火玉は人間の歩く位の速度でふうわりふうわりと飛んでいた。武士は其の時其の火玉を斬ってみたくなった。武士は足を早めて火玉に近づいて往った。と、火玉は物に驚いたように非常な速力で飛びだした。それと見て武士もどんどんと走って追っかけた。
其のうちに火玉の前方に一軒の小さな農家が見えた。武士はそれを見て、人家があるなと思った時、火玉はいきなり其の農家の小窓の中へ飛びこんでしまった。武士は小窓の下へ往って立った。
と、其の時家の中で人声がした。
「どうしたの、お婆さん、お婆さん、そんなにうなされて、お婆さん」
すると赭がれた女の声がそれに応じた。
「あァ、怖かった、怖かった。わしは、この煩いでは、とても助からん思って、今、娘の処へ暇乞いに往って、帰っておると、お武家さんが見つけて、斬りに来たから、一所懸命になって逃げて来た。あァ、怖かった」
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
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