「おや、まあ、お嬢さん」
娘は光沢のいい顔に微笑を見せた。
「明日の朝までに、どうかと思って、見に来たのよ」
「やっと出来あがったところでござんすの」
「そう」
裁縫師は娘を上へあげて、胡蓙の中に包んであった彼の衣服を執って見せた。すると娘は、
「ちょっと」
と云って、それを着るなり、ずんずんと表の方へ出て往くので、裁縫師は驚いて、
「まあ、お嬢さん」
と云って呼びとめようとした。と、娘の姿がなくなってその衣服ばかりふわふわと崩れるように下へ落ちた。
裁縫師は不思議でたまらないので、朝になるのを待ちかねて相場師の家へ往って見た。相場師はその前におおがらを啖って、その夜のうちに夜逃げをしていた。
「それでは」
裁縫師はそこで娘の衣服に対する執着を知った。
底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」改造社
1934(昭和9)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
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