ある時、きりぎりすさんが、靴屋くつやさんをはじめることになりました。
「どんな形の靴でもおのぞみしだいにつくります。」といふ看板を見てやつてきたのが、あひるさんです。
 きりぎりすさんはあひるさんの足をはかつて、夜もねないで靴を一足こしらへて、あひるさんのところに持つてゆきました。
 あひるさんは大変おしやれでしたから、自分の足の恰好かつかうのことはたなへあげて、きりぎりすさんのこしらへてきた靴を一目見ていひました。
「まあ、こんな変な恰好の靴は牛さんにでも買つてもらふがいゝ。」きりぎりすさんは大変こまりましたけれども仕方がありません。しほ/\とその靴を持つてかへりました。そして、それをお店へならべておきましたが、あんまり不恰好なものですから、だれも買つてくれません。おしまひには、そのうへへほこりがつもりつもつて、たう/\どこに靴があるのやらわからなくなりました。
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 それから、三年ばかりたつたある晩に、あひるさんが自動車にのつて、きりぎりすさんの店のまへをとほりかゝりました。あひるさんは自ママ車の運転手になつたばかりでしたから、あんまり上手に自ママ車を動かすことができません。あつ、とおもふ間に、きりぎりすさんの店の中へ自動車がはいつてしまひました。そしてその拍子に埃の中にうづまつてゐた靴が飛びだしました。この物音で、きりぎりすさんが出てきました。そしていひました。
「この靴がお入用ですか。」あひるさんは、仕方なくまうしました。
「さうです。これを下さい。」
「ほんとに、丁度よくあなたの足にあひさうです。」ときりぎりすがいひました。あひるさんは顔を赤くしました。きりぎりすさんは、三年間ごろ/\してゐた靴がうれたので、どんなにうれしかつたでせう。けれども、その靴を、初めに注文したのが、このあひるさんだつたといふことに気がついたのはそれから一週間あとのことでした。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1928(昭和3)年6月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1928(昭和3)年6月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年8月3日作成
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