私には「探偵趣味」という意味がハッキリとわからない。同時に「猟奇趣味」という言葉も甚だアイマイなように感じている。しかもその癖に、そんな趣味の小説や絵画はナカナカ好きな方で、つまらないと思う作品にまでもツイ引きつけられて行く。自分でも可笑おかしいと思っているが仕方がない。

 イッタイどうしてこんなに矛盾した心理現象が起るのだろう。
 そうした趣味の定義や範囲は、雲を掴むように漠然としているように、そうした趣味から受ける興味はどこまでも深刻痛切を極めている。それ等の作品の一つ一つの焦点は実にハッキリしている。脳味噌の中心にヒリヒリと焦げ付く位である。それでいて、あとから考えるとその興味の焦点と、自分の心理の結ばり工合ぐあいがサッパリわからない。探偵趣味で惹き付けられたのか、猟奇趣味で読まされたのか、わからない場合が非常に多い。わかってもその「探偵」とか「猟奇」とかいう趣味の定義は依然として五里霧中だからおかしい――どうもおかしい――。

 子供の時に、自分の家へ郵便が投げ込まれるのを遠くから見て飛んで帰った事がある。別に手紙が見たいわけではなかったけど、どこから来た手紙か知りたかったからである。町中の家々に来る手紙をみんな知っている郵便屋さんが羨ましくて仕様がなかったものである。
 あんなのが探偵趣味というものであろうか。
 それから――やはりそのころのこと、初めて動物園に連れて行かれて火喰鳥や駱駝らくだを見せられた時に、いつまでもいつまでもジッと見詰めたまま帰ろうとしなかった事がある。子供心にそうした鳥や獣が、そんな奇妙な形に進化して来た不可思議な気持ちを、自分の気持ちとピッタリさせたい――というようなボンヤリした気持ちを一心に凝視していた。何とも云えない変テコな動物の体臭に酔いながら――。
 あんなのが猟奇趣味というのであろうか。
 もしそんなものならばコンな趣味は取りも直さず人間の本能から出たものでなければならぬ。そうしてこれ等の趣味の定義や範囲は学者たちの客観的な研究によって決定さるべきもので、それにとらわれている私たちが空に考えたとてわかる筈のものでない。しかも、それがわかった時はビタミンの発見と同様、遠からず平々凡々な趣味によってしまうべき運命を持っているので、現在のように大衆を酔わせる力はなくなってしまうであろう――ナアンダ。つまらない――というような心細い感じもするようである。

 しかし、又、万一それがそうでなかったらどうであろう。唯物文化が唯一の生命としている――2+2=2×2=4――式な哲学に飽き果てた近代人が、その生活の対照として石から油を取るような思いをしてヒネリ出した趣味が、コンナ「探偵」とか「猟奇」とかいう趣味傾向となってあらわれたものであるとすれば、どうであろう。
 問題は実にタヨリナイものに化する。手の甲にツバキをつけて垢をコスリ出して自分のキタナサに驚いて楽しむ趣味と同じものになる――イヤジャありませんか――ペッペッ――しかし又、同時に問題は非常に重大化する。こうした趣味の芸術は、あらゆる芸術の先鋒を承って行くべき――そうして将来益々その精鋭の度を加えつつ――あらゆる方面に人類の生活をエグリ付けつつ――新領土を次から次に開拓して行くべき、人類の生命の躍動の最新最鋭の、白熱的尖端――オヤオヤ――スッカリ本誌のお提灯になってしまった――イヤドウモ――。

 しかも、形容詞ばかりで、内容も焦点も、定義も、範囲も、依然としてハッキリしていないのだから人を馬鹿にしているでしょう。
 実際こうした趣味は天地開闢かいびゃく以来ある趣味なのでしょうか。それとも飛行機と一所いっしょに生まれた趣味なのでしょうか。
 ソモソモ七面鳥は自身に猟奇趣味を理解しつつ、あんなに顔色を変化して行くのでしょうか――。
 モボは本当に時代遅れを自覚しつつ銀座街頭から消え失せて行くのでしょうか――という論理が又成り立つかどうか――。
 考えているうちに頭がわるくなった。

 とにもかくにも近来益々この趣味が流行して来ました――いろんな新しい主義や傾向と一所に――。けれどもそんな趣味を流行はやらせている人々は本当にこんな趣味を理解しながら書いたり読んだりして居られるのでしょうか。新米の私にはサッパリ見当が付きませんが――。
 万一私と同様に、わからないまま夢中になって御座るのでしたら――アハハハハハ――まさかソンナ事もありますまいけれど――ナンセンス――ナンセンス――。
 パアパアパアパアパアパア――。

底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年12月3日第1刷発行
初出:「猟奇 第二巻第八号」
   1929(昭和4)年8月
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2006年5月3日作成
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