去年の十二月の三十一日の真夜中の事でした。一匹の猪と一匹の犬がある都の寒い寒い風の吹く四辻でヒョッコリと出会いました。
「ヤア犬さん、もう帰るのかね」
「ヤア猪さん、もう来たのかね」
 と二人は握手しました。
「もうじき来年になるのだが、それまでにはまだ時間があるから、そこらでお別れに御馳走を食べようじゃないか」
「それはいいね」
 二人はそこらの御飯屋へ行って、御飯を食べ始めました。
「時に犬さん、お前の持っているその大きな荷物は何だね」
 と猪は小さな眼をキョロキョロさせて尋ねました。
「これは犬の年の子供がした、いい事と悪い事を集めたものさ」
「ヘー。い事悪い事ってどんな事だね」
「それはいろいろあるよ。他人の草履を隠したり、拾い食いをしたり、盗み食いをしたり、垣根を破って出入りしたり、猫をいじめたり、お母さんや姉さんに食いついたり」
「ヘエ、そんな事をするかね」
「するとも。それから良い方では、人のものを探してやったり、落ちたものをひろってやったり、小さい子をお守してやったり、人の命を助けたり」
「ヘエー、それはえらいね。しかしそんなものを集めて持って行ってどうするのかね」
「今に十二年目になると僕が帰って来る。その時には犬の年の子供は最早二十五になっている。男の児は最早兵隊に行って帰って来ているし、女の児ならばお嫁さんに行く年頃だから、その時に良い事をした児には良い事をしてやり、悪い事をした子には何か非道い罰を当ててやろうと思うんだ」
「フーン」
 と猪は犬の言葉を聞いて腕を組んで考えました。
「オヤ猪君、何を考えているのだい」
「ウン。犬さんがそう言うと、成る程一々尤もだが、それはあまり感心しないぜ」
「何故、何故」
 と犬は眼をみはって申しました。
「それは、今年はまだ小僧だからまだいたずらをするだろう。しかし二十四にも五にもなったら、だんだんわけがわかって来て、そんないたずらをしなくなるだろう。そんなにいい人になった時に罰をわせるのは可哀そうではないか」
 このように言われると犬も考えました。
「成る程。君は猪と言う位で無暗むやみにあばれるばかりと思ったら、中々ちえが深い。そんならこうしようではないか。このいたずらをした児がもし二十五になっても悪い事をやめていなかったら、罰を喰わせる事にしよう。又良い児が悪くなっていたら、御褒美をやらない事にしよう」
「うん、それがいい。僕もそれじゃ来年は勉強をして、猪のようにあばれて悪い事をする児と、猪のように一所懸命に好い事をする児の名前を集めよう。そうして猪の年の児がどんなによくなるか悪くなるか気をつけていよう」
 二人は手を打って、
「それがいい、それがいい」
 と言いました。
 そのうちに十二時の鐘が鳴りました。
「やあ鐘が鳴った。君も僕の大好きの処まで降って来たようだ。では出かけようではないか」
 二人は表に出て右と左に別れました。その時二人は帽子をふって、
「犬の年の児万歳」
「猪の年の児万歳」
 と叫びました。

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1922(大正11)年11月16〜17日
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
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