[目次]
星野博士ほしのはかせ
火星くわせいへの通信つうしん
火星くわせい運河うんが
火星くわせい人間にんげんんでゐるか
空中飛行くうちうひかう
火星くわせい首都みやこミルチス・マヂョル
大歓迎会だいくわんげいくわい
腹痛はらいた
トマト騒動さうどう
火星くわせい看護婦かんごふさん
地球ちきうむかつて
テン太郎たらう報告はうこく
人間にんげんのヒゲとねこのヒゲ
コオロギとかへる
[#改ページ]

星野博士ほしのはかせ


テン太郎や おひるのおべんとうを 天文台もんだいのおとうさんに とどけておくれ
ハイ 行つてきます


ニヤン子とピチクン ぼくについてきたまへ
天文台をみせてくれる?
テン太郎さん ぼくもついてゆきますよ


さあ みんなでそろつて でかけやう
あしなみ そろへて
一二 一二


ピチクン あんまりはなをくつつけては いけないよ
だつて いいにほひがするんだもの
あら ほんとだ 匂ひだけかぐのは つらいわね


あれが天文台もんだいだ あそこでおとうさんは 星の世界せかい研究けんきうをなさつてゐるのだ
月や星を見る望遠鏡ばうゑんきやうは あのまあるい屋根やねの やうな所にあるのよ
ニヤンくん よくしつてゐるね


小使さんがゐるかしら
きれいな建物たてもの
屋根やねの上で なんだかくるくる まはつてゐるね


小使さん おとうさんの所へ おべんとうをもつてきました
わたしも おともしたんだわ
これは これは 星博士はかせのぼつちやんですか 博士は研究室けんきうしつの方です


ぢや ぼくたち 中に入つてもいゝですね
あゝ ええですとも その長いらうかを通つて きあたりのまるい建物です


あそこだな
あらまあ
ずゐぶん長いらうかだなあ


ここがね おとうさんがゐらつしやる 火星研究室くわせいけんきうしつだよ
火星といふのは 人げんがすんでゐるといふ 星のことだわね
さうだよ


あら 向ふにつづいてるまる円筒ゑんとうのやうな建物たてものはなにかしら
あの建物は、火星へんでゆく、ロケットの格納庫かくなふこなんだ
ちよつとのぞいてみたいわね


テン太郎さん ちよつと、まつて なんだか中の様子やうすがへんですよ
ほんとにへんだわ
さうかしら ぢや、ニヤンちやん調しらべてくれたま


あらまあ おどろいた 大へんだわ


(ドタバタ ドタバタ)
なかで 何かおこつたの
早く りてくれ、何があつたか、しらしてくれ


どうしたんだ ニャンちやん
研究室の中では、ヒゲのり合ひよ
それぢや、喧嘩けんくわを、してゐるの


さうなのよ テン太郎さんのおとうさんと月博士はかせとが
それは大変だ のぞいてみやう
それがいい


このまどからのぞいてみやう シーッしづかにしづかに
あらまあ
へんな喧嘩けんくわだな


わしは、どうしても 火星くわせいには人げんが をらんと思ひますのぢや
いや、ちがふ 火星には人間がをりますよ


これはけしからん わしのヒゲをつぱつて
わしのヒゲも あなたに引ッぱられてをりますのぢや


ヒゲがぬけてしまつても わしはわしのかんがへをへません
わしは首がぬけても さうしんじてをりますわい


これではいつまでたつてもケリがつかん 研究けんきうをつづけませう
さやう 研究がだいいちです 月さん、わしのヒゲをはなして下さい


これは失礼しつれい
わしこそ 失礼しました


さん あなたはたいへんヒゲが御自慢ごじまんのやうですな
あなたのこそ美事みごとですよ わしが、ひつぱつてだいなしにしましたわい どれくしをもつてをりますよ


これは恐縮きようしゆくいたりです
いや、どうも おたがひさまで


ヒゲをつぱつてゐるときは どうなるかと思ひましたよ
そつとりやう いや、おどろいてしまつた
ほんとに心配しんぱいしたわ でも仲直なかなほりしてよかつたわ


とうさん おひるのお弁当べんたうをもつてきました


おお テン太郎か
おや ニャン子にピチも御苦労くろう 入りたま


これはぼつちやん やあ、いらつしやい いま貴方あなたのお父さんと床屋とこやごつこをやつてゐましたわい
まつたくその通り アハハ
ウフフ
ウフフ
ウフフ


けふのお弁当は何んぢや これはノリでつつんだおにぎりぢやなあ
何ぢや君たちは なにがそんなにおかしいのぢや
ウフフ クス クス


さん ひとついかが
ほほう これはわしの大好物かうぶつでして ひとつちやうだいいたしませう


ええと これが火星くわせいだとしますと


火星の運河うんが問題もんだいですかな
左様さやう 望遠鏡ばうゑんきやうでみますと かははみんなまつすぐに見えますね


火星じんつくつたものだといふんですな
その通り 火星の運河は 洪水こうずゐとか噴火ふんくわとかの自然しぜんの力で出来たとは思へませんね


それはちがひますよ、あまり地球ちきうから遠いので 直線ちよくせんにみえるだけですよ
それは ちがひますな


げん写真しやしんにも まつすぐにうつりますからね
写真や望遠鏡は まだ完全くわんぜんではありませんな
あら、またはじまりさうだぞ
いまにどつちかがヒゲをひッぱつてよ
これは天候てんこう険悪けんあくだぞ


星野さん あなたはどうも強情ごうじやうでよろしくない
貴方あなたこそ強情ですわい
あらあら
とうとう ヒゲををひつぱつたい
アハハ おかしい おかしい


あつ これはとんだ失敗しつぱいだ あなたのおとうさんの大事なヒゲを つぱつてしまつたわい
いや かまわんですよ ハハハ
アハハ ハハ ハ


いかがです 月さん おにぎりを半分はんぶんさしあげませう
これはどうも
おや また仲直なかなほりだ
仲がいんだかわるいんだか わからないなあ


ぼくたちも おにぎりをたべたいなあ
さうだつたね これは気がつかなかつた さあ君たちもおあがり
火星くわせいの話もおも白いけれど
おにぎりもうまいわね
その通りぢやアハハ
[#改ページ]

火星くわせいへの通信つうしん


ぼつちやん、わしが研究室けんきうしつ案内あんないしてあげやう
やあ、うれしいなあ
みせて もらはう


わたし 火星へ行つてみたくなつたわ


これは、わしが研究けんきうをうけもつてゐる機械きかいですよ
大きなものだなあ
何んだらう
何んの機械だらう


いま機械のをほひをとりますから はなれて見てゐてごらん
アッ わかつた いつかおとうさんが話してくれた 火星信号器くわせいしんがうき


さうです、この機械は 地球ちきうから火星へ信号するのです
すごいなあ
ずゐぶん光るわね
まるでかがみのやうだ


さうです これはかがみです ピッカリングといふ天文学者もんがくしやかんがへ出した 火星くわせいへの信号しんがふ仕方しかたです
これで火星へ 信号してゐるのかしら


いやこれは実験模型じつけんもけいです ほんとうに信号するときは 半哩はんまいる四方ほどの大きな鏡にするのです
半哩四方とは すごい大きな鏡を使ふんだな


ほをら あそこの山へ光線くわうせん反射はんしやさせましたよ
あら、山へうつつてきれいだわ
やあ 光る光る


やうめん百万分ひやくまんぶんの一の大きさの鏡をつくると 丁度ちやうど半哩へいほどの鏡がいることになります
その大きな鏡に 太陽の光をうけさせて光らすと 火星のがはから見るとだい等級とうきふの星の光ほどに光つてみえる……


しかしいくら信号をしても 火星に智慧ちゑのある生物いきものがゐなければ われ々の信号を受取うけとることができない
やあ あんなに遠くの方の森がらされて あかるくなつた


さあ こんどは鏡の反射をまちの方へうつしてみやう


やあ いま光つた所は水道すゐだうタンクだ


でも火星くわせい生物いきものがゐなかつたら かういふ研究けんきう無駄むだになるわね
いやいや さうではない、学者がくしやの研究に無駄はない 研究さへしてけばほかのことにも応用おうようできる


おぢさん いろいろ見せていただいてありがたう
ほんとうにおも白かつたわ
おぢさん ありがたう
また、天文台もんだいにやつて来たまへ ほかのものを見せてあげやう


やあ 愉快ゆくわい愉快
火星に生物が住んでゐたら面白いなあ
わたしたちのやうなねこもゐるかしら
猫がゐるとすれば、当然たうぜんねずみもゐるだらうな


火星に鼠がゐるとすれば 鼠トリも発明はつめいされてゐるだらうなあ
とつた鼠は交番かうばんにもつていつて つてもらふだらうな
すると 火星には交番かうばんもあるといふことになるわね


あつ これは大へん
やあ 急に目がくらくらしだした
どうしたのでせう わたし


さあ早く みんなどこかにかくれろ
やあ わかつた 月博士はかせ火星信号器くわせいしんがうきでぼくたちへ光ををくつてゐるんだ
なんて まぶしいんでせう


ハハハ みんなまぶしがつてげ出したぞ


降参かうさん
わあ逃げろ 逃げろ
つてちやうだい
[#改ページ]

火星くわせい運河うんが


ああおもい もうすこしだ エッチラエッチラ
やあ おとうさんがおかへりになつた


テン太郎 けふ おとうさんは気嫌きげんわるいんぢや
こりや いかん
まあ どうなさいました


どうもかうもない わしは月さんにヒゲをつかまれたんぢや
おや まあ
お父さんはいつも議論ぎろんをやつてゐるんだなあ


その通り しかし、わしも月野さんのヒゲをつかんでやつた
あなた ではまた火星くわせいのことか何かで
うん さうぢや


わしやはらが立つて かういふふうにな うんとひつぱつてやつた
すると 月野もわしのヒゲにぶらさがつて うんとかうしてつぱりおつた


(ブス ブスン)
あつ これは失敗しつぱい
まあ大たい けふは天文台もんだいで かういふ風な大さわぎぢやつたんぢや!
まあ ご本が
これはおどろいた


ニャン君 ご主人しゆじんの おへやで仕事しごとだ 仕事だ 早くきて手つだつておくれよ
ご用
いいわ 手伝つてあげるわ


大げさね ピチ君 白ハチまきなんかして
そういふ君だつてほほかぶりなんかしておかしいよ
や、これ何んです おとうさん
なんぢや


うむ、それぢや それが月博士はかせとの問題もんだいたねだつたのだ
それは火星くわせい運河うんが写生しやせいしたぢや
運河といふのは 堀割ほりわりの大きなやうなのですね


さうぢや この運河を望遠鏡ばうゑんきやうで見ると このやうに あまり きれいにまつすぐなせんなんで
火星かせいシヤセイヅ)
その運河は何か生物いきものがほつてつくつたのだといふんですね


さうぢやよ 火星にきものがゐて運河をつくつたといふせつをたてる学者がくしやがゐる
とうさんは 火星には生物いきものがゐないといふんですか


わしはないとはいはん しかし居るともいはん
お父さんはどつちなんです


どつちか分らん ただね あの運河のやうなものは 人げんなんかでなくともできるとふのぢや
火星に人間がゐるとおも白いんだがなア


テン太郎や にはへ出ておいで
何をするんですか


ピチ おまへ この紙をくわへて走れ わがはいがよしといふ所までだ よいか


かけつこなら あたしだつてけないわ
ニャンくんになんか負けるもんか


フーフー どこまで走るんだらう
なあんだ いくぢがないのね


博士はかせもつと走るんですか
止まれ よろしい の上にのぼれ


うわあぼくは犬だから 木のぼりはこまつたなア
それぢや わたしがかはつてのぼつてあげるわ


テン太郎サアン このへんでいいですか
てつぺんまで登れつて いつてゐるよ


もつとのぼるの 少しこわいわね
なあんだ僕をいくぢなしといつたくせに


ぢや、もつと登つたつていいわ ちよつと芸当げいたうだわね
おや 博士が大きなこゑで何かつてゐるよ
紙をこつちに見せてくれつてさ


さてテン太郎 いまニャン君がもつてゐる紙をよくごらん
何かがかいてありますね


おや
たくさんせんが いてあるやうですね
あれを火星くわせい運河うんがだとして 一つ写生しやせいをしてごらん


よしきた、でもよく見えないんです
そんな弱虫よわむしをいつてはいかん おとうさんはまい日天文台もんだいでもつと遠くを見てゐるんだ


これはむづかしい仕事しごとだなあ
お父さんなんかどうする 毎日地球ちきうと太ようとの距離きよりせん百万哩ひやくまんまいるの向ふを見てゐるんだよ


火星くわせい地球ちきうに一ばん近いときでも としによつてちがふが 三ぜん百万哩ひやくまんまいるもある
ものすごく遠くに るんだなあ


いやそれ所か、もつともつと遠くにはなれてゐる星が 空には一ぱいあるのだ


もう我慢がまんできないわ 手がしびれて上からすべり落ちさうだわ


なんだ 智慧ちゑがないなあ 君は足だつて使へるぢやないかあ


もう目よ あしもふるへてきたのよ
もう一だん下のえだに 下りたまへ しかられやしないよ


ああおしりが いたくなつちやつた
こまつたなあ ぢやもう一段下の枝へ


あたい つまらなくなつたわ
ぼくもたいくつだよ 下の枝までりてきたま


これなららくだわ あんたキャラメルもつてゐたわね
さうだつた 一つあげやう


おやの所に 何も見えなくなつたぞ
ほんとだ ニャン子たち 何うしたのだらう


あさうだ 望遠鏡ばうゑんきやうをもつてきて見てやらう
ああそれから おとうさんがつくつてやつた模型もけいのロケットもとつておいで


どれどれ
おやあ これはおどろいた ふたりとも樹の下でねむつてゐるぞ


このロケットで驚ろかしてやれ
アハハ 驚ろくぞきつと


(ドカン!)
うわあ おどろいた


すつかりねむつちやつた
テン太郎さん ごめんなさいね


きみたちは、もつと火星くわせい研究けんきう熱心ねつしんにならなければいけないよ
だつてわたし ずゐぶん高い木のてつぺんに上つてこわかつたわ
まあよろしい
いや、どうもおそれ入りました


ところでテン太郎 お前の写生しやせいしたを見せてごらん
こんなにかけました


テン太郎 お前のいた絵はこれだ ところで
ほんとうの絵はこれだ
あらッ まるでちがつちまつた
ほんとに
おかしいわねえ


どうぢや目茶めちやくちやなてんだつて ある距離きよりから見ると そんなにまつすぐに見えるんぢや
ほんとうですね だから 星の運河うんがだつて真すぐに見えても 人げんがつくつたとはいへませんね
その通りぢや お前はみこみが早いぞ


先生せんせいは なんとおつしやるんですか
月野博士はかせはロウエル教授けうじゆおなかんがへで 火星くわせいは水がすくない そこで運河うんがへは火星じんが大仕掛じかけ給水きふすゐポンプで水をくばるといふのぢや
ほんとかしら
うそかしら


さあ 夕飯ゆふはんがすんだら 今晩こんばんはみんなにいいものを見せてあげるぞ
あ、さうだ けふはおとうさんに幻燈写真げんとうしやしんを見せていただく約束やくそくだつた うれしいなあ
幻燈
まあうれしい 早く見たいわ
[#改ページ]

火星くわせい人間にんげんんでゐるか


これが 火星の運河うんが想像さうざうしていたの幻燈だ
うわあ すごいなあ
この太いかんはなんでせう
これが きつと 火星の運河のある所にしげつてゐる植物しよくぶつに水をおくる管だ


運河うんがの長さはどれくらゐあるんです
それが大へんぢや 何千哩ぜんまいるつゞいてゐることになる
そして時々望遠鏡ばうゑんきやう火星くわせいの運河が二本に見える 学者がくしやはこれを二ぢゆう運河といつてゐるんぢや


それは、ほんとうに二重でせうか
それはわからん 反対者はんたいしやもある
これを主張しゆちやうする学者は火星にある運河の四ぶんの一が、二重だといふのぢや


とうさん 火星の人げんはどんな格好かくかうをしてゐるでせうね
それは分らんね 想像さうざうもつかん またどんな想像したつてかまはん
あしや手がるかもわからないね
だつてそんな立派りつぱな運河をこしらへるんだもの あたまや手はきつとるわ


さうだ ニャン子のいふ通りだ とにかく何千哩ぜんまいるもの運河をつくつてゐるとすれば 測量術そくりやうじゆつだけは発達はつたつしてゐることになる
ソクリョウじゆつつてどんなのかしら
ニャン君 きみ、まだしらないのかい


ほら よくそとで三本あしをたてて 望遠鏡のやうなものをのぞいては地めんや道なぞをはかつてゐる人があるだらう
ああ わかつたわ
あれだよ ぼくなんかちやんと知つてらあ


でもね人間の力でなくても 自然しぜんの力でも いまここにうつぐらいのまつすぐな運河もできるのぢや ごらんあれを
やあ
満月まんげつだわ
きれいなお月さんだ


あの月がいい証拠しやうこだよ 火星くわせい調しらべるには月がとてもいい参考さんかうになるんぢや
ぢや 月にも 火星の運河うんがのやうなものがありますか
あるよ しかも つすぐなのもある


さあ ごらん これが月の面をとつた写真しやしんだよ まん中の所に真つすぐなせんがあるだらう
ああ あつた あつた
ほんとだわ
あれはなんです おとうさん


あれは火ざんけ目だ 名前はアリアダウエス小流せうりゆうといつてゐる
あれは どのくらいの長さですか
長さはひやく五十まいるぢや


月には こんな運河のやうなものは沢山たくさんあるんですか
いや 月には十まいる以上いじやうのものはあまりない しかし火星の運河はみな大きいのぢや


さあ おそくなつてしまつた これでをはりだ
みんな早くおやすみ またあしたね
ぢや お父さん おやすみ
おやすみなさい
おやすみなさい


さあねむらう いい月だなあ
わたし火星くわせい童謡どうえうができたわ
ぢや うたつてごらん


火星に猫がるならば ニヤンとはなかない[#「なかない」は底本では「なかな」]ワンとなく
やあ うまい うまい
ひどいなあ ぢやぼくだつてできた


火星に犬がるならば ワンとはなかないニヤンとなく
やあ うまい うまい
ひどいわ ひどいわ


わたしのうたのまねだわ まねだわ
あれッ いたいッ 僕のかほをひつかいた
あつ 喧嘩けんくわをするんぢやないよ よしなつてば


さあなかよく合唱がつしやうしやう
火星にねこがゐるならば
火星にねこがゐるならば


おやまあ なんてさわがしいんでせう


シッ おかあさんが来たぞ
へん
もぐれ もぐれ
[#改ページ]

空中飛行くうちゆうひかう


グー グー
グー グー
クー クー クー
おや みんなよくてゐるやうだわね


かあさんが行つてしまつた みんなこんどはほんたうにねむらうね
クウ


テン太郎さん テン太郎さん テン太郎さん
クー
クー
クー


テン太郎さん
テン太郎さん 早くきてください 大へんです 大変です
オヤ 何んだらう
グー グー
クー


おや ストーブの煙突えんとつあなから何かはいつてきたわ
テン太郎さん
テン太郎さん


まあ たくさん出てきたわ
あなたはだれ
僕達ぼくたち火星人くわせいじんです
早く テン太郎さんをおこして下さい


火星人…… まあ大へんだわ それではすぐ起すわ
洪水こうずゐがやつて来さうです
すぐ仕度したくをしてげださなければ大変です


テン太郎さん 早く起きて下さい 大変よ 大変よ
あつ おどろいた どうしたの
ムニャ ムニャ
こちらの 耳の長いかたも起きて下さい


やあ 一体全体たいぜんたいこれは何だい ずゐぶん小さな人げんだなあ
この人たちは 火星の人たちです、さあ
クン クンクン 気持ちがわるいな


ごらんなさい もう洪水がやつて来ました
いつたい ここは どこなんだらう
テン太郎さん 早く逃げませうよ
ここが火星ですか おかしいなあ


あつ まどそとはすばらしいまち
まあ なんてきれいな所なんでせう
やあおどろいた りつぱだなあ
さあ早く仕度をして下さい


ぼくたちはどうして火星くわせいへやつて来たらう
わたしも わからないわ
僕もだ
さあ そんなことはどうでもいいのです まどから早く


やあ高いなあ こんな所からりられないよ
わたし とても目よ こわいわ


僕たちをしん用して下さい ほらかうして飛び降りるんです


あなたたちは地きうからの大せつなお客様きやくさまです わるいことにはなりません
ぢや わたしからだかるいから先に飛び降てみるわ
それでは僕だつて
僕も降りることにしやう


やあ 愉快ゆくわい愉快
からだがふわふわと飛んでるぞ 不思議ふしぎだなあ
どうです 地球とはまるでちがふでせう
あらまあ てふ々のやうに飛べるわ
ほほ これはおも白い 面白い


ごらんなさい あそこを いま火星人くわせいじん洪水こうづゐ避難ひなんしてゐます
やあ くものやうに たくさん火星人がとんでゐる
あらまあ とりのやうに建物たてもの屋根やねの上にとまつてゐるわ


さあ ぼくたちがあなたたち安全あんぜんな所へ案内あんないしませう
洪水こうづゐはいつまでもつづきますか
火星くわせいの洪水はきまつてあるのです
あれ あれ 水があんなにあふれて来たわ
運河うんがきしが いまにもかくれさうに水がびたびたになつちまつてゐるぞ


うわあ! すごい建物たてものだなあ
なんて高い建物でせう
これは地きうホテルといふ 火星一の高いビルデングです


このホテルは 地球からのお客様きやくさまむかへるために、わざわざつくつたのです
すると僕達が 最初さいしよのお客なんですね
地球からのだいちやくだすごいぞ
おも白いわね


さあ こゝが貴方あなたたちの部屋へやです
まあ! きれいなベット
きれいな敷物しきもの
どこもこゝも縞模様しまもやう


とんだり はねたり おもしろい
さあ 下の露台ろだいにでてみませう


やあ、火星人くわせいじん行列ぎやうれつ
みんなめう格好かつかうをするわ
何かうたつてゐるよ
あれは あなたたち歓迎くわんげいしてアイサツをしてゐるのです
[#改ページ]

火星くわせい首都みやこミルチス・マヂョル


これから 市街しがい御案内ごあんないいたしませう
ここのまちは なんといふのです
火星の首都みやこです ミルチス・マヂョル市といふのです


ごらんなさい この素晴すば[#ルビの「すば」は底本では「すばら」]らしい火星の運河うんが
大きいなあ
なんて立派りつぱなんでせう
この運河はまつすぐだい


この運河うんがはなんに使ふんですか
火星くわせいでは一年に数回すうくわい洪水こうずゐがあるのです、そのときにはたけに水をやるんですよ


あの畑にはなにがへてあるんです
トマトですよ
それから何にがあるの
トマトよりありませんよ
おどろいた あの畑がみんなトマト


さうですよ 地きうではパンとかこめとかが常食じやうしよくでせう、火星の人げんは トマトだけよりたべないんです
トマトだけしかたべないから 火星の人は大きくならないんだわ
きつとさうだよ
でもからだが小さくても 智慧ちゑがあるようだな


ふふふ 智慧は地球の人にけませんよ、そら あの人たちをごらんなさい
おや?
あたまの大きな人と
頭の小さな人とがやつてきたね


火星人は 頭の大きい人はものをかんがへてばかりゐるんです
頭の小さい人は?
小さい人は はたらいてばかりゐるんです
頭の大きい人の考へたことは
頭の小さい人がどんどん作りあげてしまふのです


やあ トマトの収獲とりいれ
ほら いまおも白いことがはじまりますよ
あら トマトをはこび出したわ


火星くわせいでは一日に二くわい 食物しよくもつ市民しみんくばります
やあい みんなまどから首を出した


ほら、あゝして下からげるのですよ
やあ上手じやうづだなあ


うけとるのもうまいわね
あんな高いテッペンまで上る
ぼくもトマトをべたいなあ きなんだけれどなあ……


ほら 合をするとほうつてくれます
やあ投げてくれたぞ
上手にうけとれ


おいしい おいしい
したが落ちさうにうまいわ
火星のトマトはうまいぞ


向ふの建物たてもの市役所しやくしよ
そのひだりまがつた建物は何んです
建物ではありません あれは火星の天たい望遠鏡ばうゑんきやうです
えつ望遠鏡? すごいんだなあ


ぢや、あそこが火星くわせいの天文台もんだいですか
さうです 行つてみませう


御紹介ごせうかいします こちらが火星天文台の所長しよちやうさんです
ぼく 星テン太郎です
わたし 星野ニャン子よ
僕は 星野ピチです


僕のおとうさんは 地きうの天文台で研究けんきうしてゐます
これはこれは ようこそ 星野さんは私よくぞんじてをります
あれつ?


こないだは あなたのお父さんと月野博士はかせひげのひつぱりつこをやりましたね
あれつ? どうして知つてゐるんだらう


よく知つてゐますよ あははゝゝ
地球の出来ごとは 火星からは、みんな見えるのですよ
おどろいたなあ………


なにもおどろくことはありませんよ
みなさん、この天文台の設備せつび注意ちゆういして見て下さい
すごいなあ……


テン太郎さん あなたのお父さんは どんな望遠鏡ばうゑんきやうをお使ひになつてゐますか
いろいろあります 口径さしわたしインチのと 大きいのは二十四インチのと
火星のは 地球のの千ばいも大きいのを使つてゐます


ぢや地きうの出来ごとは なんでもみえるんだなあ
さうですよ さあ一つ望遠鏡ばうゑんきやうをのぞかせてあげやうか


さあ テン太郎さん ごらんなさい
アッ? おとうさんだ
わたしにも見せて
ぼくにも


あなたのお父さんが 何にかしきりに計算けいさんしてゐるでせう
ほんとにさうだ
やあ 手ちやうの上の数字すうじまで見える


お父さあーん 僕です テン太郎です
あははゝゝ 呼んだつて聞えませんよ
わたしにも見せて


さあ 望遠鏡の方かうをかへて見ませう
あら なんだか見たことがあるやうなところだわ
どれどれ 僕にも見せて


あれつ わかつた! お豆屋まめや
ぢや 学校のそばにあるお豆屋かしら?
どれどれ 見せて


やつぱりさうだ やあ 子どもが豆を買ひに来た おや、おぢさんが豆を三つぶこぼした


おどろいた 何んでも見えるのね
どうもいろいろありがたうございました
地球へかへつたら 星博士はかせや月野博士によろしく
さあ これから市長しちやう貴方あなたたちの歓迎会くわんげいくわいをひらくそうです 行きませう
[#改ページ]

大歓迎会だいくわんげいくわい


あれが ミルチス・マヂョル市庁しちよう玄関げんくわんです
やあ…
りつぱですね


やあ ずゐぶんならんでゐるな
わたし なんだかはづかしいわ
なんだ弱虫よわむし 大丈夫ぢやうぶだよ


テン太郎さん この人がミルチス・マヂョル市ちやうです
これはこれは ようこそ ようこそ


さあ どうぞ ここへおかけ下さい
こんな正面しやうめんにですか
きうからのおきやくさんです さあどうぞ


ニャンちやん すましてゐるなあ
あんただつて気取つてるわ


これより地きうからはるばるおいでになつた おきやくさんの歓迎会くわんげいくわいひらきます
まづ最初さいしよ 地球のお客さんから 自己紹介じこせうかいをしていただきます




こまつたわ ジコショウカイつてなんだか わたし知らないわ
ぼくも知らないよ こまつたなあ
それはね 自分じぶんがどういふものだか 自分でいふことを 自己紹介といふんだよ 僕がするからまねをしたまへ


みなさん今日こんにちは 僕は地球の小学生で名前は星テン太郎 毎日学校へ行くのが仕事しごとです
ははあ学校 火星くわせいにはさういふものはありませんな


僕は 星ピチといひます 地球の犬であります 仕事は 泥棒どろぼうあやしいものをはらふことです
ははあ 犬、泥棒 怪しいもの火星にはさういふものはりませんな


わたくしは星野ニャン子ともうします 地球のねこをんなの子であります 仕事はわるねずみべたり 追つたりいたします
猫,鼠 さういふものは火星にはをりませんな


これより音楽会おんがくくわい つづいておどりの大くわいをひらきます


すてきねー
このすばらしい音楽おんがくはあのラッパのある自動音楽が ひとりでつてゐるのです
愉快ゆくわいだなあ


あつ、これはへんだぞ
どうかしましたか


急におなかいたくなつてきた
それは大へん
あら わたしもお腹がチクチク痛くなつてきた


ウーン ウーン
痛い 痛い あいたつッ
ぼくもお腹が痛い
これは大変だ びやう気らしい
さつそく病ゐんおくるやうに


お腹が痛い ウーム
痛い痛い
アーン アーン
早く 病院しやを呼べ
みなさん せつかくですが歓迎会くわんげいくわい中止ちゆうしにいたしまあーす
[#改ページ]

腹痛はらいた


きうのおきやくさんが病気になつたのだ
どうしたのだらう
やあ 病院車がやつてきた
(みなさん さわがないでくださあーい)

いたい いたい
ピチ あんまりあばれてはいけないよ
でも いたいんだア


どうも 様子やうすがわからん
みなさん 手をかして下さい
びやう人だからしづかにのせて下さい


それ! 病ゐんまでスピート


さあ 病院へきましたよ


さつそく 注射ちゆうしやひやつ本ほどやらなければ
ウワア そんなに注射するんですか


ここがレントゲンしつです おなかの中を見てあげませう
医者ゐしやさん 早くみてちようだいよ いたいんですもの


ははあん これはあやしい
お腹 どうかなつてゐますか
早くいたいのをなほして下さい
痛みはすぐとめてあげますよ
しかし これは治療ちれうが長きますな


さあ 病室びやうしつに入るのです
これこれ 病室にベットを三つ用して
はい
まつたことになつたねえ


しづかに[#ルビの「ね」は底本では「て」]てゐらつしやい
どのくらゐたつたらなほるんだらうなあ
痛みはすぐとめてあげますよ
やあ うれしい


ただいま市長しちやうからお見まいの花がとどきました
どうですみなさん 痛みはとまつたでせう
やあ 痛いのが治つたぞ


さあ 市長からの花たばです
やあ ありがたう
火星くわせいの市長さんは親切しんせつだわね
きれいな花だなあ


あれつ? ぼくが花をにぎつたらえだした
どうしたんでせう
これは大へん
いや それほどねつが高いのです だからおとなしくてゐることです


テン太郎さん どうなんるんでせうね
なに すぐなほるよ 火星くわせい医学ゐがく進歩しんぽしてゐるよ


これはおどろいた 僕も、大へんかう熱だ
あら? 手にふれるものがみんな燃えちまふわ
わあ みんなすごい熱だ


あのびやう気はつまりペチャ クシャ
うむ、それでペチャ ペチャ
それだから ペチャクシャ
どうも大ぶ病気がおもいのぢや


あれつ? なにを病人がさわいでゐるんだらう
(ドタン バタン)


やあ みなさんどうしました
だつて 手にさわるものみんな燃えるんだもの
いま火をしてゐるんですよ


火がえ出したらテン太郎さん そこのボタンをして下さい
ボタン?
どれでせう
あゝ このボタンを押すんですか


(ザザアー ザアー ザアー)


あつ? びつくりした
じやうから大雨がつてきた
やあ これはおも白い面白い


ねつが大ぶありますから あまり手をふりまはさないやうに
みなさん 手をひたいの上にのせててゐるのです
これは退屈たいくつだなあ
あゝ 早くなほりたいわ…


さて、みなさん あなたたちは今日けふなにをめし上りました トマトをたべたでせう しかもたねまで
ハイ ぼくたちはたべました


それがいかんのです 種をたべたのが
きうでは トマトは種までたべるんですよ


火星くわせいではトマトのたねはたべません 種は、ていねいに出して運河うんがてます
すると 大洪水こうずゐのとき種ははたけ自然しぜんにまかれる
それぢや 種をまかなくてもいいや


あなた方は トマトを種ごとんだ だからトマトが おなかへだしたのです
えつ? ぼくたちのからだの中に?
トマトが生へだしたんですかあ?
ウワア! こまつた


困つたなあ
アーン アーンあたし 困つたわ
泣いたつてなほりはしないよ
いや心配しんぱいなく かならず治してあげませう
ぢや また見ひにまいります[#「まいります」は底本では「まいりま」]
[#改ページ]

トマト騒動さうどう


あゝ つまらないなあ
ピチちやん さう手をふりまはしちやだめよ
いやだ 退屈たいくつだよ


わあおも白い にぎつたものがみんなえるよ
だめだつたら ピチちやんおよしよ およしつたらさ
うるさいなあ


みんなしづかにゐなけりやあなほらないよ
そう手をふりまはしちやだめだつたらさ
いくらつてもわからないのこのひと
いた! あれつ つかいたな


あつ! ニャン君 大へん
あら わたしのリボンが どうしやう
あッ!


こまつちやつたなあ
アーン アーン
だれか早くしてちようだい
さうだ早くあのボタンをさう


やあ これはすずしい
ごめんね ニャンちやん
アーン アーン だつて わたしこれきしリボンもつてないんですもの


ひどいわ ひどいわ リボンがない……
アーン アーン
ごめんね そのうちにどこからかひろつてきてあげるわよ


もし もし
あつ だれかきた
……
……


まあー みなさん どうしました へやの中が水だらけ
やあ病院びやうゐん看護婦かんごふさんだ
看護婦さん ピチちやんがわたしのリボンやしてしまつたの


ボタンをして 水をとめて下さい
ホイキタ 合点がつてん


とき/″\喧嘩けんくわするんですよ
だつて リボンをなくしちやつたんだもの
さあ 泣くんぢやないですよ かわりをあげませう


さあ わたしのリボンをあげませう
まあ うれしい!
やあ! 素的すてきだなア!


ではみなさん 喧嘩をしないで おやすみなさいよ
看護婦かんごふさん リボンありがたう
看護婦さんおやすみ!


ぼく[#「が」は底本では「か」] 君のリボン いたからもらつたんだよ
そんなことないわよ いぢわる[#「いぢわる」は底本では「いちわる」]
親切しんせつ看護婦かんごふさんだな


こまつたなあ トマトがおなかへるびやう気なんて
わたし 地きうへかへりたくなつてきたわ
駄目だめだい 病気がなほらなければかへれないや


では あの地球からのおきやくさんたちは 野外やぐわいゐんの方へうつしませう
なるべく患者くわんじやおどろかさないやうにね
準備じゆんびはできました
[#改ページ]

火星くわせい看護婦かんごふさん


あなたがたはこれから野外病院の方へうつります
どうです からだ具合ぐあ[#ルビの「ぐあ」は底本では「ぐあひ」]ひは
どうもねつが下りません
そとの病院へ行くんですか


では トマトのつぱで三人とも目かくしをしてくれ
はい かしこまりました
どうするんですか
心配しんぱいだわ


そんなに心配しんぱいしなくともいいですよ
でも、わたし気がわるいわ
あゝ 何んにも見えない
自動車を三だい
はい かしこまりました


用意ができました
では出発しゆつぱつ


どのへんを走つてゐるのか さつぱりわからない
ここは運河うんがづたひに走つてゐるのです


野外病院やぐわいびやうゐんといふのはどんなところです
それはハイカラな病院ですよ


みんなはなればなれになつてしまつたわ
またすぐみんなと一しよになりますからね


さあ みなさん病院びやうゐんきました
このへんたいが病院です
だつて目かくしされてるから見えませんよ
クンクン 何にかにほひがする
トマトのやうな匂ひがする


さあ この入口から階段かいだんを下りませう
ころばないやうに


なんだか地めんの下を歩いてゐるやうだ
さうなんです
わたし いやだわ
こころ細いね


長いらうかだなあ
いやになつてしまふわ
もうすぐ地じやうに出られます


さあみなさんもうきました
つぱの目かくし取つていいですか
まだ まだ


あなた このだいの上に立つてゐてください ころばないやうに
やあからだが上へあがるやうだ
(ぶるん ぶるん ぶるん)


つぎーあなた さあ、しつかり立つて
よし スイッチをいれてくれたま



(ぶるん ぶるん ぶるん)
やあ 天ごくへゆくのか 地ごくへゆくのか わからない


さあねこのおぢようさん あがりますよ
あたし こわいわ
心配しんぱいしなくてもいいのです


(ぶるん ぶるん ぶるん)
あゝ こわいー


さあ 仕事しごとがすんだ [#ルビの「か」は底本では「かへ」]へらう
あのびやう人たちは 地きうの病人なんでほねれますね
どうも 火星くわせいの病人とはかつ手がちがひますね


わつ こんなところに出てきた
これはガラスのつつの中だ
みんなはどうしたらう


あらまあ! みんな こんな容物いれものに入れられちやつた


うわあ みんな ちりぢりばらばらになつてしまつた
テン太郎さーん 早くたすけて下さい
ぼくだつて出られないんだよ


こりや いくらあばれても目だ くやしいなあ
よし! ここを出たらトマトたちめ みんなみつけてやるから
わはあ 地きうのおきやくひしんぼう
たねまでたべたいやしん棒
ずゐぶん貴方あなたたちは地わるね さうのぞくもんぢやないわ
なかにトマトがへるとさ
うわあ、これぢや手もあしも出ないや とんだ野外病院やぐわいびやうゐんに入れられてしまつた


おや お医者ゐしやさんがやつてきた
どうです 火星くわせい病院びやうゐんはなかなかいいでせう
ちつともよかないわ
早くこんなとこ出してよ
ははあ おとなしくしてゐませんな


お医者さん ひどいですよ こんなところにしこめて
いや さうではありません 地きうにだつて温室おんしつといふのがあるですよ


どれ診察しんさつしませう
うわッ!
そう こわがらなくてもいいですよ
だいぶよろしいやうですな


こんどはアーンとしたを出してごらん
アーン


いや なかなかりつぱな舌ですな
いや みごと、みごと
舌なんかどうでもいいや いつ治りますか


さやう 千ねんぐらひたつたら退院たいゐんができるでせう
え! 千年?
ウワアー
アハハハ


さてこんどはねこのおぢようさんいかがです
ずゐぶんひどいわ こんなところに入れて
ほほう 大立腹りつぷくですな すぐなほりますよ


あら まあうれしい! 親切しんせつ看護婦かんごふさんだわ
ほう ねこのおぢようさんはだいぶ君が気に入つてゐるやうだよ
ええ リボンをさしあげたのです


このガラスのつつの中は 地きうおん度とおなじにしてあるのです
なるほど
さうすればトマトが 生えないですむんですか
その通り


ぢやみなさん おとなしくしてゐるんですよ
またきますからね


もう へたばつてしまつた
どこを見てもトマトばたけばつかりつまらないわ
地球へかへりたくなつたなあ


なんとかしてこゝを出られないかなあ
わたしだつてかへりたいわ
とうさんやおかあさんに 急にあひたくなつてきた


やあ テン太郎さんがメソメソ泣き出した
無理むりないわ あたしだつてかなしくなつちまつたわ アーン アーン
みんな地球がこひしくなつたんだ
[#改ページ]

地球ちきうむかつて


やあ あらしだ! 嵐だ!
わつ! こわい! 稲光いなびかりが!
すごい暴風雨ばうふううだ!


わア!
助けてえ!
みんな しつかりするんだよ


わあ ガラスの病院びやうゐんたふれさうだぞ
もしかするとわたしたち 出られるかもしれないわ
風よ吹け吹け ガラス病院を吹き倒してくれ


ワッショイ ワッショイ[#「ワッショイ」は底本では「ワッシイ」]
風さーん たのみますよ
やつ? 病院がひ上つた!


あれあれッ?
へんだ!
どうしやう?


あつ!
(ガチャン☆)


やあ 出られた
うれしーい


さあ みんな集まれ!
テン太郎さあーん
どうしませう


どうしませう テン太郎さん
何んとかかんがへなければ…
あッ 向ふから
親切しんせつ看護婦かんごふさんが走つてきた


やあ 看護婦さん!
わたしたち ひどい目にあつたわ
さあ みなさん! 今のうちに早くこの火星くわせいからおげなさい


またガラスの病院びやうゐんをかぶせられてしまふのはいやだい
すぐ天文台もんだいに行くのです 早く 早く! そしてロケットでお逃げなさい


看護婦かんごふさん ありがたう
さあみんなつゞけ!
早く! 早くしないとおつ手がきます


なにをしてゐるのさ ピチクン トマトなんかむしつたりして のんきだわね
いや ロケットに食糧しよくれうみこまなければ!
けめがないな


走れ 走れ
きう行きのロケットは 格納庫かくなふこの一ばん右はじです
ありがたう!


さうだ! わたし看護婦さんにリボンもらつたんだけれど おわかれの記念きねんにあげるものないわ
ぢや これをあげりやいい


ほんとにいいことを思ひついてくれたわ
これあげるわ ふくのボタンだけれど
まあ! きれいだことありがたう ではさやうなら


さあ 天文台もんだいがすぐだよ
走れ 走れ!


さあ いたぞ!
これが格納庫かくなふこ
どこから入りませう


格納庫の天まどから入らう

よしつ!
それがいいわ


みんな 風に吹きばされないやうに気をつけるんだよ


みんな 気をつけるんだぞ
あぶない 危い
あッ! ここから入れるぞ


やあ ずゐぶんロケットがならべてあるな
うわあ! おどろいた 地きう行きはどれだらう
あんまり沢山たくさんあるからわからないわ


格納庫かくなふこの右はしだとをしへてくれたよ
これは金せい行きのロケットだわ
あつたあつた! これだこれだ!


さあ、早くのりこまう
だつて広場ひろばにロケットを引き出さなければね
かまふものか このまゝ発射はつしやして屋根やね突抜つきぬいてしまふんだ


テン太郎さん あんたロケット操縦さうじうできて
ぼく 知らないや
ぢや 駄目だめ


丈夫ぢやうぶだよ そこらへんのボタンをみんなしてみるんだよ
僕 ハンドルをみんな動かしてみる
それがいい それがいい


なんだらう ここに革帯かはおびがついてゐる
わかつた それでからだをしばるんだわ


しめた! 動きだした!
(ブルンブルン シュシュシュ)


(ヅドン)
すごいぞ!
わッ! ロケットが屋根やねきぬけた!
すごいぞ!


そこの丸窓まるまどからのぞいてごらん
あら! 看護婦かんごふさんが見おくつてゐるわ
看護婦さーん


さらば火星くわせいよ!


もうどのくらゐんだかしら
出発しゆつぱつしてから一ぷんべう
早さはどの位?
おゝ ものすごい! 一時間じかんせんキロメートルの早さだ※(感嘆符二つ、1-8-75)


どうしたの?
あれえ? へんだぞ 早くかぢをさがしてくれ
舵はどれかしら


どうも見当けんたうがちがつた 地きうぢやない 月に向つて走つてゐるらしいんだ※(感嘆符二つ、1-8-75)
えッ! 月に向つて?
へんだわ どうしやう


やあ月だ※(感嘆符二つ、1-8-75)


これは大へん※(感嘆符二つ、1-8-75)
月なんかにいたらこまつてしまふぞ


あッ これがかぢらしいよ
早くロケットを 地きうに向けなければ※(感嘆符二つ、1-8-75)


やあ どうやらこんどは地球に向つてゐるらしい


やれやれ やつと安心あんしんした
ほんとに心ぱいしてしまつた


おや? なんだか見たやうなまちきさうだなあ……


あれあれ? 大変だ! 火星くわせいひもどつてきたわ


さあ困つた! どうしたんだらう
あゝ あせびつしよりだ


あれ? わかつた! ピチクン あんたへんなボタンをみつけてゐるわ
あッ! これはいけない
やあ 成功せいこう! 成功※(感嘆符二つ、1-8-75)


まつすぐに地きうへ向つたらしい


ニャンちやん 右のハンドルをまはしてくれ
ピチクン そこのボタンをおしてみてくれ
やれ いそがしい


(ピピ ピピ ゲロンゲロン)
(ダダダダ)
(しゆしゆ)
ゲロン ゲロンだつてさ おかしい音だわね ホホ


おお 地きうが近づいてきたぞ


あの光つたところは 太平洋へいやうらしいね
テン太郎さん 海の中へ落さないやうにたのみますよ


テン太郎さん トマト一つたべません
トマトどころぢやないよ ロケットが故障こしやうかもしれないんだ
(ピピ ピピ)


あれ ニャンちやん トマトをまたたねごとべちやつた
いいわよ トマトが生へたら地球のお医者ゐしやさんになほしてもらふから
のん気な連中れんぢゆうだな どうもロケットがおかしいぞ
(ゲロン ゲロン)


(ゲロンゲロンゲロンゲロ)
またゲロンゲロンがはじまつたわ
やッ※(感嘆符二つ、1-8-75) 大へんだ! ロケットが故障こしやうだ!
早く早く パラシュートの用だ!
(ピピィピィピィ)


どうするのよ
パラシュートをからだにつけるんだ
とびらけたらそとび出す用意!


(ゲロン ゲロン ダダ プップッ)
やあ大変※(感嘆符二つ、1-8-75) よこふりだ※(感嘆符二つ、1-8-75)


(ババン)
うわーい 破裂はれつしたい


ニャンちやん ニャンちやん
おや気ぜつしてゐる


よし 一つくわつを入れてやれ
(ポン)
ウーム……


あ! わたしたち助かつたわ


(ブツン)
あッ!


墜落つゐらく


いたいッ


あれッ? ここはどこだ?


あれッ 君達はどうしてたの?……
テン太郎さん 寝台しんだいから落つこちたりして
きつとねぼけたんだよ


あゝ助かつた ゆめでよかつた
夢をみたんだよ
わたし達びつくりしたわ


ぼく 君たち火星くわせいへ行つたゆめをみたんだよ
だつて僕はなんにもみない
わたしだつて 何にもみやしないわ つまらないわね
[#改ページ]

テン太郎たらう報告はうこく


とうさん 僕ゆふべ火星へ行つた夢をみました
それはよかつた わしも見たかつたな


ピチクンも ニャンちやんも いつしよでした
わたし そんな夢 みないわ
僕ゆふべの夢はつまらなかつたの
ははゝゝ 大ぜいおなじ夢をみるわけにはいかないよ


火星くわせいには天文台もんだいもありました そこの所長しよちやうさんがおとうさんを知つてゐました
エッ? わしを火星で知つてゐたか?


エヘン! オホン
さうぢやらう そこでわしの研究けんきうを火星で知つてゐたかね
ええ 何にもかもみな知つてゐました


博士はかせとお父さんとひげつぱり合ひをしたのも
えッ? それはまたどうして? ……
(フフ)
(クスクス)


火星では 高い大きなビルデングのやうな望遠鏡ばうゑんきやうで 地きうの出来ごとをみてゐるのです
ナニ?
そんなばかげたことがあつてたまるものか


だつてお父さん ほんとにあつたんです
そんな馬鹿ばかなことはない!
まあ貴方あなた それはテン太郎のゆめの話ぢやありませんか


ぼく 夢でほんとにみたんですよ
ほい 失敗しまつた! 本気にはらをたてたか ははゝゝ


さあさあ 朝ごはん仕度したくができました
しかしね テン太郎
きうから火星くわせいを見るのに大望遠鏡ばうゑんきやうがいるとはかぎらん
小さな望遠鏡でもいいんですか


さうぢや 鏡径さしわたし八インチか十インチもあれば沢山たくさんぢや
望遠鏡の大きさより大せつなことがある
それはなんです


それを天文学者もんがくしやは『グット・シーイング』といつてゐるんだ
これは専門語せんもんご[#「専門語」は底本では「専問語」]だよ
グット シーイング
グット シーイング


グット シーイング ぼくは天文学の専門語[#「専門語」は底本では「専問語」]おぼえてしまつたぞ エヘン!
おやムヅカシイことを言つてテン太郎 それは一たいなんのことですか
あれ まだ聞いてゐなかつた


ははゝゝそれはね 天たいを見るには機械きかいにばかりたよらないで『見るのに合ひのいい調子てうし』にしておくことだよ
あゝ わかつた 高い山のてつぺんに天文台をつくるとか


さうだ、しかしいくら高い山へてても雲がおほいとこぢや目だ
さうですね 高くて雲がなくて


さうだ 地球の上の雲はぢやまになる しかし火星の雲を見るのは これは仕事しごとだよ
むづかしいんですねえ…


テン太郎 火星くわせいに人げんがゐたか
ゐましたよ あたまの大きいのと小さいのと
あらー いつてみたいわねえ
ホヽヽ おも白いところねえ


気にわん 生物いきものるはづがない くう気がうすくて住めんはづぢや
あれ、またおとうさんが テン太郎のゆめの話で憤慨ふんがいしてゐますよ


あ また失敗しつぱいした


それからぼくは からだがとてもかるくなつて 空を自いうにとびまはりました
あらー あたし いつてみたいわ
だめだい テン太郎さんの夢の中へ行けるかい


火星の表面へうめんは地きう引力いんりよくの五ぶんノ二しかない だから人は地球にゐるときより二ばい半は高くべるが しかし、それ以上いじやう高くは飛べるはずがないのぢや
なあーんだ それつぽつち[#「それつぽつち」は底本では「それつぱつち」]ぢやつまらない
お父さん 僕それから市長しちやうにあひました まちの名まへはミルチス・マヂョル市といひました


(えつ! ミルチス・マヂョル?)
あつ! あぶない! お父さん
博士はかせが目をまはした
どうなさいました 貴方あなた


とうさん しつかりして下さい
まあ お行儀ぎやうぎわる
いや おどろいたよ
あゝ びつくりした


テン太郎 お前の行つたまちがミルチス・マヂョルといつたかね
ほんとうですよ
なんですか そのミルチス・マヂョルといふのは貴方あなた


わしは驚ろいたよ お前のゆめの話の中でそれだけは真当ほんたうのことだよ
エ? お父さん ほんとにあるんですか
まあ 火星くわせいにさういふところがあるのですか


火星の街の名前ではないが べつに地きう学者がくしやがつけた運河うんがの名前にたしかにあるよ
どうしてテン太郎がそれを夢にみたでせう


たしか ミルチス・マジョルといふのもあれば 運河にはネクタル・アガトドエモンとか ハデスとか みんな名前が[#「名前が」は底本では「名前か」]つけてある
それぢや 火星の地図ちづがちやんとできてゐるんだなあ


それにしてもお前が夢でミルチス・マジョルをみるとは どうも不思議ふしぎ
ほんとにふしぎだわ
ほんとにねえー


どうもおかしい まてよ


あら どこへ行つたんだらう


テン太郎さんばかりおも白いゆめをみてつまらないな
あ、さうだ さうだ ニャンちやんは火星くわせい看護婦かんごふさんからリボンをもらつたんだよ
まあ! ほんとう……なら……うれしいけど


これぢや これぢや


テン太郎 おまへはいつかお父さんの書斎しよさいでこんな本を見たことがなかつたかい
どんな本です ぼくときどきお父さんの本を見ますから


この本ぢや どうだ こういふを見たことがなかつたか
あッ! あつた 見ましたよ


これが ミルチス・マジョルぢや


うーむ わかつた それぢや!
お前は本を見てあたまそこに名前をおぼえた それがゆめの中にフッとでてきたといふわけぢや
きつとさうだ


とうさん ほんとにぼく火星くわせいへ行つたと思つたんですか
さうは思はんが ほんとうの名前をつたんで わしもびつくりしたよハヽヽヽヽ
ホホヽヽ


テン太郎は夢で、だいぶ火星のうそを頭に仕込しこんだから わしの研究室けんきうしつへおいで ほんとうを見せてあげやう
うれしい! 今日けふみんな行かうね
いつていらつしやいませ
[#改ページ]

人間にんげんのヒゲとねこのヒゲ


テン太郎さん あんた大きくなつたら天文学者もんがくしやになるの
僕なるんだ
いいなあ さうして火星へロケッ[#「ロケッ」はママ]んで行くの


いやだい 火星に行くのは やつぱり地きうに住んでゐるのがいいよ
あら 弱虫よわむしの天文学者に なるのね


だつて おとうさんやおかあさんのゐない所へ行くのはいやだい


ぢや 君たちもぼくといつしよに火星くわせいへ行く どう?
ピチクン あんたどう
あんまり気がすゝまないな


やあい 君たちだつて弱虫よわむしだい
行けても へれなくなつたらこまるわ


ニャンちやんは大きくなつたら何になるの
大きくなつても ねこよりほかに何にもなれなくてつまらないわ
そんなことをいへば 僕だつて犬より出世しゆつせはできないや


それでもいいの ねずみ上手じやうずにとれるやうになれば……
さうだ さうだ
みんな本分ほんぶんをつくせばいいんだ


あ! 天文台もんだいの庭でお父さんがこつちを見てゐる
早く行かう
走れ! 走れ!


ほう よく来た、何にをみんなでしやべつてゐたんだ
ニャンちやんとピチ君が天文学者もんがくしやになれないつて悲観ひくわんしてゐたんです


アハハハ それはかんがへちがひぢや
ニャン子 お前のヒゲは何のためにある
このヒゲですか ねずみをとるために大せつなものです


では どういうふうに使ふか やつてごらん
ハイ 世間せけんではねこはどんなくらやみでも見えるといひますがうそです
少しも光のないくらい所では目は見えませんから


さういふ時にかういふ格構かくかうでヒゲをかうしてゆかにさはつて歩いて鼠のさうな所をさがすのです


だから人げんはわたしたち猫のヒゲを切つてはいけません


そらごらん 猫のヒゲはそんな立派りつぱな使ひ道がある
ところで この人間のヒゲは何のために生へてゐるか
あゝわかつた 威張いばるためについてゐるんだ
ハハハおかしいな


ハハハ その通りぢや それからニャン子はあしをなめたり 耳やはなを何も洗ふときがあるね
ええ それは雪りやあらしがやつて来る前 お天気がかはりさうになるからです


それごらん 天気のかはり目をちやんと知るのは天文学者もんがくしやよりえらいんだよ
ねこだつて 偉いんだなア
ほんとだ
そんなにほめられるとあたしはづかしいわ


やあ ニャン子がほめられてすつかり恥かしがつてゐるよ
ニャンちやん そんなかほをするとこつちが恥かしくなつてしまふよ
あれ、こんどはピチ君が恥かしがつてゐらア


火星実験室くわせいぢつけんしつ
ここが特別研究室とくべつけんきうしつだ さあ みんなお入り
へんな建物たてものだなあ


やあ おかしいなあ 中ががらんどうだ
なんだか薄気味うすきみがわるいわ
さあ そこに丸窓まるまどとびらがあるから のぞいてごらん


やあ おどろいた ここの部屋へやは二ぢゆうになつてゐる
機械きかいがぎつしりあるわ
ここは何にをするところです
いま いろいろの実験じつけんをやつて見せやう


さあ みんなマスクをかけたま
ニャンちやん マスクのかけ方がさかさまだよ
あら さう


マスクつてんな格好かくかうのものね
そのマスクは酸素吸入器さんそきふにふきにもなつてゐるんだ
みんなタコのおけのやうだ


おや おとうさんだけマスクをかけないんですね
わしはつぎへやだ 最初さいしよこの部屋へや火星くわせい状態じやうたいにする


何がはじまるんだらう
お父さん あんまりこわいことをしないでね
なんぢや 科学者くわがくしやの子がそんな弱音よわねいて


もし危険きけんなことがきたら ドアをあけてそとに出たらいい


説明せつめいはそのかべにうつる仕掛しかけになつてゐる
みんな用はいいか
イイデス……
なんだ なさけないこゑを出すね


あれ おとうさんがかくれてしまつた
やあ 機械きかいのうなる音がしだした
(ブルン ブルン ブルン)
テン太郎さん 大丈夫だいぢやうぶかしら


(ブルルン ブルルン ブルブル ピューキャタ キャタ キャタ ホホホヽ)


あれまあ 機械がわらひ出したわ


や 映写板えいしやばんに何にかうつつた
やあ これはおも白い
(これからこの部屋へや空気くうきをかきしてしまふ。)


(ガッタン ガッタン ガッタン)
火星くわせい直径ちよっけい四千二〇〇哩まいるある 地球ちきゆう半分はんぶんよりちよっとながいくらいだ。)


あら? わたしからだかるくなつてきた
おかしいなあ しやぼんだまのやうに軽いぞ
やあ おも白い 面白い


んだり ねたり 愉快ゆくわいだなあ!
やあ おも白いなあ
いくらでもべるわ
火星くわせい重力じゆうりよくは 地球ちきゆうの五ぶんノ二しかない。だから君達きみたちおもさも五ぶんノ二にへった。)


からだかるくて気持ちがいい
地球ちきゆうで百五〇封度ポンドおもさの人間も、火星くわせいでは六〇封度ポンドになる。人は地球ちきゆうにゐるときよりも二倍半ばいはんたかくとべる。)


(いま実験室ぢつけんしつ火星くわせいのやうになってゐる。酸素さんそ窒素ちつそ水蒸気すいじやうきなんどはってもとても少い。)
あれ酸素さんそが少いんだつて マスクがとれたらみんな死んでしまふぞ
まあ おそろしい
それぢや火星くわせいには人げんなんかゐないや


酸素がなくちやねこだつて住めないわ
火星くわせいにはみづすくない。もしうみがあるとすれば、はるゆきどけのときだけできるあさい海うみだ。)


地球ちきゆうからえる火星くわせいくろいところは、だからうみといふよりもぬまか ちいさなぬまあつまったのか、かわだ。)
火星くわせいといふところは さびしいところなんだなあ


(これが想像さうざうした火星くわせい表面へうめんで一めん砂原すなはら植物しよくぶつもある。)
やあ 寂しいところに来てしまつたぞ
まるで砂漠さばくのやうね


ぼくの見た火星のゆめは こんなに寂しくはなかつたよ
だつて夢だもの なんでも見られるわ
さうだ 夢より科学くわがくの方がほんとうだ


ちがわい 夢からいろいろの科学だつて生れたんだい
ぢや テン太郎さん何んと何にが生れたの?


たとへば 人げんが空をびたいとかんがへてゐたから とうとう飛行機ひかうきといふものを考へ出した
さうだ 想像さうざう発明はつめいははだ!


ちがひますよ テン太郎さんのゆめは目をつぶつて見たんでせう 科学くわがくを生みだす夢は目をあけてみる夢だわ
こいつ 生意気なまいきな!
目をあけて 夢を見られるかい


みられるわ さういふ夢を想像さうざうとか空想くうさうとかいふんだわ
うそだい 科学者くわがくしやなんか空想なんかしないよ
ちがひますよ しますよ


ニャンちやんなんか目だい
ねずみの夢より見ないんだから
ひどいわ ひどいわ アーン ぢやピチちやん あんたは泥棒どろぼうつかける夢より見ないんだわ アーン


(これこれみんな喧嘩けんくわをするな※(感嘆符二つ、1-8-75)
あれ? しかられた
なんでもうつるんだなあ
(フフフ。)


あれニャン君が今 フフつてわらつたぞ
いま泣いたからすが笑ひだした ハハハ
だつて あんなところに映つたりして おかしいんですもの
ニャンちやん 仲直なかなほりしやうね


あらへんだわ わたしなんだかさむくなつてきたわ
どうしたんだらうね
ぼくは少しも寒くはない


おおさむい! もうたまらないわ
(ブルブルブル)
ほんとだ 少し寒くなつてきたぞ
ぼくはすこしもかんじませんよ


ニャン君 僕とピチ君のあひだにかうしてはさまつてをいでよ
(ブルブルブル)
むかしからねこは 寒がりときまつてゐるんだよ


あれッ、これはきれいだ
ほれごらんなさい こんなにこほりだらけになつたわ
(ブルブルブル)
やあ きれいだなあ うわあ、寒い寒い


実験室ぢつけんしつなか温度おんどをだんだん下げて 火星くわせいさむさにしてみる。)
火星の寒さはどのくらゐだらうな
おや寒く なつてきたネ
(ブルブルブルブル)
昔から犬は 寒がらない動ぶつであつたはづだわ


火星くわせいにも北極ほつきよくのやうなさむいところがある。『極冠きよくくわん』とんでる。まんなかのは火星くわせいにのぼつたつきだ。火星くわせいさむいところは零下れいか四十から零下れいか七十さむさだ。)
おお寒い寒い これはたまらん


あッ! ピチクンがのびちやつた
あれ?


お父さん! 大変です あけてください!
そんなところたたいてもだめだわ そこのドアをあけるんだわ
[#改ページ]

コオロギとかへる


やあ助かつた
とうさん ピチクンがこんなになつちまつた
こりや失敗しつぱい しかし実験室じつけんしつはまだ零下れいか四十度そこそこなんだよ
早くあたためてやらなければ……


なに大丈夫ぢやうぶだよ ほら目をあけた
おや? ここはどこだ
あんたこゞえ死ぬところだつたのよ
ピチクンはニャンちやんよりも弱虫よわむしだなあ アハハ


さあ、おいで 火星くわせい行ロケットを見せてあげやう
ぼくは火星へ行きませんよ
ハハハ テン太郎はすつかり火星きらひになつたね
ちがひます 僕は星はみなすきです 中でも火星は大好きです


それに どうして火星へ行くのをいやがるんだね
あんまりへんなゆめをみてしまつたんです


ハハハハ それでテン太郎は ほんとうの事を知りたくなつたんだね
さうです


さうぢや ほんとうのことを知ることぢや 火星に人げんがむりにるやうにかんがへてはいかん
さうですね 人間がゐるかゐないか研究けんきうすればいいんですね
さうぢや


火星くわせいゆめを見たければ テン太郎のやうにベットの上で見たらいい
ぼくもう火星の夢はみません こんどは機械きかいをのぞいてほんとうのことを沢山たくさん知るんです
賛成さんせい
賛成!


さあ みんなかへらう
とうさんがいろいろのことを見せてやつた こんどはテン太郎は自分じぶんの学校の勉強べんきやうを帰つてやりなさい
さやうなら
さよなら


これこれテン太郎 一寸ちよつとまて きのふからな お父さんのひげにコオロギがをつくつたんぢや
(エ?)
まあおどろいた 髯の中にですか?


さうぢや わしはころすことがきらひぢやからほうつておいたよ
ホレいてゐる
やあ ふしぎだ?


あらほんと聞きたいわ
僕にも聞かせて下さい
さわいぢや鳴かないよ そつとつてきたまへ


(コロ コロ コロ)
ああ ほんとだ!
どうして髯の中になんか入つたんだらうな
いいこゑだなア


(コロ コロ コロ ハクション)
アレッ コオロギが くしやみをした!


ア、わかつた お父さんが口で鳴く真似まねをしてゐたんだ
では みなさんさやうなら


お父さんにやられちやつた
くやしいわね
なんだかこのまゝ帰るのは残念ざんねんだなあ


僕もさうだ 子どもや犬やねこ科学者くわがくしやけるなんていまいましいなあ
なんだか、このまゝ帰れませんね
くやしいな


いいことをかんがへついた みんな……………………ネ
うまい考へだな
くやしいわね


(ゲロゲロゲロゲロ ゲゲゲゲゲゲ ゲーロゲロ ゲロゲロ)
こりや助からん どうもうるさい蛙共かへるどもぢやなあ


さん だいぶ蛙がうるさいやうですな
(ゲロゲロゲロ)
研究けんきうも何もできませんですね


おや これは
ヤしまつた
さつきのかたきうちか こりやいかん


(ピシャッ)


さあ みんなかへらう
(ゲロゲロ ゲロゲロ)
やつとむねがスースーしたわ
(ゲゲゲゲゲゲ)
アハハハ
(ゲーロ ケロケロゲロ)

底本:「火星探険完全復刻版」晶文社
   1980(昭和55)年8月10日発行
底本の親本:「火星探險」中村書店
   1940(昭和15)年5月30日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字旧仮名にあらためました。
※旧仮名遣いで誤っていると思われる箇所がありますが、底本通りにしました。
※テキスト中「()」で囲まれた部分は、底本では手書き様の文字で書かれています。
※底本には「ニャン」と「ニヤン」が混在していますが、そのままにしました。
※テキストの大半はふきだし内のネームで、改行が多く使われています。テキスト化にあたっては、適宜分かち書き(文節間の○字空き)をして、読みやすくしました。
※「ベット」「スピート」などの外来語表記は、そのままにしました。
入力:古江佐織
校正:浜野 智
2006年3月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。