そのうちに東北が平定して官軍も凱旋した。寛一郎もひとまず江戸へ引きあげ、それから翌年になって故郷へ帰ったが、世間も静になり、世の中もかわって来たので、いよいよ故郷に落ちつくことにして、家を建て、細君ももらって新しい生活に入った。
処で、その翌年の夏になって、不思議なことが起った。それは某夜、夫婦で床に就いて、細君は早く眠り、寛一郎一人がうつらうつらしていると、どこからともなく火の玉が来て、蚊帳の上を這いだした。寛一郎はもとより剛胆な男であるから、嘲笑って見ていた処で、すぐ火の玉は見えなくなった。朝になって蚊帳を調べて見ると、火の玉の這ったと思われる処が黒く焦げていた。
寛一郎はちょっと不思議に思ったが、大して気にもかけずにいた処が、その夜になって壁厨の中から短刀が飛出して来て枕頭へ立った。その短刀は会津から掠奪して来たものであった。寛一郎はおやと思って眼をやった。同時に寛一郎の眼が覚めた。寛一郎は夢を見ていた処であった。
怪異はまだ続いて、その翌晩は短刀が飛び出して来て胸を傷つけた夢を見た。同時に痛みを覚えるので、灯を点けてみると、そこに傷が出来て血が出ていた。
短刀の怪異は、それから白昼にも起るようになった。短刀が飛び出して来て、体に当るような気がするとともに、そこに痛みを覚えて傷が出来、同時に血が出るのであった。
「女の祟りじゃ」
さすがの寛一郎も弱ってしまって、高知市の東北になった陽貴山へ往ってそこの和尚に、
「何とかして、封じてもらいたいが」
と云って頼んだ。和尚は承知して、寛一郎の家の後へ小さな祠を建てさせ、その中へ彼の短刀を納めさしたところで、それからは何の異状もなくなった。そして、後に寛一郎が歿くなった時、家人が祠を調べてみると、短刀は無くなっていた。
底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。