最近の統計によると、日本人の人口比率において婦人の人口が三百万ばかり男子人口よりも多くなっていることが示されました。
 この事実は何を物語っていることでしょう? この簡単な数字は野蛮な戦争を強行した日本の封建的・軍事的権力によって、日本の人民生活がどんなにその根本から破滅させられたかを示すものです。
 ナチス政権の下においてドイツ人民が苦しんだとおり、ファシスト・イタリーでイタリー人民が苦しんだとおり日本の人民がその生活の歴史に前例のなかった程深刻な犠牲を強いられた事実を語るものです。
 そしてドイツやイタリーにおいて誤った政権の最も切実な犠牲が婦人大衆であったとおり、日本でも好戦的な特権支配者たちの犠牲となったのは、誰よりも先に婦人大衆であることを明瞭に語っているものです。
 戦争へ召集する一枚の赤紙はその絶対命令によって、日本のあらゆる家庭から良人と父親、愛人、兄弟たちを奪い取りました。一枚の赤紙は、幾千万の日本の家庭を片はじから破壊しました。婦人が男にかわって今日までつくしてきた生活上の努力は言葉には云いつくせません。
 工業・農業における社会生産を最低のレベルにおいてでもどうやら保ちつづけたのは勤労婦人の献身でした。一九四〇年以後の日本のすべての炭坑には婦人が入坑し、過重な労役に服してきました。若い勤労婦人は最も危険・有害なあらゆる生産部門においてさえ活動しました。
 しかも、日本の軍事的権力によって特別な保護をうけていた企業家たちは、生産の大半を婦人の労力によって行いながら、勤労婦人の福祉施設、母性保護設備、災害予防施設は行わずにきたのです。
 今日、日本の組織労働者は四百万人あります。その半数は婦人労働者であるのは、上にのべたような事情からみても実に当然なことです。
 旧支配権力が無条件降伏した一九四五年八月以後、第一回の総選挙が行われ、婦人代議士は三十九名という多数が当選しました。又憲法が改正され、民法改正草案が示され労働基準法が審議されつつあります。旧い封建日本はようよう近代の民主的な人民の生活を持とうとしているようにみえます。社会のあらゆる面での男女の差別待遇は、憲法によって確認された基本的人権における男女の平等な権利にたって徐々に改善されていくでしょう。しかし、現在の日本の全人民生活を危機に陥れているインフレーションは、これらの名目上の婦人解放の実現を、非常に困難にしています。一日一日と騰貴する物価に、決して追いつくことのない待遇改善の実情は、妻であり母である女性の辛苦を言語に絶した状態においています。若い勤労婦人にとって、現在のような経済上の危機は、彼女たちのモラルの危機としてあらわれています。更に、まだ全然社会化されていない日本家庭の家事の負担は、家庭の主婦を過労にさせているばかりか、すべての勤労婦人にとって二重の疲労をもたらしているのです。日本婦人大衆の生活の実状は、このようなものです。戦争による未亡人の生活確立に関して、植民地から引揚げて来た人々の生活再建に対して、今日の吉田内閣は、どんな責任ある処置も行うことが出来ずにいます。
 政府によって言明された大量馘首政策が比較的ゆるやかなテンポで行われているのも勤労階級の組織力によっておされているからです。最も退嬰的であると考えられていた教員、全逓・官公庁の職員も婦人をこめて今は前線に進んでいます。農民組合は日本全国にわたって供出の合理化と公正な農地調整法の実現のために闘っており、日本でははじめて全国的な農民組合婦人部の大会が近々にもたれようとしています。
 つい一年ばかり前はあのような屈従を強いられていた日本の全女性が、各方面でこのような進出を開始したのは何故でしょうか。これは決して日本の民主化がバラの咲いている道であるからではありません。全く反対に、容赦ない苦しみと矛盾にみちた生活の現実があらゆる婦人を目ざましているからにほかなりません。
 世界の姉妹よ!
 封建的な日本の野蛮な権力によって、戦争の犠牲とされた日本の全女性の叫びに耳を傾けて下さい。出発のはじめから、保守の重いかげとたたかいつつある日本民主化の途上で自分たちの血と涙とをとおして平和を要望し、そのための世界的協力を切望している日本の婦人大衆の誠意をここに披瀝いたします。日本の目ざめた婦人大衆は、自分たちの真心からのよびかけが、世界の姉妹たちによって聴かれることをどんなに願っているでしょう。より堅くされた明日の世界建設のための動力である輪の一くさりとなれる日の来ることをどんなに待望しているでしょう。そのためにも、日本の婦人大衆はよく組織され勇敢聰明に保守勢力とたたかい、日本の民主化を決定的に前進させることを自分たちの責任として理解しています。
 太平洋の上に横たわる細長い小さい島の日本、そこに生まれ、苦しみ、破壊の中から人民の国日本を建設しようとしている婦人大衆の敬慕に満ちた挨拶をおくります。
〔一九四七年三月〕

底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「婦人民主新聞」
   1947(昭和22)年3月20日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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