仔牛が ある 日 お父さん牛と お母さん牛の ところへ いつて、
「父ちやん 母ちやん、あたい 體の 中が むぢゆむぢゆすんの。」と いひました。お父さん牛も お母さん牛も すつかり よろこんで よだれを たらしました。そして お母さん牛が いひました。
「坊や その むづむづするのはね、今に 坊やの 體から 何かゞ 生えて くるのよ、さあ それでは、あの 丘の 南の なの花ばたけの 中へ はいつて、ぢつと すはつて ゐなさい、何か 生えて くるまで 待つて ゐなさいね。」と いひきかせて、仔牛を 一人きり 送つて やりました。
 仔牛が いつて しまふと お母さん牛は むねを おどらせながら お父さん牛に いひました。
「ね、あの 仔は 世界中で 一番 美しい 仔牛だから、今に きつと 肩の 下から、いつか ほら 丘の ふもとで 池の 上に うかんでた あの 白鳥のやうな 美しい 白い 羽が 二つ 生えますよ。」けれど お父さん牛は 大きな 顏を 横に ふりました。
「なにを 馬鹿な。けものに 羽など 生えるもんか。けものに 生える ものは 角に きまつてる。だが あれは、なかなか 勇ましい やつだ。だから きつと 鹿の 角みたいに りつぱな、枝の ある 角が できるだらう。」
「おゝ いやだ、あんな みつともない もの。あんな いやな ものが あの かはいゝ 仔に 生える ものですか。きつと 羽が 生えます。もし あの 仔に 羽が 生えないなら わたし、この しつぽを あげても よろしいわ。」
「そんな へんてこな しつぽなんか いらないよ、繩つきれの 方が よつぽど ましだ。お前が さう いふなら わしは かう いふ。もし あれに 鹿の 角が 生えないなら、わしは わしの ひづめを やらう。」すると お母さん牛は 大きな 顏を できるだけ しかめて、
「そんな ひづめより 道ばたに おつこつて ゐる お椀の かけらの 方が ましですわ。」と いひました。
 丘の 南の なたね畑の 中で じつと まつて ゐた 仔牛の 頭に、やがて 小ちやく 生えて 來たのは、白鳥の 羽でも なく、鹿の[#「なく、鹿の」は底本では「なく、 鹿の」] 角でも なく、ふつうの 牛の まるい 角でした。仔牛が お父さん牛と お母さん牛の ところへ かへつて 來ると 二人の 親牛は 眼を しばたゝいて よろこびました。そして いひあひました。
「まあ、よかつた。でも 何て りつぱな 牛に なつた ことだらう。」

底本:「校定 新美南吉全集第四巻」大日本図書
   1980(昭和55)年9月30日初版第1刷発行
   1987(昭和62)年2月15日第3刷発行
初出:「ろばの びっこ」羽田書店
   1950(昭和25)年6月5日
入力:高松理恵美
校正:川向直樹
2005年3月17日作成
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