この新聞に、若い女性のための頁がおかれるようになったことは、うれしい。
 日本の女性の生活は、この四年の間に何といってもかわって来た。きょう一部の婦人雑誌が何かのマニアにとりつかれてでもいるように恋愛と性にはまりこんでいて、わたしたちにほしい科学的な性の知識や人生の設計としての愛情の問題からは遠くずれおちた絵そらごとやきたならしい猥談で、少女たちの好奇心までを餌じきにしているところを見ると、実に日本のひどさが思われる。封建的であればあったで女が非人間的にあつかわれた。植民地化されて慰安のストリプト・ティーズが公然演じられるようになると、人間の性が自然に保っているまじめさ、おのずからに精神がそこに浮ぶ性の行為が、こんどは、逆上した露骨さでひろげられている。
 矛盾だらけで、本能的で狭い生活から解放されていない女というものを、自分が女だから一層きらいだと思っている女性はきょうの日本に少くないのかもしれない。『週刊朝日』で、高田保氏と対談している幸田文氏は、その意味のことをいっている。自分が女だもんだから女のことは大体わかるのでという風に。
 わたしは、偶然、そのところをよんで、何となし考えこんだ。こんにち、ほんとに女のことのわかっているといえる女が幾人あるだろうか、と思って。日本の女性のかわったのは表でかわるよりも、その底流でひどくかわって来ている。表面からばかり見ると、或る意味では落ちた花が浮いている池の面のようで、見てすぎるだけのもののようだけれども、たとえば、きょう十七八歳になっている若い女性たちの中には、女学生の中にも職場に働くひとの中にも、女優のなかにも、新しいタイプが育ちはじめている。三月八日の婦人デーに、人民広場に集った組合の若い女性たちの写真には、何という新しい若い日本の女性の美しさ、健康さの輝く顔があったろう。若い女学生のうちに新しい理性や社会感情の人間像があらわれてもいる。きょうの女のことは、わたしたちが思っているよりも大規模に、複雑になって来ている。
 去年の十二月、ブダペストで開かれた世界民主婦人連盟の第二回大会では、日本のわたしたちが心をうたれるいくつかのスナップ写真がとられている。そこには白い朝鮮服をつけて、うれしそうに代議員席にあって拍手している南北朝鮮からの代表チュ・エンたちの姿がある。しっかりとして、たくさんの苦労をしのいで来ていることが報告をよんでいる五十がらみのその顔つきににじみ出ている中国代表のツァイ・チャンや、作品でなじみのあるフランスのユージニ・コトンや副議長であるソヴェトのニナ・ポポヴァの立派さに加えて、これらのアジアからの婦人代表たちが、堂々と帝国主義の侵略とファシズムに反対して、民族の独立と平和を主張している姿は、わたしたちの目に涙さえ浮ばせる。朝鮮服を着て、朝鮮の姓名をなのって、朝鮮の言葉で話すことさえ、日本の植民地政策で禁じられていた朝鮮の女性たちが、きょう世界に向って自分たちの民族の幸福のために発言するよろこびはどんなに深いだろう。中国代表は、いよいよ中国人民が植民地人としてのくびきをその肩からなげすてるその前夜に、ここで語っているのだった。
 日本からの代表の影はブダペストのこの大会に見えなかった。今年の夏のパリの平和会議にも見えなかったし、プラーグの第二会場にも現れなかった。だけれども、それなら日本には、戦争に反対し、国の内外のファシストとたたかい、平和のために心をくだいている婦人もいず、その団体もないのだろうか。そうでないことは、当時行かれなかった日本代表たちのメッセージを見てもわかる。講和についてのおとといの首相の演説は、何よりさきに、わたしたちに次のことを警戒させる。来るべき講和がどういう形をもってはじまるにせよ、その条件として日本が「次の戦争に利用することのできる八千五百万人」の生きている戦略的な地点として扱われることがあってはならない、と。近くもたれようとしているアジアの国際婦人民主連盟の大会でわたしたち日本の女性は、自分たちと世界の災厄をふせぐために、ベトナムの若い代表婦人が、ブダペストから世界の良心にアッピールしたように、アッピールする機会をもたなければならないと思う。
 女は、新しい人間イヴとして生れつつあると思う。
〔一九四九年十一月〕

底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「青年新聞」
   1949(昭和24)年11月15日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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