震災の前であった。白画堂はくがどうの三階で怪談会をやったことがあった。出席者は泉鏡花、喜多村緑郎ろくろう、鈴木鼓村こそん、市川猿之助、松崎天民などで、蓮の葉に白い強飯こわめしを乗せて出し、灯明は電灯を消して盆燈籠をけ、一方に高座を設けて、ものがたりをする者は皆その高座にあがった。
 数人の怪異ものがたりがすむと、背広服を着た肥った男があがった。それは万朝報まんちょうほうの記者であった。
「この話は、私の家の秘密で、公開を禁ぜられておりますが、もう時代もすぎましたから、話してもいいと思いますから話しますが、これは田中河内守を殺した話でありますが、それを殺した者は、私の祖父……」
 と云いかけてことばがもつれだした。一座の者はおやと思って記者の顔へ眼をやる間もなく、その記者は前のめりになって高座の下へ落ちたので、怪談会はしらけてしまって、未明までやるはずのものが、一人帰り二人帰りして、十二時頃には何人だれもいなくなった。そして、その記者は脳溢血のういっけつのような病気で、三日ばかりして歿くなった。これは市川猿之助の実話をそのまま。

底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
   2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
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