○仰有る通り皆後世に遺りて、後世は一々これが批判に任ぜざる可からずとせば、なりたくなきは後世なるかな。後世は応に塵芥掃除の請負所の如くなるべし。
○おもふがまゝに後世を軽侮せよ、後世は物言ふことなし、物言ふとも諸君の耳に入ることなし。
○天下後世をいかにせばやなど、何彼につけて呼ぶ人あるを見たる時、こは自己をいかにせばやの意なるべしと、われは思へり。
○人無茶苦茶に後世を呼ぶは、猶救け舟を呼ぶが如し。身の半は既葬られんとするに当りて、せつぱつまりて出づる声なり。
○識者といふものあり、都合のいゝ時呼出されず、わるい時呼出さる。割に合はぬこと、後世に似たり。示教を仰ぐの、乞ふのといふ奴に限りて、いで其識者といふものゝ真に出現すとも、一向言ふ事をきかぬは受合也。
○僅に三十一文字を以てすら、目に見えぬ鬼神を感ぜしむる国柄なり。況んや識者をや。目に見えぬものに驚くが如き、野暮なる今日の御代にはあらず。
○今人は今人のみ、古人の則に従ふを要せずと。尤もの事なり。後人亦斯く言はんか、それも尤もの事なり。
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○さま/″\なる世に在りて、いづれを上手と定めんは、いと難し。孰れを下手と定めんは、いと/\難し。上手を定めんよりも、下手を定めんは一層難き事なり。
○長く所謂素人たれ、黒人たる莫れ。技やよしあしの何は問はず、黒人は存外まづいものなり、下手なものなり、いやでも黒人となりて、其処に衣食するに及べば、已に早く一生の相場は定まれるものなり。之を素人より見るに、黒人ばかり物知らぬはなし、弁へぬはなし。
○染めて返らぬ黒人が身は、進退共に一度づゝ、足を洗はざる可からず。素人は自在也。
○志は行ふものとや、愚しき君よ、そは飢に奔るに過ぎず。志は唯卓を敲いて、なるべく高声に語るに止むべし。生半なる志を存せんは、存せざるに如かず、志は飯を食はす事なければなり。志は欠くも、飯は欠くを得ざればなり。
○さりとも志を棄てんは惜しき時、一策あり、精々多く志を仕入れて、処嫌はず之を振廻さん事なり。成功を見ずと雖も、附け届けを見ん。脊負切れざる程なるをもて、志の妙となす。此れにも入るべし、彼れにも加はるべし、推移するに憚らざるが故に、さてなん人々今を聖代と称す。
○丈夫四方志と唐人の言ひけん、こは恐らくは八方の誤りなるべし。
○志を抱いて死す、さもしからずや。一般字典の訓ふる所によれば、大丈夫は男の義なり、女を抱いて死せんのみ。何で死んでも広告代は同額也。
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○英雄を罵る、快事たり。美人を罵る、亦快事たり。されども共に、銭なき時の事たり。
○慷して慨せざる可けんやと、息巻荒き人の声の、蟇口の中より出づるものならぬは、今に於てわれの確信する所なりと雖も、曾て燕趙悲歌の士多してふ語をきける毎に、定めしお金が無かつたらうとおもふを禁め得ざりき。我れの矛盾にあらず、彼れの進歩のみ。
○儲けるを知つて遣ふを知らず、斥くべし。遣ふを知つて儲けるを知らず、是亦斥くべし。さらば何とかすべき。儲けて而して遣へとは、儲けぬ人の言なり。遣つて而して儲けよとは、遣はぬ人の言なり。金ならずして斯くの如く同一なる問と、同一なる答との繰返さるゝはなかるべし。世に其問、其答の明瞭に過ぐるものは、おほむね不可能の事なり。繰返し来れる今日にありては、殊に不可能の事なり。呉にして越、火にして水を兼ねしめんとするものなり。
○使ふべきに使はず、使ふべからざるに使ふ、是れ銭金の本質にあらずや。疑義を挟むを要せず。
○一国、一家、一人を分けてもいはず、金に就て論議の生ずるは、乏き時なり、少き時なり、お耻かしくも足らぬ時なり。工夫も然り、有る時にせず、無い時にす。
○孰か我邦の現状に見て、金は一切の清めなりといへる諺の、遂に奪ふまじき大原理たるに首肯かざらんや。近世最も驚くべきは、科学の進みなりとぞ。
○貧人が唯一の味方は、詩人なりと。げに然らん、詩人も唯一の貧人なれば。
○画をかく人々、字をかく人々に告ぐ。お金を払つて買つて下さるは、まことに難有いお方なり。併しながら大抵は、わからぬ奴なり。
○按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし。
底本:「日本の名随筆85 貧」作品社
1989(平成元)年11月25日第1刷発行
1991(平成3)年9月1日第3刷発行
底本の親本:「縮刷・緑雨全集」博文館
1922(大正11)年4月
入力:渡邉 つよし
校正:門田 裕志
2001年9月20日公開
2005年12月23日修正
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