阿部正雄君の戯曲『骨牌遊びドミノ』を紹介します。
 阿部君は、なかなか世間を知つてゐる。そして、少しばかり、世間を甘く見てゐる。一応、客観的態度を取り得る修業もできてゐる。しかし、さういふ自信の方が強い場合もある。これが、その作品中の人物に対して、ややもすれば、作者としての感情的デリカシイを欠く理由である。
 阿部君は才気の人である。この才気が、観察と想像の方向に働かずして、それらの速度に働く傾向が著しい。作品に近代的テンポを与へることに成功し、この題材にも拘らず、比較的新鮮なトオンを添へるに至らない原因である。
 阿部君のなかのジュウル・ロマンは、ルノルマンは、さては、少しばかりのアンドリエフは、今に影をひそめるだらう。しかし、さうなつても、阿部君には阿部君が残つてゐる筈だ。その阿部君は、一種の感傷的虚無主義者以上のものであることを私は信じてゐる。
『骨牌遊びドミノ』は、上述の如く、やや本質的ともいふべき欠点を示してはゐるが、兎も角も、整然たる一篇の生活史であり、豊かな色彩とメロディアスな情緒をもつ諷刺劇として私の興味を惹いた。(一九三〇・三)

底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「現代演劇論」白水社
   1936(昭和11)年11月20日発行
初出:「悲劇喜劇 第六号」
   1929(昭和4)年3月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月20日作成
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