それは、夏から秋の初めへかけてのことであるが、真紅な血のように染まった太陽が、荒れ狂っている波と波の間に落ちる時分になると、西の方から真紅な帆をあげた帆前船が来るので、
「真紅な帆を捲いた船だ、不思議な船だ、どこへ往くだろう」
と思っていると、その船は恐ろしく静に走って来て、ドド根の暗礁の方へ往くのであった。
「大変だ、ドド根の礁じゃ」
と思って心配している間もなく真紅な帆はそのまま煙のように消えるのであった。
「不思議なことだ、鬼魅が悪い」
と云って鬼魅を悪がるのであった。その真紅な帆の帆前船が見えだしたのは、明治三十三四年比、日本郵船会社の品川丸と云う古ぼけた千五百噸位の帆前船がドド根の辺で沈没してから間もなくであった。
底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」改造社
1934(昭和9)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
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