ペーチャは十一だ。サヴェート同盟の百姓の息子だ。うちには牝牛が一匹、鶏が八羽、豚が四匹に、猫と犬とがいる。
 春から秋の末まで、おとっさんとおっかさんは一日、朝から晩まで畑で働いた。サヴェートでは日本でタンボをつくるように麦畑をつくる。馬鈴薯、玉ネギ、キャベツなどもつくる。
 ペーチャの親たちは、自分の畑のほかに、村の金持の百姓レスコフの畑でも働いた、つまり小作をやっていたんだ。
 ペーチャはピオニェールで、学校ではよく勉強したし、家の仕事もよく手伝った。牛をキャベツ畑から追っぱらった。草苅をした。ジャガいも掘りなんかと来たら、うまいこと、大人にだってまけやしない!
 ところが、村にこういう噂がひろまって来た。サヴェート同盟じゃ、今度すっかり畑の作りかたを代えちまうんだそうだゾ。一軒一軒がわけて作ってる畑をみんなまぜて、一つにしちまってみんなが共通で機械で耕したり、種を蒔いたり、苅入れしたりするようにするんだそうだ。村の年よりどもはビックリして早速教会の坊さんのところへかけつけた。そして、きいた。
「ねえ坊さま。いってえ俺たちの村はどうなるだんべ。畑の区切りなくして、お前さまノペタラに麦なんどこせえたら、どっからどこまでが俺の分だか、ひとにとられたって分りもしねえ。そういう集団農場なんてのは、いやだナア」
 坊主は、プロレタリアのサヴェートがきらいだ。サヴェートになってから農民はドシドシ字がよめるようになって来た。道理がわかって来て、この世にいもしない神様を信じて、坊さんに財布ハタイて布施を出すことをだんだんしなくなって来た。だからいつだってサヴェートの敵だ。村の年よりのグチをきいてこれ幸いと、
「そうとも! そうとも!」
とおだてあげた。
「集団農場なんか下らん! プロレタリア農民にいいことなんかないんだ。反対しなさい」
 村に伝わった集団農場の噂でビックリしたものがほかにもいる。それは富農のレスコフだ。
 太って、デカイ腹に時計の鎖をたらしたレスコフは或る日ペーチャの両親をテーブルの前へよびつけて云った。
「ナア、お前たち、こんどはいよいよこの村も集団農場になりそうだが、賛成かネ?」
 ペーチャの父親はボンヤリ床を眺めて黙っていた。すると、レスコフが続けて云うには、
「集団農場になると、ワシの政府から借りてる地面も皆なの土地とつきまぜられ、従って、お前たちに働いてもらって、これまでみたいに野菜や麦や、町から貰って来た布施をやることも出来ないようになる。お互に損だ。ナア、だから、村サヴェートで大会があるときは手を上げなさんナヨ。反対するんだ! よしか?」
 そして、酒をのませ、ペーチャが学校からうちへかえって見たら、真昼間、酒くさいイビキをかいて、ペーチャのおやじは眠ってる。
 おっかさんが、手招きをしてそっとペーチャを裏の胡桃くるみの木の下へつれ出した。レスコフの云ったことを話し、
「だが、私はレスコフはだますと思うよ。考えて見るに、レスコフは、俺らを働かせ、くれる物より十層倍もの物を儲けておるんだ」
と溜息をついた。ペーチャはピオニェールだし、学校で、くわしく集団農場のことを聞いている。
「おっかさん、集団農場へ入る方がズッといいんだ。機械でウンと耕せば、ウンと麦がとれる。集団農場が儲ければ、平均に働いてる者にも分け前が来るし、托児所やクラブも出来るんだヨ! 活動写真をタダで見れるようになるんだよ!」
 大会のあった後、ペーチャの家は大騒動がオッ始まった。
「太い女郎め! 亭主に反対して集団農場さへえる奴があるか! 畜生!」
 おやじは火の玉になってペーチャのおっかさんをなぐりつけようとした。おっかさんは泣きながら、
「だってお前さん、お前さんの考えが間違ってるんだもの……レスコフにだまされるのはいやだよ、サヴェートはこれまでだって農民の暮しが楽になるようにと考えてくれたんだもの……」
 ペーチャは、おっかさんをなぐろうとするおやじの手へぶら下って叫んだ。
「とっちゃん! 考えれヨウ! 集団農場の方がみんなの為にいいんだから、ヨウ!」
「小僧奴! 出てうせろ!」
 だが出てうせたのはペーチャではなかった。おやじだ。おやじはレスコフの家へ行って、もう家へかえらなかった。
 おっかさんとペーチャとは、仕方がないから二人ぎりで実に忙しく集団農場のために働いた。ペーチャは集団農場のピオニェール・クラブのために汗を流して壁新聞を書いたりした。
 が、困ったことが出来て来た。おっかさんがだんだんショゲて来たことだ。おとっさんと別にいるのが辛くなって来たらしい。
 或る晩、おっかさんがペーチャの勉強しているわきで泣いていたと思ったら、次の朝ペーチャが目をさました時、家のどこにもおっかさんの姿が見えない。ペーチャはテーブルの上に、下手くそな字で書いてある置手紙を見つけた。
「可愛いペーチャ! かんべんしてくれなさい。私はお父さんが恋しくてたまらないからレスコフのところへ行く。かんべんしてくれなさい!
愚かな母より」
 涙がペーチャのほっぺたを流れた。
 それから、ペーチャは長いこと考えてたが、その手紙をもって村の集団農場の議長のところへ行った。
 議長は、その手紙をひろげ、読んでから、
「ふーむ」
とうなった。
「……ペーチャ、お前はさてどうするかね?」
 ペーチャは、答えた。
「俺は、集団農場さ残る。……だって、集団農場はサヴェートのもんで――おいらサヴェートの子なんだもん」
 議長は、大きなつよい手で、しっかりペーチャの手を握って勇ましく振った。
同志タワーリシチ、ありがとう! 一緒に働こう!」
 それからペーチャは、集団農場のクラブで暮すようになった。
 夏休みが来ると、毎朝早く、赤旗がヒラヒラ風にひるがえるトラクトル(耕作の機械)にのっかって畑に出て行くペーチャの姿を、村の人がみんな嬉しそうに見送った。

底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第四巻」河出書房
   1951(昭和26)年12月発行
初出:「少年戦旗」戦旗社
   1931(昭和6)年9・10月合併号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年4月22日作成
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