをにごした
そのふしぎの時間は、
とほくきえてゆくわたしの足あとを、
鳥のはねのやうにはたはたと羽ばたきをさせるのです。


  わらひのひらめき

あのしめやかなうれひにとざされた顔のなかから、
をりふしにこぼれでる
あはあはしいわらひのひらめき。
しろくうるほひのあるひらめき、
それは誰にこたへたわらひでせう。
きぬずれのおとのやうなひらめき、
それはだれをむかへるわらひでせう。
うれひにとざされた顔のなかに咲きいでる
みづいろのともしびの花、
ふしめしたをとめよ、
あなたの肌のそよかぜは誰へふいてゆくのでせう。


  夏の夜の薔薇

手に笑とささやきとの吹雪する夏のよる
黒髪のみだれ心地の眼がよろよろとして、
うつさうとしげる森の身ごもりのやうにたふれる。
あたらしいされかうべのうへに、
ほそぼそとむらがりかかるむらさきのばらの花びら、
夏の夜の銀色の淫縦いんじゆうをつらぬいて、
よろめきながれる薔薇の怪物。
みたまへ、
雪のやうにしろい腕こそは女王のばら、
まるく息づくトルスは黒い大輪のばら、
ふつくりとして指のたにまに媚をかくす足は欝金うこんのばら、
ゆきずりに秘密をふきだすやはらかい肩は真赤まつかなばら、
帯のしたにむつくりともりあがる腹はあをい臨終のばら、
こつそりとひそかに匂ふすべすべしたつぼみのばら、
ひびきをうちだすただれた老女のばら、
舌と舌とをつなぎあはせる絹のばらの花。
あたらしいふらふらするされかうべのうへに
むらむらとおそひかかるねずみいろの病気のばら、
香料の吐息をもらすばらの肉体よ、
芳香の淵にざわざわとおよぐばらの肉体よ、
いそげよ、いそげよ、
沈黙にいきづまる歓楽の祈祷にいそげよ。


  木製の人魚

こゑはとほくをまねき、
しづかにべにの鳩をうなづかせ、
よれよれてのぼる火繩ひなはの秋をうつろにする。

こゑはさびしくぬけて、
うつろを見はり、
ながれる身のうへににほひをうつす。

くちびるはあをくもえて、
うみのまくらにねむり、
むらがりしづむ藻草もぐさのかげに眼をよせる。


  洋装した十六の娘

そのやはらかなまるい肩は、
まだあをい水蜜桃のやうにこびの芽をふかないけれど、
すこしあせばんだうぶ毛がしろい肌にぴちやつとくつついてゐるやうすは、
なんだか、かんで食べたいやうな不思議なあまい食欲をそそる。


  十四のをとめ

そのすがたからは空色のみづがながれ、
きよらかな、ものを吸ふやうな眼、
けだかい鼻、
つゆをやどしてゐるやうなときいろの頬、
あまい唾をためてゐるちひさい唇。
黄金きんのランプのやうに、
あなたのひかりはやはらかにもえてゐる。


  椅子に眠る憂欝

はればれとその深い影をもつた横顔を
花鉢はなばちのやうにしづかにとどめ、
揺椅子ゆりいすのなかにうづくまる移り気をそそのかして、
死のすがたをおぼろにする。
みどりいろの、ゆふべの揺椅子のなやましさに、
みじかいせいの花粉のさかづきをのみほすのか。
ああ、わたしのほとりにひよるみどりの椅子のささやきの小唄、
憂欝はながれるうをのかなしみにも似て、ゆれながら、ゆれながら、
かなしみのさざなみをくりかへす。


  まぼろしの薔薇

はるはきたけれど、
わたしはさびしい。
ひとつのかげのうへにまたおもいかげがかさなり、
わたしのまぼろしのばらをさへぎる。
ふえのやうなほそい声でうたをうたふばらよ、
うつくしい悩みのたねをまくみどりのおびのしろばらよ、
うすぐもりした春のこみちに、
ばらよ、ばらよ、まぼろしのしろばらよ、
わたしはむなしくおまへのかげをもとめては、
こころもなくさまよひあるくのです。

   *

かすかな白鳥はくてうのはねのやうに
まよなかにさきつづく白ばらの花、
わたしのあはせた手のなかに咲きいでるまぼろしの花、
さきつづくにほひの白ばらよ、
こころをこめたいのりのなかに咲きいでるほのかなばらよ、
ああ、なやみのなかにさきつづく
にほひのばらよ、にほひのばらよ、
おまへのながいまつげが
わたしをさしまねく。

   *

まつしろいほのほのなかに、
おまへはうつくしい眼をとぢてわたしをさそふ。
ゆふぐれのこみちにうかみでるしろばらよ、
うすやみにうかみでるみどりのおびのしろばらよ、
おまへはにほやかな眼をとぢて、
わたしのさびしいむねに花をひらく。

   *

なやましくふりつもるこころのおくの薔薇ばらの花よ、
わたしはかくすけれども、
よるのふけるにつれてまざまざとうかみでるかなしいしろばらの花よ、
さまざまのおもひをこめたおまへの秘密のかほが、
みづのなかの月のやうに
はてしのないながれのなかにうかんでくる。

   *

ひとひら、またひとひら、ふくらみかけるつぼみのばらのはな、
そのままに、ゆふべのこゑをにほはせるばらのかなしみ、
ただ、まぼろしのなかへながれてゆくわたしのしろばらの花よ、
おまへのまつしろいほほに、
わたしはさびしいこほろぎのなくのをききます。

   *

ゆふぐれのかげのなかをあるいてゆくしめやかなこひびとよ、
こゑのないことばをわたしのむねにのこしていつた白薔薇の花よ、
うすあをいまぼろしのぬれてゐるなかに
ふたりのくちびるがふれあふたふとさ。
ひごとにあたらしくうまれでるあの日のばらのはな、
つめたいけれど、
ひとすぢのゆくへをたづねるこころは、
おもひでのかごをさげてゆきます。


  薔薇のもののけ

あさとなく ひるとなく よるとなく
わたしのまはりにうごいてゐる薔薇のもののけ、
おまへはみどりのおびをしゆうしゆうとならしてわたしの心をしばり、
うつりゆくわたしのからだに、
たえまない火のあめをふらすのです。


  手をのばす薔薇

ばらよ おまへはわたしのあたまのなかで鴉のやうにゆれてゐる。
ふしぎなあまいこゑをたててのどをからす野鳩のやうに
おまへはわたしの思ひのなかでたはむれてゐる。
はねをなくした駒鳥のやうに
おまへはかげをよみながらあるいてゐる。

このやうにさびしく ゆふぐれとよるとのくるたびに
わたしの白薔薇の花はいきいきとおとづれてくるのです。
みどりのおびをしめて まぼろしによみがへつてくる白薔薇の花、
おまへのすがたは生きた宝石の蛇、
かつ かつ かつととほいひづめのおとをつたへるおまへのゆめ、
薔薇はまよなかの手をわたしへのばさうとして、
ぽたりぽたりちつていつた。


  薔薇の誘惑

ただひとつのにほひとなつて
わたり鳥のやうにうまれてくる影のばらの花、
糸をつないで墓上ぼじやうの霧をひきよせる影のばらの花、
むねせまく ふしぎなふるいかめのすがたをのこしてゆくばらのはな、
ものをいはないばらのはな、
ああ
まぼろしに人間のたましひをたべて生きてゆくばらのはな、
おまへのねばる手は雑草の笛にかくれて
あたらしいみちにくづれてゆきます。
ばらよ ばらよ
あやしい白薔薇のかぎりないこひしさよ。


  悲しみの枝に咲く夢

こひびとよ、こひびとよ、
あなたの呼吸いき
わたしの耳に青玉サフイイルの耳かざりをつけました。
わたしは耳がかゆくなりました。

こひびとよ、こひびとよ、
あなたの眼が星のやうにきれいだつたので、
わたしはいくつもいくつもひろつてゆきました。
さうして、わたしはあなたの眼をいつぱい胸にためてしまひました。

こひびとよ、こひびとよ、
あなたのびろうどのやうな小指がむづむづとうごいて、
わたしの鼻にさはりました。
わたしはそのまま死んでもいいやうなやすらかな心持になりました。


  風のなかに巣をくふ小鳥
     ――十月の恋人に捧ぐ――

あなたをはじめてみたときに、
わたしはそよ風にふかれたやうになりました。
ふたたび みたび あなたをみたときに、
わたしは花のつぶてをなげられたやうに
たのしさにほほゑまずにはゐられませんでした。
あなたにあひ、あなたにわかれ、
おなじ日のいくにちもつづくとき、
わたしはかなしみにしづむやうになりました。
まことにはかなきものはゆくへさだめぬものおもひ、
風のなかに巣をくふ小鳥、
はてしなく鳴きつづけ、鳴きつづけ、
いづこともなくながれゆくこひごころ。


  足

うすいこさめのふる日です、
わたしのまへにふたりのむすめがゆきました。
そのひとりのむすめのしろい足のうつくしさをわたしはわすれない。
せいじいろのつまかはからこぼれてゐるまるいなめらかなかかとは、
ほんのりとあからんで、
はるのひのさくらの花びらのやうになまめいてゐました。
こいえびちやのはなをがそのはなびらをつつんでつやつやとしてゐました。

ああ うすいこさめのふる日です。
あはい春のこころのやうなうつくしい足のゆらめきが、
ぬれたしろい水鳥みづどりのやうに
おもひのなかにかろくうかんでゐます。


  恋人を抱く空想

ちひさな風がゆく、
ちひさな風がゆく、
おまへの眼をすべり、
おまへのゆびのあひだをすべり、
しろいカナリヤのやうに
おまへの乳房のうへをすべりすべり、
ちひさな風がゆく。
ひな菊と さくらさうと あをいばらの花とがもつれもつれ、
おまへのまるい肩があらしのやうにこまかにこまかにふるへる。


  西蔵のちひさな鐘

むらさきのつばきの花をぬりこめて、
かの宗門のよはひのみぞにはなやかなともしびをかかげ、
憂愁のやせさらぼへた馬の背にうたたねする鐘よ、
そのほのぐらい銀色のつめたさは
さやさやとうすじろく、うすあをく、
嵐気らんきにかくされた その風貌のとげのなまなましさ。
鐘は僧形のあしのうらに疑問のいぼをうゑ、
くまどりをおしせまり、
笹の葉のとぐろをまいて、
わかれてもわかれてもつきせぬきづなのうをを生かす。


  さびしいかげ

この ひたすらにうらさびしいかげはどこからくるのか、
きいろいの実のみのるとほい未来の木立のなかからか、
ちやうど 胸のさやさやとしたながれのなかに、
すずしげにおよぐしろい魚のやうである。


  あなたのこゑ

わたしの耳はあなたのこゑのうらもおもてもしつてゐる。
みづごけのうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、
グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、
つめたい真珠のたまをふれあはせてもやのなかにきくやうなあなたのこゑも、
ぎん黄金こがね太刀たちをひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、
月をかくれ、
沼の水をかくれ、
水中のいきものをかくれ、
ひとりけざやかに雪のみねをのぼるやうな澄んだあなたのこゑも、
つばきの花やひなげしの花がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、
うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、
まひあがり、さてしづかにおりたつて、
あたりに気をかねながらささやく河原のなかの雲雀ひばりのやうなあなたのこゑも、
わたしはよくよく知つてゐる。
とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりかを、
わたしは夜のさびしさに、さびしさに、
いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。


  盲目の宝石商人

わたしは十二月のきりのこいばんがたに、
街のなかをとぼろとぼろとあるいてゆくめくらの商人あきんどです。
わたしの手もやはり霧のやうにあをくばうばうとのびてゆくのです。
ゆめのおもみのやうなきざはしがとびかひ、
わたしは手提の革箱かはばこのなかに、
ぬめいろのトルコ玉をもち、
蛇の眼のやうなトルマリン、
おほきなひびきを人形師の糸でころがすザクロ石、
はなよめのやはらかい指にふさはしいうすむらさきのうすダイヤ、
わたしは空からおりてきたかぎのやうに、
つつまれた柳のほそい枝のかげにわれながら
まだらにうかぶ月の輪をめあてに、
さても とぼろとぼろとあるいてゆきます。


  十六歳の少年の顔
    ――思ひ出の自画像――

うすあをいかげにつつまれたおまへのかほには
五月のほととぎすがないてゐます。
うすあをいびろうどのやうなおまへのかほには
月のにほひがひたひたとしてゐます。
ああ みればみるほど薄月うすづきのやうな少年よ、
しろい野芥子のげしのやうにはにかんでばかりゐる少年よ、
そつと指でさはられても真赤になるおまへのかほ、
ほそい眉、
きれのながい眼のあかるさ、
ふつくらとしてしろい頬の花、
水草みづくさのやうなやはらかいくちびる、
はづかしさと夢とひかりとでしなしなとふるへてゐるおまへのかほ。


  雪のある国へ帰るお前は

風のやうにおまへはわたしをとほりすぎた。
枝にからまる風のやうに、
葉のなかに真夜中をねむる風のやうに、
みしらぬおまへがわたしの心のなかを風のやうにとほりすぎた。
四月だといふのにまだ雪の深い北国ほつこくへかへるおまへは、
どんなにさむざむとしたよそほひをしてゆくだらう。
みしらぬお前がいつとはなしにわたしの心のうへにちらした花びらは、
きえるかもしれない、きえるかもしれない。
けれども、おまへのいたいけな心づくしは、
とほい鐘のねのやうにいつまでもわたしをなぐさめてくれるだらう。


  焦心のながしめ

むらがりはあをいひかりをよび、
きえがてにゆれるほのほをうづめ、
しろく しろく あゆみゆくこのさびしさ。
みづのおもての花でもなく、
また こずゑのゆふぐれにかかる鳥のあしおとでもなく、
うつろから うつろへとはこばれる焦心せうしんのながしめ、
欝金香うつこんかうの花ちりちりと、
こころは 雪をいただき、
こころは みぞれになやみ、
こころは あけがたの細雨ほそあめにまよふ。


  四月の顔

ひかりはそのいろどりをのがれて、
あしおともかろく
かぎろひをうみつつ、
河のほとりにはねをのばす。
四月の顔はやはらかく、
またはぢらひのうちにけながら
あらあらしくみだれて、
つぼみの花のけるおとをつらねてゆく。
こゑよ、
四月のあらあらしいこゑよ、
みだれても みだれても
やはらかいおまへの顔は
うすい絹のおもてにうつる青い蝶蝶の群れ


  季節の色

たふれようとしてたふれない
ゆるやかに
葉と葉とのあひだをながれるもの、
もののみわけもつかないほど
のどかにしなしなとして
おもてをなでるもの、
手のなかをすべりでる
かよわいもの、
いそいそとして水にたはむれる風の舌、
みづいろであり、
みどりであり、
そらいろであり、
さうして 絶えることのない遥かな銀の色である。
わたしの身はうごく、
うつりゆくいろあひのなかに。


  四月の日

日は照る、
日は照る、
四月の日はほのほのむれのやうに
はてしなく大空のむなしさのなかに
みなぎりあふれてゐます。
花は熱気にのぼせて、
うはごとを言ひます。
傘のやうに日のゆれる軟風なんぷうはたちはだかり、
とびあがる光の槍をむかへます。
日は照る、
日は照る、
あらあらしく紺青こんじやうの布をさいて、
らんまんと日は照りつづけます。


  月に照らされる年齢

あめいろにいろどられた月光のふもとに
ことばをさしのべて空想の馬にさやぐものは、
わきたつ無数のともしびをてらして ひそみにかくれ、
闇のゆらめく舟をおさへて
ふくらむ心の花をゆたかにこぼさせる。
かはりゆき、うつりゆき、
つらなりゆき、
まことに ひそやかに 月のながれに生きる年頃。


  月をあさる花

そのこゑはなめらかな砂のうへをはしる水貝みづがひのささやき、
したたるものはまだらのかげをつくつてけぶりたち、
はなびらをはがしてなげうち、
身をそしり、
ほのじろくあへぐ指環ゆびわのなかに
かすみゆく月をとらへようとする。
ひらいてゆけよ、
ひとり ものかげにくちびるをぬらす花よ。


  しろいものにあこがれる

このひごろの心のすずしさに
わたしは あまたのしろいものにあこがれる。
あをぞらにすみわたつて
おほどかにかかる太陽のしろいひかり、
蘆のはかげにきらめくつゆ、
すがたとなく かげともなく うかびでる思ひのなかのしろい花ざかり、
熱情のさりはてたこずゑのうらのしろい花、
また あつたかいしろい雪のかほ、
すみしきる十三のをとめのこころ、
くづれても なほたはむれおきあがる青春のみどりのしろさ、
四月の夜の月のほほゑみ、
ほのあかいべにをふくんだ初恋のむねのときめき、
おしろいのうつくしい鼻のほのじろさ ほのあをさ、
くらがりにはひでる美妙びめうな指のなまめかしい息のほめき、
たわわなふくらみをもち ともしびにあへぐあかしや色の乳房の花、
たふれてはながれみじろぐねやの秘密のあけぼののあをいいろ、
さみだれに ちらちらするをんなのしろくにほふ足。
それよりも 寺院のなかにあふれる木蓮もくれんの花の肉、
それよりも 色のない こゑのない かたちのない こころのむなしさ、
やすみをもとめないで けむりのやうにたえることなくうまれでる肌のうつりぎ、
月はしどろにわれて生物いきものをつつみそだてる。


  夢をうむ五月

をふいたやうな みづみづとしたみどりの葉つぱ、
あをぎりであり、かへでであり、さくらであり、
やなぎであり、すぎであり、いてふである。
うこんいろにそめられたくさむらであり、
まぼろしの花花を咲かせる昼のにほひであり、
感情の糸にゆたゆたとする夢のをつける五月、
ただよふものは ときめきであり ためいきであり かげのさしひきであり、
ほころびとけてゆく香料の波である。
思ひと思ひとはひしめき、
はなれた手と手とは眼をかはし、
もすそになびいてきえる花粉の蝶、
人人も花であり、樹樹も花であり、草草も花であり、
うかび ながれ とどまつて息づく花と花とのながしめ、
もつれあひ からみあひ くるしみに上気する むらさきのみだれ花、
こゑはあまく 羽ばたきはとけるやうに耳をうち、
肌のひかりはぬれてふるへる朝のぼたんのやうにあやふく、
こころはほどのよい湿りにおそはれてよろめき、
みちもなく ただ そよいでくるあまいこゑにいだかれ、
みどりの泡をもつ このすがすがしいはかない幸福、
ななめにかたむいて散らうともしない迷ひのそぞろあるき、
恐れとなやみとの網にかけられて身をほそらせる微風の卵。


  莟から莟へあるいてゆく人

まだ こころをあかさない
とほいむかうにある恋人のこゑをきいてゐると、
ゆらゆらする うすあかいつぼみの花を
ひとつひとつ あやぶみながらあるいてゆくやうです。
その花の
ひとの手にひらかれるのをおそれながら、
かすかな ゆくすゑのにほひをおもひながら、
やはらかにみがかれたしろい足で
そのあたりをあるいてゆくのです。
ゆふやみの花と花とのあひだに
こなをまきちらす花蜂はなばちのやうに
あなたのみづみづしいこゑにぬれまみれて、
ねむり心地ごこちにあるいてゆくのです。


  六月の雨

六月はこもるあめ、くさいろのあめ、
なめくぢいろのあめ、
ひかりをおほひかくしてまどのなかに息をはくねずみいろのあめ、
しろい顔をぬらして みちにたたずむひとのあり、
たぎりたつ思ひをふさぐぬかのあめ、みみずのあめ、たれぬののあめ、
たえまないをやみのあめのいと、
もののくされであり、やまひであり、うまれである この霖雨ながあめのあし、
わたしはからだの眼といふ眼をふさいでひきこもり、
うぶ毛の月のほとりにふらふらとまよひでる。


  卵の月

そよかぜよ そよかぜよ、
わたしはあをいはねの鳥、
みづはながれ、
そよかぜはむねをあたためる。
この しつとりとした六月の日は
ものをふくらめ こころよくたたき、
まつしろい卵をうむ。
そよかぜのしめつたかほも
なつかしく心をおかし、
まつしろい卵のはだのなめらかなかがやき、
卵よ 卵よ
あをいはねをふるはして卵をながめる鳥、
まつしろ 卵よ ふくらめ ふくらめ、
はれた日に その肌をひらひらとふくらませよ。


  春の日の女のゆび

この ぬるぬるとした空気のゆめのなかに、
かずかずのをんなの指といふ指は
よろこびにふるへながら かすかにしめりつつ、
ほのかにあせばんでしづまり、
しろい丁字草ちやうじさうのにほひをかくして のがれゆき、
ときめく波のやうに おびえる死人の薔薇をあらはにする。
それは みづからでたうをのやうにぬれて なまめかしくひかり、
ところどころに眼をあけて ほのめきをむさぼる。
ゆびよ ゆびよ 春のひのゆびよ、
おまへは ふたたびみづにいらうとするうをである。


  黄色い接吻

もう わすれてしまつた
葉かげのしげりにひそんでゐる
なめらかなかげをのぞかう。
なんといふことなしに
あたりのものが うねうねとした宵でした。
をんなは しろいいきもののやうにむづむづしてゐました。
わたしのくちびるが
うをのやうに
はを はを はを はを はを
それは それは
あかるく きいろい接吻でありました。


  頸をくくられる者の歓び

指をおもうてゐるわたしは
ふるへる わたしの髪の毛をたかくよぢのぼらせて、
げらげらする怪鳥くわいてう寝声ねごゑをまねきよせる。
ふくふくと なほしめやかに香気をふくんで霧のやうにいきりたつ
あなたの ゆびのなぐさみのために、
この 月の沼によどむやうな わたしのほのじろい頸をしめくくつてください。
わたしは 吐息といきに吐息をかさねて、
あなたのまぼろしのまへに さまざまの死のすがたをゆめみる。
あつたかい ゆらゆらする蛇のやうに なめらかに やさしく
あなたの美しい指で わたしの頸をめぐらしてください。
わたしの頸は 幽霊船いうれいぶねのやうにのたりのたりとして とほざかり、
あなたの きよらかなたましひのなかにかくれる。
日毎に そのはれやかに陰気な指をわたしにたはむれる
さかりの花のやうにまぶしく あたらしい恋人よ、
わたしの頸に あなたの うれはしいおぼろの指をまいてください。


  死は羽団扇のやうに

このよるの もうろうとした
みえざる さつさつとした雨のあしのゆくへに、
わたしは おとろへくづれる肉身の
あまい怖ろしさをおぼえる。
この のぞみのない恋の毒草の火に
心のほのほは 日に日にもえつくされ、
よろこばしい死は
にほひのやうに その透明なすがたをほのめかす。
ああ ゆたかな 波のやうにそよめいてゐる やすらかな死よ、
なにごともなく しづかに わたしのそばへ やつてきてくれ。
いまは もう なつかしい死のおとづれは
羽団扇はうちはのやうにあたたかく わたしのうしろに ゆらめいてゐる。


  雪が待つてゐる

そこには雪がまつてゐる、
そこには青い透明な雪が待つてゐる、
みえない刃をならべて
ほのほのやうに輝いてゐる。

船だねえ、
雪のびらびらした顔の船だねえ、
さういふものが、
いつたりきたりしてうごいてゐるのだ。

だれかの顔がだんだんのびてきたらしい。


  髪

おまへのやはらかい髪の毛は
ひるの月である。
ものにおくれる はぢらひをつつみ、
ちひさな さざめきをふくみ、
あかるいことばに 霧をまとうてゐる。
おまへのやはらかい髪の毛は、
そらにきえようとする ひるの月である。


  夕暮の会話

おまへは とほくから わたしにはなしかける、
この うすあかりに、
この そよともしない風のながれの淵に。
こひびとよ、
おまへは ゆめのやうに わたしにはなしかける、
しなだれた花のつぼみのやうに
にほひのふかい ほのかなことばを、
ながれぼしのやうに きらめくことばを。
こひびとよ、
おまへは いつも ゆれながら、
ゆふぐれのうすあかりに
わたしとともに ささめきかはす。


  道化服を着た骸骨

この 槍衾やりぶすまのやうな寂しさを のめのめとはびこらせて
地面のなかに ふしころび、
野獣のやうにもがき つきやぶり わめき をののいて
颯爽としてぎらぎらと化粧する わたしの艶麗な死のながしめよ、
ゆたかな あをめく しかも純白の
さてはだんだら縞の道化服を着た わたしの骸骨よ、
この人間の花に満ちあふれた夕暮に
いつぴきのはらんだ蝙蝠のやうに
ばさばさと あるいてゆかうか。


  あをい馬

なにかしら とほくにあるもののすがたを
ひるもゆめみながら わたしはのぞんでゐる。
それは
ひとひらの芙蓉の花のやうでもあり、
ながれゆく空の 雲のやうでもあり、
わたしの身を うしろからつきうごかす
よわよわしい しのびがたいちからのやうでもある。
さうして 不安から不安へと、
砂原のなかをたどつてゆく
わたしは いつぴきのあをい馬ではないだらうか。


  青い吹雪がふかうとも

おまへのそばに あをい吹雪がふかうとも
おまへの足は ひかりのやうにきらめく。
わたしの眼にしみいるかげは
二月のかぜのなかにをむすび、
生涯のをかのうへに いきながらのこゑをうつす。
そのこゑのさりゆくかたは
そのこゑのさりゆくかたは、
ただしろく いのりのなかにしづむ。


  朝の波
   ――伊豆山にて――

なにかしら ぬれてゐるこころで
わたしは とほい波と波とのなかにさまよひ、
もりあがる ひかりのはてなさにおぼれてゐる。
まぶしいさざなみの草、
おもひのふちに くづれてくる ひかりのどよもし、
おほうなばらは おほどかに
わたしのむねに ひかりのはねをたたいてゐる。


  白い階段

かげは わたしの身をさらず、
くさむらにうつらふ足長蜂あしながばち羽鳴はなりのやうに、
火をつくり ほのほをつくり、
また うたたねのとほいしとねをつくり、
やすみなくながれながれて、
わたしのこころのうへに、
しろいきざはしをつくる。


  しろい火の姿

わたしは 日のはなのなかにゐる。
わたしは おもひもなく こともなく 時のながれにしたがつて、
とほい あなたのことに おぼれてゐる。
あるときは ややうすらぐやうにおもふけれど、
それは とほりゆく 昨日きのふのけはひで、
まことは いつの世に消えるともない
たましひから たましひへ つながつてゆく
しろい しろい 火のすがたである。


  みづいろの風よ

かぜよ、
松林しやうりんをぬけてくる 五月の風よ、
うすみどりの風よ、
そよかぜよ、そよかぜよ、ねむりの風よ、
わたしの髪を なよなよとする風よ、
わたしの手を わたしの足を
そして夢におぼれるわたしの心を
みづいろの ひかりのなかに まさせる風よ、
かなしみとさびしさを
ひとつひとつに消してゆく風よ、
やはらかい うまれたばかりの銀色の風よ、
かぜよ、かぜよ、
かろくうづまく さやさやとした海辺の風よ、
風はおまへの手のやうに しろく つめたく
薔薇の花びらのかげのやうに ふくよかに
ゆれてゐる ゆれてゐる、
わたしの あはいまどろみのうへに。


  睫毛のなかの微風

そよかぜよ、
こゑをしのんでくる そよかぜよ、
ひそかのささやきにも似た にほひをうつす そよかぜよ、
とほく 旅路のおもひをかよはせる そよかぜよ、
しろい 子鳩のはねのなかにひそむ そよかぜよ、
まつ毛のなかに 思ひでの日をかたる そよかぜよ、
そよかぜよ、そよかぜよ、ひかりの風よ、そよかぜは
胸のなかにひらく 今日けふの花 昨日きのふの花 明日あしたの花。


  そよぐ幻影

あなたは ひかりのなかに さうらうとしてよろめく花、
あなたは はてしなくくもりゆく こゑのなかのひとつのうを
こころを したたらし、
ことばを おぼろに けはひして、
あをく かろがろと ゆめをかさねる。
あなたは みづのうへに うかび ながれつつ
ゆふぐれの とほいしづけさをよぶ。

あなたは すがたのない うみのともしび、
あなたは たえまなく うまれでる 生涯の花しべ、
あなたは みえ、
あなたは かくれ、
あなたは よろよろとして わたしの心のなかに 咲きにほふ。

みづいろの あをいまぼろしの あゆみくるとき、
わたしは そこともなく ただよひ、
ふかぶかとして ゆめにおぼれる。

ふりしきる ささめゆきのやうに
わたしのこころは ながれ ながれて、
ほのぼのと 死のくちびるのうへに たはむれる。

あなたは みちもなくゆきかふ むらむらとしたかげ、
かげは にほやかに もつれ、
かげは やさしく ふきみだれる。


  薔薇の散策

     1

地上のかげをふかめて、昏昏とねむる薔薇の唇。

     2

白熱の俎上にをどる薔薇、薔薇、薔薇。

     3

しろくなよなよとひらく、あけがた色の勤行ごんぎやうの薔薇の花。

     4

とげをかさね、とげをかさね、いよいよに にほひをそだてる薔薇の花。

     5
つばさのおとを聴かんとして 水鏡みづかがみする 喪心さうしんの あゆみゆく薔薇

     6

ひひらぎののねむるやうに ゆめをおひかける 霧色きりいろの薔薇の花。

     7

いらくさのかげにかこまれ 茫茫とした色をぬけでる 真珠色の薔薇の花。

     8

黙祷の禁忌のなかにさきいでる かたちなき蒼白の 法体ほつたいの薔薇の花。

     9

欝金色の月に釣られる 盲目の ただよへる薔薇。

     10

ひそまりしづむ木立こだちに 鐘をこもらせるうすゆきいろの薔薇の花。

     11

すぎさりし月光にみなぎる 雨の薔薇の花。

     12

吐息をひらかせる ゆふぐれの あへぎの薔薇の花。

     13

ひねもすを嗟嘆する 南の色の薔薇の花。

     14

火のなかにたはむれる 真昼の靴をはいた黒耀石の薔薇の花。

     15

くもりの顔に映る 大空のまどの薔薇の花。

     16

はみづにかくれ 微風そよかぜの夢をゆめみる 未生みしやうの薔薇の花。

     17

鵞毛がもうのやうにゆききする 風にさそはれて朝化粧あさげしやうする薔薇の花。

     18

みどりのなかに ひいでた 手も足も風にあふれる薔薇の花。

     19

眼にみえぬ ゆふぐれのなみだをためて ひとつひとつにつづりあはせた 紅玉色こうぎよくいろの薔薇の花。

     20

うつつなるにほひのなかに うつつならぬ思ひをやどす 一輪のしづまりかへる薔薇の花。

     21

眼と眼のなかに 空色の時をはこぶ ゆれてゐる あか黄金こがねの薔薇の花。

     22

朝な朝な ふしぎなねむりをつくる わすられた耳朶色みみたぶいろのばらのはな。

     23

かなしみをつみかさねて みうごきもできない 影と影とのむらがる 瞳色ひとみいろのばらのはな。

     24

ゆたゆたに にほひをたたへ 青春を羽ばたく 風のうへのばらのはな。

     25

の色のふかまるなかに 突風のもえたつなかに なほあはあはと手をひらく薄月色うすづきいろの薔薇の花。

     26

またたきのうちに をこめて みちにちらばふ むなしい大輪のばらのはな。

     27

はだらの雪のやうに 傷心の夢にきざまれた 類のない美貌のばらのはな。

     28

悔恨の虹におびえて ゆふべの星をのがれようとする 時をわすれた 内気な 内気なばらのはな。

     29

うをのやうにねむりつづける ※(「さんずい+艶」、第4水準2-79-53)れんえんとしたみづのなかの かげろふ色のばらの花。

     30

白鳥はくてうをよんでたはむれ 夜の霧にながされる 盲目めしひのばらのはな。

     31

あをうみの 底にひそめる薔薇ばらの花、とげとげとしてやはらかく 香気にほひかねをうちならす薔薇の花。

     32

けはひにさへも 心ときめき しぐれする ゆふぐれの 風にもまれるばらのはな。

     33

あをぞらのなかに 黄金色こがねいろぬのもてめかくしをされた薔薇の花。

     34

微笑のとりでもて 心を奥へ奥へと包んだ 薄倖のばらのはな。

     35

欝積する笛のねに りがての思慕をつのらせる 青磁色のばらのはな。

     36

さかしらに みづからをほこりしはかなさに くづほれ 無明の涙に さめざめとよみがへる薔薇の花。

底本:「世界の詩 28 大手拓次詩集」彌生書房
   1965(昭和40)年10月25日初版発行
   1981(昭和56)年6月5日7版発行
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
入力:湯地光弘
校正:丹羽倫子
1999年10月30日公開
2005年11月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。