ソレ、君と通つて
此處なら屹度きつと釣れると云つた
あの淀み
富士からと天城あまぎからとの
二つの川の出合つた
大きな淀みに
たうとう出かけて行つて釣つて見ました
かなり重いおもりでしたが
沈むのによほどかゝる
四尋からの深さがありました
とろりとした水面に
すれ/\に釣竿が影を落す
それだけで私の心は大滿足でした
山の根はいゝが
惜しいことに
釣つてゐる上に道がある
なるたけ身體を
小松の蔭にかくしてゐるのだが
竿だけは上から眼につく
「あたりますかナ」
一人の男が上に蹲踞しやがんで云ふのです
「イヤ一向……
一體此處では何が釣れるのです」
この私の問には[#「問には」は底本では「間には」]
向うで困つたやうです
「さア……
うなぎ
なまづ
ふな
まア、まるた位ゐでせうナ……
餌は何です」
「みゝずです」
「みゝずなら
何にでもいゝ」
と言つてのそりと大きな男は立ち上りました
そして言ひ添へました
「どうも此頃
あたらなくなりましたよ」
「ですかねヱ……
左樣なら」
私は振返つて言ひました
そのうち
こまかな雨が來ました
身體のめぐりの
曼珠沙華まんじゆさげが次第に濡れて
なんとも云へぬ赤い色です
それが水にも映つてる
對岸の藪の向うでは
見えはしないが
蟲送りでせう
かん、かん、かんと秋らしいかねが聞える
富士から愛鷹あしたかにかけては
いちめんに塗りつぶした樣な雲で
私の釣竿からも
たうとう雫が落ち出しました

底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社
   1958(昭和33)年11月30日発行
入力:柴 武志
校正:浅原庸子
2001年5月25日公開
2005年11月10日修正
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