大根とごぼうが 一しよに暮してゐました。
 或日あるひ、大根の所へ 手紙が参りました。その時、大根は用事があつて外出してゐましたので ごぼうが代りに受け取りました。ごぼうは、なかに、どんな事が書いてあるか 知りたくてたまりませんでした。けれども、いくらごぼうでも、「ひとに来た手紙を、ことわりなく勝手に開ける事はよくない事である。」といふ位のことはよく知つてゐます。ごぼうは手紙を大根の机の上に置いて、大根の帰つて来るのを待つ事にしました。
 ところが、どうしたものか、大根は仲々帰つて来ないのです。で、ごぼうは、辛抱しきれなくなつて、手紙の封をピリピリと引きさいて、そつとひろげて見ると、こんな事が書いてありました。
「大根君、うわさによると、君は、大根のくせに、ごぼうと一緒に住んでゐるさうぢやないか。僕などは あのうすぎたない茶色の、毛だらけの、顔を見ただけで、気持が悪くなるよ。すぐに、こつちへ来て、僕たちと一緒に暮し給へ。白井しらゐ大根」これを読んだ時のごぼうの気持はどうだつたでせう。ごぼうはワアワアと 机にもたれて一時間以上も泣きました。何故なぜといつて、手紙に書いてあつた事は 全くほんとの事だつたからです。
 泣くけ泣いたごぼうは、鏡の前に行つて、カミソリで、毛をすりおとさうとしましたが、かたくてとれません。それからお風呂ふろにはいつて、皮のむける程 石けんでごし/\と身体からだ中を こすりまわしました。茶色の身体からだは 仲々白くなりません。たうたう ごぼうは 風邪かぜを引きました。
「ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン」クシヤミは とまりません。
 その時、やつとの事でうちに帰つて来た大根は、ごぼうが風呂場で 立てつづけに クシヤミをしてゐるのを見て、びつくりしました。
「おい、ごぼう君、どうしたのさ。」
「すまないことをしたんだよ、大根君、実は君に来た手紙をハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン。」
「ごぼう君、どうしたんだよ。早く言ひたまへ、ぼくは、あんまり歩いたので、もう眠くて眠くて たまらないんだからね。」
「ぢや言ふよ。ハクシヨン。」言ひかけて、はづかしくなつたごぼうは 大根の耳の所へ 口を持つて行つて、
「実はね、君、ハクシヨーン
 ごぼうのクシヤミが、あんまり大きかつたので、大根は耳をおさへて とび上りました。そして、腹を立てて、自分の部屋の寝台にもぐり込んで 寝てしまひました。ごぼうも仕方なく 自分の部屋へ行つて 眠つてしまひました。
 あくる日起きた時には、大根もごぼうも、昨日きのふの事はすつかり忘れてしまつて、いまだに思ひ出さないで、ごぼうは元のまゝの茶色で、毛だらけの顔をして 平気で暮してゐます。お野菜ですから、それは致し方ありません。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
初出:「コドモノクニ」東京社
   1938(昭和13)年2月
※底本の本文は、著者訂正稿によります。
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年7月14日作成
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