ある秋の一日、一匹の威張り屋のライオンが森の中で、お昼寝をしてゐる間に、大切な、日頃ひごろ自慢のあごひげを、だれにとられたのか、それとも抜け落ちてしまつたのか、とにかく起きて、のどがかわいたので、水をのみに、ふら/\と川の方へ行く途中でくまに会ひますと熊は、ライオンをよく知つてゐるのに挨拶あいさつをしないので
「熊君、なぜ、挨拶をしない? 失敬じやないか」といつた時に熊は、やつと気がついて
「やあ、ライオン様でございましたか、昨日まで、お見受け致してゐた、あなたのあごひげがないので、ついお見それしたのです。御免下さい。」と答へましたので、ライオンは初めてひげがなくなつてゐることに気がついて、びつくりしたのです。そして大急ぎで、川へ行つて水に顔をうつして見ましたら、熊の言つたことはまつたく本当で、さつきまで、ピカ/\金のやうに、又ダイヤモンドのやうに光つてゐたあごひげがなくなつて、まるで自分の顔が馬鹿ばかに見えるのでした。
 ライオンはどこへ落したのか一生懸命に考へましたが、考へつきません。そこへ一匹のきりぎりすが通りかかりました。きりぎりすは大変立派なひげを持つてゐるのです。ライオンは、それを見て、ひげのことなら、きりぎりすに聞いたら分るやうな気がしたものですから
「どこかに僕のあごひげが落ちてゐなかつたか。」と聞きました。するときりぎりすは申しました。
「ああ、それなら僕は知つてゐます。あの森の入口に、落ちてゐたのを見ましたよ。」
 ライオンは森の入口へ行きました。するとそこには、毛の生へたとうもろこしが落ちてゐるばかりで、ひげなどは落ちてゐませんでした。
 それから一ヶ月ばかりたつたある日、ライオンがある古道具やの前を通りかかりますと、夢にも忘れることの出来なかつた自分のあごひげが、売物になつてかかつてゐるのをみつけました。ライオンは、そのうちの主人のたぬきに、かみつきたい位腹が立ちましたが、自分のひげと言ふことが分ると困るので我慢して、いくらだと聞きますと、たぬきは、ライオンがひげを落して困つてゐることを聞いて知つてをりましたので、いつもいじめられてゐる腹いせに
「一万円より以下ではお売りできません。」といひました。ライオンは仕方なく一万円出して買つて来て、川へ行つて、くつつけやうと致しますと、もうすでに、新らしいのが生えてゐたのです。ライオンは大損をいたしました。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
初出:「子供之友」婦人之友社
   1929(昭和4)年10月
※底本のテキストは、著者訂正稿によります。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年8月3日作成
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