――これは外国のお話――
「ゲーッ。ゲーッ。ガワガワガワガワガワ」
 という嘔吐の声が、玄関の方から聞えて来た……と思う間もなく看護婦が、
「……先生……先生……急患です……」
 と叫びながら薬局を出て来る気はいがした。ドクトルオルデスオルパーポンは顔を上げた。夕食前のひまつぶしに読んでいた小説を、太鼓腹の上に伏せて、片手で美事な禿げ頭をツルリと撫で上げながら、大きな欠伸あくびを一つした。
「アーッ。ウハフハフハフハフィット……と……何だろう一体……嘔きよるらしいが……まだ虎列剌コレラの出る時候じゃないようだが……」
 こんな独言ひとりごとを云っているうちに患者はもう、看護婦の先に立って、診察室の入口まで来て立ち止まったが、その姿を見ると、流石さすがの老医パーポン氏も、思わず小説の読みさしを取り落して、肱掛椅子から立ち上った。
 その患者は苅り立ての頭をピッタリ二ツに分けて、仕立卸したておろしのフロックに縞ズボンという、リュウとした礼服姿をしていたが、どうしたものか、顔の色が瀬戸物のように真青で、眉が垂直に逆立って、血走った両眼が鼻の附け根の処へ一つになるほど引き付けられている。鼻から下は白いハンカチでシッカリと押えられているので様子がわからないが、その形相の恐ろしさというものは、トテモ人間とは思えない。サタンの死に顔か、メデュサの首かと思われる乱脈な青筋を顔一面に走り出さしたまま、手探りをするようにしてドクトルの椅子の方へソロリソロリと近付いて来るのであった。
 椅子から立ち上ったパーポン氏は余りの恐ろしさに膝頭をガクガクと震わした。生命いのちあっての物種という恰好で、横の手術室の扉の方へ逃げ出そうとしたが、患者はヒンガラ眼のまま気が付いたらしく、片手をあげて制し止めたので、それも出来なくなった。そうして患者が無言のまま指し示すまにまに元の肱掛椅子の中へ、オッカナビックリ腰を卸させられたのであった。
 それを見ると患者は安心したらしかった。片手を幽霊のようにブラ下げたままフラフラとパーポン氏の前に蹌踉よろめき寄って来て、心持ちだけお辞儀をするようにグラグラと頭を下げた。そうして鼻から下を蔽うたハンカチを取りけて、恐ろしく大きく……河馬のようにアングリと開いた口を指して見せながら、何やら云いたげに眼を白黒さしていたが、忽ち、
「アウアウアウアウアウ……」
 と奇声を発したと思うと、又もはげしい嘔気はきけに襲われたと見えて、
「ゲエゲエゲエ。ガワガワガワガワ」
 とおびただしい騒音を立てた。口のまわりをハンカチでシッカリと押え付けて、額から滝のように汗を流し初めるのであった。
 ドクトルパーポン氏はその顔を凝視したまま、一寸ちょっとの間呆気に取られていたが、間もなく訳がわかったと見えて、鼻の穴から長い呼吸を吐き出した。そうしてようよう血色を恢復した顔を平手でクルクルと撫でまわすと、腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハハハ。そうですかそうですか。やっとわかりました。貴方は顎を外されたのですね。……それで嘔気が付いたのですね」
 患者は懸命に苦しみながら何度も何度もうなずいた。ドクトル一所いっしょにうなずいた。
「そうですかそうですか、アハハハハハ。イヤ……ビックリしましたよ。あなたのようにヒドイ嘔気が付いた方は初めて見たものですからね。アハアハアハアハ。イヤ。笑っては失礼でしたね。サア椅子に腰をお掛けなさい……サアどうぞ……」
 先刻から患者のうしろにポカンと突立っていた看護婦も、この時やっと安心したらしく、小さなタメ息をしいしい患者の尻に椅子を当てがった。
「サア。モットこっちへお寄りなさい。貴方はトテモ幸運な方ですよ。顎をはめる手術にかけてははばかりながらこの私は世界一の名人を以て自ら任じている者ですからね。……イヤ。冗談ではありません。タッタ今その証拠をお眼にかけます。私独特のステキな秘伝があるのですからね……サア。安心してモットこっちへお寄りなさい。ソウソウ……そうしてハンカチをお取りなさい。……オイオイ……お前は何をボンヤリそこに突立っとるのか。……早くお客様に差し上げる紅茶を持って来んか。熱いのをすぐに持って来い。……それからおうがいの水も……塩をすこし余計に入れてナ……エエカ……すぐに持って来るんだぞ」
 こう云って看護婦を叱り飛ばすと、ドクトルは今までと打ってかわった得意満面の態度で、白い診察服を二ノ腕までマクリ上げた。患者のヌルヌルしたよだれだらけの唇の左右へ、拇指おやゆびを容赦なくグイグイと突込んで、左右の顎の骨を両手で力強く引っ掴んだが、そのまま患者のヒンガラ眼を覗き込むように睨み付けると、室中に響き渡るような大きな声で怒鳴り付けた。
「……あなたは何という馬鹿ですか。……立派な礼服を着ていながら、何だって顎を外すようなヘマな事をしたんです……エエッ……この大馬鹿野郎の、大間抜けがアッ」
 患者はこれを聞くと血走った白眼をグルグルと回転さした。ビックリしたが上にもビックリしたらしく、青い顔を一層青くしてドクトルの顔を睨み返しながら、物云いたげに舌の先を震わしたが、かの時遅くこの時早く、老ドクトルが「ハッ」と気合いをかけながら、両手で掴んだ下顎を力一パイ突き上げたので……ガチーン……と音を立てて患者の奥歯がブツカリ合った。……と思うとその次の瞬間にはピッタリと閉まった口の上をハンカチで蔽うた患者が、今にも気絶しそうに眼を閉じたまま、涙をポロポロと流していた。
「アハハハハ。どうです御気分は……もう嘔気はなくなったでしょう。誰でも顎を外すと、舌圧器で押え付けられたのと同様の作用を舌の根の筋肉に起して、多少の嘔気を催すものですがね。しかし貴方のように猛烈なのは珍らしいですよ……全く……ハッハッハッハッ……」
 こう云いながら老ドクトルが室の隅で手を洗って帰って来ると、患者はやっと眼を開いて眼の前の空間を見まわした。そうして看護婦が持って来た塩水で恐る恐る含嗽うがいをして、すすめられるまにまに熱い紅茶を一杯飲み終ったが、やっと気が落ち付いたらしく、口の周囲を拭いまわしながらソロソロと顔を上げた。見ると最前の恐ろしい形相はあとかたもなくなっているばかりでなく、いかにも人なつっこそうな二十二三の美青年で、相当の教養を持っている事が一眼でわかる眼鼻立ちであったが、タッタ今老ドクトルに罵倒された驚きが未だ消えぬかして、如何にも不思議そうに眼をみはったまま口をモゴモゴさせているのであった。その顔を見下しながら老ドクトルは大得意の体で椅子の上にり返った。
「ハハハハ。イヤ。顎の外れたのは生命に別条はありませんが案外苦しいものでね。おまけに一度外れると又外れ易いものですから、これから余程気をお付けにならんと、いけませんよ。たとえば大きな欠伸をするとか、クシャミをするとかいう時には御注意をなさらんといけません。特に只今はドンナ原因でお外しになったものか存じませんが、この次に又、今度と同じような事をなさる時には特に御注意が必要ですよ。前に外れた時と同じ動作を顎にさせると、何の苦もなく外れる事が多いのですからナ……もっとも片手で、それとなく顎を押えておいでになれば大丈夫ですがね……ハハハ……ところで如何です……紅茶をもう一ツ……」
「……ハ……ハイ……」
 と青年はやっと頭を下げて返事をしかけたが、そのまま生唾液なまつばみ込むと、まだ口を利くのが怖いという風に舌なめずりをしいしいそこいらを見まわした。そうして室の中に誰も居ない事がわかると今一度、不思議そうにドクトルの顔を見直しながら、オズオズと唇を動かした。
「……私は……もう二度と……コンナ眼に会って……顎を外そうとは思いませぬ」
「ハハア……成る程……それでは乱暴者にでもお会いになりましたので……」
「イヤそのようなノンキな事では御座いません」
「……では大きな欠伸でも……」
「イヤイヤ。欠伸でもクサメでも何でもありませぬ」
「ホホー。それは妙ですナ。今までの私の経験によりますと顎を外した原因というのは大抵欠伸か、クサメか、大笑いか、喧嘩なぞで、その以外にはラグビー、拳闘、自動車、電車の衝突ぐらいに限られているのですが……そんな事でもないのですナ……成る程……してみると余程、特別な原因で顎をおはずしになったのですな……それでは……」
 青年は老ドクトルからこんな風に問い詰められて来れば来る程、イヨイヨその驚ろきを増大させて行くらしかった。そうしてしまいには口をつぐんだまま、眼をまん丸くみはって相手の顔を凝視し初めたので、老ドクトルは又もクシャクシャと顔を撫でまわさなければならなくなった。
「いったいそれでは……ドンナ原因で顎をお外しになったので……」
 しかし青年は急に返事をしなかった。なおもマジマジと大きなまたたきを続けていたが、やがて何事かを警戒するように恐る恐る問い返した。
「……ヘエ……それじゃ先生は……今朝からの出来事をまだ御存じないので……」
「ハア……無論ドンナ事か存じませんが……第一貴方のお顔もタッタ今始めてお眼にかかったように思うのですが……」
「……ヘエ……それじゃ今朝の新聞に載っております私の写真も、まだ御覧になりませぬので……」
「ハア……無論見ませぬが……。元来私は新聞というものをこの十年ばかりというもの一度も見た事がないのです。この頃の新聞というものは、社会の腐敗堕落ばかりを報道しておりますので、古来の美風良俗が地を払って行くような感じを毎日受けさせられるのが不愉快ですからね。思い切って読まない事にしてしまったのです。ですから……」
「……チョットお待ち下さい」
 と青年は片手をあげて滔々とうとうほとばしりかけた老ドクトルの雄弁を遮り止めた。
「……でも……人の噂にでもお聞きになりましたでしょう。近頃大評判の『名無し児裁判』というのを……」
「……ところがソンナ評判もまだ聞かないのです。……実を申しますと私は、留学中のせがれが帰って来るまで、ホンノ看板つなぎに開業しておりますので、往診というものを一切やりませんからナ。世間の噂なぞが耳に這入はいる機会は極めて稀なのですが……」
「ヘエ――……それでは最前あなたが私をお叱りになって……「礼服を着ながら顎を外す、大馬鹿野郎の大間抜け」と仰言おっしゃったのは……アレはイッタイ……」
「アッハッハッハッ。あれですか。アッハッハッハッ」
 と老ドクトルは半分聞かないうちに吹き出した。腹を抱えて、反りかえって、シンから堪まらなそうに全身を揺すり上げて笑いつづけた。
「アッハッハッハッ。あれは何でもないですよ。ワッハッハッハッ」
 それを見ると青年は、もう不思議を通り越して気味が悪いという顔になった。そうしておびえたように唇をわななかしつつ切れ切れに云った。
「私は……あのお言葉を聞きました時に……それではもう……私の身の上はもとより……ツイ今さっき私の身の上に起った……前代未聞の怪事件までも御存じなのかと思って、胸に釘を打たれたように思ったのですが……私は、お言葉の通りの大馬鹿野郎の大間抜けだったのですから……」
「アハハハハ。イヤ。それはお気の毒でしたね。ハッハッハッ。私は何の気もなく云ったのですが……実を申しますとアレは私が顎をはめる秘伝になっておりますのでネ」
「ヘエ……患者をお叱りになるのが、顎をはめる秘伝……」
「そうなんです。要するに何でもないのですよ。すべて顎の外れた患者をなおすのに、患者が「今顎をはめられるナ」と思うと、思わず顎の筋肉を緊張させるものなのです。そうするとナカナカうまく這入りませんので、何かしら患者をビックリさせるような事を云って、顎の事を忘れさせた一瞬間にハッと気合いをかけて入れてしまうのです。これは尾籠びろうなお話ですが脱腸を押し込む時でも同様で、患者にお尻の事を気にかけるなと云っても、指が脱腸に触れると、ドウしてもお尻の穴の周囲に在る括約筋を引き締めるのです。ですから、トンチンカンなお天気の話なぞをしかけて、患者が変に思いながら窓の外を見たりしているうちに押し込むと、他愛もなくツルリと這入るのです。これは永年の経験から来た秘伝なので……決してあなたを罵倒した訳ではありませんから……どうぞ気を悪くなさらないで……」
「イヤ……そんな訳ではありませんが……」
 と云いながら青年は如何にも[#「如何にも」は底本では「如何に」]感心したらしく長い、ふるえた深呼吸をした。
「ヘエ――……成る程……それならば不思議は御座いませぬが……実は私が顎を外しましたのはツイこの向うの地方裁判所の法廷なので、しかもタッタ今先刻さっきの事でしたから、もう、それがお耳に這入ったのかと思ってビックリしたのですが……」
「ヘエーッ」
 と今度はドクトルがアベコベにビックリさせられたらしくグッと唾液つばを嚥み込んで眼を丸くした。
「……あの裁判所で……しかも法廷で顎を外されたのですか……」
 といううちに、如何にも好奇心に馳られたらしく身を乗り出した。すると青年も、何かしら急に気まりが悪くなったらしく、ハンカチで顔を拭いまわしながらうなずいた。
「そうなんです……私は、私が関係しておりました長い間の訴訟事件が、今すこし前にヤットの事で確定すると同時に顎を外してしまったのです。……否……私ばかりではありません。恐らく世界中のどなたでも、私と同様の運命に立たれましたならば、顎を外さずにはいられないであろうと思われる出来事に出合ったので御座います」
「ハハア――ッ」
 とドクトルはいよいよ面喰らった顔になった。小さな眼をパチパチさせながら身を乗り出して、椅子の端からズリ落ちそうになった。
「ヘエエエッ。それはイヨイヨ奇妙なお話ですナ。法廷といえば教会と同様に、この地上に於ける最も厳粛な、静かな処であるべき筈ですが……そんナ処で顎を外されるような場合があり得ますかナ」
「ありますとも……」
 と青年は断然たる口調で答えた。
「……この私が何よりの証拠です。……もっともこんな事は滅多にあるものではないと思いますが……」
「なるほど……それは後学のために是非ともお伺いしたいものですが……治療上の参考になるかも知れませんから……」
 青年は老ドクトルからこう云われると、又も耳のつけ根まで真赤になって、さしうつむいてしまった。そうして上眼づかいにチラチラとドクトルの顔を見上げたが、やがて悲し気に眼をしばたたいた。
「ハイ。私も実はこの事を先生にお話ししたいのです。そうして適当な御判断をあおぎたいのですが……しかし……私がこの事を先生にお話した事が世間に洩れますと非常に困るのです。ハルスカイン家……彼女の家と、イグノラン家……私の家の間に絡まるお恥かしい秘密の真相が、私の口から他に洩れた事がわかりますと……」
「イヤ……それは御心配御無用です。断じて御無用です」
 と云いながら老ドクトルは、いつの間にか昂奮してしまったらしく自烈度じれったそうに拳固を固めて両膝をトントンとたたいた。
「その御心配なら絶対に御無用に願いたいものです。患家の秘密を無暗むやみ他所よそ饒舌しゃべるようでは医師の商売は立ち行きませんからね」
 青年はこれを聞くとようよう安心したらしかった。組んでいた腕をほどいて深呼吸を一つすると、ドクトルの顔を正視しながらキッパリと云った。
「それではお話し申します。実は私が顎を外した原因というのはアンマリ呆れたからです」
「エエッ……呆れて……顎を外したと仰言るのですか」
「そうです。私は『呆れて物が言えない』という諺は度々聞いた事がありますが、呆れ過ぎて顎が外れるという事は夢にも知りませんでしたので、ツイうっかり外してしまったのです」
「ヘヘ――ッ。それは又どんなお話で……」
「ハイ。それはもう今になって考えますと、こうやって、お話しするさえ腹の立つくらい、馬鹿馬鹿しい事件なのですが……しかし先生は今、お忙がしいのじゃありませんか」
「イヤイヤ。私が忙がしいのは朝の間だけです。夕方は割合いに閑散ですからチットモ構いません」
「さようで……それではまあ、まんで概要だけお話しするとこうなんです」
 青年はここで看護婦が持って来た紅茶を一口すすった。そうして、さも恥かしそうに耳を染めながら、うつむき勝ちにポツリポツリと話し出した。

       (1)

 ……先生は何事も御存じないようですから最初から残らずお話し致しますが、最近この町で大評判になっている「名無し児裁判」という事件が御座います。
 その「名無し児裁判」というのは、全世界の裁判の歴史を引っくり返しても前例が一つもないという世にも恐ろしい、不可思議な事件なのですが、しかし、この事件の女主人公のレミヤハルスカインと申しますのは、何の恐ろしさも不思議さもない良家の令嬢で御座いまして、ただその姿と心が、あんまり女らしくて優し過ぎるのがこの事件の恐ろしさと不思議さを生み出す原因になっているのではないかと、考えれば考えられる位のことで御座います。
 レミヤの両親は御承知かも知れませんが、この町から十里ばかりの山奥に住んでおります素封家で、ハルスカインと名乗る老夫婦の間に生まれた一人娘なので御座いますが、そうした世間の実例に洩れず、老夫婦のレミヤの可愛がりようというものは一通りや二通りでは御座いませんでした。人の噂によりますと、蝶よ花よは愚かな事、ゴムのお庭に水銀の池を湛えむばかり……出来る事ならイエス様を家庭教師にしてマリヤ様を保姆ほぼにしたい位だったそうで、あらん限りの手を尽して育てました甲斐がありましたものか、レミヤはだんだんと生長するに連れて、実に絵にも筆にも描けない美しい姿と、指のさしようもない柔順な心を持った娘になって参りました。そうして、両親の大自慢の中に、十七の花の齢を重ねたのがチョウド一昨々年の事で御座いました。
 レミヤは実に、世にもたぐいのない天使の生れがわりで御座いました。その心も「ノー」という言葉を知らないのかと思われるくらい柔和で、両親の言葉にそむいた事が生れて一度もないばかりでなく、女一通りの学問や、手仕事の勉強は申すも更らなり、毎朝、毎夜のお祈りや、あの固くるしい、長たらしい説教やお祈りをする天主教会への日曜ごとの参詣を、物心ついてから一度も欠かした事がないので、年老いた僧正様から「娘のお手本」と賞め千切られる程の信心家で御座いました。
 ハルスカイン老夫婦の娘自慢が、それにつれて、親馬鹿式の有頂天にまで高まって行った事はお話し申し上げる迄も御座いますまい。毎日一着を占める優良馬でも、あれ程には大切にかけられまいと噂される位で御座いましたが、それにつきましても老夫婦が、自分達の老い先の短かい事が日に増しわかれば解かるほど……又はレミヤの評判が日をうて高まれば高まるほど……出来るだけ早く良い婿を選んで、娘と財産を預けたい。安心して天国へ行きたいとあくがれ願います心もまた、そうした世間の例に洩れませんでしたので、しかもレミヤの美しさと、その財産の大きさが世間並外れておりましただけに、そうした心配も世間並を外れていた訳で御座いましょう。まだレミヤが年頃にならぬ中から、八方に手をひろげて、及ぶ限りの手段をつくして探し廻わったのですが、サテ探すとなるとナカナカ思い通りに目付めつからないのが一人娘の婿養子だそうです。……わけてもこの両親の註文というのは、あらん限りの贅沢を極めたもので、娘と同等以上の姿と心を持った男というのですから到底当世の世の中に見つかるものでは御座いますまい。第一、ハルスカイン老夫婦が知っている限りの若い男で、レミヤ嬢に恋文を贈らない者は一人も居ないというのですからやり切れませぬ。中には図々しくも直接行動に出て、花束を片手にハルスカイン山荘の玄関に立ったために、ハルスカイン老人からステッキを振り廻わされて、這々ほうほうの体で逃げ帰った者もすくなくないという有様で御座いました。
 ところがここに唯一人……否……タッタ二人だけ、レミヤ嬢に花束も恋文も送らない青年がありました。それは老ハルスカイン氏の死んだ兄の息子たちで、レミヤ従兄いとこに当るイグノラン兄弟……すなわち私たち二人で御座いました。

       (2)

 私たち兄弟は元来、従妹いとこレミヤと幼友達になっていた者でしたが、その後仔細がありまして、家族全部が都に出ると間もなく、流行病のために両親をうしないまして私達兄弟は天涯の孤児となってしまいました。しかし僅かばかり残った財産がありましたから、それを便りにして仲よく勉強を続けておりますと、やっと一昨年の春、揃って商科大学の課程を終りましたので、直ぐに奉公口を探すべくこの町に遣って来たもので御座います。……ですから無論レミヤの評判は二人とも知り過ぎる位よく知っていたので御座いますが、それにも拘わらず二人が二人ともレミヤに手紙一本出さず、訪問もしなかった……という事につきましては世にも恐ろしい理由があったので御座います。
 ……と申しましただけではお解りになりますまいが……何をお隠し申しましょう。私共、アルママチラの兄弟は生まれ落ちるとからの双生児で、私の方が後から生まれましたために、今までの習慣に従って、仮りに兄貴と名乗っているにはいるので御座いますが、実は揃いも揃った瓜二つで、声から、眠る時間から、学校の成績から、ネクタイの好みまで、弟のマチラと一分一厘違わない。ただ違うところは弟の方が私よりもホンノ少しばかりセッカチというだけですから、誰が見たとて区別が付く筈はありませぬ。向い合って議論したりしているうちに、自分が自分を攻撃しているような妙な気持ちになって、同時に笑い出すような事も度々あった位で御座います。ですから万一私共が一度でもレミヤの姿を見ましたならば最後、キット二人が二人とも夢中になってしまうに違いない。そうして猛烈な争いを初めて、今迄の友情をメチャメチャに打ちこわしてしまうにきまっている。のみならず、たとい万一一方が敗けてレミヤを譲る事になったとしても、あとから一方の姿に化けて、隙を見てレミヤを誘拐するか、又は一方を殺しておいて、正当防衛を主張するのは何の雑作もない話でつまるところはレミヤを世界一の不倖な、恐しい境界に陥れる結果になる事が最初からチャント解かり切っているのです。
 私共は……ですから……初めから約束をしまして従妹のレミヤの事は夢にも思うまい。レミヤの両親の叔父叔母達へも手紙を出さないのは無論の事、自分達の居所も知らさないようにしよう。そうして吾々兄弟は、イクラ間違っても罪にならない位よくた双生児の娘を二人で探し出して、同じ処で、同じ日に結婚の式を挙げよう……という事に固い約束をきめていたのです。
 けれども先生……世の中というものは思い通りに行かないものですね。私たち兄弟のこうした申合わせは、かえって正反対の結果を招く原因となってしまったのです。……と申しますのは外でもありませぬ。叔父達老夫婦は前にも申しました通りの熱心さで、色々と婿の候補者を探しまわったのですが、どうしても思う通りの青年が見つかりませぬ。そのうちに一年は夢のように経ってレミヤは十八の嫁入盛りになる。自分達の寿命は間違いなく一年だけ縮まったというので、気が気でないままに、閑さえあれば夫婦で額をあつめて婿探しの工夫をらしておりますうちに、叔父と叔母とのドチラが先に気が附くともなく、私たち二人の事を思い出したのだそうです。
 叔父と叔母は私達兄弟が極めて近い親類でありながら……しかも二人ともレミヤの幼友達でありながら、一度もレミヤに手紙を出した事がない……のみならず学校を出てから後の居所も知らさないでいる事を、その時初めて気付いたのだそうです。そうしてそれと同時に私達二人の心づかいと、兄弟仲の親しさを、察し過ぎるくらい察してしまいましたので、その感心のしようというものはトテモ尋常ではなかったそうで御座います。二人が同時に涙を一パイ溜めた顔を見合わせて、
「二人が双生児でなかったらネエ。アナタ」
「ウーム。アルマチラと名乗る一人の青年だったらナア」
 と同じ事を云いながら、長い長いため息をいたと、後でレミヤが話しておりました。
 レミヤの話によりますと叔父夫婦はそれから後というものは、その事ばかりを繰り返し繰り返し云って愚痴をこぼしていたそうです。
「ドッチでもいいから一人、自動車にかれてくれないかナア」
 なぞとヒドイ蔭口を云った事もありましたそうで……。
「お前はアルママチラとどっちが好きなのかい?」
 とレミヤに尋ねた事も一度や二度ではなかったそうです。けれどもレミヤはいつも顔を真赤にして、
「どちらでも貴方がたのお好きな方を……わたしにはわかりませんから……」
 と答えたそうですが、これはレミヤの云うのが本当で、そんな下らない事をきく両親の方が間違っております。私と弟のドチラがいいかという事は神様でもきめる事が出来ないのですから……。
 けれども、そこが老人の愚痴っぽさというもので御座いましょうか。叔父夫婦は、それから後というもの考えれば考える程、娘の婿として適当な人間は私達二人以外にないようにシミジミと思われて来るのでした。申すまでもなく叔父達夫婦のそうした気持ちの中には、今までに手を尽して探しあぐんだ苦労づかれも交じっていたろうと思われるのですが、せめてドチラかにの毛で突いた程でもいいから欠点がありはしまいか。あったらそれを云い立てに、片っ方を落第させてやろうというので、私達兄弟の事を念入りに探らせてみたのですが、探らせれば探らせるほどその報告がコンガラガッてしまって、ドチラがドウなのかサッパリ解からなくなります。……のみならずそうした報告を聞けば聞く程、かねてから娘の婿として、空想していた通りの若者に二人が見えて来ますので、老夫婦はもう夜の眼も寝られぬくらい悩まされ初めたものだそうです。……骰子さいコロ投げやトラムプ占い式の残酷な方法で二人の中から一人を選み出すような事は、娘が信心する神様の御名にかけて出来ないし、それかといって昔物語にあるように、娘を賭けて競争をさせるような野鄙やひな事もさせられない。……又、よしんば何とかした都合のよい方法で、二人の中の一人を選み出す事が出来たにしても、取り残された一人の慰めようがないので……事によると、これは神様が娘のレミヤを生涯独身で暮させようとおぼし召す体徴しるしではあるまいか……というような取越苦労が、次から次に湧いて来るので、その悩まされようというものは並大抵でなかったそうです。そうして老夫婦はただこの事ばっかり苦にしたために見る見るうちに眼のふちが黒ずんで、隅々の皮がたるんで、衰弱に衰弱を重ねて行ったあげく、一昨年の秋の初め頃、二人ともいささかの時候の変化に犯されたが原因で、相前後して天国へ旅立ってしまいました。しかも二人が二人とも、死ぬが死ぬまで、枕元に集まっている親類たちの顔を見まわして、
「何とかしてアルママチラの二人の中から娘の婿を選んで下さい。これは神様の思し召しですから……」
「あなた方の智恵におすがりします。娘の行く末をお頼み申します」
 と繰り返して遺言をしながら、息を引き取ったというのです。

       (3)

 自分のために両親の寿命を縮めたレミヤの歎きは申すまでもありませぬが、それよりも何よりも、差し詰め困ってしまったのは、後に残った親類たちでした。世の中に厄介といってもこれ位厄介な遺言はないので、如何に智恵者が寄り合ったにしてもモトモト不可能な事は、永久に不可能にきまっているのです。併しそうかといって、さしもの大財産と、妙齢の一人娘を、放ったらかしおく訳にも行かないというので叔父達夫婦の葬式が済んだ後に開かれた親類会議が、何度も何度も行き詰まったり、後戻りをしたりしましたがそのあげく、とうとう思案の行き止まりに誰かがこんな事を云い出しました。
「……これはっその事、思い切って、アルママチラの二人を呼び出して、同時にレミヤに引き合わせた方が早道になりはしまいか。そうして三人でトックリと相談をして、二人の中の一人を選む方法を決定させたらどんなものだろうか。今までの話のように第三者の吾々が選むとなるとドッチにしても不都合な点が出来て、しからぬ状態に陥り易いが、三人が得心ずくで決める事なら、別に不公平にも不道徳にもならぬではないか、怪しかりようがないではないか。さもなくともイグノラン兄弟はこの頃音信不通になっているにはいるらしいが、実をいうと故人夫婦に一番近しい親類だから、この際ハルスカイン家の不幸を通知するのが当然の事ではないか。レミヤ嬢におくやみを云わせるのが至当ではないか」
 ……と……。これを聞きますと親類たちは皆、救け船に出会ったように喜びました。そうして言葉の終るのを待ちかねて、
「成る程それはステキな名案だ」
「どうして今までそこに気付かなかったろう」
「故人夫婦も、それに異存はないだろう」
「いかにもそれがいい……賛成賛成……」
 というので、即座に満場一致の可決という事になりました。
 私達兄弟が予想しておりました危険な運命は、こうして叔父叔母の死によって、思いがけもなく眼の前の事実となって押し寄せて来たのです。「ハルスカイン家の最近い親類」という理由の下に、親類会議の代表者から否応いやおうなしに引っぱり出されて、ハルスカイン家の祭壇の前で、無理やりに久し振りの挨拶を交換すべく余儀なくされましたレミヤと私達兄弟はタッタ一眼でもう、絶対の運命に運命づけられてしまったのです。お互いに永劫の敵となって一人の女性を争うべくスタートを切らせられてしまったのです。そうしてそれからというものは三人が三人とも、ハルスタイン家の別々のへやに住んで、夜は別々に寝て、昼間は一ツ室で睨み合いながら、味も臭いもわからない山海の珍味を、三度三度み込まなければならなくなったのです。
 その間の恐ろしさと、悩ましさというものはトテモ局外者の想像の及ぶところでは御座いますまい。私達兄弟はお互いに、お互いの気持を知り過ぎる位知り合っているのです。相手の心がソックリそのまま自分の心なのですからドウにもコウにも仕様がないのです。殺し合う事も出来なければ逃げ出す事も出来ませぬ。又レミヤレミヤで二人の心を、恋人の敏感さで見透かしながらも、どっちをどうする事も出来ないというような、この世に又とない苦しみに囚われてしまいましたので、そのために三人が三人共、行く末の相談どころでなく、口を利き合う事すら出来ない……さながらに生きながら地獄にちたような有様になってしまいました。
 中にもレミヤは同じ姿と、おなじ心と姿の恋人が二人眼の前で睨み合っているという、夢のような恐ろしい事実に、死ぬ程悩まされましたせいか、葬儀が済んでから一週間も経たぬうちに見る眼も気の毒なくらい瘠せ衰えてしまいました。そうしてドッと病床に就いてお医者様のお見舞いを受けるようになりましたが、喰べ物はもとよりの事、お薬も咽喉のどに通らないという弱りようで、放ったらかしておいたらば遠からず両親の後を逐うに違いない……同じように私たち二人の幻影に悩まされつつ、あの世に追い立てられて行くに違いない運命が、ハッキリと見え透いて来るようになりました。
「妾は妾の財産をお二人に残して行きます。それだけが、妾のせめてもの心遣りです。どうぞこの財産を妾と思って、お二人で半分半分に分けて、思う存分に使って下さい」
 というような事まで夢うつつに口走るようになって参りました。

       (4)

 この報告をお医者から聞きますと、私はもう堪まらなくなってしまいました。そうして或る深刻な決心を固めましたので、誰にも知れないように旅行服を身に着けまして、帽子と外套を抱えながら裏口からソッと脱け出そうとしますと、弟も同じ報告を医師から聞いて、同じ考えになったらしく、同じように旅行服を着込んで出て行こうとするところでしたので、二人はゆくりなくも裏門の前でブツカリ合ってしまいました。
 二人は仕方なしに立ち止まったまま、今にも泣き出しそうな苦笑いを交換しました。そうして無言のままハルスカイン家の奥庭の方へ引返して来まして、池の前に在る芝生の上に相並んで腰を下しましたが、そこで久方振りに口を利き合ってみますと、弟も私と同様に「一切を譲り渡す」という手紙を投函して行衛ゆくえくらますつもりであったというのです……。ハルスカイン家の血統が、こうして吾々二人のためにのろわれて、あとかたもなく亡びて行くのをボンヤリ眺めている訳には行かない。……いわんやその跡に残った巨万の財産を二人で分配するなどいう事は堪えられ得る限りでない……レミヤを見殺しにして金持ちになる位なら、一思いに死んだ方が増しではないか……と眼を真赤にしていうのです。
 私はそういう弟の顔を見ているうちに胸が一パイになってしまいました。そうして昔にも増した友情を回復しました二人はその芝生の上で手を取りわして、膝を組み合わせながら色々と善後策を協議しましたが、イクラ友情を回復してもハルスカイン家の婿定めは依然として不可能で、結局は二人がかりでレミヤを見殺しにするより外に方法はないのです。
 二人はそこで又、幾度となく歎息を繰り返しましたが、その中に弟のマチラは何か思い付いたらしくノートの一片を引き裂いて何かしら書き初めました。それを見ると私も、弟の心を察しましたので、同じようにノートを引き破って鉛筆を走らせましたが、出来上った文句を交換して、二人が同時に読み下してみますと、揃いも揃ってコンナ意味の事が書いてありました。
(一)二人は二人とも仮りにアルマチラと名を附けて同時にレミヤの婿になる事。但し、一週間ずつ交代にハルスカイン家に泊って養子の役目を果す事。
(二)日曜日は休みにしてレミヤを教会に行かせる事。同時に二人は、もとの下宿に落ち合って、一週間の出来事を報告し合って、その晩は下宿に寝る事。
(三)レミヤに子供が生れたならば、その生れた日から二百八十日を逆に数えて、その週にハルスカイン家に居た一人が正当の婿となり、内縁の妻レミヤと正式の結婚をする。これは天意だから仕方がないときめて、失恋した方は永久にハルスカイン夫妻の前に姿を見せぬ。決して執念を残さない約束を今からしておく事。
(四)三人の生命を同時に救うみちは、この以外に絶対にない事をレミヤに説き聞かせて、レミヤが承知をしたならば、二本のくじを作らせて二人で引く事。
(五)レミヤがもし承知をしなければ、二人はレミヤの眼の前でピストルを出して狙い合う事。それでもレミヤが黙っているならば一、二、三を合図に引金を引く事――以上――
 以上は大同小異の文句でしたが、こうした極端な場合になっても、二人の考えがコンナにまで一致しようとは全く思いもかけませんでしたので、二人は唇を白くして驚き合った事でした。そうして今更に宿命の恐ろしさに震え上りつつ、相並んでレミヤの病室の扉をノックした事でした。
 二人が別々に書いたノートの切端きれはしを、瘠せ細ったレミヤの両手に渡しますと、レミヤは未だスッカリ読んでしまわぬうちに涙を一パイに湛えました。そうして二枚の紙片を大切そうに重ねて枕の下に入れますと私達の手をって、自分の胸の上でシッカリと握手をさせました。
「お二人とも死なないで頂戴。……仲よくしてちょうだい……」
 と云ううちにやつれた頬を真赤に染めて、白い布団に潜ってしまいました。
 レミヤはその翌る日から、お医者様がビックリされるほど元気を回復し初めました。そうしてそれから一週間目には以前とは見違えるほど晴れやかな顔に、美しくお化粧をして、私たちと一所いっしょの食卓に着いてくれましたが、その時の食事の愉快でお美味いしかった事ばかりは永久に説明の言葉を発見し得ないであろうと思われる位で御座いました。
 私達二人はその席上でレミヤの手から籤を引いてドチラが先に帽子と外套を取るかを決めましたが、その結果はこのお話の筋に必要がありませんから略さして頂きます。

       (5)

 三人は、それから後病気一つせずに、固く約束を守り続ける事が出来ました。そうして私達兄弟は学校に居る時よりもズット面白おかしく日曜を楽しみ合うようになりましたが、一方にレミヤすこぶる満足しているらしく見えました。私達が二人ともアルマチラと名が附いておりましたお蔭で、二人の夫を持っている気持ちなぞはミジンもしないらしく、極めて公平に真情をめて私たちに仕えてくれましたので、私達兄弟は今更ながら自分達の妙案にツクヅク感心した事でした。そうして二人とも新婚生活の楽しさと、独身生活の呑気さとを交る交る飽満しておりましたが、レミヤも亦レミヤで、こうした幸福と満足は、神様の特別の思し召しから来た事に違いないと信じて、教会へ行く度に感謝の祈祷を捧げない事はないと申しておりました。
 しかし私たち三人のこうした平和な生活はそうそう長くは続きませんでした。それから未だ半年も経たないうちに、レミヤが早くも姙娠した事がわかったのです。そうしてそれが判明わかると同時に私達兄弟は、ちょうどボート・レースの日が迫って来るような不安と圧迫感に襲われ初めたのです。
 二人はそれから後、日曜を一緒に楽しむは愚かな事、口を利くだけの心の余裕すら失くしてしまったのです。中にも私はレミヤが行き付けの天主教会に献金をして、僧正の位を持っているという老牧師に天祐を祈ってもらったり、何人もの産婆にレミヤを診察させて、生れる日取りを勘定してもらっては肝を冷したり、そうかと思うと有名な占い婆の門口で今一人のアルマチラとぶつかり合って、赤面しながら引き返したり……なぞ、あらん限りの下らない事ばかりを、りに選って繰り返しておりましたが、そんな事をしているうちにもレミヤのお腹は容赦なくせり出して来て、今にも赤ん坊が飛び出しそうになって参りました。
 私共がそれに連れて夢中になってしまった事は申す迄もありませぬ。
 日記帳と首引きをしながら、
「……今日生れては大変だが」
 と指折り数えて青くなっているうちにヤット弟の週間を通り越して自分の週間に這入って来たその嬉しさ……と思うと又、何事もなくその週間を通過して行くその恐ろしさ。
 思いは同じ弟も、同じ下宿の闇黒の中に眼をみはりながらジット時計のセコンドを数えている気はいが、一所に眼を醒ましている私にアリアリと感じられるようになりました。
 こうして予定から一箇月も遅れた昨年の十月の末の火曜日にレミヤはやっとの事で、玉のような男の児を生み落したのですが……しかし、どうでしょう……それから約束の二百八十日を逆に数えてみますと……ナント驚くべき事には、その日は私の週間でもなければ弟の領分でもない……ちょうどレミヤが教会に行って、二人が下宿に休んでいる、その日曜日に当っているでは御座いませぬか。……私たちが二百八十日という日数を定めましたのは医者の書物に書いてある普通の女の姙娠期間を標準にしたものですが、それがコンナ皮肉な結果になろうとは誰が思い及びましょう。……イクラ神様の思し召しでも、これは又余りに残酷な……イタズラ小僧の思い付きとしか思えない思し召しようでは御座りませぬか。
 私たち三人の運命はお蔭で又も完全に行き詰まってしまいました。
 けれどもその行き詰まり状態は、以前のような遠慮や妥協の利く行き詰まり状態とは全然程度が違っておりました。
 その児は男の子に有り勝ちの母親で、実に可愛らしく丸々と肥っておりましたが、どうしたものか生れ落ちると間もなく、母親以外の誰が抱いても承知しなくなりましたのでレミヤはもう有頂天になって可愛がっているのです。私達もそれを見ますと直ぐにも抱き上げて頬擦りしてみたい衝動で一パイになるのですが、まだどっちの子とも決定きまらない以上どうする事も出来ません。ウッカリ先に手でも出そうものならその場で決闘が初まりそうな気がするのです。そこで、もうスッカリ破れかぶれになってしまった私達兄弟は、間もなくこの町で一流の弁護士を頼んで、一か八かの勝敗を決定してもらうべく、双方から同時に訴訟を提起する事になりました。
 ところがこの裁判の係長を引き受けた人は、この界隈でも名判官の評判を取っているテロルウイグという主席判事で御座いましたが、事件の性質上、裁判の内容を絶対秘密にする旨を関係者一同に宣誓させた上で、双方の主張を聴取る段取りになりますと、私の方の弁護士がタッタ一ツ取っておきの「兄の権利」を主張してマチラの主張を押え付けようとするのに対して、相手側の弁護士は「双生児の兄と弟を区別する事は出来ない筈である。従来のように後から生れた方を兄と認めるのは要するに迷信的な判別法で、医学上ではドチラが兄か弟か区別出来ない事になっている」という事実を専門家の説明付きで主張して一歩も後へ引きません。……それでは二人の父親の血液を採って、赤ん坊の血液と比較研究して、ドチラかに近い方の血液の持ち主を本落の親と認めてはドウかという事になりましたので、取りあえず私達二人の血を採って調べてみますと、これが又生憎と揃いも揃った同類同型の血液で、赤ん坊の血清に対する反応も隅から隅まで同一なのです。……では指紋でもいいから似通った方を親子と決めようというので双方同意の上で調べてもらいますと、これは又兄弟とも全然型が違っている上に、赤ん坊の指紋は又飛び離れた形になっておりますので、これも問題にならなくなりました。
 こうして裁判官も弁護士も、それからこの裁判のために特別に召集されました陪審員たちまでも、ドン底まで行き詰まってしまう一方に、赤ん坊は誰も名前の付けてやり手がないまんまズンズンと大きくなって行きます。そのうちにこの裁判の秘密が、どこから洩れたものかわかりませんが、だんだんと評判になって参りまして、方々の新聞がヨタまじりに書き立てるようになりました。すなわちこの裁判が、どうなるかという事は全世界の裁判史上に一つの大きなレコードとどめる意味になりますので……しかも、このまま無期延期にするとか、双方の示談にするとかいう事は、絶対に不可能というのですから、新聞が飛び切りの題目として、徳義を構わず書き立てるのは無理もない事と思われます。

       (6)

 名裁判長ウイグ氏は、こうした形勢を眼の前に見ますと、今までの行き詰まりの一切合財を総決算的に引き受けた気持ちになって、モノスゴイ苦心を初めたらしいのです。その証拠には殆んど裁判ごとに、その鬚が白くなって行くように見えたのですが、しかし、それと同時にウイグ氏は、この裁判を自分の名誉にかけても片付けなくてはならぬと固い決心のほぞを固めたらしいのです。そうして、あらゆる方面から正しい親子の鑑別法を研究しました結果、とうとう最後の最後ともいうべき一ツの方法を思い付いたらしく、今一度裁判を開いて窮極の断案を下す事に相成りました。すなわちウイグ裁判長は今から一週間ばかり前に数十通の通告書を発しまして、双方の弁護士、私達二人、十二人の陪審官は申すに及ばず、レミヤ母子、ハルスカインイグノラン両家の親類縁者、家庭関係の牧師、教師、医師なんぞの一切合財にてて加えて、当地の大学に奉職しておられます医学、法学、哲学、文学、動物学その他の自然科学者で、一流と呼ばるる大学者連の十数名を参考人として、きょうの午後三時まで当地方裁判所の第一号法廷に参集すべしという指定を与えたので御座います。しかもウイグ氏が、斯様かように多種多様の大勢を、如何なる意図の下に第一号法廷に召集するのであろうか……という事は、裁判の当日まで全く不明で、双方の弁護士の一流の頭脳を以てしても尚且つ、想像だに及ぼし得ないところで御座いました。
 この事が例に依って世間に洩れ伝わりますと、その評判の素晴らしさというものは又特別で御座いました。「名裁判長ウイグ氏は今日こそ、さしもの難事件を解決するに違いない」というので多大のセンセーションを捲き起しましたらしく、朝刊の報道するところに依りますとこの町に到着する列車の一等席は昨日から全部売り切れという盛況だったそうで……私も今日の午後になってから時間通りに裁判所に出頭すべく向うの町角まで参りますと、群集のために馬車が進められなくなりましたばかりでなく、目敏めざとい新聞記者連に取り巻かれそうになりましたので、慌てて馬車を引返して、ちょうどお宅に面しております未決監の、まかない部屋の勝手口から命からがら逃げ込む始末で御座いました。
 けれども、そうしてヤットの事で第一号法廷に立つ段になりますと、私は尚更の事、気を奪われてしまいました。正面に居並ぶ裁判長、陪席判事以下、弁護士、書記に到るまで、平生に倍した人数が法服いかめしく、綺羅星きらぼしのようで……そのほか十二人の陪審員、参考人として列席した博士教授連、又は各地から特別に傍聴に来た法官連、ハルスカインイグノラン両家の親類縁者、家庭関係の人々の礼服、盛装姿なぞで、さしもに広い法廷も立錐の余地がないくらい……普通の傍聴人や新聞社関係の人々は一人も入場を許さなかったせいか法廷内の空気は一層物々しく厳粛を極めておりましたようで……その真ん中に、私と弟とは、スヤスヤと眠った赤ん坊と、それを抱きかかえたレミヤを挟んで、小さくなって腰を卸した事で御座いました。
 サテ……そうした緊張した気分の中に参列者一同が裁判の内容に就いて秘密を守る旨の宣誓が終りまして、書記が今までの事件の経過を読み上げ終りますと、裁判長のウイグ氏はおもむろに壇上に立ち上りまして、咳一咳、次のような演説を初めました。
「本官は只今からこの事件に対する最後の解決法に就いて説明しようとする者である。
 本事件は元来アルママチラの双生児兄弟が、ハルスカイン家の一粒種となっているレミヤに対する恋愛に就いて、法律以上の法律、道徳以上の道徳を尊重した結果として惹き起された、超自然的な訴訟事件であって、現代の法律、科学智識、もしくは常識を以てしては永久に判決を下し得ざる奇怪、不可思議を極めた事件である。故にこれを解決しようとするには、現代の法律、科学智識、もしくは常識を以てしては到底測り得べからざる天の配剤による自然の解決を待つより外に方法はないと信ずる者である。
 ところで……ここに本官が云うところの、天の配剤による自然の解決法なるものは僅かに二種類しかないのである。その一つは誰人も考え得るであろう通りにこの裁判を無期延期とする事である。そうして二人の父親の中のいずれかが死亡、もしくは他の恋愛によってレミヤと離れ去る事によって解決されるのを待つ方法であるが、しかし、そのような解決手段は、法律、道徳、常識のいずれから見ても許さるべき事ではない。レミヤ所生の男児をそのように永く無名の子として放置しておく時は社会生活上あらゆる不都合を生ずる事になるので、この一事を以てしてもこの事件は一日も早く解決しなければならぬ事になる。本官が所謂いわゆる、第二の解決法を提唱して当法廷列席者諸氏の賛同を求むる所以ゆえんも亦、実にここに存するのである。
 本官の所謂第二の解決法というのは外でもない。すなわち一切の生物に共通して存在する『霊感』を応用する方法である。
 この生物の『霊感』なるものは今日のところではまだ科学者諸氏の間に、纏まった研究が行われていないようである。……が併し、その存在は確実に認められているので、あながちに学者諸君に限らず、普通人といえどもよく眼を開いて見る時は、地上到る処に『霊感』の存在を認める事が出来るのである。
 植物に於ては、眼も鼻も口も持たない草木の根が、壁一重向うの肥料の方へズンズンと伸びて行く。又は同じように五官を持たない蔓草の蔓が、支柱の在る方へサッサと延長して行くのも同じ道理で、何かは知らず一般生物界には、人間の五官以上の霊感が存在している事を気付かずにはいられないのである。そのほか林の樹々の枝が、決してれ合わないように一定の距離間隔を保っているのを見ても、春に先立って地下茎が芽ぐむのを見ても、その他一切の造化の微妙な作用を観察するに付け聞くにつけて、何かしら人間の五官を超越した、或る偉大なる『霊感』の存在を肯定せずにはいられないのである。
 しかも、これが動物となると一層吾々人間の注意を惹き易いので、その最も顕著な実例だけでも殆んど枚挙にいとまがないくらいである。……たとえば七面鳥は山の向うに鷹が来ている事を知って雛鳥を蔽い隠し、駱駝らくだは行く手の地平線下にライオンが居るのを知って立ちすくむ。蜘蛛くもは明日の晴天を確信して風雨の中に網を張りまわし、ひるは水中に在りながら不断に天候の変化を予報する。その他、馬が乗り手の上手下手を只一眼で区別し、猫が猫好きを選んで身体からだをスリ付けるなど、一々挙げて行くのはその煩に堪えないであろう。すなわち換言すれば、吾々人間は余りにその五官の働らきに信頼し過ぎている結果、こうした本来の霊感の作用を退化させているので、下等な生物になればなる程、斯様かような霊感が発達している事は、所謂文明国人と野蛮人のソレとを比較しても容易に首肯され得るであろう。
 しかもこの『下等な生物ほど霊感が発達している』という原則こそは、本官がってもって、この裁判に応用して、最後の断案を下さむと欲する、所謂第二の手段の憑拠ひょうきょとなるべき、根本原則に外ならないのである。
 すなわち当法廷に参列しているレミヤ所生の男児は、まだ東西を弁ぜざる嬰児えいじである。しかも本官の調査するところに依れば、生れ落ちると間もない頃から母親の手に抱かれている間だけ温柔おとなしく、安らかに眠るに反して、他人が抱き取ろうとすると何もかもなく泣き出す習性がある。すなわちその真実の親を区別する霊感の如何に明敏なものであるかという事実を日常に証拠立てているものと認められるのである。
 本官は確信する。レミヤの児は同じようにして本当の父親をその霊感に依って容易に区別し得るであろう事を……アルママチラの二人の中、自分の父親でない方が抱いたならば直ぐに泣き出すであろうと同時に、本当の父親が抱いたならば直ぐに泣き止むであろう事を……。
 但し……この方法はいわば超常識的、もしくは超学理的の事実を根拠としたものであるから、あるいは牽強附会のそしりを免れ得ないであろう事を本官は最初から覚悟しているものである。
 故に本官は今日只今職権を以てこの手段をこの法廷に強いようとするものではない。ただ、この方法以外にこの裁判を確定する手段は、恐らく絶無であろう事を信ずるが故に、敢て御迷惑をもかえり見ず、く多数の御出席を要望した次第である。すなわち現代の常識を代表する陪審員諸氏。……科学智識を代表する参考人諸氏……及び……ハルスカインイグノラン両家の家庭の内事に対して、多少共に発言権を有しておられる限りの紳士淑女のすべてをこの法廷に招集して、その『かくの如き解決手段を用いるの止むを得ざるに出でた理由』を訴え、その公明正大なる判断による満場の御賛同を得た後に、この解決方法を採用したいと考えている者である。
 然して、この前代未聞の裁判を確定したいと希望している者である」

       (7)

 この演説が終りました時に満場の官民が一度に吐き出した溜め息は、お互い同志を吹き飛ばす位で御座いました。そうしてその溜め息が終るのを待って、不賛成者の起立を要望しました裁判長の声も、再び起った歎息の渦巻きによって答えられるばかりで御座いました。
 私達兄弟はそのような緊張した空気の中を相並んで裁判長の前に進み出まして、運命の切迫にわななく指で、受験の順番をきめるくじを引きましたが、第一番の籤はどうした廻り合わせか弟に当りましたので私はガッカリしてしまいました。……赤ん坊は今スヤスヤと眠っているのですから、ソッと抱き取れば、わからないかも知れないのです。そうして丁度その次に私が抱き取る時に眼を醒ましてヒーヒー泣き出すかも知れないと思ったからです。……私はその時にこの裁判法の不公平を主張しなかった事を心から後悔しましたが、もう間に合いませんので、全身の血がカーッと頭に上って来るのをジッと我慢しながら、弟のする事を眼も離さずに見ておりました。
 ところが結果は案外な事になってしまったのです。案外にも意外にも、私は自分の顎が外れたのに気が付かなかった程の、驚き呆れた結論があらわれて来たのです。
 神ならぬ弟のマチラは、そんな事になろうとは夢にも知らずに、第一の籤を引いたのでスッカリ自信が出来たらしく、満場の息苦しい注目の裡に大得意でレミヤの傍に進み寄って、スヤスヤと眠っている赤ん坊を出来るだけソーッと抱き取ろうとしましたが、弟の手が身体からだに触れたか触れないかと思ううちに赤ん坊は、早くも眼を醒ましたものと見えまして、身体を弓のようにりかえらせながら火の付くように泣き出したのです。
「オヤア。オヤア。オニャオニャオニャ」……と……。その時の弟の顔は何と形容したらよろしいでしょうか。魂がパンクした表情とはあのような顔付きを云うのでしょうか。レミヤの膝の上に赤ん坊を取り落したまま、射抜かれた飛行船のようにフラフラと回転したと思うと、バッタリと床の上にヘタバリたおれてしまいました。
 満場のドヨメキの中に弟の身体が運び出されますと、私はもう嬉し泣きの涙で向うが見えなくなってしまいました。その涙を払う間もなく無我夢中でレミヤに飛び付いて、人眼も恥じずキッスの雨を降らせますと、又もスヤスヤと眠りかけている赤ん坊を抱き上げて、シッカリと抱き締めました。
「サアサア、お父さんだよお父さんだよ」
 と揺すり上げながら、思い切り頬ずりをしようとしましたが、その私のチョッキの上を、思いもかけぬ力強さでメチャクチャに蹴立てた赤ん坊は、又も焦げ付くように泣き藻掻もがき初めました。
「ウギャー。ウギャー。オヤア。オヤア。ヒヤアヒヤアヒヤア。フニャーフニャーフニャー」
 私は赤ん坊を抱えたまま、棒のように立ちすくんでしまいました。余りの事に途方に暮れながら、割れるような法廷の動揺の中にレミヤの顔を見返りますと……これは又、どうした事でしょう……。レミヤは法廷の床の上に転び落ちて、美しい顔を引きゆがめながら、虚空を掴んで悶絶しているでは御座いませんか。しかも、それと同時に背後の方で、
「……ああ……神様よ……おゆるしを……」
 という奇妙な声が聞こえましたので、思わずその方を振り向いてみますと、傍聴席のズット向うの壁際で、一人の黒い服を着た老人が失神しかけているのを、左右に座っている人が支え止めている様子です。……そうしてその顔をよくよく見ますと、それはレミヤが日曜ごとに参詣していた天主教会の僧正様で、私のために天祐を祈ってくれたアノ老牧師さんではありませんか……。
 ……ああ……。
 ……何という、恐ろしい天の配剤で御座いましょう。……何という適切な自然の解決で御座いましょう。……そうして又、何という名裁判で御座いましょう。
 ……レミヤは日曜も休んでいなかったので御座います……。
 ……私は抱いていた赤ん坊をどこへ取り落したか全く記憶致しません。ただ夢うつつのように法廷をよろめき出て、最前這入って来た通りの道を歩いて、まっ直ぐに先生の処に来たように思うだけで御座います。

       (8)

 ……イヤもう……こんな恐ろしい、馬鹿馬鹿しい眼に会おうとは、今日が今日まで夢にも想像していませんでした。
 ……私はもう、失恋していいのか悪いのか、わからなくなってしまいました。……これが失恋というものか、どうなのかすら自分で解からないような、奇妙キテレツな気持ちになってしまいました。……ですからこのような秘密を打ち明けて先生の御判断をおぐのです。
 ……先生……一体私はこれから、どうしたらいいのでしょうか……。
 ……あの児の本当の父親は……レミヤの正当の夫は……イッタイ誰にきめたらいいのでしょうか……。

     ………………………………………………………………

 こう云い云いアルマ青年は、やっと顔を上げた。そうして流るる汗を拭い拭い、老ドクトルパーポン氏の顔を見上げたが、そのまま二三度眼をパチパチさせたと思うと、折角せっかく、タッタ今はめてもらったばかりの顎を、又も、ガックリと外してしまった。
 ドクトルの顎が、いつの間にか外れていたので……。

底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:kazuishi
2000年10月25日公開
2006年3月11日修正
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