その時張廷栄という、県尹[#「県尹」は底本では「懸尹」]が新たに任について、庁に升ったところで、一疋の猴が丹※[#「土へん+犀」、61-11]の下へ来て、跪いて号んだ。張廷栄は不思議に思って、隷官に命じて猴の後をつけさした。猴は養済院のほうへ往って、その門前に集まっている乞児の間を往来して何者か探す容であったが、やがて其処を離れて往くので、隷官もまたその後からついて往った。往く途で、猴は人家へ入って餅を貰ってきて、それを隷官に喫わし、また往って大市橋のある処へ出たが、その橋の袂にいる乞児を見つけると、隷官を曳きとどめるようにして、突然その乞児の肩に跳りあがり、頬を打ち面を抓みだした。隷官はその乞児に意味があるだろうと思って、すかさず執えて庁に帰った。張廷栄は再三これを鞫問した。それは猴の主人を毒殺した相手の乞児であった。そこで張廷栄は乞児の死骸を掘らして、それを棺に入れ、火をもって焚かしたが、その火の燃えあがった時、かの猿は隷官の前に頭をさげ、そして、不意に火の中に飛び込んで焚死してしまった。張廷栄は大いに感じて『義猴記』という文章を作って石に刻んだのであった。
底本:「中国の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月4日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年発行
※誤植を疑った箇所は底本の親本を参照して改めました。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
2005年11月23日修正
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