此スバーと云う物語は、インドの有名な哲学者で文学者の、タゴールが作ったものです。インド人ですが英国で勉強をし立派な沢山の本を書いています。六七年前、日本にも来た事がありました。此人の文章は実に美しく、云い表わしたい十のことは、三つの言葉でさとらせるように書きます。此物語の中にも沢山そう云う処がありますが、判り難そうな場処は言葉を足して、はっきり訳しました。此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。

 女の子が、スバシニ(麗わしく物云う人)と云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い当ることが出来ましょう。彼女の二人の姉は、スケシニ(美しい捲毛の人)スハスニ(愛らしく微笑むもの)と云う名でした。お揃にする為、父親は一番末の娘にも、スバシニと云う名をつけたのでした。彼女は、其をちぢめてスバーと呼ばれていました。
 二人の姉達は、世間並の費用と面倒とで、もう結婚して仕舞っていました。今は唖の末娘が両親の深い心がかりとなっています。世の中の人は、皆、彼女が物を云わないので、ちっとも物に感じない、とでも思っているようでした。彼女の行末のことだの、心配だのを、彼女の目の前で平気に論判します。スバーは、極く小さい子供の時から、神が何かの祟りのように自分を父の家にお遣しになったのを知っていたのでなみの人々から遠慮し、一人だけ離れて暮して行こうとしました。若し皆が、彼女のことをすっかり忘れ切って仕舞っても、スバーは、ちっとも其を辛いとは思わなかったでしょう。
 けれども、誰が心労を忘れることが出来ましょう? 夜も昼も、スバーの両親の心は彼女の為に痛んでいるのでした。
 わけても、母親は彼女を、まるで自分の不具のように思って見ました。母にとって、娘と云うものは、息子よりずっと自分に親しい一部分です。娘の欠点は、自分の恥のもとともなります。父親のバニカンタは、却って他の娘達より深くスバーを愛しましたが、母親は、自分の体についた汚点しみとして、厭な気持で彼女を見るのでした。
 例え、スバーは物こそ云えないでも、其に代る、睫毛の長い、大きな黒い二つの眼は持っていました。又、彼女の唇は、心の中に湧いて来る種々な思いに応じて、物は云わないでも、風が吹けば震える木の葉のように震えました。
 私共が言葉で自分達の考えを表す時、仲だちとなるものは容易に見つかりません。大抵の場合不確な考えの翻訳と云う順序を踏まなければならず、為に、私共は、よく間違って仕舞います。
 けれども、スバーの黒い眼には、何の翻訳もいりませんでした。心そのものが影をなげました。眼の裡に、思いは開き閉じ、耀き出すかと思えば、闇の中に消え去ります。沈んでゆく月のように凝っと一つところにかかったり、又は、迅い閃く稲妻のように、空――眼全体を照したり。生れ落るとから、唇の戦きほか言葉を持たずに来たものは、表し方に限りがなく、海のように深く、曙、黄昏たそがれが光りや影を写す天のように澄んだ眼の言語をならいました。唖は、自然が持っているような、寂しい壮麗さを持っているのです。其故、他の子供達は、スバーをこわがる位でした。決して彼女とは遊びませんでした。彼女は、丁度人が暑さに恐れて皆家へ入っているインドの真昼間のように、静かで独りぼっちなのでした。
 スバーの住んでいたのは、チャンデプールと云う村でした。ベンガール地方の川としては小さいその村の川は、あまり立派でもない家の娘のように、狭い自分の領分を大事に守って居りました。そのいそがしい水の流れは、決して堤から溢れることがありません。けれども、川沿いの村に住んでいる家々の一人のように、自分の務めをいそしんでいました。両岸には人家や樹陰の深い堤があるので、川の女神は、女王の玉座から踏み出しては家毎の花園の守神となり、自分のことを忘れて、軽い陽気な足どりで、不断の潤いを、四辺あたりのものに恵むのです。
 バニカンタの家は、その川の面を見晴していました。構えのうちにある小屋でも稲叢いなむらでも、皆川を過ぎて行く船頭の処から見えました。此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川のみぎわに出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。けれども、此処で、周囲の自然は、スバーの言葉の足りなさを補い、彼女に代って物を云いました。小川の囁き、村の人達の声、船頭の歌や木々のさわめき、小鳥の囀り等は皆混り合い、彼女の心のときめきと一つのものになりました。其等の音は、スバーの落付かない魂に打ちよせる、一つの広い響の波となります。此自然の囁き動きこそ、唖の娘の言葉でした。長い睫毛がかげを投げた黒い眼のあの物語は、とりもなおさず、彼女を囲む世界の言葉なのでした。蝉の鳴いている樹から、静かな星に至る迄、其処には、言葉に表わさない合図や、身振り、啜泣、吐息などほか、何もありません。
 深い真昼時、船頭や漁夫は食事に行き、村人は昼寝をし、小鳥は鳴を鎮めて渡舟さえ動かず、いつも忙しい世界が、その働きをぴたりと止めて、急に淋しくおそろしいように成った時、宏い宏い、心に喰い入るような空の下には、唯、物を云わない自然と、こそりともせず坐っている唖の娘とがいるばかりでした――自然は、燦き渡る太陽の光の下に、スバーは、一本の小さい樹が影を落している下に――
 然し、此スバーにも、まるで友達がないと云うのではありませんでした。
 家の家畜小舎には、サーツバシとパングリと云う二匹の牝牛がいました。彼等は、唯の一度も、自分達の名が娘の唇から呼ばれるのを聞いた事はありませんでした。が、彼等はスバーの跫音を覚えていました。言葉にこそ云わないけれども、彼女は、いかにも可愛くて堪らなそうに何か呟きます、牛共は、どんなに多くの言葉より、此優しい呟きをさとりました。彼女があやし、叱り、機嫌などを取ってやると、喋る大人がしてやるより、遙か素直にききわけます。
 スバーは小舎に入って来ると、サーツバシの首を抱きました。又、二匹の友達に頬ずりをします。パングリは、大きい親切そうな眼を向けて、スバーの顔をなめるのでした。
 スバーは、毎日きッと三度ずつは牛小舎を訪ねました。他の人達は定っていません。其ばかりか、彼女は、いつ何時でも辛いことを聞かされさえすると、時に構わず此物を云わない友達の処に来ました。牛達は、スバーの心にある痛みを、彼女の悲しそうな静かな眼つきから察しるようでした。彼女の傍によって来てやさしく角を腕などになすりつけ、言葉に云えない途方に暮れた様子で、慰めようとするのでした。
 此等二匹の牛のほかに、山羊や小猫もいました。けれども、スバーは、牛共に対するほどの親しみは持っていませんでした。彼等の方では同じようになついていましたが。小猫などは、折さえあると夜昼かまわずスバーの膝にとび上り心持よさそうに丸まって、彼女が柔かい指で背中や頸を撫で撫で寝かしつけて呉れるのを、何より嬉しそうにします。
 スバーは、此他もう少し高等な生きものの中にも一人の仲間を持っていました。ただ、その仲間と云うのも、どんな風な仲間と云ってよいのか、一口で云うのは難しいことでした。何故なら、彼女のその仲間は、話が出来ました。彼に話しが出来ることが、却って二人の間にちっとも共通な言葉をなくして仕舞っていたからです。
 その仲間と云うのは、ゴサインと云う家の末息子で、プラタプと云うなまけ者でした。彼の両親は、長い間散々種々やって見た揚句、到頭、彼もいつかは一人前の男に成るだろうと云う希望を、すっかり棄てて仕舞いました。一体、のらくら者と云うものは、家の者からこそ嫌がられますけれども、他処よその人々は、誰にでも大抵気に入られると云う得を持っています。彼等を繋いで置く職務等と云うものがないので、彼等は、皆のものになります。丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来る広場がなくてはならないように、一つの村には、二人か三人、誰にでも相手をしていられる暇人が必要です。そう云う人さえいれば、私共が暇で友達でも欲しくなれば、雑作もなく得られます。
 プラタプの何よりの大望と云うのは、魚を捕えることでした。彼は此為には沢山の時間を無駄につぶし、殆ど毎日、昼から釣をしている姿の見えぬ事はありません。彼がスバーに一番ちょくちょく会ったのも斯うやって釣をする時でした。何をするにでも、プラタプは仲間のあるのが好きでした。釣をしている時には、口を利かない友達に越したものはありません。プラタプは、スバーが黙っているので、大事にしました。そして、皆は彼女をスバーと呼ぶ代りに、自分丈はスと呼んで、親しい心持を表した積りでいたのです。
 スバーは、いつでもタマリンド(熱帯地方に生える木で、黄色い花が咲き、印度人は、その花や葉を食べます)の下に坐るのがきまりでした。プラタプは少し離れて、釣糸を垂れる。彼は檳榔子ビンロウジを少し持って来ました。スバーが、それを噛めるようにしてやる(印度人は、ビンロウジと云う木の実を、しなの木の皮と一緒に、チューインガムでも噛むように、噛む習慣を持っています。)
 そうやって長いこと坐り、釣の有様を見ている時、彼女は、どんなにか、プラタプの素晴らしい手伝い、真個の助けとなって、自分が此世に只厄介な荷物ではないことを証拠だてたく思ったでしょう! けれども、何もすることはありませんでした。其処で、彼女は仕方なく天地をお創りになった神に向い、どうか、此世にない程の力を授けて下さるように、驚くべき奇蹟で、プラタプに
「や! 此がお前に出来ようとは思わなかった※(感嘆符二つ、1-8-75)
と、喫驚びっくり、叫ばせてやることが出来ますように、と祈るのでした。
 ああ、考えても御覧なさい。若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭はとばへと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない釣などは止めてしまい、水の世界へ泳ぎ入って、銀の御殿の黄金作りの寝台の上に、誰あろう、この小さい唖のス、バニカンタの娘を見ることも出来たでしょうのに。そう、そう、私共のス、あの宝石の光り輝く市の王様の、たった一人娘のスを! けれども、其那工合には行きません。それは出来ないことでした。真個にそれ等の事も出来ないと云うのではありませんが、スは、水の世界パタルプールの宮殿へ生れないで、バニカンタの家に生れて仕舞いました。其ですから、彼女は、どうしたらゴサインの息子を喫驚させられるか、分らなかったのです。
 次第に、彼女は大きくなって行きました。いつとはなく、物心もつきました。彼女の身内を貫いて、丁度満月の時、海の真中からゆらぎ出す潮のように、新たな、云うに云われない感覚が、流れました。スバーは、我と我身を顧みました。自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。
 或る満月の晩おそく、彼女は静かに部屋の戸を開けて、こわごわ戸外を覗いて見ました。淋しいスバーと同じように、彼女自身満月の自然は、凝っと眠った地上を見下しています。スバーの若い健やかな生命は、胸の中で高鳴りました。歓びと悲しさとが、彼女の身も心も、溢れるばかりに迫って来る。スバーは、際限のない自分の寂しささえ超えて恍惚うっとりとして仕舞いました。彼女の心は、堪え難い程苦しく重い、而も、云うことは出来ないのです。口には云わず心配の多い母、自然の足許に、此も無言の裡に悩む一人の娘が、いつまでも立っていました。
 彼女を結婚させなければならないと云うことは、スバーの両親にとって、一方ならない苦労でした。近所の人達は、親の責任を果さないと云って、悪く云います。中には、世間並の交際などは出来ない者として噂する者さえありました。バニカンタは、何不自由ない暮をし、毎日二度ずつも魚のカレーを食べられる程だったので、彼を憎んでいる者が、決して無いではなかったのです。段々、妻やその他女の人達が喧しく云い出したので、到頭バニカンタは、二三日何処へか出て行きました。そして、間もなく帰って来ると、
「わし共は、カルカッタへ行かんければならないよ。」
と云い渡しました。
 家の者は、此知らない土地へ旅立つ為、種々仕度を調えました。スバーの心は、まるで靄に包まれた明方のように涙でしめりました。近頃、次第に募って来た、ぼんやりとした恐しさで、彼女は物の云えない獣のように、父や母につきまといました。大きな眼を見開いて、いかにも何か知りたそうに、親達の顔を眺めます。けれども、彼等は只一言も恵んでは呉れませんでした。
 斯様な事のある最中の或る午後、プラタプは、いつものように釣をしながら、笑ってスバーに云いました。
「それじゃあ、ス、お父さん達は到頭お婿さんを見つけて、お前はお嫁に行くのだね、私のことも、まるきり忘れて仕舞わないようにしてお呉れ!」
 直ぐ又、彼は魚に気を取られて仕舞いましたが、スバーは、傷つけられた牝鹿が、苦しみの中で、
「私が、貴方に何をしたでしょう?」
と訊きながら狩人の顔を見るように、プラタプの面を見守りました。
 其日、彼女はもういつもの木の下には座りませんでした。スバーが、父の足許に泣き倒れて、顔を見上げ見上げ激しく啜泣き出した時、父親は、丁度昼寝から醒めたばかりで、寝室で煙草をのんでいる処でした。
 バニカンタは、どうにかして、可哀そうな娘を慰めようとしました。そして、自分の頬も涙で濡てしまいました。
 愈々いよいよ、明日は、カルカッタに行かなければならないと云う時になりました。スバーは、自分が子供の時から友達であったもの達に別れを告げる為、牛小舎に入って行きました。彼女は自分で芻草かいばをやりました。彼女は、牛達の頸にすがりつき、その顔をつくづくと眺めました。言葉に代って物を云う、両方の眼からこぼれる涙は止めようもありません。其晩は、丁度十日月の夜でした。スバーは部屋を脱け出し、懐しい川岸の、草深い堤に身を投げ伏せました。まるで、彼女にとっては強い、無口な母のようにも思われる「大地」に腕を巻きつけて、
「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私をしっかり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて下さい」
と云いでもするように。
 カルカッタの家に着いてからの或る日のことでした。スバーの母は、大変な心遣いで娘に身なりを飾らせました。髪の毛をレースのように編んで畳み込み、体の彼方此方に飾りを下げ、スバーの自然の美しさを代なしにするに一生懸命になりました。
 スバーの眼は、もう涙で一杯です。泣いて瞼が腫れると大変だと思う母親は、きびしく彼女を叱りました。が、涙は小言などには頓着してはいません。花婿は、友達と一緒に花嫁を見に来ました。神が、彼に供える犠牲の獣を選びに被来いらしったように、スバーを見に来た人を見ると、親達は心配とこわさで、クラクラする程でした。物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、人々の前に出す迄に、スバーの涙を一層激しくしました。来た偉い人は、長い間、彼女をじいっと見た揚句、
「そんなに悪くもない。」
と思いました。
 彼は、スバーの涙に特別な注意を払い、彼女が優しい心を持っているに違いないと思いました。今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加えました。牡蠣かきについた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分の不具を悲しんで泣くとは知らず此ほかの解釈を、その涙に対して下そうともしませんでした。
 ついに暦が調べられ、結婚の儀式は吉日を選んで行われました。
 娘の唖な事を隠して他人の手に引渡して、スバーの両親は故郷に帰って仕舞いました。有難いことです! 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天国の安らかさが、真個に与えられると云うのでしょうか。花婿の仕事は西の方にあったので、結婚して間もなく、彼は妻を其処へ連れて行きました。
 然し、十日も経たないうち、花嫁が唖であったのを、知らない者は無くなってしまいました。若し又、誰か其を知らない者があったとしても、其は少くとも、彼女がわるいのではありませんでした。彼女は、誰も瞞しはしないのですから。
 誰一人として解って呉れませんでしたが、スバーの眼は、総てのことを彼等に語っていました。彼女はあらゆる人々を見廻しました。通じる話は何処にもありません。彼女は、唖の娘の言葉が分って呉れた人々の子供の時から見馴れた顔をどんなに懐しく慕わしく思ったでしょう。彼女の物を言わない胸の裡には、只、心を見透おす神ばかりに聞える、無限の啜泣きがあったのです。
 今度こそ、眼と耳と両方を使って、彼女の良人は眼と同様に耳も働かせた厳重な検査をし、二度目の、物を云える妻と、結婚しました。
〔一九二三年二月〕

底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
   1986(昭和61)年3月20日初版発行
初出:「少女倶楽部」
   1923(大正12)年2月号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年8月14日作成
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