「桜はよく咲いたのう」
 二十四五歳かとも見える若い侍が麹町こうじまち山王さんのうの社頭の石段に立って、自分の頭の上に落ちかかって来るような花の雲を仰いだ。彼は深い編笠あみがさをかぶって、白柄しろつかの大小を横たえて、この頃流行はや伊達羽織だてばおりを腰に巻いて、はかま股立ももだちを高く取っていた。そのあとには鎌髭かまひげのいかめしい鬼奴おにやっこが二人、山王の大華表おおとりいと背比べでもするようにのさばり返って続いて来た。
 主人の言葉の尾について、奴の一人がわめいた。
「まるで作り物のようでござりまする。七夕のあかい色紙を引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、こうもなろうかと思われまする」
「はて、むずかしいことをいう奴じゃ」と、ほかの一人が大口をあいて笑った。「それよりもひと口に、祭の軒飾りのようじゃといえ。わはははは」
 他愛もない冗談をいいながら、三人は高い石段を降り切って、大きい桜の下で客を呼んでいる煎茶の店に腰を卸した。茶店には二人の先客があった。二人ともに長い刀を一本打ち込んで、一人はこれ見よがしの唐犬とうけんびたいをうららかな日の光にさらしていた。一人はほうろく頭巾ずきんをかぶっていた。彼等は今はいって来た三人の客をじろりと見て、何か互いにうなずき合っていた。
 それには眼もくれないように、侍と奴どもは悠々と茶をのんでいた。明暦めいれき初年三月半ばで、もう八つ(午後二時)過ぎの春の日は茶店の浅いひさしを滑って、桜の影を彼等の足もとに黒く落していた。
「おい、ねえや。こっちへももう一杯くれ」と、唐犬びたいが声をかけた。茶の所望である。茶店の娘はすぐに茶をんで持ってゆくと、彼はその茶碗を口もとまで押し付けて、わざとらしく鼻をしわめた。
「や、こりゃ熱いわ。天狗道てんぐどうへでもちたかして、飲もうとする茶が火になった。こりゃたまらねえぞ」
 彼はさも堪らぬというようにわめき立てて、その茶碗の茶を侍の足下へざぶりと打ちまけた。それが如何いかにもわざとらしく見えたので、相手の侍よりも家来の奴どもが一度に突っ立った。
「やあ、こいつ無礼な奴。何で我等の前に茶をぶちまけた」
「こう見たところが疎匆そそうでない。おのれ等、喧嘩けんかを売ろうとするか」
 相手も全くその積りであったらしい。鬼のような奴どもにしかり付けられても、二人ながらびくともしなかった。彼等はせせら笑いながら空うそぶいた。
「売ろうが売るめえがこっちの勝手だ。買いたくなけりゃあ買わねえまでだ」
「一文奴の出しゃばる幕じゃあねえ。引っ込んでいろ。こっちはてめえ達を相手にするんじゃあねえ」
しからば身どもを相手と申すか」
 侍は編笠をはらりった。彼は人品の好い、色の白い、眼の大きい、髭のあとの少し青い、いかにも男らしい立派な侍であった。
仔細しさいもなしに喧嘩けんかを売る。おのれ等のような無落戸漢ならずものが八百八町にはびこればこそ、公方くぼう様お膝元ひざもとが騒がしいのだ」と、彼は向き直って相手の顔をにらんだ。
 唐犬びたいのひと群れが最初からこの侍に向って喧嘩を売る下心があったことは、次の事実にっていよいよ証明された。唐犬びたいとほうろく頭巾のほかに、まだ三人の仲間が侍たちのあとをつけて来て、桜のかげに先刻から様子をうかがっていたのであった。その中の親分らしい三十前後の男が、この時に双方の間につかつかと出て来た。
「仔細もなしにみ付くような、そんな病犬やまいぬは江戸にゃあいねえや」と、彼は侍を尻目にかけていった。「白柄組しらつかぐみとか名をつけて、町人どもをおどして歩く、水野十郎左衛門みずのじゅうろうざえもんが仲間のお侍で、青山播磨あおやまはりま様とおっしゃるのは、たしかあなたでごぜえましたね」
 彼の鑑定通り、この若い侍は番町ばんちょうに屋敷を持っている七百石の旗本の青山播磨であった。彼が水野十郎左衛門を頭に頂く白柄組の一人であることは、その大小の柄の色を見てもさとられた。事件の進行を急ぐ必要上、ここで白柄組の成立ちを詳しく説明している暇がない。又詳しく説明する必要もあるまい。ここでは唯、旗本の侍どもから組織されている白柄組や神祇組じんぎぐみのたぐいが、町人の侠客きょうかくの集団であるいわゆる町奴の群れと、日頃からとかくに睨み合いの姿であったことを簡単に断わっておきたい。殊にこの年の正月、木挽町こびきちょう山村座やまむらざの木戸前で、水野の白柄組と幡随長兵衛ばんずいちょうべえの身内の町奴どもと、瑣細ささいのことから衝突を来したのが根となって、互いの意趣がいよいよ深くなった。
 その矢先に青山播磨は権次ごんじ権六ごんろくという二人の奴を供に連れて、今日の朝から青山の縁者をたずねて、そこで午飯ひるめしの振舞をうけて、その帰りに山王の社に参詣ながら桜見物に来たのであった。そこへ丁度長兵衛の子分どもが参詣に来合せたので、彼等の中で大哥分あにと立てられている放駒はなれごま四郎兵衛しろべえが先立ちになって、ここで白柄組の若い侍と奴とに、喧嘩を売ろうとするのであった。こちらも売る喧嘩をおとなしく避けて通すような播磨ではなかった。殊に自分を白柄組の青山播磨と知って喧嘩をいどんで来る以上、彼は勿論もちろんその相手になるのを嫌わなかった。
「白柄組の一人と知って喧嘩を売るからは、さてはおのれ等は花川戸はなかわどの幡随長兵衛が手下のものか」
 問われて、四郎兵衛は自分の名をいった。この時代の町奴の習いとして、その他の者共も並木なみき長吉ちょうきち橋場はしば仁助にすけ聖天しょうでん万蔵まんぞう田町たまち弥作やさくと誇り顔に一々名乗った。もうこうなっては敵も味方も無事に別れることの出来ない破目になった。播磨は大小の白柄に対して、奴は面の鎌髭に対して、相手の四郎兵衛は金の角鍔かくつば、梅花皮の一本指に対して、互いにひと足も引くことが出来なかった。まして相手は初めから喧嘩を売り掛けて来たのである。受身になることが大嫌いの播磨は、もう果しまなこで柄頭に手をかけると、しゅうを見習う家来の奴共も生れつきの猪首いのくびをのけぞらして呶鳴どなった。
「やい、やい、こいつ等。素町人の分際で、歴々の御旗本衆に楯突たてつこうとは身のほど知らぬ蚊とんぼめ。それほど喧嘩が売りたくば、殿様におねだり申すまでもなく、いい値でおれたちが買ってやるわ」
「幸い今日は主親しゅうおやの命日というでもなし、殺生をするにはあつらえ向きじゃ。下町からのたくって来た上りうなぎを山の手奴が引っつかんで、片っ端から溜池ためいけの泥に埋めてやるからそう思え」
 四郎兵衛も負けずにいった。
「そんな嚇しを怖がって尻尾しっぽをまいて逃げるほどなら、白柄組が巣を組んでいる山の手へ登って来て、わざわざ喧嘩を売りゃあしねえ。こっちを溜池へち込む前に、そっちが山王のくくり猿、お子供衆の御土産にならねえように覚悟をしなせえ」
 相手にあざけられて、播磨はいよいよいた。
「われわれが頭と頼む水野殿に敵対して、とかくに無礼を働く幡随長兵衛、いつかは懲らしてくりょうと存じておったに、その子分というおのれ等がわざと喧嘩をいどむからは、もはや容赦は相成らぬ。望みの通りに青山播磨が直々に相手になってくるるわ」
「いい覚悟だ。お逃げなさるな」と、四郎兵衛は又あざ笑った。
「何を馬鹿な」
 播磨はもう烈火のようになった。彼は床几しょうぎを蹴倒すように飛び立って、刀の鯉口を切った。権次も権六も無そりの刀を抜いた。相手も猶予せずに抜き合せた。こうした喧嘩沙汰ざたはこの時代に珍しくないとはいいながら、自分の店先で無遠慮に刃物を振りひらめかされては迷惑である。さりとてそれを取鎮めるすべを知らない茶店の女は、唯うろうろしてその成行きを窺っていると、鋲金物びょうかなものを春の日にきらめかした一挺の女乗物が石段の下へ急がせて来た。陸尺ろくしゃくどもは額の汗をく間もなしにその乗物を喧嘩のまん中に卸すと、袴の股立ちをい取った二人の若党がその左右に引添うて立った。「しばらく、しばらく」と、若党どもは叫んだ。必死の勝負の最中でも、権次と権六とはさすがにその若党どもの顔をすぐ認めた。
「おお、渋川しぶかわ様の御乗物か」
 喧嘩のまん中へ邪魔な物を投げ出されて、町奴の群れも少し躊躇ちゅうちょしていると、乗物の引戸はするりと明いて、五十を越えたらしい裲襠かいどり姿の老女があらわれた。陸尺の直す草履を静かに穿いて彼女はまず喧嘩相手の一方をじろりと見た。見られたのは播磨である。彼も慌てて会釈した。
「おお、小石川こいしかわの伯母上、どうしてここへ……」
「赤坂の菩提所ぼだいしょへ仏参の帰り途によい所へ来合せました。天下の御旗本ともあるべき者が町人どもを相手にして達引たてひきとか達入たていれとか、毎日々々の喧嘩沙汰はまこと見上げた心掛けじゃ。普段からあれほどいうて聞かしている伯母の意見も、そなたという暴れ馬の耳には念仏そうな、主が主なら家来までが見習うて、権次、権六、そち達も悪あがきが過ぎましょうぞ」
 男まさりといいそうな老女のりんとした威風にし付けられて、鬼のような髭奴共も頭を抱えてうずくまって仕舞った。播磨も迷惑そうに黙って聴いていた。老女は播磨の伯母で、小石川に千二百石取の屋敷を構えている渋川伊織助いおりのすけの母の真弓まゆみであった。播磨は元服すると同時に父をうしない、つづいて母にも別れたので、彼の本当の親身というのは母の姉に当るこの老女のほかはなかった。渋川はその祖先なにがしが三方みかたはら退口の合戦に花々しい討死を遂げたという名家で、当代の主人伊織助は従弟同士の播磨と殆ど同年配の若者であるが、その後見をする母の真弓は、天晴れ渋川の家風に養われたたくましい気性の女であった。ことに亡き母の姉という目上の縁者でもあるので、さすが強情の播磨もこの伯母の前では暴れ馬の鼻嵐を吹く訳には行かなかった。彼は唯おとなしく叱られていた。
 しかしそれは播磨と伯母との関係で、一方の相手には没交渉であった。四郎兵衛はもどかしそうにいった。
「お見受け申せば御大身の御後室様のようでござりますが、喧嘩のまん中へお越しなされて、何とかこのおさばきをお付けなさる思召おぼしめしでござりますか。それとも唯の御見物なら、もう少しお後へお退さがりくださりませ」
「差出た申分かは知りませぬが、この喧嘩はわたくしに預けては下さらぬか」と、真弓は静かにいった。「播磨はあとで厳しゅう叱ります。まあ堪忍かんにんして引いてくだされ」
「さあ」と、四郎兵衛は少し考えていた。
「御不承知とあれば強いてとは申しますまい。さりながら一旦いったんかように口入くにゅういたした上は、聞き届けのない方がわたくしの相手、これも武家の習いで是非がござりませぬ」
 こういい切られて、四郎兵衛もいよいよ困った。たといそれが武家の女にもせよ、町奴の中でも人に知られた放駒の四郎兵衛ともあろう者が、女を相手に腕ずくの喧嘩も出来ない。勝ったところで手柄にもならない。白柄組を相手の喧嘩はもとより出たとこ勝負で、あながちに今日に限ったことでもない。ここはこの老女の顔を立てて素直に手を引いた方が結句悧口りこうかも知れないと思ったので、彼はいさぎよく承知した。
「では、お前様のお扱いに免じて、今日はこのまま帰りましょう」
「よく聞き分けて下された」と、真弓もうれしそうにいった。「そんならおとなしゅう戻ってくださるか」
「まことに失礼をいたしました」
 武家の老女と町奴の大哥分とは礼儀正しく会釈して別れた。四郎兵衛のあとについて、子分共も皆な立去ってしまった。人間の嵐の通り過ぎた後はにわかにひっそりして、桜の花びらの静かにひらひらと舞い落ちるのが眼に着いた。
「これ、播磨」と、真弓はおいを見返った。「ここは往来じゃ。詳しいことは屋敷へ来た折にいいましょうが、武士たるものが町奴とかの真似まねをして、白柄組の神祇組のと、名を聞くさえも苦々しい。引くに引かれぬ武道の意地とか義理とかいうではなし、所詮は喧嘩が面白うて喧嘩をする。それが武士の手本になろうか。あぶれ者共のするような喧嘩商売は、今日かぎり思い切らねばなりませぬぞ。かねば伯母は勘当じゃ。わかりましたか」
 何といわれても、播磨はこの伯母が苦手であった。所詮頭はあがらぬものとあきらめているらしく彼は伯母の前におとなしく降伏していると、真弓の裲襠姿はやがて再び乗物に隠されて、生肝でも取られたようにぼんやりしている奴どもを後に、麹町の方へしずかにその乗物をかかせて行った。
 そのうしろ影を見送って、今までうずくまっていた主人と奴とはほっとしたように顔を見合せた。そうして、一度に大きく笑い出した。

「お腰元のきくの母でござります。娘におわせ下さりませ」
 やがて三十七、八であろうが年の割に老けて見えるらしい女が、番町の青山播磨の屋敷の台所口に立って、つつましやかに案内を求めると、下女のおせんが奥から出た。
「おお、お菊さんの母御か。ようおでなされた」
 お仙がお菊を呼んで来る間、お菊の母は台所のかまちに腰をおろして待っていた。七百石といえば歴々の屋敷であるが、主人の播磨は年が若い、しかもまだ独身である。一家の取締をするのは用人の柴田十太夫しばたじゅうだゆうたった一人で、彼は譜代の忠義者ではあるが、これも独身の老人で元来が無頓着むとんじゃくの方である。そのほかには鉄之丞てつのじょう弥五郎やごろうという二人の若党と、かの権次、権六という二人の奴と門番の与次兵衛よじべえと、上下あわせて七人の男世帯で、鬼のような若党や奴どもが寄り集って三度の飯も炊く、拭き掃除もする。これが三河風みかわふうでござると、彼等はむしろその殺風景を誇りとしていたが、かの渋川の伯母御から注意をあたえられた。いかに質素が三河以来の御家風とは申しながら、いず方の屋敷にもそれ相当の格式がある。殊にかような太平の御代みよとなっては、いつもいつも陣中のような暮しもなるまい。荒くれ立った男共ばかりでは、屋敷内の掃除も手が廻らぬばかりか客来の折柄などにも不便である。これほどの屋敷をもっている以上、少なくとも然るべき女子供の二三人は召仕めしつかわなければなるまいというのであった。
 武を表とする青山の屋敷に、生ぬるい女子おなごなどを飼って置くのは面倒であると播磨はいった。しかも彼にとっては苦手の伯母御の意見といい、それにさからってはよくないという十太夫の諫言かんげんもあるので、播磨も渋々納得して、申訳ばかりに二人の女子を置くことになった。台所を働くお仙という女は知行所から呼び寄せたが、主人の手廻りの用を勤める女は江戸の者を召仕うことにして、番町から遠くない四谷よつや生れのお菊というのを一昨年の秋から屋敷に入れた。それが今たずねて来た母のひとり娘であった。
 台所働きのお仙も正直者であったが、腰元のお菊も甲斐甲斐かいがいしく働いた。二人ともに揃ってよい奉公人を置き当てたと、渋川の伯母も時々見廻りに来て褒めていた。実際、お菊が初めて目見得に来た時に比べると、屋敷の内も余ほど綺麗きれいになった。殊に台所などは見違えるように整頓して来た。お菊の目見得が済んで、母がその荷物をとどけに来た時には、彼女も内心少し驚かされたのであった。これほどの屋敷の内に女というのは、台所のお仙一人で、そのほかはみな犬の肉でも喰いそうな荒くれ男ばかりである。殿様は上品で立派な男ぶりではあるが、これも癇癖かんぺきの強そうな鋭い眼を光らせている。こうした鬼ガ島のような荒屋敷へ、年の若いひとり娘を住み込ませるのは何だか不安のようにも思われたが、目見得もすんで双方が承知した以上、母はどうすることも出来ないので、用人の前で主従の契約を結んで帰った。
 それからもう足かけ三年の月日は過ぎた。殿様も家来もみな喧嘩好きである。白柄組の旗本衆もたびたび出這入ではいりする。しかしどの人もうわべのあらっぽいには似合わないで、底には優しい涙をもっている。喧嘩を買い歩くのが商売と聞けば、どうやら怖ろしくも思われるが、それも惰弱に流れた世人の眼をます為だという。そうした入訳いりわけを胸に置いて、あの衆の気象をよく呑み込んで御奉公していれば、なにも勤めにくいことはない。うわべはおとなしそうに見せかけて、底意地のわるい人達の多いところに奉公しているよりも、こうした御屋敷の方が結句気楽であると、お菊は母に話していた。
 そうはいっても、母の身としてはまだ幾らかの不安が忍んでいた。白柄組の喧嘩沙汰は日増しに激しくなって来るらしく、ゆく先々でそのうわさを聞かされる度に、お菊の母は胸を痛くした。白柄の大小を差し誇らして江戸市中を押し歩く一種のあばれ者は、自分の娘の主人である。勿論、主人が何事を仕出来しでかそうとも、女子の召仕どもに何の係り合いがあろうとも思われないが、それでも可愛い娘をこうした暴れ者の主人に頼んで置くのは、何となく心許こころもとないようにも思われてならなかった。
 彼女は今もそんなことを繰返して考えながら、娘の懐かしい顔の見えるのを待っていると、やがて奥からお菊がいそいそと出て来た。
阿母おっかさん。まあ、こっちへ」
 手を取るようにして自分の部屋へ連れて行こうとするのを、母はあわただしく断わった。
「いえ、いえ、ここの方がかえって気兼ねがなくていい。どうで長い間のお邪魔も出来まい。ここで話して帰りましょう」
 こういって、母は娘の顔をしげしげ眺めていた。別に用があって来たのではない。母は娘の無事な顔をひと目見て帰ればそれでもう満足するのである。その母の眼にうつったお菊の顔は、細おもてのやや寂しいのをきずにして、色のすぐれて白い、まゆの優しい、だれが見ても卑しくない美しい女であった。彼女は十六の秋にここへ来て、今年の春はもう十八の娘盛りになっていた。母と娘とは、この正月の宿さがりに逢って、それから幾らの月日を経たのでもないが、見る度ごとに美しくなりまさって行く娘の若い顔を、母はとろけるような眼をしてうっとりと見つめていた。
「お前、別に変ることもござりませぬかえ」
 と、お菊は母にきいた。
「仕合せとこの通り達者でいる。この春のはやり風も無事に逃れた」と、母は機嫌よく笑っていた。「して、殿様にもお変りはないかえ」
「殿様も御繁昌でござります。きょうも青山の御縁者へまいられまして、唯今お戻りなされました。そのお召替えをいたしているところへ、丁度お前が見えたので、逢いに来るのが遅くなりました」
「きょうは喧嘩もなされなんだか」
「奴殿の話では、きょうも山王下で町奴と何かの競り合があったとやらで、殿様お羽織の袖が少し切裂かれておりました」
「あぶないこと……」と、母は眉をくもらせた。「して、お怪我けがはなかったか」
「喧嘩はいつものこと。滅多にお怪我などあろうはずはござりませぬ」
 白柄組の屋敷奉公にだんだんれて、おとなしい娘もこの頃では血腥なまぐさい喧嘩沙汰を犬の咬み合ほどにも思っていないらしかった。その落着きすました顔付が、母にはいよいよ不安の種であった。
「でものう。喧嘩沙汰があまり続くうちには、いかにお強い殿様でも物のはずみで、どのような怪我あやまちもないとは限らぬ。又このようなことがお上に聞えたら殿様の御首尾もどうあろうかのう」
 仔細らしく打傾けた母のひたいに太い皺の織り込まれたのを、お菊は少し嘲るようにほほえみながら眺めた。
「何の、お前が取越し苦労。殿様は白柄組の中でも指折りの剣術の名人、宝蔵院流ほうぞういんりゅうの槍もく使わるると、お頭の水野様も日頃から褒めていられます。ほほ、なみなみの者を五人十人相手になされたとて、何のあやまちがござりましょうぞ。喧嘩といえば穏かならぬようにも聞えまするが、それも太平の世に武を磨く一つの方便、斬取きりとり強盗とは筋合が違うて、お上でもむずかしゅういわるる筈がござりませぬ」
 家風がおのずと染みたのか、但しは主人の口真似か、お菊はよどみもなしにすらすらといい開いて、母の惑いを解こうとした。こちらが思うほどでもなく、娘は案外に平気でいるので、母も押返して何ともいい様がなかった。彼女が今日たずねて来たのは、娘の顔を見たさが専一ではあったが、娘の口振りに因っては、この不安心な屋敷から暇を貰おうという相談を持出そうかと内々考えていないでもなかった。しかも娘は平気でいる、むしろ喧嘩好きの主人を褒めている。それが安心でもあり不安心でもあるので、母もしばらく黙っていると、お菊は又いった。
「世間では何というているか知りませぬが、殿様はお心のすぐなお方、おなさけ深いお方、御家来衆や召仕にも眼をかけてお使いくださる。こんな結構な御主人は又とあるまい。わたしは、この御屋敷に長年ちょうねんさせて頂きたいと思うていますれば、御不自由でもお前ひとりで当分辛抱していて下さりませ」
「不自由には馴れているので、それは何とも思わぬが、わたしよりもお前の身の上が案じらるる。喧嘩好きの衆がしげしげ出這入りする御屋敷なら、内でもなん時どんな騒動が起らぬとも限るまい。そこらにうろうろと立廻って、そのそば杖を受けようかと……」
「はて、お前のようにもない。今こそこうしていれ、お前とてわたしとて腹からの町人の育ちではなし、そのように気が弱うては……」と、お菊は笑った。
 娘に笑われても一言もない。この母子は町人のたねではなかった。お菊の父は西国の浪人鳥越とりごえなにがしという者で、それに連れ添っていた母も武士の娘である。早くに夫を失って、母はやもめ暮しの手ひとつで娘をこれまでに育て上げたのであるが、貧しい暮しの都合から、たった一人の娘を奉公に出すことになった。しかしそうした系図をもっているだけに母も娘も町家の召仕になることを嫌って、屋敷奉公の伝手つでを求めたのである。その母が今更に武家奉公を不安らしくいうのは辻褄つじつまが少し合わないようにも聞えるのであった。
 勿論、母としては相当の理窟もあった。武家も武家によるので、喧嘩を商売にしているような主人に長く仕えているのは不安心だというのである。しかし彼女は顔を赤め合ってまでも、可愛い娘といがみ合おうとは思っていなかったので、娘に笑われてもおとなしく黙っていた。
 そこへお仙が茶を汲んで来た。あとから用人の十太夫も出て来た。
「おお、お菊の母か。よう参ったの。まあ、茶でもまいれ」と、十太夫はにこにこしていた。
「何をいうにも男ばかりの屋敷内で、いや乱脈だ。女子共も定めて忙がしかろうが、お菊も精出して立働いてくるる。殊に殿様お気に入りで、お手廻りの御用はすべてお菊が勤めてくるるので手前共も大助かりだ。殿様は随分癇癖のはげしい方だが、お菊のすることは万事御機嫌がよい。ははははは」
 お菊は耳たぶを紅くして俯向うつむいてしまった。それには眼もくれないで、十太夫はふところから白紙に包んだ金を出した。
「お菊の母がまいったことを殿様にお耳に入れたら、これは少しだが土産に取らせろとあって、小判二枚を下された。ありがたく頂戴しろ」
 小判二枚、この時代には大金である。迂闊うかつに受取って善いか悪いか。母は手を出しかねてためらっていると、十太夫はその金包みを彼女の膝の前に突き付けた。
「よいか。お菊もよく見て置いて、後刻、殿様にお礼をいえ」
「ありがとうござります」
 母と娘とは同時に礼をいった。それを聞いて十太夫はった。
「まあ、ゆるゆると話して行け」
 彼は無雑作に奥へ行ってしまった。お仙はたすきをかけて裏手の井戸へ水を汲みに出ると、春のゆう日は長い井戸綱を照して、釣瓶つるべからは玉のような水がこぼれ出した。
「ほう、良い水……」と、お菊の母は帰り際に井戸側へ寄った。
「深いので困ります」と、お仙はいった。
「山の手の井戸の深いは名物でござります」と、母は井戸の底をのぞいた。「ほんに深いこと、これでは朝夕がなかなか御難儀でござりましょう」
 困るとはいうものの、御用のない時には奴達が手伝って汲んでくれるから、さのみ難儀でもないとお仙は話した。御座敷の庭先にももうひとつの井筒があって、それはここよりも浅く、水も更に清いのであるが、一々にお庭先までは廻って行かれないので、深いのを我慢してこの井戸を汲んでいると彼女はいった。
 その話のうちにお菊が出て来た。彼女も母とならんで井戸の底を覗くと、遠い水の上に母子の笑い顔が小さくうかんだ。

 それから二日目の朝である。お菊がいつものように台所へ出て、お仙の手伝いをしていると、奴の権次が肩をすくめて外からはいって来た。
「お客来じゃ。お客来じゃ」
「お客来……」と、お菊は片付け物の手を休めた。「どなたでござりまする」
「いや、むずかしいお客様じゃ。殿様にも苦手、俺たちにも禁物、見付からぬように隠れているのが一の手じゃ」
 そういううちに、権六もこそこそとはいって来た。大の奴どもがそれほどに煙たがっている相手は、女たちにも容易たやすく想像された。お仙は笑いながらきいた。
「あの、小石川の伯母様かえ」
「それじゃ、それじゃ。あの伯母御は渡辺わたなべの屋敷へ腕を取返しに来た鬼の伯母よりも怖ろしい。面を見せたらきっと叱らるる。ましておとといの今日じゃ。お叱言こごとの種は沢山ある。所詮お帰りまでは面出し無用じゃ」
 いつもの事で、珍らしくないと思いながらも、鎌髭を食いそらした奴どもが怖い伯母御に縮み上っている、無邪気な子供らしい様子が堪らなくおかしいので、お仙は端下はしたない声をあげて笑った。しかしお菊はにこりともしなかった。小石川の伯母様の名を聞くと共に、彼女の白い顔は水のようになった。彼女は唇をきっと結び締めながら、奥へ起って行った。
 お客の給仕は彼女の役目であるので、お菊はすぐに茶の支度にかかった。彼女が茶を立てて座敷へ運び出した時には、来客の真弓は主人の播磨と向い合って、何か打解けて話していた。奴どもが恐れているようなお叱言も、きょうは余り沢山に出ないらしいので、お菊も少し安心したが、彼女としてはまだほかに大きい不安が忍んでいた。
「ほほ、菊。相変らず美しいの」と、真弓はほほえみながら給仕の若い女を見返った。「主人が独身では、とかくに女子どもの世話が多かろう。もう少しの辛抱じゃ。頼みますぞ」
「はい」と、お菊はしとやかに手をついていた。もう少しの辛抱――それが彼女の耳には怪しく響いて、若い胸には浪を打った。
「用があれば呼びます。退ってくりゃれ」と、真弓は静かにいった。
 お菊は再び会釈して起った。起つ時に主人の顔をちらりと見ると、播磨は何か迷惑らしい顔をして畳の目を眺めていた。苦手の伯母と差向いの場合に、彼が人質に取られたような寂しい顔をして黙っているのは例の癖であるが、取分けて迷惑らしいその顔色がきょうのお菊の注意をひいた。彼女は一旦縁側へ退り出たが、又ぬき足をして引返して、ひと間を隔てた隣りの座敷でふすま越しに窺っていた。
 やがて茶をのんでしまった頃に、真弓の声が聞えた。小声ながらも凛としているので、遠いお菊の耳にもよく響いた。
「のう、播磨。この頃の不行跡、一々にやかましゅうはいうまい。きっと改むるに相違ないか」
「は」
 播磨の返事は唯それだけであった。
「心もとない返事じゃのう。確かに誓うか、約束するか」と、真弓は重ねていった。「世の太平になれて、武道の詮議もおろそかになる。追従軽薄の惰弱者が武家にも町人にも多い。それは私とても浅ましいことに思うています。さりとて侍が町奴の真似をして、八百八町をあばれ歩くは、いたずらにお膝元を騒がすばかりで何の役にも立つまい。万一の時には公方様御旗の前で捨つる命を、らちもない喧嘩口論に果したら何とする。それほどの道理をわきまえぬお身でもあるまい。もし又、武士と武士とが誓言の表、今更白柄組とやらの仲間を引くことがならぬとあれば、わたしが水野殿に会うてきっと断わって見せます」
 何さまこの伯母御ならば、白柄組の頭と仰ぐ水野十郎左衛門を向うに廻して、理を非にまげても自分の言い条をきっと押通すに相違あるまいと、お菊もひそかに想像した。しかし無暗にそんなことをされては、主人が恐らく迷惑するであろう。何といってこれに答えるかと、彼女は耳を引立てて聴いていると、果して播磨はあわててそれをさえぎった。
「いや、その儀には及びませぬ。伯母様が直々の御掛合などござりましては、水野殿も迷惑、手前も迷惑、その儀は平に御見合せを……」
「そりゃ私とても好むことではござりませぬ」と、真弓はいった。「そんならきっとあの衆の仲間入りをしませぬか。これから誓っておとなしゅうしますか」
「は」
 それで話は少し途切れたかと思うと、伯母の声が又聞えた。それは今までと違って、いかにも親しみのある、優しい柔かい声であった。
「就いてはもうひとつの相談がある。お身が屋敷の内に落着かいで、とかくにそこらをのさばり歩く。それも所詮は我が家に控え綱がないからかと思います。お身ももう二十五で、人によっては二人三人の親になっているのもある年頃を、いつまで独身で過す気か。もう好いほどに相当の妻を迎えて、子孫繁栄のはかりごとをせねばなるまい。伯母は決して悪いことはいわぬ。この間もちょっと話した飯田町いいだまち大久保おおくぼ殿の二番娘……」
 お菊は襖を押倒すほどに身を寄せかけて、その一言一句をも聞き落すまいと耳を澄ましていた。
「名は藤江ふじえという。年は十八で、器量もよい、行儀も好い。さすがは大久保殿のしつけだけあって、気性も雄々しく見ゆる。せがれが独身ならば、わが屋敷へも懇望したいのであるが、伊織助はもうこの秋頃には父になる筈じゃで是非がない。あれほどの娘を他家へやるのは残念、どうでもこちらの縁者にしたい。就いては播磨、くどくもいうようじゃが、伯母は悪いことは勧めぬ。あの娘を貰うては……」
 お菊は眼がくらみそうになって、耳ががんがん鳴って来た。その耳にも播磨の返事ははっきり聞えた。
「折角でござりますが、飯田町の大久保殿は大身、所詮われわれ共の屋敷へは……」
「いや、その遠慮は要らぬことじゃ。大久保殿はあの通りの御仁、家柄の高下などを念に置かるる筈はない。殊にお身のこともよく知っておらるる。この伯母が頼みますとひと言いうたらきっと合点、それはわたしが受合います。どうじゃな」
 この返事が一生の瀬戸である。お菊は息もしないでじっと聴いていると、播磨はすぐに返事をしなかった。伯母に督促されて、彼はこんなことを静かにいい出した。
「お言葉はよく判りましたが、余の儀とも違いまして、これは一生に一度のこと。喧嘩の相手ならば誰彼れをえらびませぬが、縁談とあっては私も相当の分別をせねばなりませぬ」
「それも道理じゃ。今すぐにともいわれまい。よく分別した上で、あらためて返事を聞かしてくりゃれ。よいか」
「は」
 お菊はほっとして、崩れるようにずるずるとそこへ小膝を突いた。そのはずみにりかかっている襖がみりみりと揺れたので、彼女は這うようにそっとそこを逃げ出して、自分の部屋へあわてて転げ込むと、気味の悪い汗が頸筋くびすじからわきの下にき出しているのに初めて気がついた。
 座敷の対話を終りまで聞き通さなかったのは残念であったが、播磨の返事でその成行きも大抵は推量された。伯母様から持出された縁談も今日はこのままでうやむやの中に済んでしまったらしい。しかしお菊は決して落着いてはいられなかった。小石川の伯母様が主人に妻帯を勧めるのは今日に始まったことではない。先月も一度その話のあったことをお菊は薄々知っていた。それがだんだんに切迫して来て、伯母様は今日もわざわざその相談のために早朝から出向いたらしい。何をいうにも相手が悪いので、主人はそれをきっぱりと断わることが出来るであろうか。普段から頭のあがらない伯母様の催促が二度三度と重なったら、その結果はどうであろうか。それを思うと、お菊は気が気でなかった。
 彼女はふところ紙を出して、襟の汗を拭いた。汗がようよう収まると、入れ代って両のまぶたがうるんで来た。彼女は自分の未来の果敢はかない姿を、もう眼の前に見せられたように悲しくなった。
 お菊がこの屋敷へ奉公に来た明る年、彼女が十七の春の末、丁度今から一年ほど前のおぼろ月夜に、白柄組の友達が三、四人たずねて来て、いつものように小酒盛が始まった。その時には水野十郎左衛門も来た。水野は酌に立ったお菊がひどく気に入ったらしく、主人の前で彼女を褒めた。ほかの者共も口を揃えて褒めた。心にもない世辞や追従をいわないのを誇りとしている彼等が揃いも揃って褒める以上、それが主人に対する世辞でないことは判っていた。
 客が帰って、座敷を片付けてしまうと、播磨はお菊に茶を所望した。それはもう四つ(午後十時)過ぎで、半分ほど咲きかかった軒の桜が朧月おぼろづきの下にうす白い影を作っていた。その影をゆるく漂わす夜風が生温く流れて、縁先に酔いざめの顔を吹かせていた播磨のそでの上に、月のしずくかと思うような白い花びらをほろほろと落した。
 お菊は胸の奥に彫り付けられているその夜の夢を今更のように思い泛べた。若い主人と若い腰元との恋はそれからだんだんに深みへ沈んで行って、播磨はきっとお前を宿の妻にするとお菊に誓った。お菊もその約束を忘れなかった。彼女の母が不安をいだいている喧嘩買いの白柄組の屋敷も、娘に取っては楽園であった。その主人に対して過日から縁談が持出されているのであるから、若い腰元の小さな胸は安まらなかった。まして、今日は伯母様が膝詰めの掛合いである。たとい一旦はこのままに済んでも、その行末が危ぶまれるので、彼女は途方に暮れたように泣きくずれてしまった。
 台所ではお仙と奴との話し声がまだ聞えるので、お菊は急に起って懐ろ鏡を取出した。鏡にうつる泣顔を直して、彼女も台所へ出てゆくと、権次も権六も春の日に光る銀の毛抜で鎌髭を悠々と繕いながら、あがり框に大きい腰を列べていた。お菊の顔を見ると彼等はきいた。
「伯母御はまだ帰られぬか」
「お話はなかなか済みそうもござりませぬ」と、お菊はいった。「しかしいつものお叱言ではないようでござります」
「そりゃ珍しい」と、権次は笑った。「今年の梅雨はひと月早いかも知れぬぞ。しかしあの伯母御がお叱言のほかに何のお話があることかのう」
「もしや御縁談のことではあるまいか」と、お仙が口をいれた。
「うむ、そのような噂も聞いた」と、権六は気のないようにいった。「あの伯母御もよくよく世話焼きじゃと見えて、何の小煩こうるさいことじゃ。白粉おしろい嫌いの殿様が面倒な女房などを滅多に持たりょうかい。わはははは」
「奥様をお持ちなさるまいか」と、お菊は探るようにきいた。
「そりゃお断わりに決まっているわ」と、権次もいった。
「飯田町の大久保様の娘御というのをお前達は御存知か」と、お菊は又きいた。
 生ぬるい女子などを眼中に置いていない奴どもは、よその屋敷の娘などは知らないといった。しかし大久保は男の児のない家であるから、嫁にやるというのは二番娘であろう。妹娘は姉よりも器量がすぐれて好いという評判であるが、一度も見たことはないと彼等は話した。
「そのように美しいのかえ」と、お菊はふるえ声で念を押した。
「という噂だけのことじゃよ」
 奴どもは身にしみて相手にもなってくれなかった。

 伯母が帰るのを送り出して、播磨もすぐにどこかへ出て行った。権次も権六も供をして出た。
 この頃の長い日はなかなか暮れなかった。一旦出たが最後、なん時戻って来るか判らないのがいつもの癖と知っていながら、お菊は今日に限って主人の戻りが待ちびしく思われた。彼女は今度の縁談に対する主人の確かな料簡りょうけんを知りたかった。
 世間からいえば、主人の播磨は手に負えない暴れ者であるかも知れない。伯母からいえば喧嘩好きの厄介者であるかも知れない。しかもお菊の眼から見れば、それが如何にもまことの男らしい竹を割ったように真直ぐな、微塵もいつわりや飾りのない、侍の中の侍ともいいたいように美しく尊く思われた。男が七百石のあるじであるとないとを別問題にして、彼女は一旦自分の魂に浸みついたこの恋を生涯かき消そうとは思っていなかった。彼女は詐りのない主人の約束を一図に信じていた。殿様は自分を欺く人でないと固く信じていた。
 お菊は今もそう信じている。しかも彼女の心の底に暗い影を投げかけるのは、銘々の身分という悲しいむごい人間のおきてであった。いつの代にもこの掟が色々の形になって現われて来るが、取分けて彼女の生れた江戸時代にはこの掟がきびしかった。主人は家来をなぶり殺しにしても仔細はない。家来は主人を殺すはおろか、かすり傷ひとつ負わせても死罪、事の次第に因っては獄門にも磔刑はりつけにもなる。それほどに階級制度の厳重な時代に生れて、家来が主人と恋をする。その恋の遂げられるも遂げられぬも主人の料簡次第で、家来自身からは何の恨みもいい得ないのである。山に誓い、海に誓い、神ほとけに誓っても、それは傾城けいせい遊女の空誓文と同じことで、主人がそれを反古ほごにするのは何でもないのである。勿論、それが対等の身分であっても、男が既に変心した以上どんな約束も反古にされるのは自然の成行きであるが、身分違いの恋とあっては、たといどれ程むごく情けなく突き放されても、捨てられた者に同情は少ない、捨てた者も怪しまれない。恋にもやはり上下の隔てがあって、主人の胤を重い腹に抱えながら、屋敷をい払われた不運な女もあることを、お菊はかねて知っていた。
 このむごい掟は主人と家来との間ばかりでない。親類縁者の間にもこの掟は動かない石となって横たわっていた。父なき時は伯父を父と思えとある。母なき時は伯母を母と思えとある。従って父もない、伯父もない、母もない、青山播磨のような一本立の人間に対しては、伯母が最も強い者であった。彼女が親の権利を真向にかざして圧しつけて来る時に、それを跳ね返すのは並大抵のことではない。殊に白柄組の申合せとして、第一に義理を重んぜよとある以上、その同盟者たる青山播磨は伯母の権利をあくまでも尊重しなければならない苦しい事情の下に置かれていた。その伯母が大久保なにがしの娘を嫁に貰えというのである。自我が強いだけに、また一面に於ては義理も強い彼の性格から考えて、最後までも伯母に楯をつく勇気があるか、ないか、お菊にはそれが覚束おぼつかなくも思われた。
 これを煎じつめて行くと、伯母は甥をおしつけて無理に婚姻を取結ばせる。主人は家来をおしつけて無理に恋を捨てさせる。こうした悲しい運命の落ちかかって来る日がないとは受合われない。お菊の取越し苦労はそれからそれへと強い根を張って来た。
「殿様はそんなうそつきではない」
 彼女は又思い直して、自分の狭い心を自分で嘲った。人間の掟も浮世の義理も、所詮は男の心ひとつである。頼む男の性根さえしっかりと極まっていれば、どんな嵐も恐れるには及ばない。男の梶のとり方ひとつで、どんな波風と闘ってもきっと向うの岸へ流れ寄ることが出来る。主人も家来も今更考えるには及ばない。青山播磨は詐りのない男である。自分は唯一心にその男の手に取縋とりすがっていればいいのである。もう何にも思うまい。とやかくと迷うのは自分の浅墓であると、お菊は努めて自分の疑いを払い退けようとした。
 お仙は自分の夏衣の縫い直しにかかっていたが、日永の針仕事に彼女もんで来たらしい、針先も見えないようなだるい眼をして、うっとりと手を休めていた。いちの七つ(午後四時)の鐘も眠そうに沈んで聞えた。お菊はやがてお仙のそばを離れて静かに起った。
 主人の留守を承知していながら、彼女はその居間の方へふらふらと行って見たくなった。用人の詰めている部屋を覗くと、十太夫も小さい机に倚りかかって、半分は眠ったように白髪頭をかしげていた。お菊はぬき足をしてそこを通り過ぎて、主人の居間の縁先に立つと、軒の大きい桜もきのうにくらべると白い影が俄かにせていた。彼女はさびしくそれをあげていると、もう西へ廻りかかった日の光は次第に弱くなって、夕暮を誘い出すような薄寒い風にふるえる花びらが音もなしに落ちた。その冷たい花の匂いがお菊の身に沁みると、彼女はまたおのずと涙ぐまれた。
 その眼をそっと拭きながら、翻える花のゆくえをじっと見送ると、小さい吹雪は迷うように軽くなびいて、庭の井筒の上に吹き寄せられた。井筒のそばには一本の細い柳が水を覗くように立っていた。お菊は庭下駄を穿いて井筒のそばに寄った。そそけた島田のびんをなぶろうとする柳の糸を振袖ふりそでたもとで払いながら、彼女はその底をみおろすと、水に映ったのは自分の陰った顔ばかりで、母の懐かしい顔は泛んでいなかった。彼女はおとといのことを思い出した。
 殿様は小判二枚を母に下されたのである。母も驚いたが、自分も驚いた。帰る時に御門の外まで送ってゆくと、母は案外の下され物に何だが[#「何だが」はママ]不安を懐いているらしく、繰返してそれをほんとうに頂戴してもいいのであろうかと念を押すように自分にきいた。勿論、普通の奉公人の親に対しては格外の下され物である。母の怪しむのも無理はなかった。彼女は母に安心をあたえる為に、その不思議でない入訳をささやこうかとも思ったが、さすがに主人と自分との秘密を打明ける勇気がないので、好い加減に母の手前を取繕って別れてしまった。彼女はそれを母にらさないでよかったと思った。迂闊にそれを打明けて、母をもあわせて失望の淵へ沈めるような時節が来ないとも限らないと思った。それを思うと、彼女は遣瀬やるせないように悲しくなった。しかし又、一方から考えると、母に小判二枚を下さるというのは、殿様が自分を愛している証拠とも見られる。それほどの殿様が自分をむごたらしく突き放す筈はない。彼女は涙の乾いた笑顔を遠い水鏡にうつして見た。
 泣いていいか、笑っていいか、今のお菊には見当が付かなくなった。それでも彼女の眼からは涙の雫が訳もなしに流れて落ちた。彼女は柳の青い枝に縋りながら、井筒の上で心ゆくばかり泣いていたかった。
「菊。何を致しておる。頭の物でも落したか」
 不意に声をかけられて見返ると、主人の播磨は笑いながら縁先に突っ立っていた。
「お帰りでございましたか。一向に存じませんで……」と、お菊は袂で眼を拭きながら慌てて会釈した。
 播磨は無言で招いた。招かれてお菊は縁先に戻ったが、その泣顔を覗かれるのを恐れるように彼女は白い襟もとを見せて、足もとに散る花を伏目に眺めていた。
「菊。泣いていたな。何を泣く。朋輩と喧嘩でも致したか。十太夫に叱られたか」
 お菊は恥らうように黙っていた。
「隠すな。仔細をいえ。但しは井筒へ身でも投ぐる積りか」と、播磨は又笑った。
 どこで飲んで来たのか、若い侍のつややかな白いほおはほんのりと染められていた。
「泣きは致しませぬ」と、お菊はかすかに答えた。
「では、顔を向けて見せい。はは、見せられまい」と、播磨はなぶるように又いった。「正直にいわぬと暇をくれるぞ」
 ぎょっとしてお菊は顔を上げた。暇をくれる――それが今の彼女には冗談として聞き流すことが出来なかった。抑え切れないうらみとねたみとがつむじのように彼女の胸にうずまいて起った。その唯ならない眼の色を播磨は怪しむように見つめたが、やがて又堪らないように笑い出した。
「はは、暇をくれる……それは戯れじゃ。腹を立てるな。それともほかに仔細があるか。仔細をいわねばこそ、こちらからもついなぶるようにもなる。腹を立つるほどなら仔細をいえ」
 お菊は自分がどんな端下ない風情を男に見せたかと思うと、恥かしいのを通り越して急に悲しくなった。彼女は振袖に顔をうずめて縁に泣き伏した。
「はて、泣虫め。そのような弱虫が白柄組の侍の女房になれるか」
 ここぞと思って、お菊は泣きながらき返した。
「侍の女房……この菊が侍の女房になれましょうか」
「いうまでもない。青山播磨も侍の端くれではないか。その妻ならば……」
「でも、小石川の伯母様が……」
「おお。知っているか」と、播磨は事もなげにいった。「いかに苦手の伯母御でも、こればかりは無理圧しつけもなるまいぞ。それでそちは泣いていたのか。はは、馬鹿な」
 播磨は陰らない声で高く笑った。あまり手軽く打消されてしまったので、お菊も少し張合い抜けがしたように、泣きらした眼をしばたたきながら相手をそっと見あげると、酔いのだんだんに醒めかかって来た男の顔は輝くように光って見えた。
「播磨を疑うな」
 主人は腰元の手を取った。

 それから又十日ほど経って、播磨は渋川の屋敷へ呼ばれた。それは縁談の返事の催促に相違ないとお菊は思った。彼女は小石川から帰った主人の顔色によってその模様を判断しようとあせったが、年の若い、しかも恋にくらんでいる彼女の陰った眼では、とても自分の男の顔から秘密を探り出すことは出来なかった。さりとて、妬みがましい下司女げすおんなと見積られるのも悲しいので、彼女は主人にむかって打付けにしつこく詮議する訳にも行かなかった。
 播磨を疑うな――この一句を杖と縋って、お菊はもだえながらに日を送っているうちに、庭の桜もあらしに傷みつくして、ゆく春は青葉のかげに隠れてしまった。時鳥ほととぎすの鳴く卯月うづきが来て、衣更ころもがえの肌は軽くなったが、お菊の心は少しも軽くならなかった。月が替ってから播磨は再び渋川の屋敷へ呼ばれた。
「小石川の御屋敷へたびたびの御招きは何の御用でござりましょう」
 お菊はそれとなしに十太夫にきくと、無頓着の用人も頭を傾けた。
「おれには判らぬ。いつものお叱言か、それとも奥方でも呼ばれる御相談か。大方そんなことであろうよ」
「奥様をお呼びなされましょうか」
「殿様ももう二十五、そんなことがないともいわれぬ」
「殿様がじかにそう仰せられましたか」
「いや、何にも聞かぬ」
 用人でも若党でも奴でも、この屋敷の者は誰も初めから女のことなどを問題にしていない。奥様が来ようが来まいが、どうでも構わぬと澄ましているので、お菊は誰を相手にしてもこの問題の成行きを探り出すことは出来なかった。彼女は一人でいらいらしていた。色恋に対してそういう無頓着な人間ばかりが揃っているのは、主人と自分との秘密をつつむには都合が好かったが、なまじいに今までその秘密を包みおおせて来ただけに、この場合になってお菊は自分の味方を見付けることも出来なかった。女同士のお仙も相談相手にはならなかった。
 あしたは御釈迦おしゃかの誕生という七日の夜に、白柄組の重立った者八九人が青山の屋敷にあつまることになった。別に仔細はない。やはり去年と同じようにひとつ組の者が打寄って、内輪の酒宴を催すのであった。かしらの水野十郎左衛門も無論に来るといった。
「暮六つからの会合の約束だ。支度を怠るな。かの高麗皿こうらいざらも出して置け」
 家来どもに申し付けて、播磨は午頃からどこへか出て行った。今日は女たちの忙がしい日である。十太夫も若党共も手伝って、大の男が袴の股立ちを取って酒やさかなの支度にかかった。
「まずこれであらましは調ととのうた」と、十太夫は禿げあがった額の汗を拭きながらいった。
「時刻はまだ早いが、例の大切の品を今のうちに取出しておこうか。お菊もお仙も一緒にまいれ」
 二人の女は用人のあとに付いて、奥の土蔵へ行った。古い蔵は物置同様で、ほとんろくなものも収めてなかったが、青山の家に取ってったひとつの大切の品が入れてあった。それは珍らしい高麗焼の皿で、かずは十枚揃っていた。
 武士の家で何故こんな器を大切にしているのか、その仔細はよく判っていないが、世に珍らしい品であるから大切にするという意味がだんだんに強められて来て、いつの代からかこの皿をことごとく割る時は家が亡びるという怖ろしい伝説さえも生まれて来た。したがって青山の家ではこの皿を宝物のように心得て、召使の者がもし誤ってその一枚でも打砕いたが最後、命は亡いものと思えと厳重にいい渡されて、それが家代々の掟となっていた。
 そんな面倒な宝物を迂濶に取出すは危険であるので、播磨の代になってからは滅多に用いた事もなかったが、どこでそれを聞き出したか、水野は今夜の会合に就いて主人の播磨にいった。
「貴公の家には稀代の高麗皿があるとか承る。あすの夜には是非一度拝見いたしたい」
「承知いたした」
 播磨は快く承知して、今夜の料理を盛る器の中に彼の高麗皿十枚を加えろと十太夫にいい付けたのである。お菊もお仙も虫干の時に箱に入れられたその皿を取扱ったことはあるが、料理の膳に上せるのは今夜が初めてであった。その皿に就いて、かの怖ろしい伝説や、厳しい掟のあることは、かれ等もかねて承知していた。
「いうまでもないが、大切の品であるぞ。くれぐれも油断いたすな」
 今も十太夫に念を押されて、二人の女は今更のようにおびえた。彼等は用心に用心を加えて、箱入りの皿を土蔵の奥からうやうやしく捧げ出して来ると、十太夫は箱のふたをあけて、十枚の白い皿を叮嚀ていねいにあらためた。
「よい、よい。くどくも申すようだが、用心して取扱え。一枚でも割るはおろか、瑕をつけても大事になるぞ」
 全くこれは大事である。命にもかかわる大事である。それを思うと、お菊もお仙も身の毛がよだつ程に怖ろしかった。二人はふるえる手先にその皿をうけ取って、座敷へいよいよ運び出すまでは元の箱へ大切に収めておくことにした。
「もう七つを過ぎた。殿様もやがてお帰りになろう。気の早いお客人はそろそろ押掛けてまいらりょうも知れぬ。お菊は奥へ行って、お座敷はとどこおりなく片付いているかどうか、念のために見廻って来やれ」
 十太夫に指図されて、お菊はすぐに奥の座敷へ行った。薄く陰った日で、余り手入れをしない庭の若葉は、この頃だんだんに緑の影を盛り上げて、十畳二間を明け放した書院の縁先を暗くしていた。その薄暗い座敷の床の間には、お菊がけさ生けた山吹が黄い花をたわわに垂れていた。彼女はその枝振りを心ばかりめ直して、正面にかけてある三社の托宣の掛軸を今更のように眺めた。座敷の隅々くまぐまにも眼に立つようなちりのないのを見とどけて、彼女は更に縁側に出て、三足ばかりの庭下駄にわげたを踏石の上に行儀よく直した。
「これで手落ちはない。置燈籠おきどうろうの灯は暮れてから入れましょう」
 独り言をいいながら彼女はうっとりと縁に立っていた。隣屋敷の沈んだ琴の音が若葉をくぐってゆるく流れて来るのを、彼女は聴くともなしに耳を傾けていたのであった。
 琴のぬしをお菊は知っていた。それは隣屋敷の惣領娘そうりょうむすめで、今から四、五年前に家格が釣合わない位に違う大身の屋敷へ器量望みで貰われて行った。その当座は夫婦仲もうらやましいほどに睦じかったが、月日のたつうちに夫の愛は次第にさめて来て、釣合わぬは不縁の基ということわざの通りに、嫁は里方へ戻された。そうして、出戻りの侘びしい身の憂さを糸の調べに慰めているのである。思いなしかその爪音つまおとは、人の涙をはじき出すように哀れにふるえていた。お菊はその沈んだ音色を聴くたびに、男にむごたらしゅう振り捨てられた女のかなしみに涙ぐまれたが、その涙が今もにじみ出して来た。身につまされるというのはこれであろう。今のお菊には取分けて、琴の主の身の上が痛々しく思われた。その物悲しい琴唄は弾く人のあわれを歌い、あわせて聴く人の哀れを知らせるのではないかとも疑われた。
 お菊はいつまでも縁の柱に身を寄せて、引入れられるようにその唄と音色とに聞きれていると、陰った初夏の空は次第にたそがれて、井の端の柳の影も暗くなった。彼女はふとある事を思い泛べた。よもやとは思いながらも、まだ疑われてならない男の性根を確かに見定めるには、今が好い機会であるように思われた。
 それはあの高麗焼の皿である。青山の家の宝物という十枚の皿である。お菊はその一枚を打砕いて、播磨の愛情の深さを測ろうと思いついた。ついした疎匆で大切のお皿を損じましたと、主人の前に手をついた時に、播磨は何というか、自分をどうするか。彼が真実自分を愛しているならば、たとい家の宝物を破損しても深くはとがめない筈である。
「いっそ疎匆の振りをして、あのお皿を一枚打ちこわして、お菊が大切か、宝が大切か、殿様の本心を試してみよう」
 こう思いつきながら彼女はさすがにまた躊躇した。その皿がことごとく割れた時には青山の家が亡びるという怪しい伝説を彼女は恐れた。しかしただ一枚を損じただけであれば家には禍もたたりもあるまい。それを損じた人間が主人の仕置をうければ済むのである。この場合、自分はもとより死を恐れてはいられない。一枚の皿を傷つけたとがとして、自分を無慈悲に成敗する程の主人であれば、自分に対し深い愛情をもっていないことは判り切っている。主人がそういう心であれば今度の縁談もいよいよ事実となって現われて、自分は所詮振り捨てられるに決まっている。播磨に捨てられて生きていられるであろうか。お菊は暗い柳のなびく井筒に眼をやった。
 男に愛情がない以上、自分はどの道生きてはいられないのである。男に真の愛情があれば、宝を損じても自分は確かに生きられるのである。お菊は命賭けで男の魂を探ろうと決心した。たとい一枚でも大切の宝をむざむざ打毀すのは勿体もったいないと思いながら、彼女はもうそんなことを恐れてはいられなくなった。
 隣の琴の音はまだ続いていた。お菊は魔のいた人のように、急に大胆な心持になって、もとの台所へ引返して来ると、十太夫も若党ももうそこには見えなかった。お仙は裏の井戸を汲んでいた。

「あれッ」
 お菊のただならない叫び声を聞き付けて、十太夫が台所へ出て来た時には、高麗皿の一枚が砕けていた。物に頓着しない十太夫も眼の色を変えて慌てた。お菊は疎匆で大切の皿を取落したといった。
「さっきもあれ程に申聞かせて置いたに、かような疎匆を仕出来しでかしては、そちばかりでない、この十太夫もどのようなお咎めを受きょうも知れぬ。ともかくも部屋へ退って神妙にいたしておれ」
 お菊は自分の部屋へ押籠おしこめられてしまった。初めから覚悟を決めている彼女は、ちっとも悪びれずに控えていると、暮六つの鐘がまだ聞えないうちに播磨は帰って来た。
「思いも寄らぬ椿事ちんじ出来しゅったいいたしました」
 主人の顔を見ると、十太夫はすぐに訴えた。
「思いも寄らぬ椿事……。十太夫にも似合わぬ、何をうろたえておる」と、播磨は笑っていた。
「いや、わたくしもうろたえずにはおられませぬ。殿様。大切のお皿が一枚損じました」
 播磨の顔色もけわしくなった。
「何、大切の皿を損じた……」
「腰元の菊めがあやまちで、真っ二つに打割りました」
「菊を呼べ」
 呼び出されてお菊は奥へ行った。彼女は割れた皿を袱紗ふくさにつつんで持っていた。若党が運び出した燈火に照された彼女の顔はさすがにあおざめていた。播磨は静かにきいた。
「菊。高麗皿はそちが割ったに相違ないか」
 自分の疎匆に相違ないとお菊は尋常に申立てた。お家の宝を損じたのは自分が重々の不調法であるから、どのようなお仕置をうけてもお恨みとは存じませぬといった。
「まず以って神妙の覚悟だ」と、播磨はうなずいた。「青山の家に取っては先祖伝来大切の宝ではあるが、疎匆とあれば深く咎める訳にはまいるまい。以後はきっと慎めよ」
 以後を慎むのはいうまでもない。大切の宝を破損した咎めは、唯これだけで済んでしまったのである。お菊は張りつめた気が一度にゆるんで、くずれるように縁先に手をついた。あまりに寛大過ぎた主人の沙汰に、十太夫も少しあっけに取られていると、播磨は又静かにいった。
「今夕の来客は水野殿を上客としてほかに七人、主人をあわせて丁度九人だ。皿は一枚欠けても差支えない」
「御客人の御都合はともあれ、折角十枚揃いましたる大切の御道具を一枚欠きましたる菊めの罪科、わたくしも共々におび申上げまする」と、十太夫も畳のへりに額をすりつけた。
 播磨の顔色はだんだんに解けて来た。いつまでも縁に平伏したままで、微かにおののかせているお菊が黒い鬢のうねりを、彼は灯の影にじっと見つめていたが、やがて薄い笑いをうかべて十太夫を見かえった。
「いや、いや、心配いたすな。たとい先祖伝来とは申せ、武具馬具のたぐいとは違うて、所詮は皿小鉢じゃ。わしはさのみに惜しいとは思わぬ。しかし、昔かたぎの親類縁者どもに聞かせると面倒だ。表向きはやはり十枚揃うてあることに致して置け。よいか」
「重ね重ねありがたい御意、委細承知仕りました。菊、あらためてお礼申せ」
 お菊は無言で頭を下げた。彼女は胸が一杯に詰まって、もう何にもいうことが出来なかった。感激の涙が止め度もなしにあふれ出した。彼女は自分の陰謀が見事に成功したのを誇るよりも、男の誠心に対する感激の念に強く動かされた。それほどに美しい男の心を仮りにも試そうと思い立った自分の罪が空怖ろしくもなった。
「御客人もやがて見えるであろう。十太夫は玄関に出迎いの支度をいたせ」と、播磨は用人を表へ追いやった。割れた皿と、それを割った若い女とが後に残った。
「飛んだ疎匆をいたしまして、何とも申訳がござりませぬ」と、お菊は初めて口を開いた。
 その声の低く顫えているのは、彼女が疎匆を悔いているものと播磨は一図に解釈したので、彼はあわれむようにいい慰めた。
「はて、くどくど申すな。一度詫びたらそれでよい。まことをいえば家重代の宝、家来があやまって砕く時は、手討にもするが家の掟だが、余人は知らず、そちを手討になると思うか。砕けた皿は人の目に立たぬように、その井戸の底へ沈めてしまえ」
「はい」
 また湧いて出る涙を拭きながら、お菊は欠けた皿をとって庭に降りた。長い袂は柳の枝をゆるがせて、家の宝の一枚は水の底に沈められてしまった。
「実はさっき水野殿に行き逢うたら、腰元の菊はまだ無事に勤めているかとたずねられたぞ」
「左様でござりましたか」
「水野殿はそちがきつい贔屓ひいきだ。今夜も気をつけて給仕いたせ」と、播磨は笑ましげにいった。
 機嫌の好い、いつものように美しい、陰りのない男の顔を見て、お菊は悲しいほどに嬉しかった。たとい疎匆にもせよ、家の宝を破損したという自分に対して、何のむずかしい叱言もいわないで、却って優しい言葉をかけてくれる――男の心があまりに判り過ぎて、お菊は勿体ないようにも思った。由ない惑いから大切の宝を打毀した自分の罪がいよいよ悔まれた。安心と後悔とが一つにもつれて、彼女は又そっと眼を拭いた。
 縁伝いにあらい足音が聞えて、十太夫が再びここにあらわれた。それは客来のしらせではなかった。彼は眼をいからせて主人に重ねて訴えた。
「殿様。菊めは重々不埒ふらちな奴でござりまする」
 秘密は忽ち暴露された。お菊が皿を損じたのは疎匆でない。台所の柱に打付けて自分がわざと打割ったのである。それは下女のお仙が井戸のそばから遠目にたしかに見届けたというのであった。疎匆とあれば致し方もないが、大切のお宝をわざと打割ったとは余りに法外の仕方で、たとい殿様が御勘弁なさるといっても、自分が不承知である。その菊めはきっと吟味しなければならないと、十太夫は声をとがらせていきまいた。
 播磨も案外に思った。お菊に限らず、この屋敷の内にそんな乱暴を働く者が住んでいようとは信じられないので、彼は自分の耳を疑いながら、ともかくも念のためにお菊にきいた。
「どうだ、菊。十太夫はあのように申しておるが、よもやそうではあるまいな。はっきりと申開きをいたせ」
 この上にも男をあざむくのは、お菊の忍ばれないことであった。証人は単にお仙一人である。たとい彼女が何と訴えようとも、こちらが飽までも疎匆と主張している限りは、所詮水掛論に過ぎない。まして殿様はこちらの味方であるから、自分が強情を張り通せばきっと勝つのは知れている。しかも彼女はその詐りを再び繰返す勇気がなかった。男の誠心を十分に認めながら、自分は詐りを以ってこれに酬いるのは、余りに罪が深いと思った。彼女は素直に白状した。
「実は御用人様の仰しゃる通り、わたくしの心得違いから、わざとお皿を打割りました」
 播磨は焼がねを掴ませられたように驚いた。故意に主家の宝を傷つくる、そんな不心得の人間が自分の屋敷の内に巣をくっていようとは、夢にも思っていなかったのに、それが自分のふところから見出されたのである。彼は腹を立てるよりも、ただ驚いて怪しんだ。
「さりとて菊めも気が狂うたとも思われぬ。これには何か仔細があろう。わしが直々に吟味する。そちはしばらく遠慮いたせ」
 十太夫は又追いやられた。割れた皿はもう井の底に沈んでしまった。今度は皿を割った女と主人との差向いである。それでも播磨はやわらかに詮議した。
「これ、菊。そちは何と心得て、わざと大切の皿を割った。家の掟で、その皿を割れば手討になる。それを知りつつ自分の手でわざと打割ったには仔細があろう。つつまずいえ」
「この上は何をお隠し申しましょう。由ないわたくしの疑いから……」
「疑い……とは何の疑いだ」
「殿様のお心を疑いまして……」
 いいかけてお菊は今更のように身をわななかせた。播磨は眼を据えて聴いていた。
「この間もお耳に入れました通り、小石川の伯母御様の御なこうどで、飯田町の御屋敷から奥様がお輿入こしいれになりそうな。明けても暮れてもそればっかりが胸につかえて……。恐れながら殿様のお心を試そうとて……」
「うむ。さてはこの播磨がそちを唯いっ時の花と眺めておるか。但しはいつまでも見捨てぬ心か。その本心を探ろうために、わざと家の宝を打割って、宝が大事か、そちが大事か、播磨が性根をたしかに見届けようと致したか。菊、しかと左様か」
「はい」
「それに相違ないか」と、播磨は念を押した。
「はい」
 二度目の返事が切れないうちに、お菊はもう板縁の上にじ伏せられて、播磨の手はその襟髪を強く掴んでいた。
「おのれ、それ程までにして我が心を試そうとは、あまりといえば憎い奴」
 男の魂は憤怒ふんぬに焼けただれたらしく、彼は声も身も顫わせてののしった。天下の旗本青山播磨が恋には主家来の隔てなく、召仕のおのれといい交して日本中の花と見るは我が宿の菊一輪と固く心に誓っていた。自分は律儀一方の三河武士である。唯一筋に思いつめたが最後白柄組の付合にも吉原よしわらへは一度も足踏みをしたことがない。丹前風呂でも女の杯は手にとったことがない。それほどに堅い義理を守っているのが、嘘や詐りで出来る事と思うか。積って見ても知れる筈であるのに、何が不足でこの播磨を疑ったと、彼は物狂わしいほどにたけり立って、力任せに孱弱かよわい女を引摺ひきずり廻してむごたらしく責めさいなんだ。女の白い頬は板縁にこすり付けられた。
 今夜は客来があるというので、お菊は新しい晴れ衣を着ていた。それは自分の名にちなんだ菊の花を、薄紫地へ白に黄に大きく染め出した振袖であったが、その袖も袂も男の強い力に掴みひしがれて、美しい菊の花もくだくるばかりに揉み苦茶になった。それを着ている女のからだも一緒に揉み苦茶になって、結い立ての島田髷しまだまげも根から頽れてしまった。彼女は苦しい息の下で、泣きながら男に詫びた。
「その疑いももう晴れました。おゆるしなされて下さりませ」
 女の疑いは晴れたといっても、疑われた男の無念は晴れなかった。小石川の伯母が何といおうとも、決してほかの妻は迎えぬとあれほど誓ったのを何と聞いた。何が不足でこの播磨をためしたか、何を証拠にこの播磨を疑ったかと、彼は口惜くやし涙をほとばしらせながら女を責めた。どう考えても彼は口惜しかった。陰りのない心を女に疑われた――それを思うと、彼は身悶えするほどに口惜しかった。
 お菊も涙にむせびながら詫びた。殿様のお心に陰りのないことは、自分もふだんから知っている。それを知っていながらも、女のあさい心からつい疑ったのは重々の誤りであった。どうぞ堪忍してくれと、彼女も血を吐くような声で男に訴えた。
 それでも播磨は堪忍することが出来なかった。女に疑われた、重代の宝を打割ってまでも試された――彼は男の一分を立てるために、どうしてもその女を殺さなければ我慢が出来なかった。彼は涙の眼をいからせて、女に最後の宣告をあたえた。
「今となっていかに詫びても、罪のない者を一旦疑うた罪は生涯消えぬぞ。さあ、覚悟してそれへ直れ」
 お菊をそこへ突き放して、播磨は刀掛の刀を取りに行った。隣の琴の音はもう聞えなかった。

 お菊が故意に皿を割ったのは事実であった。お仙は決して嘘をいったのではなかった。女の口軽にふとそれを十太夫に洩したのであったが、お仙も後でそれを悔んだ。自分が由ないことを口走った為に、万一お菊が手討に逢うようなことがあっては大変である。お菊の恨みは怖ろしい。彼女は落着いていられなくなって、そっと忍んで奥の様子をさぐると、お菊は主人に手ひどく折檻せっかんされて、むごたらしい姿で泣いているので、お仙はいよいよ堪らなくなった。
 彼女は十太夫のところへ行って、お菊の取りなしを頼んだが、十太夫はその問題に就いてお菊にあまり同情をもっていないらしいので、お仙はいよいよ気をあせって、更に奴の権次と権六とに縋った。
 お菊の罪は重々である。どんな仕置に逢っても仕方がない。しかし奴どもの眼から見ればたかが女子である。骨のないくらげの豆腐を料理しても何の手堪てごたえもあるまい。万一いよいよお手討ともなるようであったならば、おれ達は何とか御詫びを申上げてやろうと受合って、二人の奴は庭口に廻ってそっと窺っていると、果して主人は刀を持出して来た。もう猶予はならないと見て、二人は駈けて出て踏石の前に掻いつくばった。彼等は口を揃えて、お菊のために命乞いをしたが播磨は取合わなかった。
 その訴訟のうちに、いかに大切な宝であるとしても、人間ひとりの命を一枚の皿と取換えようとするのは、あまりに無道の詮議であるというような意味を権次は洩した。
「播磨が今日の無念さは、おのれ等の知るところでない。いかに大切の宝であろうとも、人間一人の命を皿一枚に換えようとは思わぬ。皿が惜しさにこの菊を成敗すると思うたら、それは大きな料簡ちがいだ。十太夫を呼べ」
 播磨は十太夫を呼んで、更に四五枚の皿を持って来させた。そうして、その皿を刀の鍔に打当てて、ことごとく微塵に打砕いてしまった。あきれて眺めている家来どもに向って主人は説明した。
「播磨が皿を惜しむのでないことは、これでおのれ等にも合点がまいったであろう。菊を成敗するのはほかに仔細があって、おのれ等の知らぬことだ。しかし菊には覚悟のある筈。未練なしに庭へ出い」
「はい」
 お菊は悪びれずに庭に降りた。潔白な男の誠を疑った自分の大きい罪を、彼女は十分に自覚していた。男がそれを免さないのも無理はないと思った。それと同時に、女が一生に一度の恋をして、その男に詐りのなかったことを確かに見極めた以上、自分は死んでも満足であると思った。彼女は取乱した姿をつくろって、土の上におとなしくひざまずくと、若葉を渡る冷たい風がそよそよと彼女のくだけた鬢を吹いて通って、座敷の燈火を瞬きさせた。お菊はその灯影に白いうなじを見せて、俯向いて手を合わせた。
 播磨は刀をとって薄暗い庭に降りた。十太夫も奴共ももう黙って見物しているよりほかはなかった。血の匂いに馴らされている彼等も、さすがに若い女の悼ましい死を見るに堪えかねて、少しく伏目になっていると、やがて太刀音がはたと聞えた。つづいて主人の声がきこえた。
「女の死骸を片付けい」
 三人が眼をあげると、お菊は右の肩先からうしろ袈裟げさに切下げられて、冷たい土の上に横たわっていた。播磨は彼女の死骸を井筒の底へ沈めろといい付けた。
 権次と権六はお菊の死骸を抱え起して井戸の中へ静かに沈めると、女を呑み込む水の音が暗い底に籠るように響いた。播磨はその置燈籠に灯を入れろといった。やがて燈籠が明るくなって、井の端の柳かげを薄白く照すと、播磨は静かに歩み寄って井筒の底を覗いた。彼は十太夫にいい付けて、自分の砕いた幾枚の皿も皆な井戸へ投げ込ませた。青山の家重代の宝も、播磨が一生の恋も、すべてこの井戸の深い底に葬られてしまった。
 暮六つの鐘がひびいた。
「御客人はなぜ遅い」
 播磨は座敷へ帰って眉を寄せた。十太夫も不安に思って門前まで見に出ると、門番の与次兵衛は彼に囁いた。自分が確かに見たのではないが、そこらで白柄組と町奴との喧嘩があるとかいう噂である。もしやそれが水野殿のひと群れではあるまいかとのことであった。聞き捨てにならないので、十太夫はすぐに奥へ引っ返して主人に報告すると、播磨は半分聞かないで起ち上った。
「よし。播磨がすぐに駈け付けて、憎い奴等を追い散らしてくれるわ」
 彼は袴の股立ちを高く取った。なげしに掛けてある槍を卸すと、その黒いさやは忽ち跳ね飛ばされて、氷のような長い穂先が燈火に冷たくひかった。それを掻い込んで播磨は大股おおまたに表口へ飛んで出ると、二人の奴も腕をまくりあげて主人のあとを慕って行った。
 これから思うさま暴れ狂って、人間の五人、三人を槍玉にあげなければ気が済まないように思っていた播磨は、忽ちに失望させられた。彼は屋敷の門を出て、まだ一町と駈けてゆかないうちに向うから水野のひと群れが来るのに出逢った。
「喧嘩は……」と、播磨はせわしくきいた。
「いや、何もない」と、先に立っている水野が笑いながら答えた。「きょうは一度も喧嘩はない。地獄の餓鬼も非時には有り付かれぬ。ははははは」
 だんだん訊くと、それはこの群れではなく、ある侍が町人を捕えて何か無礼咎めをしていたのが、実際よりも大きい噂を伝えられたものと判ったので、播磨はいよいよ失望した。今は邪魔物の大身の槍を奴に担がせながら、水野を案内して屋敷へ帰る途中、いい知れない寂しさが犇々ひしひしと彼の胸に迫って来た。
 水野のほかに七人の客は座敷へ通された。賑かな酒宴は開かれた。その席にお菊の姿が見えないので、水野は主人にきいた。
「わしが贔屓の腰元は見えぬな」
「腰元……かの菊と申す腰元は、唯今手討にいたした」と、播磨は少し沈んだ声でいった。
「手討……。むごい仕置だな」と、水野も一文字の眉を少し皺めた。「どのような過ちをいたした」
 高麗皿を打割った仔細を聞かされて、水野はいよいよ暗い顔をした。
「わしがその皿を見たいといった為に、女子一人を殺したか」
「殺しても仔細ござらぬ。罪のある者が殺さるるは人間の掟でござるよ」
 播磨は俄かに大きい声を出して笑った。自分が打毀した皿の残りがまだ三四枚あるのを持出させて、彼は水野に見せた。
 水野も褒めた。ほかの者共も褒めた。いくら褒められても、播磨は何とも感じなかった。彼はただ無暗に酒を飲んで、時々に大きな声で笑った。
「この間あるところでお身の伯母御に逢ったよ」と、水野はいった。「伯母御はお身の喧嘩好きを苦に病んでわしに意見してくれいと当て付けらしく申しておった。はははは。あの伯母御もなかなか曲者だ。言葉争いではかなわぬと見て、わしも黙って陣を引いたよ」
「はは、なんの伯母御が……」と、播磨は気味の悪い顔をしてあざ笑った。「二口目には勘当の縁切のと嚇しても、もうその手では行かぬ。あたら男一匹がこれから何をして生くる身ぞ。八百八町をあばれ歩いて、毎日毎晩喧嘩商売……。このほかに播磨の仕事はござらぬ」
「つよいのう」と、水野も笑っていた。

 客の帰ったあとで、播磨は残りの高麗皿を皆んな打砕いて、同じ井戸の底へ投げ込んでしまった。この皿がみんな損じる時には家がほろびる――こんなことを彼は何とも考えてなかった。
 それから後の彼の気性はいよいよ暴くなった。恋と宝とを同時に失った彼は、もう喧嘩商売で生きてゆくよりほかに途がなかった。さなきだに喧嘩好きの彼は、血をなめた虎のようになって江戸中を暴れて歩いた。暴れ者をあつめた白柄組の中でも、彼の行動が取分けて眼に立った。時には頭の水野にすらも舌を巻かせることがあった。
 飯田町の縁談などは無論に蹴散らしてしまった。渋川の伯母にも無論に勘当されてしまった。彼は二人の鬼奴を両のつばさにして、ゆく先々で喧嘩を買って歩いた。こうして足かけ五年を送る間に、彼の家は空屋敷のように荒れてしまった。
 それには仔細があった。彼が腰元を手討にして井戸の底に沈めたという噂が、それからそれへと伝えられて、彼の屋敷には一種の怪異があるといい触らされた。雨の降る暗い夜には井筒の上に青い鬼火が燃えると伝えられた。菊の模様の振袖を着た若い腰元が悲しげな声で皿を数えるとも伝えられた。――下女のお仙は早々に暇を貰って在所へ逃げて帰った。番町の皿屋敷――この幽怪な屋敷の名が女どもの魂をおびえさせて、誰もこの屋敷へ奉公に来る者はなかった。若党の鉄之丞はその幽霊の影を見たというので、さすがの若者も肝を冷され病気になって、とうとうこの屋敷を逃げ出してしまった。もう一人の弥五郎は喧嘩で死んだ。門番の与次兵衛も幽霊を怖れて暇を取った。こうして男女の家来がだんだんに減っていくので、暗い屋敷のうちはいよいよ寂しくなった。誰も碌々に掃除する者もないので、座敷も庭も荒れるがままに捨てて置かれて、化物屋敷というには全くふさわしいような廃宅の姿になった。七百石の武家屋敷はおどろに生い茂る草原の底に沈んで見えた。
 化物の噂などを主人の播磨は念にも置いていなかった。鉄之丞が幻の影を見たといった時に、彼は頭からその臆病を叱りつけた。弥五郎の死んだのを彼は惜しいとは思わないではなかったが、それよりも更に強い打撃を彼にあたえたのは、奴の権六を失ったことであった。権六も喧嘩で死んだ。彼は寛文かんぶん三年の九月、日本堤にほんづつみで唐犬権兵衛等の待伏せに逢った時に、しんがりになって手痛く働いて、なますのように斬りきざまれて死んだ。
 この喧嘩は白柄組が凋落ちょうらくの始めであった。それは水野十郎左衛門が幡随長兵衛を小石川白山はくさんの屋敷へ呼び寄せて、湯殿でだまし討にしたのが根となって、長兵衛の子分どもは唐犬権兵衛や放駒の四郎兵衛等を頭にいただいて、ひそかに復讐の機会を待っていた。そうして、水野の一群が吉原見物から帰る途中を日本堤に待受けて、不意に彼等を取囲んだのである。その時に水野だけは馬に乗っていた。播磨も一緒にいた。ほかにも十二三人の侍がいた。五、六人の奴もついていた。しかし敵の町奴は五六十人の大勢で、しかも不意を襲われたので、白柄組もなかなかの苦戦であった。殊に彼等はくるわの酒に酔っているので、自由に働くことの出来ない者もあった。勿論、町奴の側には少なからぬ手負いが出来たが、白柄組にも殆ど過半数の手負いを見出した。その負傷者を敵に生捕られては武家の恥辱であるから、水野が指図して彼等を早く引揚げさせた。
 あとに残った侍は七、八人に過ぎなかったが、それでも必死になって戦った。町人にうしろを見せては一生の名折れであると、水野は歯がみをして憤ったが、どうしても頽れかかった勢を盛返すことは出来なかった。彼は生捕りになるのを恐れて、馬を早めて逃げた。最後まで踏み止まっていた播磨も遂に逃げた。権六の討死したのはこの時であった。権次は幸いに命を助かったが、左の足に深手を負ったのがもとで、とうとう跛足びっこになってしまった。
 両の翼と頼んだ奴が、一人は死んだ。一人は不具になった。播磨は自分の影が急にせたように感じられた。さなきだに無人の屋敷に、人の数がいよいよ減って、主人と用人と奴とたった三人が寂しく残った。十太夫はだんだんに老衰して来た。権次は満足に歩くことも出来なかった。あばら家は朽ちて傾いて、広い庭は狐狸こり棲家すみかと変った。
 そのうちに白柄組のほろびる時節が来た。日本堤で旗本が町奴に襲われて、さんざんに追い散らされたという噂が江戸中に拡まったので、幕府でももう捨て置かれなくなった。白柄組の乱暴は近ごろ上役人の眼にも余って、何とか処置をしなければならないという評議まちまちであるところへ、あたかもこの事件が出来しゅったいしたのである。上でももう容赦はなかった。明くる寛文四年の三月に水野十郎左衛門は身持よろしからずというかどで切腹を申付けられた。彼は自分の屋敷で尋常に死に就いた。
「白柄組ももう終りだ」
 これは味方の口から一度に吐き出された嘆息の声であった。播磨はその悲哀を最も痛切に感じた。頭を失った白柄組が今までのように栄えよう筈がない。殊に今後は自分等に対する上の圧迫が非常に強くなって来て、手も足も出すことが出来なくなるのは判り切っている。水野を亡ぼしたのは自分等に対する一種の見せしめである。この厳重な仕置に懲らされて、白柄組は自然に消滅するよりほかはない。たとい切腹ほどでなくても、自分等も早晩なにかの咎めを蒙るかも知れない。閉門ぐらいは覚悟しなければなるまい。閉門は一時の事でさのみ恐れるにも足らないが、それらの有形無形の圧迫のために白柄組が滅亡する。その運命が播磨には悲しく感じられた。
 白柄組の滅亡を悲しむ者は勿論彼一人ではあるまい。しかし他の者どもは白柄組を離れても立派に生きて行かれるのであるが、播磨は白柄組を離れて喧嘩商売をやめては、もう生きて行く途がないのである。恋を失った心の痛みを毎日毎晩の喧嘩でいやしていた彼は、この後どうしてその痛みを鎮めるか。それを思うと、彼はさびしかった。悲しかった。自分も水野と同じ罪科に逢った方がむしろしであったかとも考えられた。彼はなまじいに生かして置かれるのを怨めしく思った。
 二十七日に切腹した水野の葬式は二十九日の夕方に三田みたの菩提寺で営まれた。上をはばかって無論質素に執行されたのであるが、さすがに世間を忍んで見送る者も多かった。播磨もかさを深くして寺まで送って行った。番町の屋敷へ帰る頃には細かい雨が笠ののきしとしとと降って来た。
「渋川の伯母御様お待ち兼ねでござりまする」と、十太夫は玄関に出て主人にいった。
 久しく音信不通の伯母が今夜どうして突然にたずねて来たのかと怪しみながら、播磨はれた笠を十太夫に渡して奥へ通ると、伯母の真弓はくらい灯の下にすわっていた。雄々しい気性で生きているせいか、真弓は昔のままにすこやかであるらしく見えた。
「久しゅう逢いませぬ。月日は早いもの、もう足かけ五年になります」と、真弓は甥の顔を懐かしそうに眺めた。「苦労でもあるかして、顔も見違えるようにやつれました。但しは所労か」
 なまじいに優しくいわれるのが、今の播磨には辛かった。彼は破れた畳に手をついて無沙汰の詫びをいった。
「伯母様を始め、伊織助夫婦の衆の御安否をうかがいとうは存じながら、何分にも勘当の身の上で、おのずとしきいも高うなりまして……」
「勿論のこと。一旦勘当したお身を屋敷へ寄せることはなりませぬ。無沙汰はたがいでいうことはない。その伯母が今夜押掛けて来たのはほかでもない」と、いいかけて真弓はあたりを見廻した。「屋敷内もひどく荒れ果てましたな。成る程これでは化物屋敷、世間の噂に嘘はない。痩せても枯れても七百石の屋敷をこれほどに住み荒して……。いや、屋敷の荒れたのは作り替えもなる。心の荒れ果てたのは容易に作り替えはなるまい。というたら、この伯母が又叱りに来たかとも思おうが、今夜はもう何にもいいませぬ。伯母甥のよしみにたったひと言いいたいのは……。これ、播磨。このたびの水野殿の切腹、お身は何と思やるぞ。あれほどの激しい気性のお人でも、命はよくよく惜しいと見ゆる」
 嘲るような口振りに、播磨は少しせいた。
「何、命が惜しいとは……」
「惜しければこそ日本堤から逃げたのではあるまいか。いや、そこを逃げただけならば、まだしも言訳は立つ。万一その場で斬り死して、かぶときる首を町人どもに踏みにじらるるも無念と……。のう、お身が一緒に逃げたのもそうであろう。が、さてその後じゃ。町人どもに追いまくられ、朋輩を傷つけられ、家来を殺され、哀れ散々の不覚を取りながらのめのめと生きている水野殿の心が判らぬ。屋敷へ戻ってすぐに切腹……。それがまことの武士ではないか。それを今まで生きていて、揚句の果に上から切腹を申渡され、忌が応でも命を取らるる。ほんに浅ましい身の果じゃ」
 こういわれると、播磨も行き詰まった。水野は命を惜しむ卑怯者ひきょうものではない。自分とても同様である。しかも伯母の理窟も一応はもっともである。自分も忍んで卑怯の名を受けなければならないと覚悟して、彼は黙って俯向いていると、伯母はまた諄々じゅんじゅんといい聞かせた。
「水野殿は格別、伯母の心にかかるは甥の殿の身の上じゃ。勘当しても甥は可愛い。今までのことはともかくも、この上に恥を重ねぬ分別が肝要と、わたしが知慧を貸しに来ました。白柄組の頭と頼む水野殿が亡びた以上、お身達とても安穏では済むまい。何かの御咎めのないうちに、いっそ見事に腹を切りゃれ」
 播磨はやはり黙って聴いていた。

 雨はまだまなかった。伯母の帰ったあとで、播磨は切腹の支度に取りかかった。夜はもう五つ(午後八時)を過ぎたらしい。庭先の遅い桜が雨に打たれて、あわただしく散るのが、座敷から洩れる灯の光に薄白く見えるのを、播磨は筆をおいて眺めていた。彼は自分の支配頭にあてた一通の書置をしたためているのであった。黙って自滅しては乱心者と見られるのも口惜しいので、彼は自分の死ぬべき仔細を詳しく書いた。
 書いてしまって、彼は暗い庭を見た。濡れた柳は長い髪を垂れた女のように、井筒の上に低くおおいかかって、うす暗い影を顫わせていた。播磨はじっとそれを見つめていると、井戸の中から青白い火が燃えあがって又すぐに消えた。雨は少し強くなって来て、柳のかげが大きくなびくように見えたかと思うと、青白い火が又燃えた。彼は眼を据えて見つめていた。
 見るから冷たそうな青い火がちろちろと揺れると共に、若い女の姿がまぼろしのように浮きあがった。頽れた島田のおくれ毛が白い顔に振りかぶって、菊の模様の振袖を着ている女――それがお菊であることを播磨はすぐに知った。世間に伝えられる皿屋敷の幽霊を彼は今夜初めて見たのであった。
「菊」と、彼は縁先へ出て声をかけた。
 鬼火は又消えたが、お菊の立姿はまだそこに迷っていた。播磨は再び呼んだ。
「菊。顔を見せい」
 幽霊は静かに顔をあげた。それは生きている時とちっとも変わらないお菊の美しい顔であった。怨みも妬みも呪いも知らないような、美しい清らかな顔であった。播磨は思わずほほえまれた。
「菊。播磨も今行くぞ」
 女の顔にも薄い笑みが浮んだようにも見えたが、今ひとしきり強く吹き寄せた風にあおられて、柳の糸の乱れる蔭にまぼろしの姿も隠されてしまった。雨はしぶくように降って来た。
 お菊の魂は自分を怨んでいない。こう思うと、播磨はにわかに力強くなった。彼は勇ましい声で十太夫と権次とを呼んだ。そうして、自分が切腹の覚悟を打明けた。
「播磨は今夜切腹する。十太夫は介錯の役目滞りなく致した上で、この一通を支配頭屋敷へ持参いたせ。青山の家滅亡はいうまでもない。その方どもはあとの始末を済ませた上で、思い思いに然るべき主取りせい」
 主人は形見として幾らかの金をやったが、権次は辞退した。自分はもう生き甲斐のない不具である。今まで青山の奴と世間にうたわれた身が、今更他家の飼犬にもなれない。自分は追腹を切って冥途のお供をすると立派にいい切った。十太夫は一切の役目を終った上で、白髪頭をり丸めたいといった。
 どちらも無理のない願いと見て、播磨は二つながらそれを許した。三人は型ばかりの水盃みずさかずきを取り交した。思い切っては、誰の眼にも涙はなかった。
 春を送る雨の音は井筒の柳の上にひとしお強くひびいた。十太夫は備前則宗びぜんのりむねの短刀を三宝に乗せて、主人の前にうやうやしく捧げて出た。

底本:「怪奇・伝奇時代小説選集13 四谷怪談 他8編」春陽文庫、春陽堂書店
   2000(平成12)年10月20日第1刷発行
底本の親本:「綺堂読物選集11」東京ライフ社
   1957(昭和32)年
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志
2012年5月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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