この頃咲く花に石竹せきちくがあります。照り続きで、どんなに乾いたかはらにも、山道にも、平気で咲いてゐるのはこの花です。茎が折れると、折れたままにその次の節からまた姿勢を持ちなほして、伸びてゆくのはこの花です。細くて、きやしやで、日盛りのあるかないかの風にも、しなしなと揺れるほどの草ですが、針金のやうな強い神経をもつてゐて、多くの草花がへとへとにしなびかかつてゐる灼熱しやくねつの真つ昼間を、瞬きもせず澄みきつた眼を開いて、太陽を見つめてゐるのはこの花です。茎を折つても、水気ひとつ出るではなし、線香のやうに乾いた髄を通して、生命が呼吸してゐるのはこの花です。砂の夢。けつく石の夢。そしてまたどんな貧しい土地にも、根をおろして伸びてゆく不思議な「生命」の石竹色の夢。

底本:「泣菫随筆」冨山房百科文庫、冨山房
   1993(平成5)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「太陽は草の香がする」アルス
   1926(大正15)年
入力:本山智子
校正:林 幸雄
2001年7月6日公開
2006年1月1日修正
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