(1)[#「(1)」は縦中横] 気むずかしい夫
 何が気に入らないのか、だまりこくってむっつりしている。いてもいってはれないで、しぶい顔をするばかり。したがって家内いえ中ではれものにでも触るような態度を取り、そばを歩くに、足音さえもぬすむようになる。こういう性質は神経衰弱その他生理的な病気が伏在ふくざいしているめに来ることもあれば、当人の我儘わがままから来ることもある。病気なれば気の毒、早速さっそく医者の手にかかるがいいが、もし我儘だったらあんまり卑屈ひくつにへいへいしていると、かえって増長ぞうちょうさせていけない。正しいことは相当主張し、快闊かいかつに、はたからその不機嫌を吹き散らしてしまうがいい。不機嫌は当人も持てあましているのだから、はたからのひょっとした誘いで気が取直とりなおせ、当人も助かることがある。

(2)[#「(2)」は縦中横] 短気な夫
 しじゅうイライラしてちょっとのことにカンシャクおこす。この性質に二つある。外では猫のようにおとなしく言うべきことも胸にたたみ、そのシコリを家へ持越もちこして爆発させるものと、もう一つはどこでも短気でカンシャクを起すのとである。前の方のは臆病おくびょうで気の毒な性質の人ゆえ、まあまあ我慢がまんして家でカンシャクを起さしてやるのが愛だが、後のは持前もちまえの性質ゆえ修養しゅうようとか信仰とかを勧めて、根本的に直すのが愛である。いったい短気な人は速力スピードが気に入るのだから何でも手っ取り早く先手を打って、先に望むことをしてやればよろこぶものだ。

(3)[#「(3)」は縦中横] 病身びょうしんな夫
 痼疾こしつのあるのは別だが、そうでなくて年中あっちが悪い、こっちが悪いとぐずぐずしている人がある。多くは神経質で思いすごしの人に多い。いっしょになって心配してやらねば不親切だといってヒガむし、そうかといって心配すればキリいし、仕末しまつに悪い。心機一転しんきいってんということもあるから、たからかに奮闘ふんとう的な気持ちになれるよう、思い切って生活を革新かくしんするとか、強い刺撃しげきを与えて心境を変化させるとか、妻自身確信かくしんと元気を持って助勢じょせいするがいい。

(4)[#「(4)」は縦中横] 潔癖けっぺきな夫
 硝子ガラス窓がちょっとくもっていても気にし、障子しょうじサンホコリたまってやしないかと、指の腹でこすってみる。ひどいのになると一日に五六度オキシフルか、昇汞水しょうこうすいで手を消毒しないと、落付おちついて仕事が出来できぬというようなのがある。悪いことではないがかくうるさい。また精神上の潔癖家として無暗むやみに人を毛嫌けぎらいするものもある。あいつはオベッカ者だからとかあいつはウソきだとかいって、口もかぬ。そんなことをいった日には世間がせまくなるばかりだから一つ気を大きく持たせるべし。

(5)[#「(5)」は縦中横] 頭のよすぎる夫
 どうせ見透みすかされつくすのですから、なまじい夫に対する心のつくりかざりをせず、正直に無邪気むじゃきにともにくらすべし。

(6)[#「(6)」は縦中横] 交際下手べたな夫
 交際下手な夫を持った妻は、相手の人が夫の気象きしょうみ込むまで、妻自身がまめまめしく客にかしずき、その場の調和をたもつこと。

(7)[#「(7)」は縦中横] 学者肌の夫
 学者は日常他人に教示きょうじするくせをもってくらす。その気持ちのリズムにうて、暮さなければ夫の心情しんじょうを荒らす。妻も大方おおかたのことは生徒になりたる態度をもって、夫に対侍たいじすべし。

(8)[#「(8)」は縦中横] 親や親類と折合おりあいの悪い夫
 いっそ親や親類に悪くわれても仕方がない。まあなるたけ主人の気のやすまるようとおのいて、身辺しんぺんの平和を守るか(この際扶養ふようの責任あらば、それだけは物質だけでもはたすべし)、さもなくば、妻は身をもって円満につくし、親、親類に夫の折合おりあしき部分をおぎなうべし。

(9)[#「(9)」は縦中横] 失業している夫
 妻の身の自分が内職でもして家計を立てようとする努力とともに、失業状態にある夫の心は、とかくひがみやすくなっていますから、妻は平常よりむしろ夫を敬愛けいあいする態度にでよ。夫は心明るく次の職業を探す勇気にむかえましょう。

(10)[#「(10)」は縦中横] 大酒家たいしゅかの夫
 何かほかの嗜好物しこうぶつに転換させるか、もしばん不可能な時は、妻自身大酒をのむか、ただしはのみたるりでっぱらって困らせて見せるか、知人の大酔家を、夫のしらふの時に夫の眼の前へ連れて来て見せしめにするかです。

(11)[#「(11)」は縦中横] 移り気の夫
 正当に警戒けいかいし、懇願こんがんして見ても駄目だめでしたら、妻自身も移り気の振りをして見せしめてやりなさい。それでもだめならあきらめるか、別れるか、どちらでも。

(12)[#「(12)」は縦中横] 家にばかりいる夫
 家にばかり夫がいて困るのでしたら、散歩や活動に妻が誘って御覧ごらんなさい。嫌だと云ったら妻一人、夫を家へうっちゃって出て寂しがらせて御覧なさい。手のない家でしたら、盛んにお使いでもおたのみなさい。

(13)[#「(13)」は縦中横] 家事に口出ししすぎる夫
 家事に口を出し過ぎる夫に困ったら、一週間くらいそら病気をして、夫に家事万端ばんたんの世話をやかせ、負担にえない経験をさせたらどうですか。お客の前などで、だしぬけにあれを出せ、時ならぬ時分じぶんにこれはないかと、べものなど主婦の予算以外な注文をする夫をこらしめるためには、あとでその時の費用を誇張こちょうし、また労力の超過ちょうかをしめすため、そら病気でもして見せます。

(14)[#「(14)」は縦中横] 職業婦人の夫
 職業婦人の夫はそれこそ妻に思いやり深くなくてはいけません。そして自身も職業を持つならば、退け時刻の早い方が遅く帰る方を待ちうける用意をして置きなさい。朝、出かけの早い方を遅い方が送って上げるのも同様です。この際昔風な夫、妻、の観念を除き、同じ労力をわかって家事を分担する友、恋人同志であり同時に普通の夫婦以上、妻は夫に与える所の多い女性として尊敬して、夫たる男性の手に適するかぎり家事の労力なども妻の助けとなるべきです。ただ呉々くれぐれも妻は己の職業に慢心まんしんして大切にしてもらう夫にれ、かりにも威張いばったり増長ぞうちょうせぬこと。月並のいましめのようなれど、余程よほどの心がけなくてはいわゆる女性のあさはかより、このへいおちいやすかるべし。

底本:「愛よ、愛」メタローグ
   1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1976(昭和51)年発行
※「仕末(しまつ)」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2004年3月30日作成
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