刑場の真中には磔の柱が二本鬼魅悪く立っていた。二人の罪人はその下に引き据えられた。と、罪人の一人が云った。
「こんなに厳しくせられては、とても私達は逃げることはできません、もう覚悟をきめておりますが、ただ一つしのこしている術がありますから、すこし縄をゆるめてください、それを人に見せたうえで、心残りのないようにして死にとうございます」
臨場の役人はこれを聞いて相談した。その結果こんなに厳重に警固しているうえは、いくら切支丹でも逃げることは思いもよらないから、願いを聞いてやっても好いと云うことになって二人の縄を少しゆるめてやった。
と、見るまに一人は鼠となって、磔の柱に飛びつくが早いか、つるつると上に登って往った。警固の士は驚いて一方の男を捕えようとすると、その男の体は鳶になってばたばたと縄を解いて空にあがり、ひろ、ひろ、ひろと鳴きながらその上を舞っていたが、機を見て降りて来て彼の鼠を掴んで何処ともなく逃げて往った。警固の士は呆気にとられてそれを見送った。
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年7月24日作成
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