Y子はK病院で扁桃腺の手術をすることになつた。
 Y子は九歳で、春夏秋冬、風邪をひいた。
 Y子は母親と、K子叔母ちやまと、女中とに連れられて家を出た。
 Y子はその日、平生よりもはしやいでゐた。そして、時々、溜息を吐いた。
 裸にされ、手術室にはひると、そばに母親も、K子叔母ちやまも、女中もゐなかつた。
 Y子は、一寸泣きたさうな顔をしたが、やがて、夢中で口をあいた。――母親が、鍵孔から、息をこらして、中の様子を見てゐることなど、勿論知らなかつた。
 突然、Y子は泣き出した。喉がチクツとした。
「さ、もう一度、口をあいて……」
 お医者さんが云つた。
 母親は、鍵孔に眼を押しつけた。
 Y子は泣きながら、大きな口を開いた。
 こんどは、母親が泣きたくなつた。
 そのことを、あとで、K子叔母ちやまと女中とに話したら、二人とも、また泣きたくなつた。
 Y子は、喉に氷をあてゝ、ちよつと、得意さうに眼をつぶつてゐた。

底本:「岸田國士全集20」岩波書店
   1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「新選岸田國士集」改造社
   1930(昭和5)年2月8日発行
初出:「手帖 第一巻第九号」
   1927(昭和2)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年2月20日作成
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