皇帝ツァーと地主と資本家によって搾取が行われていた時代、ロシアの勤労階級の男は、教会の坊主から常に「お前らが此世でつかえなければならない主人は三人ある」と説教されていた。その三人の主人というのは「天の神、神の子であるツァー、ツァーの子であるお前らの主人、雇主など三人である」と説きつけられ、屈従を強いられていた。
 働く婦人は一層ひどかった。坊主は女に向って十字架をふりかざし、恐ろしい目つきをして命令した。
「お前が一生命令に従わなくてはならない主人が此世に四人あるゾ。第一が天の神、第二が神のお子である皇帝、第三がお前らの使われている主人、第四が亭主だ。わかったか」
 工場で女は十一時間、十二時間と働かされ、賃銀は一日三十五カペイキ(三十五銭ぐらい)。身持ちになっても休めばクビであるから辛棒して働き、機械の前に倒れてそのまま赤字を生むことさえ珍しくなかった。物がわかると、獣のような生活から反抗するから、皇帝と資本家と地主との政府は、女を軽蔑して学問をさせず「女と牝鷄は人間でない」ということわざで女を圧しつけて、搾った。
 農村の女は、ほんとに家畜のようであった。
 だが、女が工場に働き、農村で働くうちにストライキの経験、争議の経験などにより、プロレタリアートの幸福というものは自分達が団結して、皇帝ツァー、資本家地主と闘い、それをうち倒し自分らの手でうち立てなければならないものであることを知りはじめた。
 一九一七年三月八日の婦人デーは世界の働く婦人にとって忘れられない日である。ロシアの働く婦人はこの日「パンと平和をよこせ!」と叫んで街頭に溢れ出し、幾千人という婦人が憲兵と勇ましく闘って、遂に世界の歴史を新しくした革命の第一の口火を切った。その頃は第一次帝国主義世界戦争で皇帝資本家地主は自身の利益のため、労働者農民を何十万人と西部戦線で殺していた。国内では工場が閉鎖され、農村で働き手がなくなって、パンが欠乏し、全く窮乏のドン底に陥っているのに、搾取者どもは、猶も愛国主義をふり立てて、労働者農民を大砲毒ガスの餌じきに送ろうとする。働く妻、働く母、働く娘は蹶起してその収奪に抗争したのであった。
 十月革命は大衆の真の要求を代表し、レーニンを指導者とするボルシェヴィキ(ロシア共産党)を支持する大衆の力で行われ、プロレタリア・農民の国家が建設された。働く婦人は初めて、その働きにふさわしい価うちで堂々と新しい社会を建てるために直接政治にも参加し得るようになった。
 ソヴェト同盟において初めて七時間労働制。同一労働に対して男女同額の賃銀、産前産後四ヵ月の月給つき休暇、無料産院と、工場に托児所。国庫全額負担による小学校教育等が実現されたのである。十八歳になれば男も女も選挙権を持つようになった。
 レーニンが革命後間もなくモスクワの婦人労働者会議の席上で「古い、不正な、婦人労働者にとって堪え難い法律を、ソヴェト政府は、その最も下の土台石に至るまで根本的に改造した」と演説したことは全く正しく、而も、革命後十五年目の今日、第一次五ヵ年計画の終ろうとする今日では、それが日常の生活によって証拠だてられているのである。
 先ず賃銀は一九二八年に比べると六割ばかり一般的に上っている。(ソヴェト同盟以外のブルジョア地主の国家では、反対に賃銀は二九年の恐慌以来殆ど半額に低下している。しかも婦人労働者はその半分の賃銀で一層搾られている)
 失業者は一人もいなくなった。(日本には三百万人を越える失業者が飢えている。欠食児童は二十万人だ。他の国とともに資本主義国全体では四千万人以上の失業者が仕事とパンをよこせと闘っている)
 農村も五ヵ年計画で集団化されてから、耕作面もひろがり、一人当りの収入も増した。一九二八年から見ると倍額になって、一人当り二百三十四ルーブリ(一ルーブル一円)から二百五十ルーブリである。集団農場にはラジオをただできけるクラブ、托児所、共同食堂等があり、図書室があり、農村婦人の朝夕は人間らしい楽しいものになって来た。
 農民、工場に働く男女労働者のためには、昔の宮殿、ブルジョアの別荘がみんな今は「休みの家」或は「療養所」となっている。
 この頃では、モスクワの停留場でさえ、母子休憩室がつくられ、特別母と子のための便利を考えて食堂までついているそうである。托児所、共同食堂、無料産院等はドンドン建設され働く婦人の重荷をとりのぞいている。
 この三月十四日に世界プロレタリア、農民によって五十年祭を行われたマルクスは、有名な『共産党宣言』という本の中で、資本主義というものがどんなに婦人大衆を抑圧し、搾取し、奴隷のように苦痛を与えるかということを、えぐるような憎悪をこめた言葉で云っている。
「男子の労働は婦人と小児の労働にとってかえられる。(中略)ただ年齢と性とによって、使用上に費用の多少を生ずるだけである」と。
 ソヴェト同盟の働く婦人も、皇帝ツァー、資本家地主に屈服していた間は全く無権利な、搾られる生きものであった。人間が人間を搾取することと闘い、それを絶滅する社会主義の世の中だけが、働く婦人の幸福を守ることは、ソヴェト同盟の働く婦人が、自分たちの闘争の姿でわたし等に示していると思う。
「プロレタリアの解放は、ただプロレタリア自身の仕事であるし、同様に婦人労働者の解放も(その一部として)婦人労働者自身の仕事である」とレーニンは云った。
〔一九三三年三・四月〕

底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
   1952(昭和27)年12月発行
初出:「働く婦人」
   1933(昭和8)年3、4月合併号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年10月28日作成
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