悟浄出世

寒蝉敗柳かんせんはいりゅうに鳴き大火西に向かいて流るる秋のはじめになりければ心細くも三蔵さんぞうは二人の弟子にいざなわれ嶮難けんなんしのぎ道を急ぎたもうに、たちまち前面に一条の大河あり。大波湧返わきかえりて河の広さそのいくばくという限りを知らず。岸に上りて望み見るときかたわらに一つの石碑あり。上に流沙河りゅうさがの三字を篆字てんじにて彫付け、表に四行の小楷字かいじあり。

 八百流沙界はちひゃくりゅうさのかい
 三千弱水深さんぜんじゃくすいふかし
 鵞毛飄不起がもうただよいうかばず
 蘆花定底沈ろかそこによどみてしずむ
――西遊記――

 そのころ流沙河りゅうさがの河底にんでおった妖怪ばけものの総数およそ一万三千、なかで、かればかり心弱きはなかった。かれに言わせると、自分は今までに九人の僧侶そうりょった罰で、それら九人の骸顱しゃれこうべが自分のくび周囲まわりについて離れないのだそうだが、他の妖怪ばけものらには誰にもそんな骸顱しゃれこうべは見えなかった。「見えない。それは※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)おまえの気の迷いだ」と言うと、かれは信じがたげな眼で、一同を見返し、さて、それから、なぜ自分はこうみんなと違うんだろうといったふうな悲しげな表情に沈むのである。他の妖怪ばけものらは互いに言合うた。「あいつは、僧侶そうりょどころか、ろくに人間さえったことはないだろう。誰もそれを見た者がないのだから。ふなざこを取って喰っているのなら見たこともあるが」と。また彼らはかれ綽名あだなして、独言悟浄どくげんごじょうと呼んだ。かれが常に、自己に不安を感じ、身を切刻む後悔にさいなまれ、心の中で反芻はんすうされるそのかなしい自己苛責かしゃくが、ついひとり言となってれるがゆえである。遠方から見ると小さなあわかれの口から出ているにすぎないようなときでも、実は彼がかすかな声でつぶやいているのである。「おれはばかだ」とか、「どうして俺はこうなんだろう」とか、「もうだめだ。俺は」とか、ときとして「俺は堕天使だてんしだ」とか。
 当時は、妖怪に限らず、あらゆる生きものはすべて何かの生まれかわりと信じられておった。悟浄がかつて天上界てんじょうかい霊霄殿りょうしょうでん捲簾けんれん大将を勤めておったとは、この河底で誰言わぬ者もない。それゆえすこぶる懐疑的な悟浄自身も、ついにはそれを信じておるふりをせねばならなんだ。が、実をいえば、すべての妖怪ばけものの中でかれ一人はひそかに、生まれかわりの説に疑いをもっておった。天上界で五百年前に捲簾大将をしておった者が今の俺になったのだとして、さて、その昔の捲簾大将と今のこの俺とが同じものだといっていいのだろうか? 第一、俺は昔の天上界のことを何一つ記憶してはおらぬ。その記憶以前の捲簾大将と俺と、どこが同じなのだ。身体からだが同じなのだろうか? それとも魂が、だろうか? ところで、いったい、魂とはなんだ? こうした疑問をかれらすと、妖怪ばけものどもは「また、始まった」といってわらうのである。あるものは嘲弄ちょうろうするように、あるものは憐愍れんびんの面持ちをもって「病気なんだよ。悪い病気のせいなんだよ」と言うた。

 事実、かれは病気だった。
 いつのころから、また、何がもとでこんな病気になったか、悟浄ごじょうはそのどちらをも知らぬ。ただ、気がついたらそのときはもう、このようないとわしいものが、周囲に重々しく立罩たちこめておった。渠は何をするのもいやになり、見るもの聞くものがすべて渠の気を沈ませ、何事につけても自分がいとわしく、自分に信用がおけぬようになってしもうた。何日も何日も洞穴ほらあなこもって、食をらず、ギョロリと眼ばかり光らせて、渠は物思いに沈んだ。不意に立上がってその辺を歩きまわり、何かブツブツ独り言をいいまた突然すわる。その動作の一つ一つを自分では意識しておらぬのである。どんな点がはっきりすれば、自分の不安が去るのか。それさえ渠にはわからなんだ。ただ、今まで当然として受取ってきたすべてが、不可解な疑わしいものに見えてきた。今までまとまった一つのことと思われたものが、バラバラに分解された姿で受取られ、その一つの部分部分について考えているうちに、全体の意味が解らなくなってくるといったふうだった。
 医者でもあり・占星師せんせいしでもあり・祈祷者きとうしゃでもある・一人の老いたる魚怪が、あるとき悟浄を見てこう言うた。「やれ、いたわしや。因果いんがな病にかかったものじゃ。この病にかかったが最後、百人のうち九十九人まではみじめな一生を送らねばなりませぬぞ。元来、我々の中にはなかった病気じゃが、我々が人間をうようになってから、我々の間にもごくまれに、これに侵される者が出てきたのじゃ。この病に侵された者はな、すべての物事を素直に受取ることができぬ。何を見ても、何に出会うても『なぜ?』とすぐに考える。究極の・正真正銘しょうしんしょうめいの・神様だけがご存じの『なぜ?』を考えようとするのじゃ。そんなことを思うては生き物は生きていけぬものじゃ。そんなことは考えぬというのが、この世の生き物の間の約束ではないか。ことに始末に困るのは、この病人が『自分』というものに疑いをもつことじゃ。なぜおれは俺を俺と思うのか? ほかの者を俺と思うてもさしつかえなかろうに。俺とはいったいなんだ? こう考えはじめるのが、この病のいちばん悪い徴候ちょうこうじゃ。どうじゃ。当たりましたろうがの。お気の毒じゃが、この病には、薬もなければ、医者もない。自分でなおすよりほかはないのじゃ。よほどの機縁に恵まれぬかぎり、まず、あんたの顔色のはれる時はありますまいて。」

 文字の発明はくに人間世界から伝わって、彼らの世界にも知られておったが、総じて彼らの間には文字を軽蔑けいべつする習慣があった。生きておる智慧ちえが、そんな文字などという死物で書留められるわけがない。(絵になら、まだしもけようが。)それは、煙をその形のままに手でらえようとするにも似た愚かさであると、一般に信じられておった。したがって、文字を解することは、かえって生命力衰退の徴候しるしとしてしりぞけられた。悟浄が日ごろ憂鬱ゆううつなのも、畢竟ひっきょうかれが文字を解するために違いないと、妖怪ばけものどもの間では思われておった。
 文字はとうとばれなかったが、しかし、思想が軽んじられておったわけではない。一万三千の怪物の中には哲学者も少なくはなかった。ただ、彼らの語彙ごいははなはだ貧弱だったので、最もむずかしい大問題が、最も無邪気な言葉でもって考えられておった。彼らは流沙河りゅうさがの河底にそれぞれ考える店を張り、ために、この河底には一脈の哲学的憂鬱が漂うていたほどである。ある賢明な老魚は、美しい庭を買い、明るい窓の下で、永遠の悔いなき幸福について瞑想めいそうしておった。ある高貴な魚族は、美しいしまのある鮮緑のかげで、竪琴たてごとをかき鳴らしながら、宇宙の音楽的調和をたたえておった。醜く・鈍く・ばか正直な・それでいて、自分の愚かな苦悩を隠そうともしない悟浄ごじょうは、こうした知的な妖怪ばけものどもの間で、いいなぶりものになった。一人の聡明そうめいそうな怪物が、悟浄に向かい、真面目まじめくさって言うた。「真理とはなんぞや?」そしてかれの返辞をも待たず、嘲笑ちょうしょうを口辺に浮かべて大胯おおまたに歩み去った。また、一人の妖怪――これは※魚ふぐ[#「魚+台」、U+9B90、135-7]の精だったが――は、悟浄の病を聞いて、わざわざたずねて来た。悟浄の病因が「死への恐怖」にあると察して、これをわらおうがためにやって来たのである。「生ある間は死なし。死いたれば、すでに我なし。また、何をかおそれん。」というのがこの男の論法であった。悟浄はこの議論の正しさを素直に認めた。というのは、かれ自身けっして死をおそれていたのではなかったし、渠の病因もそこにはなかったのだから。わらおうとしてやって来た※[#「魚+台」、U+9B90、135-12]魚の精は失望して帰って行った。

 妖怪ばけものの世界にあっては、身体からだと心とが、人間の世界におけるほどはっきりと分かれてはいなかったので、心の病はただちにはげしい肉体の苦しみとなって悟浄を責めた。堪えがたくなったかれは、ついに意を決した。「このうえは、いかに骨が折れようと、また、いかに行く先々で愚弄ぐろうされわらわれようと、とにかく一応、この河の底にむあらゆる賢人けんじん、あらゆる医者、あらゆる占星師せんせいしに親しく会って、自分に納得なっとくのいくまで、教えをおう」と。
 かれは粗末な直綴じきとつまとうて、出発した。

 なぜ、妖怪ばけものは妖怪であって、人間でないか? 彼らは、自己の属性の一つだけを、極度に、他との均衡つりあいを絶して、醜いまでに、非人間的なまでに、発達させた不具者だからである。あるものは極度に貪食どんしょくで、したがって口と腹がむやみに大きく、あるものは極度に淫蕩いんとうで、したがってそれに使用される器官が著しく発達し、あるものは極度に純潔で、したがって頭部を除くすべての部分がすっかり退化しきっていた。彼らはいずれも自己の性向、世界観に絶対に固執こしゅうしていて、他との討論の結果、より高い結論に達するなどということを知らなかった。他人の考えの筋道を辿たどるにはあまりに自己の特徴が著しく伸長しすぎていたからである。それゆえ、流沙河りゅうさがの水底では、何百かの世界観や形而上けいじじょう学が、けっして他と融和することなく、あるものは穏やかな絶望の歓喜をもって、あるものは底抜けの明るさをもって、あるものは願望ねがいはあれど希望のぞみなき溜息ためいきをもって、揺動ゆれうごく無数の藻草もぐさのようにゆらゆらとたゆとうておった。

 最初に悟浄ごじょうが訪ねたのは、黒卵道人こくらんどうじんとて、そのころ最も高名な幻術げんじゅつ大家たいかであった。あまり深くない水底に累々るいるいと岩石を積重ねて洞窟どうくつを作り、入口には斜月三星洞しゃげつさんせいどうの額が掛かっておった。庵主あんじゅは、魚面人身ぎょめんじんしん、よく幻術を行のうて、存亡自在、冬、雷を起こし、夏、氷を造り、飛者とりを走らしめ、走者けものを飛ばしめるといううわさである。悟浄はこの道人に月仕えた。幻術などどうでもいいのだが、幻術をくするくらいなら真人しんじんであろうし、真人なら宇宙の大道を会得えとくしていて、かれの病をいやすべき智慧ちえをも知っていようと思われたからだ。しかし、悟浄は失望せぬわけにいかなかった。ほらの奥で巨鼇きょごうの背に座った黒卵道人こくらんどうじんも、それを取囲む数十の弟子たちも、口にすることといえば、すべて神変不可思議しんぺんふかしぎの法術のことばかり。また、その術を用いて敵をあざむこうの、どこそこの宝を手に入れようのという実用的な話ばかり。悟浄の求めるような無用の思索の相手をしてくれるものは誰一人としておらなんだ。結局、ばかにされわらいものになった揚句あげく、悟浄は三星洞を追出された。

 次に悟浄が行ったのは、沙虹隠士しゃこういんしのところだった。これは、年を経たえびの精で、すでに腰が弓のように曲がり、半ば河底の砂に埋もれて生きておった。悟浄はまた、月の間、この老隠士に侍して、身のまわりの世話を焼きながら、その深奥しんおうな哲学に触れることができた。老いたる蝦の精は曲がった腰を悟浄にさすらせ、深刻な顔つきで次のように言うた。
「世はなべてむなしい。この世に何か一つでもきことがあるか。もしありとせば、それは、この世の終わりがいずれは来るであろうことだけじゃ。別にむずかしい理窟りくつを考えるまでもない。我々の身の廻りを見るがよい。絶えざる変転、不安、懊悩おうのう、恐怖、幻滅、闘争、倦怠けんたい。まさに昏々昧々こんこんまいまい紛々若々ふんぷんじゃくじゃくとしてするところを知らぬ。我々は現在という瞬間の上にだけ立って生きている。しかもその脚下の現在は、ただちに消えて過去となる。次の瞬間もまた次の瞬間もそのとおり。ちょうど崩れやすい砂の斜面に立つ旅人の足もとが一足ごとに崩れ去るようだ。我々はどこに安んじたらよいのだ。まろうとすれば倒れぬわけにいかぬゆえ、やむを得ず走り下り続けているのが我々の生じゃ。幸福だと? そんなものは空想の概念だけで、けっして、ある現実的な状態をいうものではない。果敢はかない希望が、名前を得ただけのものじゃ。」
 悟浄の不安げな面持ちを見て、これを慰めるように隠士いんしは付加えた。
「だが、若い者よ。そうおそれることはない。なみにさらわれる者はおぼれるが、浪に乗る者はこれを越えることができる。この有為転変ういてんぺんをのり超えて不壊不動ふえふどうの境地に到ることもできぬではない。いにしえ真人しんじんは、く是非を超え善悪を超え、我を忘れ物を忘れ、不死不生ふしふしょうの域に達しておったのじゃ。が、昔から言われておるように、そういう境地が楽しいものだと思うたら、大間違い。苦しみもない代わりには、普通の生きもののつ楽しみもない。無味、無色。まこと味気あじけないことろうのごとく砂のごとしじゃ。」
 悟浄は控えめに口をはさんだ。自分の聞きたいと望むのは、個人の幸福とか、不動心ふどうしんの確立とかいうことではなくて、自己、および世界の究極の意味についてである、と。隠士は目脂めやにたまった眼をしょぼつかせながら答えた。
「自己だと? 世界だと? 自己をほかにして客観世界など、在ると思うのか。世界とはな、自己が時間と空間との間に投射したまぼろしじゃ。自己が死ねば世界は消滅しますわい。自己が死んでも世界が残るなどとは、俗も俗、はなはだしい謬見びゅうけんじゃ。世界が消えても、正体のわからぬ・この不思議な自己というやつこそ、依然として続くじゃろうよ。」
 悟浄が仕えてからちょうど九十日めの朝、数日間続いた猛烈な腹痛と下痢げりののちに、この老隠者いんじゃは、ついにたおれた。かかる醜い下痢と苦しい腹痛とを自分に与えるような客観世界を、自分の死によって抹殺まっさつできることを喜びながら……。
 悟浄はねんごろにあとをとぶらい、涙とともに、また、新しい旅に上った。

 うわさによれば、坐忘ざぼう先生は常に坐禅ざぜんを組んだまま眠り続け、五十日に一度目をまされるだけだという。そして、睡眠中の夢の世界を現実と信じ、たまに目覚めているときは、それを夢と思っておられるそうな。悟浄がこの先生をはるばる尋ね来たとき、やはり先生はねむっておられた。なにしろ流沙河りゅうさがで最も深い谷底で、上からの光もほとんどして来ない有様ゆえ、悟浄も眼の慣れるまでは見定めにくかったが、やがて、薄暗い底の台の上に結跏趺坐けっかふざしたまま睡っている僧形そうぎょうがぼんやり目前に浮かび上がってきた。外からの音も聞こえず、魚類もまれにしか来ない所で、悟浄もしかたなしに、坐忘先生の前にすわって眼をつぶってみたら、何かジーンと耳が遠くなりそうな感じだった。
 悟浄が来てから四日めに先生は眼を開いた。すぐ目の前で悟浄があわてて立上がり、礼拝らいはいをするのを、見るでもなく見ぬでもなく、ただ二、三度まばたきをした。しばらく無言の対坐たいざを続けたのち悟浄は恐る恐る口をきいた。「先生。さっそくでぶしつけでございますが、一つお伺いいたします。いったい『我』とはなんでございましょうか?」「とつ! 秦時しんじ※轢鑚たくらくさん[#「車+度」、U+2834F、139-16]!」という烈しい声とともに、悟浄の頭はたちまち一棒をくらった。かれはよろめいたが、また座に直り、しばらくして、今度は十分に警戒しながら、先刻の問いを繰返した。今度は棒がりて来なかった。厚いくちびるを開き、顔も身体もどこも絶対に動かさずに、坐忘先生が、夢の中でのような言葉で答えた。「長く食を得ぬときに空腹を覚えるものが※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)おまえじゃ。冬になって寒さを感ずるものが※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)じゃ。」さて、それで厚いくちびるを閉じ、しばらく悟浄ごじょうのほうを見ていたが、やがて眼を閉じた。そうして、五十日間それを開かなかった。悟浄は辛抱強しんぼうづよく待った。五十日めにふたたび眼を覚ました坐忘先生は前にすわっている悟浄を見て言った。「まだいたのか?」悟浄はつつしんで五十日待った旨を答えた。「五十日?」と先生は、例の夢を見るようなトロリとした眼を悟浄に注いだが、じっとそのままひと時ほど黙っていた。やがて重い唇が開かれた。
「時の長さを計る尺度が、それを感じる者の実際の感じ以外にないことを知らぬ者は愚かじゃ。人間の世界には、時の長さを計る器械ができたそうじゃが、のちのち大きな誤解の種をくことじゃろう。大椿たいちん寿じゅも、朝菌ちょうきんようも、長さに変わりはないのじゃ。時とはな、我々の頭の中の一つの装置しかけじゃわい」
 そう言終わると、先生はまた眼を閉じた。五十日後でなければ、それがふたたび開かれることがないであろうことを知っていた悟浄は、睡れる先生に向かって恭々うやうやしく頭を下げてから、立去った。

「恐れよ。おののけ。しかして、神を信ぜよ。」
 と、流沙河りゅうさがの最も繁華な四つつじに立って、一人の若者が叫んでいた。
「我々の短い生涯しょうがいが、その前とあととに続く無限の大永劫だいえいごうの中に没入していることを思え。我々の住む狭い空間が、我々の知らぬ・また我々を知らぬ・無限の大広袤だいこうぼうの中に投込まれていることを思え。誰か、みずからの姿の微小さに、おののかずにいられるか。我々はみんな鉄鎖につながれた死刑囚だ。毎瞬間ごとにその中の幾人かずつが我々の面前で殺されていく。我々はなんの希望もなく、順番を待っているだけだ。時は迫っているぞ。その短い間を、自己欺瞞ぎまん酩酊めいていとに過ごそうとするのか? のろわれた卑怯者ひきょうものめ! その間をなんじみじめな理性をたのんで自惚うぬぼれ返っているつもりか? 傲慢ごうまんな身のほど知らずめ! 噴嚏くしゃみ一つ、汝の貧しい理性と意志とをもってしては、左右できぬではないか。」
 白皙はくせきの青年はほおを紅潮させ、声をらして叱咤しったした。その女性的な高貴な風姿のどこに、あのような激しさが潜んでいるのか。悟浄は驚きながら、その燃えるような美しいひとみに見入った。かれは青年の言葉から火のようなきよい矢が自分の魂に向かって放たれるのを感じた。
「我々のしうるのは、ただ神を愛しおのれを憎むことだけだ。部分は、みずからを、独立した本体だと自惚うぬぼれてはならぬ。あくまで、全体の意志をもって己の意志とし、全体のためにのみ、自己を生きよ。神に合するものは一つの霊となるのだ」
 確かにこれはきよすぐれた魂の声だ、と悟浄は思い、しかし、それにもかかわらず、自分の今えているものが、このような神の声でないことをも、また、感ぜずにはいられなかった。訓言おしえは薬のようなもので、※(「やまいだれ+亥」、第3水準1-88-46)おこりを病む者の前に※(「やまいだれ+重」、第4水準2-81-58)はれものの薬をすすめられてもしかたがない、と、そのようなことも思うた。

 その四つつじから程遠からぬ路傍ろぼうで、悟浄は醜い乞食こじきを見た。恐ろしい佝僂せむしで、高く盛上がった背骨にられて五臓ごぞうはすべて上に昇ってしまい、頭の頂は肩よりずっと低く落込んで、おとがいへそを隠すばかり。おまけに肩から背中にかけて一面に赤くただれた腫物はれものが崩れている有様に、悟浄は思わず足をめて溜息ためいきらした。すると、うずくまっているその乞食こじきは、くびが自由にならぬままに、赤く濁った眼玉めだまじろりと上向け、一本しかない長い前歯を見せてニヤリとした。それから、上に吊上つりあがった腕をブラブラさせ、悟浄の足もとまでよろめいて来ると、かれを見上げて言った。
僭越せんえつじゃな、わしあわれみなさるとは。若いかたよ。わし可哀想かわいそうなやつと思うのかな。どうやら、お前さんのほうがよほど可哀想に思えてならぬが。このような形にしたからとて、造物主をわしが怨んどるとでも思っていなさるのじゃろう。どうしてどうして。逆に造物主をめとるくらいですわい、このような珍しい形にしてくれたと思うてな。これからも、どんなおもしろい恰好かっこうになるやら、思えば楽しみのようでもある。わしの左ひじが鶏になったら、時を告げさせようし、右臂がはじき弓になったら、それで※(「号+鳥」、第3水準1-94-57)ふくろうでもとってあぶり肉をこしらえようし、わししりが車輪になり、魂が馬にでもなれば、こりゃこのうえなしの乗物で、重宝ちょうほうじゃろう。どうじゃ。驚いたかな。わしの名はな、子輿しよというてな、子祀しし子犁しれい子来しらいという三人の莫逆ばくぎゃくの友がありますじゃ。みんな女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、142-16]氏の弟子での、ものの形を超えて不生不死ふしょうふしきょうに入ったれば、水にもれず火にもけず、寝て夢見ず、覚めてうれいなきものじゃ。この間も、四人で笑うて話したことがある。わしらは、無をもってかしらとし、生をもって背とし、死をもってしりとしとるわけじゃとな。アハハハ……。」
 気味の悪い笑い声にギョッとしながらも、悟浄は、この乞食こそあるいは真人しんじんというものかもしれんと思うた。この言葉が本物ほんものだとすればたいしたものだ。しかし、この男の言葉や態度の中にどこか誇示的なものが感じられ、それが苦痛を忍んでむりに壮語しているのではないかと疑わせたし、それに、この男の醜さとうみくささとが悟浄に生理的な反撥はんぱつを与えた。かれはだいぶ心をかれながらも、ここで乞食こじきに仕えることだけは思い止まった。ただ先刻の話の中にあった女※[#「にんべん+禹」、U+504A、144-7]氏とやらについて教えをいたく思うたので、そのことをらした。
「ああ、師父しふか。師父はな、これより北のかた、二千八百里、この流沙河りゅうさが赤水せきすい墨水ぼくすいと落合うあたりに、いおりを結んでおられる。お前さんの道心どうしんさえ堅固なら、ずいぶんと、教訓おしえも垂れてくだされよう。せっかく修業なさるがよい。わしからもよろしくと申上げてくだされい。」と、みじめな佝僂せむしは、とがった肩を精一杯いからせて横柄おうへいに言うた。

 流沙河と墨水と赤水との落合う所を目指して、悟浄ごじょうは北へ旅をした。夜は葦間あしま仮寝かりねの夢を結び、朝になれば、また、はて知らぬ水底の砂原を北へ向かって歩み続けた。楽しげに銀鱗ぎんりんひるがえす魚族いろくずどもを見ては、何故なにゆえに我一人かくは心たのしまぬぞと思いびつつ、かれは毎日歩いた。途中でも、目ぼしい道人どうじん修験者しゅげんしゃの類は、あまさずその門をたたくことにしていた。

 貪食どんしょくと強力とをもって聞こえる※(「虫+(収−又)」、第4水準2-87-27)髯鮎子きゅうぜんねんしを訪ねたとき、色あくまで黒く、たくましげな、このなまず妖怪ばけものは、長髯ちょうぜんをしごきながら「遠きおもんばかりのみすれば、必ず近きうれいあり。達人たつじんは大観せぬものじゃ。」と教えた。「たとえばこの魚じゃ。」と、鮎子ねんしは眼前を泳ぎ過ぎる一尾のこいつかみ取ったかと思うと、それをムシャムシャかじりながら、説くのである。「この魚だが、この魚が、なぜ、わしの眼の前を通り、しかして、わしとならねばならぬ因縁いんねんをもっているか、をつくづくと考えてみることは、いかにも仙哲せんてつにふさわしき振舞いじゃが、鯉を捕える前に、そんなことをくどくどと考えておった日には、獲物は逃げて行くばっかりじゃ。まずすばやく鯉を捕え、これにむしゃぶりついてから、それを考えても遅うはない。鯉は何故なにゆえに鯉なりや、鯉とふなとの相異についての形而上けいじじょう学的考察、等々の、ばかばかしく高尚こうしょうな問題にひっかかって、いつも鯉を捕えそこなう男じゃろう、おまえは。おまえの物憂ものうげなの光が、それをはっきり告げとるぞ。どうじゃ。」確かにそれに違いないと、悟浄は頭を垂れた。妖怪はそのときすでに鯉を平げてしまい、なお貪婪どんらんそうな眼つきを悟浄のうなだれた頸筋くびすじそそいでおったが、急に、その眼が光り、咽喉のどがゴクリと鳴った。ふと首を上げた悟浄は、咄嗟とっさに、危険なものを感じて身を引いた。妖怪の刃のような鋭いつめが、恐ろしい速さで悟浄の咽喉をかすめた。最初の一撃にしくじった妖怪の怒りに燃えた貪食どんしょく的な顔が大きく迫ってきた。悟浄は強く水をって、泥煙を立てるとともに、愴惶そうこうと洞穴を逃れ出た。苛刻かこくな現実精神をかの獰猛どうもうな妖怪から、身をもって学んだわけだ、と、悟浄はふるえながら考えた。

 隣人愛の教説者として有名な無腸公子むちょうこうし講筵こうえんに列したときは、説教半ばにしてこの聖僧が突然えに駆られて、自分の実の子(もっとも彼はかに妖精ようせいゆえ、一度に無数の子供を卵からかえすのだが)を二、三人、むしゃむしゃべてしまったのを見て、仰天ぎょうてんした。
 慈悲忍辱じひにんにくを説く聖者が、今、衆人環視の中で自分の子を捕えて食った。そして、食い終わってから、その事実をも忘れたるがごとくに、ふたたび慈悲の説を述べはじめた。忘れたのではなくて、先刻の飢えをたすための行為は、てんで彼の意識に上っていなかったに相違ない。ここにこそおれの学ぶべきところがあるのかもしれないぞ、と、悟浄ごじょうへん理窟りくつをつけて考えた。俺の生活のどこに、ああした本能的な没我的な瞬間があるか。かれは、とうとおしえを得たと思い、ひざまずいて拝んだ。いや、こんなふうにして、いちいち概念的な解釈をつけてみなければ気の済まないところに、俺の弱点があるのだ、と、渠は、もう一度思い直した。教訓を、罐詰かんづめにしないでなまのままに身につけること、そうだ、そうだ、と悟浄は今一遍、はいをしてから、うやうやしく立去った。

 蒲衣子ほいし庵室あんしつは、変わった道場である。わずか四、五人しか弟子はいないが、彼らはいずれも師の歩みになろうて、自然の秘鑰ひやくを探究する者どもであった。探求者というより、陶酔者と言ったほうがいいかもしれない。彼らの勤めるのは、ただ、自然をて、しみじみとその美しい調和の中に透過することである。
「まず感じることです。感覚を、最も美しく賢く洗煉せんれんすることです。自然美の直接の感受から離れた思考などとは、灰色の夢ですよ。」と弟子の一人が言った。
「心を深く潜ませて自然をごらんなさい。雲、空、風、雪、うすあおい氷、紅藻べにもの揺れ、夜水中でこまかくきらめく珪藻けいそう類の光、鸚鵡貝おうむがい螺旋らせん紫水晶むらさきすいしょうの結晶、柘榴石ざくろいしの紅、螢石ほたるいしの青。なんと美しくそれらが自然の秘密を語っているように見えることでしょう。」彼の言うことは、まるで詩人の言葉のようだった。
「それだのに、自然の暗号文字を解くのも今一歩というところで、突然、幸福な予感は消去り、私どもは、またしても、美しいけれども冷たい自然の横顔を見なければならないのです。」と、また、別の弟子が続けた。「これも、まだ私どもの感覚の鍛錬が足りないからであり、心が深く潜んでいないからなのです。私どもはまだまだ努めなければなりません。やがては、師のいわれるように『観ることが愛することであり、愛することが創造つくることである』ような瞬間をもつことができるでしょうから。」
 その間も、師の蒲衣子ほいしは一言も口をきかず、鮮緑の孔雀石くじゃくいしを一つてのひらにのせて、深いよろこびをたたえた穏やかな眼差まなざしで、じっとそれを見つめていた。
 悟浄は、この庵室にひと月ばかり滞在した。その間、かれも彼らとともに自然詩人となって宇宙の調和をたたえ、その最奥さいおうの生命に同化することを願うた。自分にとって場違いであるとは感じながらも、彼らの静かな幸福にかれたためである。
 弟子の中に、一人、異常に美しい少年がいた。はだは白魚のようにきとおり、黒瞳こくとうは夢見るように大きく見開かれ、額にかかる捲毛まきげはとの胸毛のように柔らかであった。心に少しの憂いがあるときは、月の前を横ぎる薄雲ほどのかすかな陰翳かげが美しい顔にかかり、よろこびのあるときは静かに澄んだひとみの奥が夜の宝石のように輝いた。師も朋輩ほうばいもこの少年を愛した。素直で、純粋で、この少年の心は疑うことを知らないのである。ただあまりに美しく、あまりにかぼそく、まるで何か貴い気体ででもできているようで、それがみんなに不安なものを感じさせていた。少年は、ひまさえあれば、白い石の上に淡飴色うすあめいろ蜂蜜はちみつを垂らして、それでひるがおの花をいていた。
 悟浄ごじょうがこの庵室あんしつを去る四、五日前のこと、少年は朝、いおりを出たっきりでもどって来なかった。彼といっしょに出ていった一人の弟子は不思議な報告をした。自分が油断をしているひまに、少年はひょいと水に溶けてしまったのだ、自分は確かにそれを見た、と。他の弟子たちはそんなばかなことがと笑ったが、師の蒲衣子ほいしはまじめにそれをうべなった。そうかもしれぬ、あのならそんなことも起こるかもしれぬ、あまりに純粋だったから、と。
 悟浄は、自分を取っておうとしたなまず妖怪ばけものたくましさと、水に溶け去った少年の美しさとを、並べて考えながら、蒲衣子のもとを辞した。

 蒲衣子の次に、かれ斑衣※婆はんいけつば[#「魚+厥」、U+9C56、148-15]の所へ行った。すでに五百余歳を経ている女怪じょかいだったが、はだのしなやかさは少しも処女と異なるところがなく、婀娜あだたるその姿態は鉄石てっせきの心をもとろかすといわれていた。肉の楽しみをきわめることをもって唯一の生活信条としていたこの老女怪は、後庭に房を連ねること数十、容姿端正たんせいな若者を集めて、この中にたし、その楽しみにけるにあたっては、親昵しんじつをもしりぞけ、交遊をも絶ち、後庭に隠れて、昼をもって夜に継ぎ、月に一度しか外に顔を出さないのである。悟浄の訪ねたのはちょうどこの三月に一度のときに当たったので、幸いに老女怪を見ることができた。道を求める者と聞いて、※婆けつば[#「魚+厥」、U+9C56、149-3]は悟浄に説き聞かせた。ものういつかれのかげを、嬋娟せんけんたる容姿のどこかに見せながら。
「この道ですよ。この道ですよ。聖賢の教えも仙哲せんてつの修業も、つまりはこうした無上法悦むじょうほうえつの瞬間を持続させることにその目的があるのですよ。考えてもごらんなさい。この世に生をけるということは、実に、百千万億恒河沙ごうがしゃ劫無限こうむげんの時間の中でもまこといがたく、ありがたきことです。しかも一方、死はあきれるほど速やかに私たちの上に襲いかかってくるものです。遇いがたきの生をもって、及びやすきの死を待っている私たちとして、いったい、この道のほかに何を考えることができるでしょう。ああ、あのしびれるような歓喜! 常に新しいあの陶酔!」と女怪は酔ったように※(「艷のへん+盍」、第4水準2-88-94)妖淫靡えんよういんびな眼を細くして叫んだ。
貴方あなたはお気の毒ながらたいへん醜いおかたゆえ、私のところにとどまっていただこうとは思いませぬから、ほんとうのことを申しますが、実は、私の後房では毎年百人ずつの若い男が困憊つかれのために死んでいきます。しかしね、断わっておきますが、その人たちはみんな喜んで、自分の一生に満足して死んでいくのですよ。誰一人、私のところへ留まったことをうらんで死んだ者はありませなんだ。今死ぬために、この楽しみがこれ以上続けられないことを悔やんだ者はありましたが。」
 悟浄の醜さをあわれむようなつきをしながら、最後に※婆けつば[#「魚+厥」、U+9C56、149-18]はこうつけ加えた。
「徳とはね、楽しむことのできる能力のことですよ。」
 醜いがゆえに、毎年死んでいく百人の仲間に加わらないで済んだことを感謝しつつ、悟浄はなおも旅を続けた。

 賢人けんじんたちの説くところはあまりにもまちまちで、かれはまったく何を信じていいやら解らなかった。
「我とはなんですか?」という渠の問いに対して、一人の賢者はこういった。「まずえてみろ。ブウと鳴くようならお前は豚じゃ。ギャアと鳴くようなら鵝鳥がちょうじゃ」と。他の賢者はこう教えた。「自己とはなんぞやとむりに言い表わそうとさえしなければ、自己を知るのは比較的困難ではない」と。また、いわく「眼は一切を見るが、みずからを見ることができない。我とは所詮しょせん、我の知るあたわざるものだ」と。
 別の賢者は説いた、「我はいつも我だ。我の現在の意識の生ずる以前の・無限の時を通じて我といっていたものがあった。(それを誰も今は、記憶していないが)それがつまり今の我になったのだ。現在の我の意識がほろびたのちの無限の時を通じて、また、我というものがあるだろう。それを今、誰も予見することができず、またそのときになれば、現在の我の意識のことを全然忘れているに違いないが」と。
 次のように言った男もあった。「一つの継続した我とはなんだ? それは記憶の影の堆積たいせきだよ」と。この男はまた悟浄にこう教えてくれた。「記憶の喪失ということが、おれたちの毎日していることの全部だ。忘れてしまっていることを忘れてしまっているゆえ、いろんなことが新しく感じられるんだが、実は、あれは、俺たちが何もかも徹底的に忘れちまうからのことなんだ。昨日のことどころか、一瞬間前のことをも、つまりそのときの知覚、そのときの感情をも何もかも次の瞬間には忘れちまってるんだ。それらの、ほんのわずか一部の、おぼろげな複製があとに残るにすぎないんだ。だから、悟浄よ、現在の瞬間てやつは、なんと、たいしたものじゃないか」と。

 さて、五年に近い遍歴へんれきの間、同じ容態に違った処方をする多くの医者たちの間を往復するような愚かさを繰返したのち、悟浄ごじょうは結局自分が少しも賢くなっていないことを見いだした。賢くなるどころか、なにかしら自分がフワフワした(自分でないような)訳の分からないものに成り果てたような気がした。昔の自分は愚かではあっても、少なくとも今よりは、しっかりとした――それはほとんど肉体的な感じで、とにかく自分の重量をっていたように思う。それが今は、まるで重量のない・吹けば飛ぶようなものになってしまった。そとからいろんな模様を塗り付けられはしたが、中味のまるでないものに。こいつは、いけないぞ、と悟浄は思った。思索による意味の探索以外に、もっと直接的な解答こたえがあるのではないか、という予感もした。こうした事柄に、計算の答えのような解答を求めようとしたおのれの愚かさ。そういうことに気がつきだしたころ、行く手の水が赤黒く濁ってきて、かれは目指す女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、151-17]氏のもとに着いた。

 女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、152-1]氏は一見きわめて平凡な仙人せんにんで、むしろ迂愚うぐとさえ見えた。悟浄が来ても別にかれを使うでもなく、教えるでもなかった。堅彊けんきょうは死の柔弱にゅうじゃくは生の徒なれば、「学ぼう。学ぼう」というコチコチの態度を忌まれたもののようである。ただ、ほんのときたま、別に誰に向かって言うのでもなく、何かつぶやいておられることがある。そういうとき、悟浄は急いで聞き耳を立てるのだが、声が低くてたいていは聞きとれない。月の間、渠はついになんの教えも聞くことができなかった。「賢者けんじゃが他人について知るよりも、愚者ぐしゃおのれについて知るほうが多いものゆえ、自分の病は自分で治さねばならぬ」というのが、女※[#「にんべん+禹」、U+504A、152-7]氏から聞きえた唯一の言葉だった。月めの終わりに、悟浄はもはやあきらめて、暇乞いとまごいに師のもとへ行った。するとそのとき、珍しくも女※[#「にんべん+禹」、U+504A、152-9]氏は縷々るるとして悟浄に教えを垂れた。「目が三つないからとて悲しむことの愚かさについて」「つめや髪の伸長をも意志によって左右しようとしなければ気が済まない者の不幸について」「酔うている者は車からちても傷つかないことについて」「しかし、一概に考えることが悪いとは言えないのであって、考えない者の幸福は、船酔いを知らぬ豚のようなものだが、ただ考えることについて考えることだけは禁物であるということについて」
 女※[#「にんべん+禹」、U+504A、152-14]氏は、自分のかつてっていた、ある神智を有する魔物のことを話した。その魔物は、上は星辰せいしんの運行から、下は微生物類の生死に至るまで、何一つ知らぬことなく、深甚微妙しんじんみみょうな計算によって、既往のあらゆる出来事をさかのぼって知りうるとともに、将来起こるべきいかなる出来事をも推知しうるのであった。ところが、この魔物はたいへん不幸だった。というのは、この魔物があるときふと、「自分のすべて予見しうる全世界の出来事が、何故なにゆえに(経過的ないかにしてではなく、根本的な何故に)そのごとく起こらねばならぬか」ということに想到し、その究極の理由が、彼の深甚微妙なる大計算をもってしてもついにさがし出せないことを見いだしたからである。何故向日葵ひまわりは黄色いか。何故草は緑か。何故すべてがかくるか。この疑問が、この神通力じんずうりき広大な魔物を苦しめ悩ませ、ついにみじめな死にまで導いたのであった。
 女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、153-5]氏はまた、別の妖精ようせいのことを話した。これはたいへん小さなみすぼらしい魔物だったが、常に、自分はある小さな鋭く光ったものを探しに生まれてきたのだと言っていた。その光るものとはどんなものか、誰にも解らなかったが、とにかく、小妖精しょうようせいは熱心にそれを求め、そのために生き、そのために死んでいったのだった。そしてとうとう、その小さな鋭く光ったものは見つからなかったけれど、その小妖精の一生はきわめて幸福なものだったと思われると女※[#「にんべん+禹」、U+504A、153-9]氏は語った。かく語りながら、しかし、これらの話のもつ意味については、なんの説明もなかった。ただ、最後に、師は次のようなことを言った。
「聖なる狂気を知る者は幸いじゃ。彼はみずからを殺すことによって、みずからを救うからじゃ。聖なる狂気を知らぬ者はわざわいじゃ。彼は、みずからを殺しも生かしもせぬことによって、徐々に亡びるからじゃ。愛するとは、より高貴な理解のしかた。行なうとは、より明確な思索のしかたであると知れ。何事も意識の毒汁どくじゅうの中に浸さずにはいられぬあわれな悟浄よ。我々の運命を決定する大きな変化は、みんな我々の意識を伴わずに行なわれるのだぞ。考えてもみよ。お前が生まれたとき、お前はそれを意識しておったか?」
 悟浄ごじょうは謹しんで師に答えた。師の教えは、今ことに身にしみてよく理解される。実は、自分も永年の遍歴の間に、思索だけではますます泥沼どろぬまに陥るばかりであることを感じてきたのであるが、今の自分を突破って生まれ変わることができずに苦しんでいるのである、と。それを聞いて女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、154-3]氏は言った。
「渓流が流れて来て断崖だんがいの近くまで来ると、一度渦巻うずまきをまき、さて、それから瀑布ばくふとなって落下する。悟浄よ。お前は今その渦巻の一歩手前で、ためらっているのだな。一歩渦巻にまき込まれてしまえば、那落ならくまでは一息。その途中に思索や反省や低徊ていかいのひまはない。臆病おくびょうな悟浄よ。お前は渦巻うずまきつつ落ちて行く者どもを恐れとあわれみとをもってながめながら、自分も思い切って飛込もうか、どうしようかと躊躇ちゅうちょしているのだな。遅かれ早かれ自分は谷底に落ちねばならぬとは十分に承知しているくせに。渦巻うずまきにまき込まれないからとて、けっして幸福ではないことも承知しているくせに。それでもまだお前は、傍観者の地位に恋々れんれんとして離れられないのか。物凄ものすごい生の渦巻の中であえいでいる連中が、案外、はたで見るほど不幸ではない(少なくとも懐疑的な傍観者より何倍もしあわせだ)ということを、愚かな悟浄よ、お前は知らないのか。」
 師の教えのありがたさは骨髄こつずいに徹して感じられたが、それでもなおどこか釈然としないものを残したまま、悟浄は、師のもとを辞した。
 もはや誰にも道を聞くまいぞと、かれは思うた。「誰も彼も、えらそうに見えたって、実は何一つわかってやしないんだな」と悟浄は独言ひとりごとを言いながら帰途についた。「『お互いに解ってるふりをしようぜ。解ってやしないんだってことは、お互いに解り切ってるんだから』という約束のもとにみんな生きているらしいぞ。こういう約束がすでに在るのだとすれば、それをいまさら、解らない解らないと言って騒ぎ立てる俺は、なんという気のかない困りものだろう。まったく。」

 のろま愚図ぐず悟浄ごじょうのことゆえ、翻然大悟ほんぜんたいごとか、大活現前だいかつげんぜんとかいったあざやかな芸当を見せることはできなかったが、徐々に、目に見えぬ変化がかれの上に働いてきたようである。
 はじめ、それはけをするような気持であった。一つの選択が許される場合、一つのみちが永遠の泥濘でいねいであり、他の途がけわしくはあってもあるいは救われるかもしれぬのだとすれば、誰しもあとの途を選ぶにきまっている。それだのになぜ躊躇ちゅうちょしていたのか。そこでかれははじめて、自分の考え方の中にあったいやしい功利的なものに気づいた。けわしいみちを選んで苦しみ抜いた揚句あげくに、さて結局救われないとなったら取返しのつかない損だ、という気持が知らず知らずの間に、自分の不決断に作用していたのだ。骨折り損を避けるために、骨はさして折れない代わりに決定的な損亡へしか導かない途に留まろうというのが、不精ぶしょうで愚かで卑しいおれの気持だったのだ。女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、155-15]氏のもとに滞在している間に、しかし、渠の気持も、しだいに一つの方向へ追詰められてきた。初めは追つめられたものが、しまいにはみずから進んで動き出すものに変わろうとしてきた。自分は今まで自己の幸福を求めてきたのではなく、世界の意味を尋ねてきたと自分では思っていたが、それはとんでもない間違いで、実は、そういう変わった形式のもとに、最も執念深く自己の幸福を探していたのだということが、悟浄にわかりかけてきた。自分は、そんな世界の意味を云々うんぬんするほどたいした生きものでないことを、かれは、卑下ひげ感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じるようになった。そして、そんな生意気をいう前に、とにかく、自分でもまだ知らないでいるに違いない自己を試み展開してみようという勇気が出てきた。躊躇ちゅうちょする前に試みよう。結果の成否は考えずに、ただ、試みるために全力を挙げて試みよう。決定的な失敗にしたっていいのだ。今までいつも、失敗への危惧きぐから努力を抛棄ほうきしていた渠が、骨折り損をいとわないところにまで昇華しょうかされてきたのである。

 悟浄ごじょうの肉体はもはや疲れ切っていた。
 ある日、かれは、とある道ばたにぶっ倒れ、そのまま深いねむりに落ちてしまった。まったく、何もかも忘れ果てた昏睡こんすいであった。渠は昏々こんこんとして幾日か睡り続けた。空腹も忘れ、夢も見なかった。
 ふと、を覚ましたとき、何か四辺あたりが、青白く明るいことに気がついた。夜であった。明るい月夜であった。大きなまるい春の満月が水の上から射し込んできて、浅い川底を穏やかな白い明るさで満たしているのである。悟浄は、熟睡のあとのさっぱりした気持で起上がった。とたんに空腹に気づいた。渠はそのへんを泳いでいた魚類を五、六尾手掴てづかみにしてむしゃむしゃ頬張ほおばり、さて、腰にげたふくべの酒を喇叭らっぱ飲みにした。うまかった。ゴクリゴクリと渠は音を立てて飲んだ。ふくべの底まで飲み干してしまうと、いい気持で歩き出した。
 底の真砂まさごの一つ一つがはっきり見分けられるほど明るかった。水草に沿うて、絶えず小さな水泡みなわの列が水銀球のように光り、揺れながら昇って行く。ときどきかれの姿を見て逃出す小魚どもの腹が白く光っては青水藻あおみどろの影に消える。悟浄はしだいに陶然としてきた。がらにもなく歌がうたいたくなり、すんでのことに、声を張上げるところだった。そのとき、ごく遠くの方で誰かの唱っているらしい声が耳にはいってきた。渠は立停たちどまって耳をすました。その声は水の外から来るようでもあり、水底のどこか遠くから来るようでもある。低いけれども澄透すみとおった声でほそぼそと聞こえてくるその歌に耳を傾ければ、

江国春風吹不起こうこくのしゅんぷうふきたたず
鷓鴣啼在深花裏しゃこないてしんかのうちにあり
三級浪高魚化竜さんきゅうなみたこうしてうおりゅうにかす
痴人ちじん猶※なおくむ[#「尸+斗」、U+21C37、158-13]夜塘水やとうのみず

 どうやら、そんな文句のようでもある。悟浄ごじょうはその場に腰を下ろして、なおもじっと聴入った。青白い月光に染まった透明な水の世界の中で、単調な歌声は、風に消えていく狩りの角笛ののように、ほそぼそといつまでもひびいていた。
 たのでもなく、さりとて覚めていたのでもない。悟浄は、魂が甘くうずくような気持で茫然ぼうぜんと永い間そこにうずくまっていた。そのうちに、かれは奇妙な、夢とも幻ともつかない世界にはいって行った。水草も魚の影も卒然そつぜんと渠の視界から消え去り、急に、もいわれぬ蘭麝らんじゃにおいが漂うてきた。と思うと、見慣れぬ二人の人物がこちらへ進んで来るのを渠は見た。
 前なるは手に錫杖しゃくじょうをついた一癖ひとくせありげな偉丈夫いじょうふ。後ろなるは、頭に宝珠瓔珞ほうじゅようらくまとい、頂に肉髻にくけいあり、妙相端厳みょうそうたんげんほのかに円光えんこうを負うておられるは、何さま尋常人ただびとならずと見えた。さて前なるが近づいて言った。
「我は托塔たくとう天王の二太子、木叉恵岸もくしゃえがん。これにいますはすなわち、わが師父しふ、南海の観世音菩薩かんぜおんぼさつ摩訶薩まかさつじゃ。天竜てんりゅう夜叉やしゃ乾闥婆けんだつばより、阿脩羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら※(「目+侯」、第3水準1-88-88)羅伽まごらか・人・非人に至るまで等しくあわれみを垂れさせたもうわが師父には、このたび、なんじ、悟浄が苦悩くるしみをみそなわして、特にここにくだって得度とくどしたもうのじゃ。ありがたく承るがよい。」
 覚えずこうべを垂れた悟浄の耳に、美しい女性的な声――妙音みょうおんというか、梵音ぼんおんというか、海潮音かいちょうおんというか、――が響いてきた。
悟浄ごじょうよ、あきらかに、わが言葉を聴いて、よくこれを思念せよ。身のほど知らずの悟浄よ。いまだ得ざるを得たりといいいまだあかしせざるを証せりと言うのをさえ、世尊せそんはこれを増上慢ぞうじょうまんとて難ぜられた。さすれば、証すべからざることを証せんと求めたなんじのごときは、これを至極しごくの増上慢といわずしてなんといおうぞ。爾の求むるところは、阿羅漢あらかん辟支仏びゃくしぶつもいまだ求むるあたわず、また求めんともせざるところじゃ。哀れな悟浄よ。いかにして爾の魂はかくもあさましき迷路に入ったぞ。正観を得れば浄業じょうごうたちどころに成るべきに、爾、心相羸劣しんそうるいれつにして邪観じゃかんに陥り、今この三途無量さんずむりょうの苦悩にう。おもうに、なんじ観想かんそうによって救わるべくもないがゆえに、これよりのちは、一切の思念をて、ただただ身を働かすことによってみずからを救おうと心がけるがよい。時とは人の作用はたらきいいじゃ。世界は、概観によるときは無意味のごとくなれども、その細部に直接働きかけるときはじめて無限の意味をつのじゃ。悟浄よ。まずふさわしき場所に身を置き、ふさわしき働きに身を打込め。身の程知らぬ『何故』は、向後こうご一切打捨てることじゃ。これをよそにして、爾の救いはないぞ。さて、今年の秋、この流沙河りゅうさがを東から西へと横切る三人の僧があろう。西方金蝉きんせん長老の転生うまれかわり玄奘法師げんじょうほうしと、その二人の弟子どもじゃ。とう太宗皇帝たいそうこうてい綸命りんめいを受け、天竺国てんじくこく大雷音寺だいらいおんじ大乗三蔵だいじょうさんぞう真経しんぎょうをとらんとておもむくものじゃ。悟浄よ、なんじも玄奘に従うて西方におもむけ。これ爾にふさわしき位置ところにして、また、爾にふさわしき勤めじゃ。みちは苦しかろうが、よく、疑わずして、ただ努めよ。玄奘の弟子の一人に悟空ごくうなるものがある。無知無識にして、ただ、信じて疑わざるものじゃ。爾は特にこの者について学ぶところが多かろうぞ。」
 悟浄がふたたび頭をあげたとき、そこには何も見えなかった。かれ茫然ぼうぜんと水底の月明の中に立ちつくした。妙な気持である。ぼんやりした頭の隅で、渠は次のようなことをとりとめもなく考えていた。
「……そういうことが起こりそうな者に、そういうことが起こり、そういうことが起こりそうなときに、そういうことが起こるんだな。半年前のおれだったら、今のようなおかしな夢なんか見るはずはなかったんだがな。……今の夢の中の菩薩ぼさつの言葉だって、考えてみりゃ、女※じょう[#「にんべん+禹」、U+504A、160-18]氏や※(「虫+(収−又)」、第4水準2-87-27)髯鮎子きゅうぜんねんしの言葉と、ちっとも違ってやしないんだが、今夜はひどく身にこたえるのは、どうも変だぞ。そりゃ俺だって、夢なんかが救済すくいになるとは思いはしないさ。しかし、なぜか知らないが、もしかすると、今の夢のお告げの唐僧とうそうとやらが、ほんとうにここを通るかもしれないというような気がしてしかたがない。そういうことが起こりそうなときには、そういうことが起こるものだというやつでな。……」
 渠はそう思って久しぶりに微笑した。

 その年の秋、悟浄ごじょうは、はたして、大唐だいとう玄奘法師げんじょうほうし値遇ちぐうし奉り、その力で、水から出て人間となりかわることができた。そうして、勇敢にして天真爛漫てんしんらんまん聖天大聖せいてんたいせい孫悟空そんごくうや、怠惰たいだな楽天家、天蓬元帥てんぽうげんすい猪悟能ちょごのうとともに、新しい遍歴へんれきの途に上ることとなった。しかし、その途上でも、まだすっかりは昔の病のけ切っていない悟浄は、依然として独り言の癖をめなかった。かれつぶやいた。
「どうもへんだな。どうもに落ちない。分からないことをいて尋ねようとしなくなることが、結局、分かったということなのか? どうも曖昧あいまいだな! あまりみごとな脱皮だっぴではないな! フン、フン、どうも、うまく納得なっとくがいかぬ。とにかく、以前ほど、苦にならなくなったのだけは、ありがたいが……。」
――「わが西遊記」の中――

底本:「李陵・山月記・弟子・名人伝」角川文庫 角川書店
   1968(昭和43)年9月10日改版初版発行
   1998(平成10)年5月30日改版52版発行
入力:佐野良二
校正:松永正敏
2001年3月16日公開
2011年3月20日修正
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