母親の執念はすさまじいものだと夏川は思つた。敗戦のどさくさ以来、夏川はわざと故郷との音信を断つてゐる。故郷の知り人に会ふこともなく、親しい人にも今の住所はなるべく明さぬやうにしてゐるのだが、どういふ風の便りを嗅ぎわけて、母がたうとう自分の住居を突きとめたのだか、母の一念を考へて、ゾッとするほどの気持であつた。
 夏川が都電を降りると、ヒロシが近づいてきて、ナアさん、お帰りなさいまし、と言ふ。そして、おひるすぎるころから母がきて夏川の部屋にゐることを知らされたのである。ヒロシはかういふことにかけては気転がきくので、夏川が何も知らずに戻つてきては具合の悪いこともあるだらうと、もう二時間も彼の帰りを待つてゐた。さういふ親切に、ヒロシは然し恬淡てんたんで、第一、二時間も待ちかまへたことを話すにも、いつもと変らぬ調子であつた。
「どうなさいますか、ナアさん。このまゝウチへおかへり?」
 ヒロシは夏川の顔をちらと見た。その目には、はじめていくらかの厳しい気配があつた。ヒロシの報せの言葉が穏やかなせゐか激動は覚えなかつたが、夏川の心は顛倒して、とつさに目当もつかないやうだ。穏やかだが、突きつめたヒロシの意志がその中へ食ひこむやうであつた。
「外へ泊るといつても、今日は、それほどの持ち合せもないのでね」
「そんなこと、かまやしませんわよ」
「さうかい。上野も近いしね。浮浪児の仲間入りをするか」
 浮浪児の仲間入りといふよりも、ヒロシの仲間入りと言ひかけるところであつた。初夏の夕風が爽やかだ。そして薄明がねつとりしてゐた。
 ヒロシは女の言葉を使ふが、男であつた。然し心はまつたく女だ。歌舞伎の下ッ端で、オヤマの修業をしてゐたのだが、戦争中から食へなくなつて、オコノミ焼の居候をしてゐた。焼けだされて、オコノミ焼の家族と共に、夏川の隣室に住んでゐた。夜になると淫売に出て行くらしい話であつたが、元々歌舞伎の下ッ端の頃から幇間ほうかんなみにお座敷へでて遊客の玩弄物に育つてきた。けれども同じお座敷育ちの芸者たちが日増しに荒れ果てた心に落ちるのに比べれば、二十二のヒロシはまだ十七八のお酌と一本の合の子ぐらゐにウブなところが残つてゐた。それは貞操に関する自覚の相違によるものだらうと夏川は思つたが、又、その慎しみ深さや、あらはなことを憎む思ひや、生一本の情熱は、古典芸術の品格の中で女の姿を習得した正しい躾が感じられて、時に爽快を覚えることもあつたのである。
 けれども、ほのかなふくらみに初々しさを残してゐた美しい顔も、近頃はやつれて、どうやら年増芸者のやうなけはしさがたち、それにつれて彼の心も蝕まれ無限にひろがる荒野の心がほの見えてゐる。それでもともかく彼の躾は崩れを見せず、危い均斉を保つてゐた。かうした不時の急場には、その荒れ果てた魂と正しい躾と妙な調和をかもしだして、五十がらみの老成した男のやうなたのもしさすら感じさせるのであつた。
 然し、夏川は歩きかけてみて、その当てどなさに、辟易した。
「やつぱり、私は、ともかく、うちへ行かう」
「おや、里心がつきましたか」
「居所がつきとめられたうへは仕方がないさ。こつちの気持を母に打ちあけて、肚をきめるのはそれからさ」
 と言つたが、母を見る切なさは堪へがたい。するとヒロシはぴつたりと身体をすりよせるやうにして、
「ナアさん」
 その目にも顔にも身体つきにも奇妙な幼さがきはだつて籠つて見えたやうに思はれた。
「あたくしがお供してゐますもの、御不自由は致させません」
 夏川は気がぬけるほど馬鹿らしかつた。淫売で露命をつないでゐるこの青年に御不自由は致させませんもないものだが、本人はそれを思ひこんでゐるのであるし、事実貧富暖寒の差に人の真実の幸不幸がないとすれば、堕ちつめて行く路のはてにこの青年の献身が拠りどころであり得ることも考へられるのであつた。夏川はそれが怖しかつた。
 夏川は変態的な情慾にはてんから興味をもち得ないたちであつたが、それとは別に、ひとつの純情に対するいたはりは心に打ち消すわけに行かない。すりよるヒロシの体臭が不快であつたが、それを邪慳にするだけの潔癖もなかつた。まア、ともかく、すこしぶら/\して、考へをまとめようと思つた。

          ★

 夏川が戦争中つとめてゐた会社は終戦と同時に解散した。そのどさくさに、会社の残品を持ちだしてなかば公然と売りとばした一味の中に彼もまじつてゐたわけだが、別段計画的な仕事ではなく、誰しもその場に居合はせればさうせざるを得ぬ拾ひ物のやうなもので、その利得なども今から見れば問題にならぬ小額だつた。けれども、これが病みつきであつた。
 その会社では彼は高い地位ではなかつた。元々徴用逃れに入社した特殊会社であつたが、年齢が年齢だから、入社の浅い割には然るべき地位であつたと云へる。空襲の始まる直前妻子を故郷へ帰したが、空襲で焼け、会社の世話で小さな借家へ同居するやうになつて、同居してゐる会社の女事務員と交渉ができた。彼の細君は父の主筋に当る家柄の娘で、元々父母が押しつけられ、その又父母が大いに有難がつて無理に押しつけた女で、別段家柄を鼻にかけるわけでもないが、陰気で、何かと云へば実家へ不満を書き送るやうなたちである。彼は愛情をもたなかつたが、かうして情婦ができてみると、女房の悪いところがよく分つた。けれども家柄が家柄で父母に対する重みがかゝつてゐるのだから、彼の不安懊悩は話の外で、いつそ日本の姿が消えてなくなれ、と考へてゐたものだ。
 終戦となり、会社は解散する、借家も立退くことになつて、立退きをきつかけに、案外面倒もなく女と別れることができた。実際はいくらかみれんもないではない女なのだが、女の方が却つて潔く身をひいたので、妻子のある男とみれんがましくかゝずりあつてゐるよりも、自由の天地らしいものが行く手にひらかれて見えたからであらう。
 そのとき立直ればよかつたのだが、解散のどさくさに儲けた仕事が手蔓になつて、闇屋をやり、その景気が封鎖の直前ごろまでつゞいた。立直るといつても、元々好かない女房だ。気のすゝまぬのも尤もで、その女房への気兼ねから女と別れたことも口惜しく、いくらかの女のみれんが、よほど大きなみれんのやうにも思はれてくる。別れた当座大いにホッとしたことも忘れて、実は内心ぐれだしてゐた。
 会社の借家を立退いて、彼がやうやく見つけだした一室といふのが、焼跡の高台に小さく取残された一劃で、昔はどこかの番頭だといふ老人夫婦の侘び住居だ。男三人の兄弟の兄と弟が戦死して、まんなかが焼夷弾の直撃で死んだといふ、気の毒は気の毒だが、因業爺で、その二階の一室。唐紙ひとつ隣の部屋にオコノミ焼の母と娘とヒロシの三人がゐるのである。オコノミ焼の女主人は因業爺の姉の子に当るのだが、お前さんの母親はな、私の苦しい時に一文の助けもしなかつたものだ、と、今では邪魔にしてゐるが、焼けだされてきた当座は懐に金があるのを睨んで厭な顔もしなかつた。水商売の女のことで、その頃は応分の御礼を惜しまなかつたからだが、坐してくらへばといふ諺のせゐではなしに、敗戦後は金の値段が一桁以上狂つたから、その所持金はたかの知れたものになつてしまつた。
 オコノミ焼の娘がいつ頃から闇の女になつたのだか、夏川はくはしいことは知らないが、娘自身は芸者になりたかつたのださうで、母親は妾にしたかつたのだが、因業爺がくどく言ふので闇の女になつたといふ。それは母親の愚痴話だ。芸者になるには着物がない、着物だ何だと自分の入費ばかりで一文も親の身入りにもならないといふ因業爺の説であり、妾だなどと旦那の物色は金持の先の知れないこの節はやらないことだと云つて闇の女をすゝめたといふのだが、娘は十八、闇の女にはもつたいない美人であつた。然るべきお金持の妾にして左団扇ひだりうちわと母親が子供の頃から先をたのしみに育てたのも水の泡、忿懣ふんまんやる方なく因業爺を呪つてゐるが、ことの真相は奈辺にあるやら分りはしない。母親は内気で水商売の女とは思はれぬぐらゐ気立の良さ、人の善さを失はずにゐる女だが、えゝマヽヨと肚をきめると何をやりだすか分らないヤケクソの魂をかくしてゐた。娘自身がわが身の境遇を不幸だなどとは露いさゝかも思はず、近頃では昼夜家をあけることが多く、焼跡の蒲鉾小屋のやうなオデン屋で酌婦をやつたり、闇屋のアンちやんに頼まれて売子をやつたり、時々金はもつてくる。金さへあげればいゝでせう、その言ひ方が癪だと云つて母親は凄い見幕で怒りだすが、さほど下卑た言ひ方ではないので、はすつ葉な物腰物の言ひ方にもまだどことなく娘らしさが残つてゐる。母親にしてみれば、それもまた断腸の種であるかも知れない。
 夏川がこの一室へころがりこんだのは、まだ封鎖前の彼の好景気の頂上だつた。そのころ彼はあぶく銭を湯水のやうに使つて、夜も昼ものんだくれ、天地は幻の又幻、夢にみた蝶々が自分の本当の姿やら、何が何だか分らないといふていたらくで、朝から寝床でウヰスキーのラッパ飲みといふ景気で、身辺はオモチャ箱をひつくり返したやうなドンチャン騒ぎの連続であつた。彼はそれを空襲のあの轟音ともまがひのつかぬヤケクソの夢幻の心でだきしめて、ヒロシやオコノミ焼の母娘を芸者のやうに総あげの意気で飲んだり飲ませたり金をくれてやつたり、娘が家にねる時はいつも夏川の蒲団の中に寝てゐたものであつた。よくまアあんな馬鹿騒ぎができたものだと夏川は思ふが、あれぐらゐ傍若無人の馬鹿騒ぎになると、あたりが呑まれてその気になつてしまふもので、オコノミ焼の母親まで一ぱし芸者めく気持になつてオシロイもぬりかねない打ちこみ方になつたから笑はせる。因業爺までウヰスキーを頂戴したり何がしの引出物にあづかつたりして、幇間なみにへいつくばつてお世辞も云ひ、端唄はうたの二つ三つ無理にも唸つてみせたものだ。
 元々彼の一味は会社の仲間でいづれも中年ちかい年配、敗戦と会社の解散、妻子も故郷に帰してゐるといふ年配と境遇からも謀反を起してみたい条件がそろつてゐる、自然の手蔓であぶく銭をかせいでみたが、血気な青年に比べると節度や多少の見通しが立つだけ却つてだめで、封鎖を境にもう潮時だと解散して、妻子のもとへ帰つたり、改めて腰弁生活を始めた男もあつた。
 夏川だけが置きすてられたが、堕ちる肚をきめてしまへば生活に困るといふことはない。それまでの顔があるので、米でも酒でも右から左へ動かしただけで相当の金にはなるので、こまめに足を動かせば、昔のやうにはいかないが、時々は酔ひつぶれるぐらゐのことはできた。金廻りが悪くなると却つてオコノミ焼の母娘やヒロシと親密さが濃くなつたのは、有頂天時代の危さがなくなり、同じ淪落の同類項で、助けられたり助けたりといふたのもしさが生れたせゐだ。淪落の世界では助けるといふ一方的な関係から血肉的な親密は生れてこない。夏川は淪落世界の意外に温帯的な住み良さに驚いたが、一方では意外の伏兵に悲鳴をあげた。
 娘はもと/\夏川の蒲団の中に寝てゐた頃から、彼をオヂサンと呼んでゐたので、さうだらう、四十男と十八の娘だ。別に夏川を嫌つてもゐないが、愛情などはもつてゐない。金に買はれただけの話で、金がなければそれまでといふ冷めたさでもないが、つまり、金がなければ、オヂサンで、貞操の念もない代りに、行きがゝりに縛られるやうな情もない。至つて自由で、見様によれば無邪気であり、憎いどころか、爽やかな明るさを感じられるぐらゐであつた。そしてその頃からオデンヤなどで働くやうになり、自分の家へ帰ることがめつたにないやうになつたが、急に大人びて、会ふたびに成熟して行く。それは植物の開花まぎはの恐るべき成熟の速度に似てゐた。夏川は外の娘の場合に未だかつてこのやうな目覚しい妖艶な成熟を見たことがなかつたのは、さういふ世界に縁がなかつたせゐでもあるが、その未熟なころの肢体を知つてゐるといふことが今では意外な遺恨を深めてゐるやうだつた。夏川は時にいさゝか迷つたものだ。金さへあれば、再び、と。
 然し、意外な伏兵はそれではないので、娘と夏川とのつながりがかうあつさりと断たれると、母親の五十ちかい情炎が代つて働きかけてきた。同時にヒロシのひたむきな情熱が陰にこもつて差向けられてきたので、夏川もこれにはほと/\困つたものだ。五十女の情炎などと或ひは詩人は歌ふかも知れぬが、夏川は昔からゴヤの絵は好きではない。この母親も娘の頃は美しかつたに相違なく、その面影は今もいくらか残つてゐる。根が善良で、小心で、慎み深い人であり、亭主に死別しなければ誰にもまして貞淑な人であつたに相違なく、およそ淫奔の性ではない。月経閉鎖期のこの年頃は特殊なものだといふことだが、時代が時代で、思ひつめて育てあげた一人娘は闇の女になる。条件がそろつてゐるからえゝマヽヨと怪しからぬ気分になるのも尤もだが、痛ましくて、悪く言へば正視に堪へざる醜悪さで、白昼見られたものではない。ところが人の子の悲しさに、この妖怪じみたものまで、むしろ妖怪じみてゐるために、いつとなく酒に酔つた夏川は好色をそゝられるやうになつてきた。いくら酔つてもさすがに抑へる気持がある。けれども一日雨ふりのつれづれに酒をのむと三人ながら酔ひ痴れて、みだらなことが当り前のやうな気分になつたとき、思はず夏川がその気になると、それまで最もだらしなく色好みに見えた五十女が急に顔色が変つて、なんとも立つ瀬がないやうな困却しきつた顔になつた。そのために夏川は理性をとりもどすことができたが、花咲く木には花の咲く時期がある、といふことを思ひ知らずにゐられなかつた。
 女の青春は人間の花で、羞恥も恐怖も花の香におのづと色どられてゐるものだ。然し、その花はいつかはしなび、今夏川が眼前に認めたものは、花の時節が過ぎたといふ、たゞそれだけのものではなかつた。花の佳人が住み捨てたあとの廃屋に、移り住んだ別の住人がゐるのである。この住人は夢も、あこがれも、甘さも知らず、たゞ現実の汚さを知るだけだつた。困却しきつたその顔が語つてゐるのである。私は汚いお婆さんさ。そのお婆さんが可愛い筈はないぢやないか。それを承知で口説かうといふお前さんが怖しい、と。
 夏川は自分の四囲の環境やその習性が、どこか大事な心棒が外れてゐるといふことを考へなければならなかつた。みんながあまり自分の「花」にまかせすぎてゐるのだ、と思つた。娘は花の如く妖艶であり、その母は虫の如くにうごめいてゐた。けれども二つは別物ではなく、娘もやがて虫となる。花の姿の娘に、花の心がないからだ。だから、虫にも、花の心が有り得ない。自分の心とても同じことだと考へて、夏川はうんざりした。
 そのとき虫が困りきつた顔をそむけて、もう十年若ければねえ……ふと呟いたものである。夏川が宿酔ふつかよいの頭に先づ歴々ありありと思ひだしたのがその呟きで、もう十年若ければねえ……アヽ、もう遅い。女はさうつけたして呟いたやうな気がする。それは夏川の幻覚であらうか。否、幻覚ではなかつた。アヽ、もう遅い、然し、女はさう呟いたのではない。もう十年若ければ……あゝ、としだ……たしかにさう呟いたのであつた。
 その呟きは虫のやうに生きてゐた。アヽ、齢だ……何といふ虫だらう、と夏川は思つた。女自体が虫であるやうに、言葉自体が虫であつた。そこには魂の遊びがなかつた。その魂には一と刷毛はけの化粧もほどこされてはゐなかつた。だが、俺自身を見るがいゝ。俺も亦さうなのだらうと考へると、夏川は何よりもわが身が切なかつた。
 三匹の虫のやうな生活にともかく夏川が堪へられたのは、ヒロシといふ虫が趣きが変つてゐたせゐだらう。変態の男といふものは、女の魅力にふりむくことがないものだ。ふりむくことが有るとすればたゞ嫉妬からで、自分は本来女であると牢固として思ひこんでゐるやうである。彼は歌舞伎の女形と云はずに、女優と云つた。えゝ、あたくしは女優でした、と云ふのである。彼はかつらや女の衣裳をつけたがりはしなかつた。男姿のまゝ、女であると信じきつてゐるやうだつた。その顔の本来の美しさはオコノミ焼の娘も遠く及びはしないであらう。何よりも潤ひの深い翳があつた。その顔は幼なかつたが、愁ひがあつた。彼の胸にはともかく一つの魂が奇妙な姿で住んでゐたと云ふことができる。その魂はこの現世にはもはや実在しないものだ。歌舞伎の舞台の上にだけ実在してゐる魂で、主のために忠をつくし、情のために義をつくし、あらゆる痛苦と汚辱を忍んで胸の純潔をまもりぬく焔のやうな魂であつた。
 オコノミ焼の主婦は近頃はもう慎みがない。別して娘が現れると特別で、娘とヒロシ二人ならべて、淫売さんとか、闇の姫君とか冷やかしはじめる。蛇のやうな意地の悪い執念で、一度は必ずそれを言はぬと肚の虫がをさまらぬといふ様子である。石の上へねるのかえとか、ずいぶん毎日新聞紙がいることだらうねとか、ヒロシに向つて、お前さんは何かえ膝にワラヂでもはかせなきや石にスリむけやしないかなどゝ聞くに堪へないことを言ふ。娘は馬鹿にしたやうな笑ひを浮べてゐるだけだ。その簡単な方法で自分が勝つてゐることを自覚してゐるからである。情慾に燃え狂つてゐる御本人は母自身なのだ。娘が夜毎にねるといふその石にすら嫉妬してゐるではないか。
 然し、ヒロシの応待には奇妙な風にトンチンカンな気品があつた。彼も返事をしなかつた。たゞ背を向けて悄然と坐つてゐる。きくに堪えないといふ風でもあり、恩ある人の恥さらしの狂態を悲しむものゝやうでもある。彼はかゝる下品卑猥な言辞に対して、かりそめにも笑ひの如きものによつて報いることを知らないのである。彼はともかくこの現実から遊離した一つの品格の中に棲んでゐた。彼は事実に於て淫売である。石の上に寝もしたらうし、膝小僧も時にはすりむいたであらう。然し、ヒロシがその胸にだきしめてゐる品格の灯はその卑小なる現身うつしみと交錯せず、彼はたぶんその現身の卑しさを自覚してはゐないのだ。彼は胸の灯をだきしめて、ともかく思ひつめて生きてゐる。そして彼は下品を憎み、卑猥なる言辞を悲しむが、その言辞を放つ人自体を憎むことも悲しむこともないやうだつた。彼はこの現実から遊離して、まさしく品格の灯の中に棲み、切に下品なるものを憎むが、あらゆる人を常に許してゐるのである。それは畸形な道化者の姿であつたが、又、何人がその品格を笑ひ得ようか。
 然し、夏川は、ねむれぬ夜や、起上る気力とてもない朝の寝床の中なぞで、うそ寒い笑ひの中でヒロシの妙にトンチンカンな気品を思ひ描いてみたものだ。笑ひを噛み殺さずにゐられぬやうな気持にもなるが、又、奇妙に切ない気持になつた。ともかく五十女の情慾と変態男の執念が唐紙の一つ向ふで妙チキリンな伊達ひきの火花をちらしてゐるおかげで、底なしの泥沼の一足手前でふみとゞまつてゐられる。さういふ自分は果して何者だらうかと考へる。彼はよく子供の頃の自分を考へた。小学校の頃は組で誰よりも小心者で、隣の子供の悪事にも自分が叱られるやうにいつもビクビクしてゐたものだ。恐らく誰からもその存在を気付かれぬやうな片隅の、又物蔭の子供であつた。中学の頃から急にムク/\ふとりだしてスポーツが巧くなつたり、力持ちになつたり、いつ頃からか人前へ出しやばつて生きることにも馴れたものだが、かうしてぎり/\のところへくると、オド/\した物蔭の小学生が偽らぬ自分の姿だと思ひだされてしまふのである。
 彼は小さい時から、あくどいもの、どぎついものにはついて行けないたちであつた。五十女の情慾や変態男の執念などは、まともにそれを見つめることもできないやうな気持なのだが、そして、淪落の息苦しさ陰鬱さに締めつけられる思ひであつたが、又、不思議にだらしなく全身のとろけるやうな憩ひを覚えるのはなぜだらう。
 あるとき酔つ払つた夏川が梯子酒といふ奴で娘のゐる屋台のオデン屋へ現れたとき、娘が彼に言つたものだ。
「ねえ、オヂサン。うちのお母さんと関係しちやいやよ」
 夏川は奇妙に沁々しみじみとその言葉を味はつたものである。なべて世の母はその娘の処女と純潔を神の如くに祈り希ふものであるが、老いたる母はその淫売の娘によつて、貞操と純潔を祈り希はれるものであらうか。淫売たる彼女が処女のころ、その母が彼女に就てその純潔を更に激しく祈りつゞけたであらうことを、知るや如何に。因果はめぐる何とかと云ふ通り、さういふことは知つても知らなくても、どうでもいゝことであるらしい。虫の如くに可憐である、といふほかに、いつたい何物があるのだらうか。
「お母さんに男があつちやアいけないのかい」
「だつて、をかしいわよ」
「何が?」
「ねえ、オヂサン」
 そのとき、娘の笑顔は冴え/\と明るかつた。
「闇屋なんか、よしなさいな。みつともないわよ。オヂサンぐらゐの年配の人は、そんなこと、するものぢやないわよ」
 彼も亦、彼女の老いたる母の如くに憐まれてゐるらしい。彼はこのときほど自らの年齢を鋭く突き向けられたことはない。娘はそれを自覚してはゐないのだ。彼女には理知の思想はないのである。たゞ十八といふ年齢の動物的な思想が語つてゐるだけだ。大胆不敵な自信であつた。たゞ本能の自信である。十八といふ年齢が人生の女王であり、そして、それ故、彼女は無自覚な、最も傍若無人な女王であつた。夏川は四十のこの年まで、アヽ齢だ……といふ嗟嘆を自ら覚えたことはない。然し、この時ばかりは理窟ではない、年齢が年齢に打ちひしがれた強烈無慙な一撃に思はず世の無常、身辺に立つ秋風の冷めたさを悟つたものだ。そして十八の娼婦の妖艶な肢体を見直して、まさしくそこに、この世では年齢自体が女王で有り得る厳たる事実を認めざるを得なかつた。夏川は今もなほ自ら淪落の沼底に沈湎ちんめんするが故に自らのゐる場所を青春と信じてゐた。青春とは遊ぶことだと思つてゐたのだ。否、々、々。青春とは、かゝるくぎりもないだゞら遊びと本質的に意味が違ふ。樹々の花さく季節の如く、年齢の時期であり、安易なる理性の外に、冷厳な自然の意志があることを悟らざるを得なかつた。
 然し、青春の女王は彼に闇屋をよせと云ふ。オヂサンぐらゐの年配ではみつともないと云ふのだが、傲然と、かゝるぬきさしならぬアイクチを突きつけながら、一ときれの理知も持たなかつた。
「だつて、食へなきや、仕方がないぢやないか」
 夏川がかう言ふと、女は笑ひだして、
「アヽ、さうか」
 と言つたものだ。まことに軽率きはまる唯美家であつたが、それだけに、夏川は失はれた年齢のぎつしりとつまつた重量を厭といふほど意識せずにはゐられなかつたものである。青春再び来らず、といふ。青春とは、それ自らかくも盲目的に充実し、思惟自体が盲目的に妖艶なものだ。
 そして、俺は、と、夏川は自分をふりかへらずにゐられない。十八の娘は、闇の女でも、花があつた。然し、夏川には、花がない。俺の住むところは、どこなのだらう。冬の枯野なのだらうか、沙漠であらうか。何よりも、俺自身は何者であらうか。何のために生きてゐるのであらうか。
 あるとき、夏川は臆面もなく娘を口説いたものだ。これから泊りに行かう、といふわけだ。娘はクスリと笑つて、
「よしてよ。もう、そんなこと、言ふものぢやアないわ」
「だつて、どうせ誰かと泊りに行くのだらう」
「でも、オヂサンとは、だめよ。もう、そんなこと、言つちやいやよ」
「なぜ、だめなんだ」
「なぜでも」
 娘は笑つてゐる。それも亦、まぶしいほど爽やかな笑ひであつた。
 そのときも、然し、娘はやがてまじめな顔になつて、かうきびしく附けたしたものだ。
「オヂサン。お母さんと関係しちやいやよ」
「だからさ。君と泊りに行かうといふのぢやないか」
 ところが夏川はその言葉を言ひ終らぬうちに棒を飲みこんだやうになつてしまつた。娘の顔色が変つたからだ。今にも泣くのかと夏川は思つた。然し、さすがに花柳地に育つた娘で、さうだらしなく涙を見せるやうなことはしない。唇をかみしめて俯向いたが、昔風に言へば、肩が泣いてゐたとでも云ふのであらう。春を売るわが身のあさましさを知る故に、その母のみだらな情慾を憎むのであらうか。それとも、聖なる母を祈ることは娘の本能なのであらうか。
 かほど切なる娘の祈りにもかゝはらず、夏川はたうとうその母と情交を結ぶやうになつてしまつた。
 封鎖直前、あぶく銭の余りがあつたので、蒲鉾小屋のオデン屋をもたせてやつた男があつた。この男は戦争前から屋台のオデンが商売なのだが、田舎に疎開してゐたために立ちおくれて、闇市で魚屋の手伝ひなどをやつてゐたのを、夏川が知り合つて助けてやつたのだ。夏川よりも三ツ四ツ年上の年恰好だが、これが今では夏川の親友で、この男が常々夏川にかう言つてゐたものである。
「ナアさん。いくら酔つ払つても、あの婆アさんにだけは手をだしちやアいけないよ。あの年頃の女は先に男のできる当もないから気違ひのやうに絡みついて離れられなくなるものだ。私がそれで苦い経験があるのだよ。たつた一夜の出来心で取返しのつかないことになるからね」
 夏川はその言葉も忘れてはゐなかつた。だが、堕ちかけた魂は所詮堕ちきるところまで行きつかざるを得なかつたであらう。彼の魂はとつくの昔にそこまで堕ちてゐたのであるが、外形だけが宙ぶらりんにとまつてゐたといふだけで、さうなることが自然であつた。夏川は驚きも悔いもなかつたものだ。たゞ、行きついてみて、そのあるがまゝのあさましさを納得させられただけのことだ。ひからびて黒ずんだ枯木のやうな肉体と、そこに棲む、もはや夢といふもののない亡者のやうな執念だけを見たものだ。
 夏川はよく眠つた。生活自体が睡眠のやうなものだと彼はつく/″\思つたが、要するにこの現実を夢と思へばいゝではないかと彼は考へてしまつたものだ。夢といふ奴は見たくないと思つても、厭な夢を見せられる。いくら見たいと思つても良い夢ばかりは見られない。その夢と同じことで、この現実も自分の意志ではどうにもならず、だから要するに、この現実も夢だと思つてしまふにかぎる。夏川はさう考へた。俺は知らない、俺は夢を見てゐるのだ、と。
 夏川がおそく帰つてきて寝床へもぐりこむ。するとその寝床には枯れたやうな女がねて待ちかまへてゐる。さもなければ、彼が眠らうとするころ、手さぐるやうにして隣室の女が這ひこんでくるのである。夢には角がないから、彼は夢を憎みはしない。たゞ、夢を見てうなされるより、なるべく夢を見ずに眠りこけたいと考へる。事実彼はねむいのだ。いつでも眠い。そして彼は近頃では、部屋の中では、たゞ眠ることしか考へなくなつてゐた。そして、眠るといふ喜びのために、目ざめてゐるときの色々の煩しさや薄汚さを気にもかけずにゐられるやうな気持であつた。
 夏川は寝床の中の女にはまだ我慢ができた。第一、くらやみだ。何も見えないし、そして喋らずにもゐられるからだ。苦しいのはヒロシと三人食事の時やお茶を飲んだりする時で、このときの婆アさんはハッキリ見えるばかりではない。情慾のみたされてゐる自らをさもさも得意に、ヒロシをからかひ、苦しめはじめる。今夜は休業? と言つてみたり、たまには石の上にも寝なきや一人者は身体がもたないだらうにね、などゝ言つたりする。富める者が富める如くに、才ある者が才ある如くに、自らの立場をひけらかすに比べて、肉慾のみたされたる者がたゞその肉慾のみたされたる故に自らひけらかすといふことは、理知のよく正視に堪え得るものではない。しかもそのみたされたる肉慾の片われが汝自らであるときては、その寂寞、その虚しさ、消え得るならば消え失せて風となつて走りたい。すべてはあるがまゝ夢である故、彼はつとめて女を憎み呪はぬやうにしてゐるのだが、ヒロシの切なさを我身の切なさの如くに考へることが多かつた。
 夏川は眠るまのわづかばかりの物思ひにも、同じ寝床に足腰のふれてゐる女に就て思ふよりも、ヒロシに就て思ふことが多かつた。ヒロシは今、何を考へてゐるだらうか、と。ヒロシは悲しんでゐるだらう。なぜヒロシは悲しむか。彼は人を憎むことがないからである。彼はたゞ、われひとともに、その運命を悲しむ。彼の胸に燃えてゐるその火の如くに高貴ならざるが故にである。ヒロシはよく眠りうるであらうか、と。

          ★

「ナアさん。いつそ、あたくしにまかせていたゞけませんか」
「まかせるつて、何をさ」
「あたくし、心当りの家がありますのよ。いゝえ、懇意な家ですから至つて気のおけないところなのです。荷物はあとで、あたくしが運びますから」
「まア差し当つて、そこまで考へることはないぢやないか」
「でも、ナアさん。差し当つて、行くところが」
「だからさ。今夜は浮浪児だよ。ともかく一杯、のみたいね」
「えゝ、ですから、御酒ゴシュはあたくしの心当りの家で」
「いゝよ、いゝよ。酒ぐらゐはどこででも飲めるのだから」
 ヒロシは夏川の当面してゐる母の上京のことに就ては問題にしてゐないのだ。たゞキッカケをつかんだだけだ。彼の関心はオコノミ焼の主婦なので、夏川を主筋の知らない家へ移させ、自然に手を切らせようといふ算段だ。然し夏川もヒロシの身勝手な指金を怒る気持にもなれないので、オコノミ焼の主婦とていよく縁を切りうるなら、これも亦、いつによらず彼にとつては魅力ある事柄だからである。
 母と子の関係はオモチャのやうなたわいもないものである。老いては子に教はるとイロハガルタの文句の通り、子が自立すると母は子供の子のやうな動物になりたがる。然し不肖の子供にとつて母がいつまでも母であるのが夏川には切ない。世の常の道にそむいた生活をしてゐると、いつまでたつても心の母が死なないもので、それはもう実の母とは姿が違つてゐるのであるが、苦しみにつけ、悲しみにつけ、なべて思ひが自分に帰るその底に母の姿がゐるのである。切なさ、といふ母がゐる。苦しみ、といふふるさとがある。
 夏川の母はもう七十をすぎた年だが、田舎の武士の堅苦しい躾の中で育つた人で、中学時代の夏川は漢文の復習予習を母についてやらされたものだ。食事に膝をくづしてもたしなめられる厳格な母であつたが、それほどの母であつても、母といふ動物であることを免れない。不肖の子は特に可愛いといふ通り、迷惑をかけるたびにいつも負けるのは母親で、それがわが子の宿命ならば、善悪はき、同じ宿命を共にしたいと考へる。
 子供の頃は怖しい母であつたし、今も尚、怖れの外には母を思ひだすことのない夏川であつたが、それは彼の心に棲む母のことだ。現実の母は、叱る声も、怒る眼も在る代りには、だますこともでき、言ひくるめることもできる。ひどく云へば、悪事の加担をすゝめることもできるほど、子のために愚直な動物的な女であつた。
 何事によらず、概ね人の怖れることは、ある極めて動物的な一瞬時なのである。死の如きものでも、さうである。そして夏川が母の上京に就て怖れることも、実は単に一瞬時で、怒る眼も、叱る声も、長く続いて変らぬといふ性質のものではない。だますことも、言ひくるめることもでき、会はない前よりも却つて事態を好転させる見込みすら有り得るのである。
 心の中に住む母はさうはいかない。苦しみにつけ、悲しみにつけ、自らが己れを責める切なさの底で見る母は、だますことも、ごまかすこともできない母だ。母はそれだけでいゝではないか。夜汽車に喘いで辿りついた白髪頭の腰の曲つた老婆の姿をなんで見なければならないのか。その一徹な怒る心や叱る声をなんできかねばならぬのか。それを手もなく、だまして、言ひくるめて、砂をかむやうな不快な思ひをなぜしなければならぬのか。
 だが、生来小心者の夏川は、別して母に就ては小心だつた。母に会ふその一瞬時が何よりも辛いやうに思はれる。四十の彼の心の中に今なほなまなましくうづく苦痛は七ツの彼とすこしも違はぬ。胸にあふれでる想念は子供の頃母に叱られたその怖しさばかり、七ツの恐怖をどうすることもできないのである。
「ヒロさん。君はおふくろが生きてゐるのかい」
「いゝえ。あたくしは木の股から生れましたのです」
 ヒロシは冷然と言つた。
 その晩、夏川は例の親友の蒲鉾小屋のオデン屋を叩いて徹底的に飲んだものだ。尤も彼が徹底的に飲むのはこの日には限らないので、母の幻を洗ひ流すに特別多量のアルコールが入用だといふわけではない。親友のオデン屋がつまりこの日は同情ストライキといふ奴で、一緒に飲みはじめて夏川以上にメートルをあげてしまつたから、をさまりがつかなくなつただけのことだ。
 このオデン屋は生国では草相撲の大関で、今もつて多少ドン・キホーテの気性があるほどだから、血気の頃は特別だ。天下の横綱にならうといふ大志をかためて、村の有志から餞別を貰ひ、両国をさして乗りこんだものだ。首尾よく入門は許されたが、本職の怪力は論外で、頭もろとも突きかゝると岩にぶつかる如くはね返され、関取が片腕ふつたばかりで腰にしがみついてゐる彼の身体がコマの如くに宙にクルクルと廻つてフッ飛ばされてしまふ。右手をふれば左へ、左手をふれば右へ、縦横無尽にはね飛ばされたり、土の中へめりこまされたり、たつた一日の稽古でつくづく天下の広大無辺なることを悟つたものだ。居ること正味二日となにがしの時間で、機を見はからひ、荷物をひつかづいて逃げだした。ともかく荷物をひつかづいて走るぐらゐの人並こえた力ぐらゐは有るのである。今もつて二十四五貫の肥大漢で、酒を飲みだすときりがない。酔態穏良であるけれども、近頃の安細工では椅子をつぶしてしまふので、アラ、来たの、ちよつと待つてよ、今、空樽をそこへ出すから、などゝ、あまり歓迎されないのである。
「ナアさん。御酒が過ぎやしませんか」
 とヒロシが言つたが、もう駄目だ。威勢よく繰りださうといふので、後始末をオカミサンにまかせて、これより一軒づゝ、軒並みに蒲鉾小屋の巡礼が始まる。思念どころか呂律ろれつすらもすでにないので、ヒロシも観念して、たゞ影の形に添ふ如く悄々とついてくる。姐さん連がまさかに内実は御婦人と知る由もなく色目を使ふと、益々武士の娘の如くに凜々と悲しみを深めてゐる。女は御酒はいたゞきませぬ、と自ら言ふ通り、ヒロシは一滴も飲まない。うけた杯はなめるだけで、盃洗へあけて返すのである。
 どこで、どうして関取に別れたか、夏川はもう記憶になかつた。たぶん上野をめざして歩いてゐたのであらう。彼は浮浪児だ、浮浪児だと叫んで歩いてゐた。うしろに右にからまるやうにヒロシが歩いてゐた。アヽ、ちよつと、浮浪児さん、とよびとめて四五人の男がとりまいてゐた。
「あゝ、さうか、街のにいさんか」
「ヘッヘ。おてまはとらせませんよ。ちよつと焼跡の方へ来ていたゞきませう」
「あゝ、いゝとも。なんでもやらあ」
 ひどく気前がいゝ。彼もヒロシも元々持合せがないのである。そこでヨタ者どもは二人の着衣をぬがせた。
「あゝ、いゝとも。どうせこれからは長い夏がくらあ。こんなものは邪魔つけだ。綺麗サッパリ持つて行つてくれ。アヽ、いゝ気持だ。ナニ、もうないよ、あとは身体ばかりだ。エ、靴か、うむ、なるほど」
 古典芸術の舞台で仕上げた女の魂もヨタ者に対しては論外で、色を失ひ、唇から全身へかけてブル/\ふるへながら着物をぬいでゐる。
 二人の身体だけが無事残された。
 然しアルコールの蒸気に魂の中味までむしたゞれてゐる夏川は、裸の方が涼しくてよかつた。彼はヨタ者と握手をして、手をふつて別れると、忽ち快い睡気を催して、物蔭を幸ひ、その場へグタ/\、ヒロシの切なる懇願もあらばこそ、前後不覚にねむつてしまつた。
 ふと目が覚めると、彼の全身は臓腑まで冷え、重く節々の軋むやうな疼痛が全身にしがみついてゐるのである。たゞ喉だけが焼けたゞれて自然に口をアングリあけてフイゴのやうな風を吹いたり入れたりしてゐる。驚いて見廻すと、やはらかく、あたゝかいものが手にふれた。ヒロシであつた。
 ヒロシは彼の背にピッタリと坐つてゐた。端然と、まさしく端然と坐してゐるのであらうけれども、端然などと人が云ふのは着物あつてのことで、フンドシ一つの端然といふ姿はない。然るべき着物を然るべく着こなして、日頃くづれといふものを露ほども見せたことのない身だしなみの格別の色若衆であつた。その姿の麗しくみづみづしいのは、女のやうななで肩で、細々と痩せ身のせゐであつたらうが、フンドシ一つではとんと河鹿かじかが思案にくれてゐるやうで、亡者が墓から出てきたばかりのやうに土の上にションボリ坐つてゐる。
 夏川は目がさめて、慌てゝ身体を起すと、先づ、つゞけさまに、七ツ八ツくしやみをしたものだ。すると忽ちそれに応ずる響の如くにヒロシが嚔を始めたが、七ツ八ツどころか、十五、十六となり、二十、二十一となつても、まだ口をあけてハアハアしてゐる。あげくに五寸もある洟水はなみずがぶらりぶらりと垂れてきたのを、手でつらゝをもぐやうに握りしめたが、こゝまできては古典芸術の修練も如何とも施す術がないやうだ。
「ヒロさん。風をひいたやうぢやないか」
「えゝ、ナアさん」
 ヒロシは蚊の鳴くやうな声をふりしぼつて答へた。
「いかゞですか。お身体にさはりやしませんでしたか」
「私もいくらか風をひいたかも知れない。それにしても、私たちは、どうしてハダカなんだらう?」
「あら、ナアさん。あまりですわよ。御存知ないのですか」
「いや、なるほど。あゝさう/\。なるほどね、思ひだしたよ」
 さすがに夏川も腕を組んで(なに寒くて、腕を組まずにゐられないのだ)千丈の嘆息をもらしたものだ。昔から裸で道中はできないといふ。いくら焼跡の浮浪児でも、シャツぐらゐは着てゐるだらう。どうしても家へ帰らねばならなくなつてしまつたのである。母の待つ家へ。ところで、そのときにヒロシがかう言つたものだ。
「ナアさん。お恨みは致しません。運命ですわねえ。あたくし、かうして、おそばに坐つてゐるだけで、しあはせですのよ」
 かうして夏川は母の待つ家へ裸で帰つて行つた。まことに星のめぐり合せといふものは仕方がない。作者がいかほど深刻な悲劇をのぞんだところで、事実の方が、かうしてトンチンカンにめぐつて行くのだから仕方がない。
 あひにくのことに、母はまだ寝もやらず起きてゐたものだ。障子にその影が見えるのである。すると夏川はむら/\と心が変つた。心が変つたといつたところで、別段大それた心になつたわけでもない。ヒロシが彼のうしろから階段を上つてきたが、急にふりむいてヒロシの手をつかんだものだ。彼は一人では這入つて行けなくなつたのだ。ヒロシは腕をつかまれて、ビックリしたが、彼の魂胆が分ると顔の色を失つた。歌舞伎の舞台で古典的な女の魂を身につけたヒロシは、知らない人の前へ、いや、知るも知らないもあるものか、人前へ裸の身体をさらすなどとは、できるものではない。早くも気配に危険を察して身を引かうとするのを、それを見ると、夏川は逆上的にむら/\と残酷な意慾がうごいてきた。
 逃がしてなるものかと、とつさに夏川はムンズと組みついたが、ヒロシの痩せて細いこと、たわいもなく腕の中へ吸ひこまれて、あんまり思ひつめて組みついたものだから、あまりのアッケなさとあまりの軽さに拍子抜けがしてハッとしたものだ。そのときヒロシがキャアーッといふ悲鳴をあげた。キャアーッといふ悲鳴などゝ物の本には心やすく書いてあるが、こんな悲鳴を実際に耳にするといふことは一生のうちに幾度もある筈はないので、平和な人々の多くはこんな悲鳴を生涯知らずに終るのが自然であらう。夏川も四十の年までこんな悲鳴をきいたことはなかつたのである。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒ」
 とヒロシは変な声をもらしたが、人殺しと叫ばうとして叫ぶことができなかつたのか、それとも単なる悲嘆の夢うつゝの嘆声であつたのか、よく分らない。
 そのとき障子がガラリとあいて、母なる人が顔をだした。田舎から汽車にゆられてきた旅行用のモンペ姿で、白髪の姿をあらはしたのである。
 夏川ははだかのヒロシを軽々と担ぐやうに抱きあげて、母の姿に面した。彼の顔は泣き顔だか、笑ひ顔だか、多分誰にも見当のつかないだらう表情がこはゞりついてゐたのである。然し彼は威勢よく、
「ヤア、いらつしやい」
 と言つた。
 するとそれを合図のやうに、再びヒロシがキャアーッといふはりさける悲鳴をあげたものだ。そして、両足をせいいつぱいバタバタふつた。運わるくその片足の膝小僧が夏川の睾丸をしたゝか蹴りつけたから、たまらない。夏川はヒロシを担いだままフラ/\/\と坐る姿にくづれて、劇痛のため平伏してしまつたのである。痛さも痛いが、これはちやうど都合のよろしい姿勢であると、ついでに心の中で久闊をのべた。かうして、彼はともかく重なる親不孝を自然に詫びることができたのである。

底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「人間 第二巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「人間 第二巻第一号」
   1947(昭和22)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2006年12月30日作成
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