かんこちりめんといふ、これは苦労して働いた家刀自の愛のやうな感じのちりめんで、やはりその頃母の古着のなかにあつたやうに覚えてます。しぼがやたらに荒くつて、もめんのやうな感じの素朴なちりめん。はんてんか上つぱりにし度いやうな細い縞が藍色がゝつたサラサ模様であつたやうです。
私の三歳、五歳の祝ひ着は今の芝居のうちかけで見るやうな花蝶総縫ひのちりめんに下着を赤のゑぼしちりめんといふので重ねてありました。しぼがゑぼしの折りのやうに高く立つてゐるからゑぼしちりめんなのださうです。
あついたちりめんといふのは私の女学校時代の学期の合間に着せられる着物についた帯地のちりめんでした。しぼは普通で赤地に白で松竹梅などの柄が出てゐました。ヒワ色、褪紅色の無地ちりめん兵古帯など小学校から女学校時代袴下にしめました。
娘時代のある時、歌舞伎の舞台で見た若い芸妓のちりめん浴衣にすつかり魅せられました。白ちりめんへ桐の葉を写生風に染め抜いてあるのを殆ど素肌に着てゐました。うらやましくて、私のこしらへたのはしかし、さすがに墨色では粋すぎるので薄紫で菱形を大きく出して見ました。純粋なちりめんを素肌に着た気持ち――一応は薄情なやうな感触であり乍らしつとりと肌に落ちついたとなると、何となつかしく濃情に抱きいたはられる感じでせう。その味の深さ、やるせなさは忘れられるものではありません。
風にあたつても、雨にふられても、うちへうちへと、しつとりくぼめの抑へをひきしめて、一緒に泣いてでも呉れるやうな、なさけはちりめんの着物よりほか持つてゐません。
今のちりめんでは、綿紗とか西陣とか小浜とか立派な名を持つてゐるのより、むしろ名もないたゞの地になつて、やたらに友染の染め下地になつてるやうな普通のちりめんといふだけで通るあのちりめんがなつかしくて好きです。でなければ、優しい静な心の地へ、ところ/″\熱情のしこりを持つたやうな紋ちりめんが好きです。
底本:「日本の名随筆38 装」作品社
1985(昭和60)年12月25日第1刷発行
1991(平成3)年9月1日第8刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第十三巻」冬樹社
1976(昭和51)年11月
入力:渡邉つよし
校正:菅野朋子
2000年7月11日公開
2012年12月10日修正
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