たこ屋の店にいろいろ並んでいる凧の中で、達磨だるま章魚たことが喧嘩をはじめました。
「ヤイ達磨の意気地なし。貴様は鬚なんぞ生やして威張っていても、手も足も出ないじゃないか。俺なんぞ見ろ。こんなに沢山イボイボの付いた手を八つも持っているんだぞ」
「そんな無茶を言うものでない。お前も坊主なら乃公おれも坊主だ。坊主同士だから仲よくしようじゃないか」
「おれが貴様みたような奴と、手も足もないヌッペラボーと仲よくするものか。喧嘩すりゃあ負けるものだから、そんな弱い事を言うのだろう。ざまを見ろ、弱虫
 といきなりその長い八本の足で達磨を蹴り飛ばしました。達磨はたいそう口惜しく思いましたが、手も足もないのでただあの大きな眼玉から涙をホロホロ流して蹴られていました。
 傍にいた奴凧が大層気の毒がって、
「章魚さん、もう喧嘩はおよしなさい」
 と仲裁しました。
 すると章魚は、
「お前なんか黙っておれ」
 と言って又蹴りつけました。奴も怒ってはみたが、これも手が袖から出ず、足も二本しかないので、じっとこらえていました。
 翌朝、太郎、次郎、三郎の三人に三つともそれぞれ買われて、原に連れて行かれました。そうすると太郎さんの達磨も次郎さんの奴も、元気よく高く高く揚りました。しかし三郎さんの章魚は長い足がけやきの枝に引っかかりました。そして三郎さんが無理に引っ張ったために破れて仕舞いました。その時章魚は、ああ足がなければよいと思いました。

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1922(大正11)年11月20日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「海若藍平」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
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