秋が深くなって、朝晩、公園に白い霧がおりるようになった。
低く垂れさがった灰色の空から、眼にみえないような小雨がおちてきて、いつの間にかしっとりと地面を濡らしている。樹々の幹も、灌木も、草も、みな、くすんだ煤黝色になり、小径の奥の瓦斯灯が、霧のなかで蒼白い舌を吐いている。
風の吹いたあくるあさは、この小さな公園はすっかり落葉で埋まってしまう。桐や、アカシヤや、赤垂柳などの葉が、長い葉柄をつけたまま小径やベンチの上はうずたかくなる。
公園の看手が箒をもってやってきて、それを掃きあつめていくつも小山をこしらえる。落葉を焚く火で巻煙草をつけ、霧のなかに紛れこんでゆく白い煙りをながめながら、間もなく冬がくる、とつぶやくのである。
公園の広場をとりまく灌木のひくい斜面のしたに、水飲み場のついた混凝土の小さな休憩所がある。
砂場や辷り台で遊んでいる子供らを見張りながら、保姆たちがここでおしゃべりをする。夏の暑い日には、演習に来た兵隊さんが汗を乾かし、俄か雨のときには、若い二人づれがこのベンチのうえで身体を寄せ合うようにして、じっと雨脚をながめていたりする。
しかし、もう秋が深くなったので、この小公園のなかは急にひっそりとなり、落葉を掃く看手のほかは、この休憩所へやってくるものもまれになったが、ただひとり、ひるごろ、毎日きまってここに坐っている老人があった。
汚れた絆纒に、色の褪せた紺腿引をはき、シベリヤの農夫のように、脚にグルグルと襤褸をまきつけている。指の先まで皺のよったあわれなようすをした白髪頭の老人で、庭木の苗木をすこしばかり積んだ馬車を輓いてきて、いつもここで午食をつかっている。
襤褸と皺に埋まったような老人もそうだが、馬のほうもまたたいへんな観物である。
古典的な馬とでもいうのか、頭が禿げて、ひどく悲しそうな顔をしている。的確にいおうとするなら馬というよりは、皮の袋といったほうがいいかもしれない。お尻の汗溝のあたりも、首の鐙ずりのところも、肉などはまるっきりなくなって、鞦がだらしなく後肢のほうへずりさがり、馬勒の重さにも耐えないというように、いつも、がっくりと首をたれている。
横腹には洗濯板のように助骨があらわれ、息をするたびに、波のようにあがったりさがったりする。なにより奇妙なのはその背中だった。鞍下のあたりがとつぜんにどっかりと落ちこんでいるので、首とお尻がむやみに飛びあがり、横から見ると、胴の長いスペイン犬そのままだった。いつも目脂をいっぱい溜め、赤く爛れた眼からたえず涙をながしている。
おまけに、その馬は跛だった。
むかし、ひどい怪我をしたのらしく、右の後脚がうんと外方へねじれてしまい、ほかの三本の肢より二寸ばかりみじかい。肢をピョンといちど外へ蹴だしてから、探るような恰好で蹄を地面におろす。そのたびに、身体が大時化に遭った船のようにガクン、ガクンと左右に揺れる。後ろから眺めると、ちょうどポルカでも踊っているように見えるのである。
屠殺場へゆくほか、この世で役に立てようもないようなひどいぼろ馬だったが、手入れだけは、おどろくほどよくゆきとどいている。ちびた鬣は丁寧に梳かれ、身体はさっぱりと爬かれて、垢ひとつついていなかった。
老人は、いつも古手拭いの頬冠りなのに、馬は、耳のところに二つ穴をあけた黒いソフトをかぶっている。雨の日は、老人のほうは、南京米の袋を肩に掛けているだけだが、馬のほうは、古いながら護謨引きのピカピカ光る雨外套を着ている。並んで立っていると、馬のほうが老人よりも、たしかに二倍ぐらい立派に見えるのだった。
老人は、公園の入口のそばへ馬をつなぐと、馬車から飼料槽をとりおろし、秣のなかへひとつかみほどの糠を投げいれて、
「ほら、もう、すぐぞ」
と、いいながら、両手でせっせとかきまぜる。
馬は、待ちきれないように長い首をのばし、老人の手をおしわけて、飼料槽の中に鼻先を突っこもうとする。すると、老人は片手でやさしく馬の鼻面をおさえ、片手で秣のなかの木片や小石をとりのけながら、こんなふうにいってきかせているのである。
「待ってろな。……いつぞやのように、釘なぞはいっていたら、また口を傷めるだろが。……ほらほら、もう、すぐぞ、もう、すぐぞ」
まるで、大膳職のように、あれこれと細かく念をいれたすえ、ようやく飼料が出来あがる。
老人は、秣槽を飼料台の上にのせ、馬が喰べはじめるのを、後手をしながら、ひととき、うっとりとながめる。
「たんと、喰べろ、たんと、喰べろ」
そういいながら、着物をだいじにするひとがちいさな汚点でも気にするように、馬の横っ腹にくっついた泥の飛沫を、掌でていねいにぬぐってやる。
「たんと喰べろ。……あわてずと、ゆっくり喰べえよ」
ところで、槽の中にはたんと喰べるほどの秣ははいっていない。間もなく槽の底が見え出す。
馬は脅腹のところをピクピクさせながら、眼のところまで槽の中へ突っこんで、ぐるりについている秣のきれっぱしを舐めとろうとするが、馬の唇ではそれをつまみとることができない。
すると、老人は、
「おお、よしよし」
と、いいながら、秣の屑を丹念にかきあつめ、それを掌にのせて馬の鼻先へさしだしてやる。馬は、長い舌でデレリと舐めとると、満足したというふうに、眼を細くして、鼻面で老人の肩へしなだれかかる。
老人は、平手でやさしく馬の首をたたく。
「おお、すんだか、すんだか。……せめて、もう四半桶もほしかろうも、がまんせい」
そして、馬車の上の苗木のほうを顎で差して、
「あれが、一本でも売れたら、胡蘿蔔を三銭買ってやるけに、たのしみにして待っていろよ」
いつの日も、判でおしたように、これをくりかえす。これほど胸をうたれる光景はなかった。
老人は、馬車の側板の折り釘に引っかけておいた小さな包みをはずすと、
「では、おれは、午食をつかってくるけに、しばらくここで待っていろ、いいか」
と、いいきかせて、軽い跛をひきながら公園のなかへはいってくる。
やれやれというふうにベンチへ腰をおろすと、弁当の包みをたいせつそうに膝のうえへおいて、ニコニコと笑いながら、ひとわたりグルリと公園のなかを見まわす。
この小さな公園の樹も草も、花も、みな、この老人の親しい友達なのにちがいない。その証拠には、この老人は、ひとの眼に触れたこともないような、藪かげの一輪の花の消息にさえ、ちゃんと通じているのである。
たのしそうに、あちらこちらの繁みや藪かげをのぞき込みながら、
「花菅は、もう終りだ」
と、つぶやいたり、
「おや、唐胡麻は、きょうは元気ないの」
などといったりする。
花菅も、唐胡麻も、眼につくようなところにあるのではない。よほど注意して見なければわからないような、深い藪かげにあるのである。
たんのうするだけ花や草に挨拶すると、老人は水飲み台のほうへ立っていって、備え付けのアルミニュームのコップに、いっぱい水をくむ。それを口へもっていってすっかり飲みほすと、
「ああ!」
と、深い溜息をつきながら、空をあおぐ。
それは、このうえもない満足をあらわすしぐさなのだが、滑稽でもあり、あわれでもあった。
それから、ベンチへ帰ってきて、ゆっくりと風呂敷包みをとく。こんなことをいっては申し訳ないのだが、その握飯は、びっくりするほど黒い色をしている。それに、二つに割ったその芯には、何ひとつ慰みになるようなものもはいっていない。
老人は、それを大切そうに両手のなかで捧げ持って、舌づつみをうちながらゆっくりゆっくり食べはじめる。ひと口頬張っては、この世にこれ以上の珍味はないというふうに、
「うむ」
と、感にたえたような声をだす。
老人は、上顎にも下顎にも一本も歯がないと見えて、口をムグムグやるたびに、皺だらけの頬がじつに奇妙な動きかたをする。上唇と下唇がいっしょくたになって、鼻の下まで飛びあがり、唇の両端が耳のそばまであがっていって、お能の翁の面のような、なんともいえぬ味わいの深い顔になる。
老人は、勿体なそうに、ひと口ずつたいへん手間をかけて食べる。しかし、世にも楽しそうなこの食事も、そうながくかかるわけではない。握飯は子供の握り拳ほどの大きさしかないので、まもなくすんでしまう。
老人は、指についた飯粒を唇でていねいにひろいとり、よれよれになった風呂敷を畳んで膝のうえにおくと、後味をたのしむように、うっとりとした顔でしばらくじっといる。それから、ゆっくりと腰をのばして、陽ざしをながめる。
「おお、てんとうさまがお見えにならしゃった。……それならば、この間に、もうひと廻りしようぞ。……どっこいしょ、どっこいしょ」
と、掛声をかけながらベンチから立ちあがって、
「おおきにお世話さまになりました。……では、また明日。……はい、さようなら。……はい、さようなら……」
と、水飲み台や、ベンチや、まわりの草や樹にいちいち愛想よく挨拶すると、背中を丸くして跛をひきながら、馬のいるほうへヒョックリ、ヒョックリ戻ってゆく。
老人の姿が公園の入口の石段のところにあらわれると、馬は、いかにも待ちどおしかったというように、首を大きくあげたりさげたりしながら、ひひんと嘶く。老人は馬のそばへちかづいていって、
「おう、おう、待ちどおだったか、待ちどおだったか」
と、いって、平手で、軽くその首をたたくのである。
二
キャラコさんの部屋の東側の窓は、公園の土手の真上にあいているので、そこから、広場の半分と、公園の入口と、休憩所の全部をひとめでみわたすことができる。
春から夏までのあいだは、子供たちが朝早くから走りまわるし、男や、女や、年寄りや、兵隊や、さまざまな人々が、いりかわりたちかわり公園へやってくるので、その老人だけに特別な注意をひかれるようなこともなかったが、だんだん秋が深くなって公園を散策する人影もまれになると、たとえば、木の葉が落ちて、今まで隠れていた空が急に見えだすように、この老人の存在がはっきりと目につくようになった。
老人は、まいにち同じころにやってきて、同じような単純なことをくりかえすだけなのだが、なんでもないその平凡な動作のうちに、たとえようもない人の好さと善良さがうかがわれるので、見ていると、なんともいえない豊かな気持になる。
キャラコさんは、馬を公園の入口につなぐところから、また馬車へ戻ってくるまでの、馬と老人の営みをまいにち窓からながめていた。
誰れも注意のはしにさえとめないような、みすぼらしい老人と、ふきだしたくなるような跛の痩せ馬の平和な交渉をながめているときくらいたのしいことはない。こんなうれしい気持をあじわったことは、生まれてからまだ一度もなかったといってもいいくらいだった。
何にもまして、キャラコさんのこころをつよくうったのは、いかにも澄みわたった、おだやかな、満ち足りたような楽しげな老人のようすだった。
せっせと秣をかきまぜているときのこころの深いやさしいそぶり。……恐らくは、遂げられそうもない馬との約束。……弁当の包みを膝にのせながら、微妙な季節の移り変わりに驚歎している赤子のような無心な表情。……落葉のたまった水飲み台から一杯の水をくんで、それを飲むときの喜悦にかがやきわたるような顔。……稗か麦の貧しい握飯を、尊い玉ででもあるかのように両手で捧げ持っている敬虔なようすも、見るたびに、無垢な感動を、キャラコさんのこころのなかにひきおこす。
とりわけ、ベンチや、水飲み台や、まわりの草や花に、いちいち愛想よく別れの挨拶をする底知れない善良なようすを見ると、思わず、微笑んだり、ほろりとしたりする。
「なんといういいおじいさんなんだろう。いったい、どんな生活をしてきたひとなのかしら……」
じっさい、どういう紆曲を経て、このような調和のとれた忍辱の世界に到達したのであろう。こんな朴訥な、無心な老人が、まだこの世に生きているということすらが、すでに信じられないほどのことだった。
キャラコさんは、遠い憧憬に似た感情を心にかんじながら、こんなふうにつぶやく。
「いちど、あのおじいさんと、お話して見たいわ」
そのそばに坐って、季節のはなしや小鳥のはなしをするだけでも、なんともいえない楽しい気持になり、こころの隅々にまで清すがしい風が吹きこんでくるようなうれしい思いがするにちがいない。
しかし、眺めていると、老人と馬のいとなみは、いかにも緊密で、しっくりと調和がとれているので、二人だけの深い生活の中へ、じぶんのようなものがささり込んで行くのは、いかにも心ないやりかたのように思われて、まいにちすぐ眼のしたに老人の姿を見ながら、おもいきって言葉をかける勇気がでてこなかった。
「あたしのようなものが飛び込んで行ったら、きっと迷惑するにちがいないわ。……それにしても、ちょっとお話するくらいのことはいけないかしら……」
だいぶ長いあいだもだもだしたすえ、キャラコさんは、とうとう決心した。
「こんにちは、というだけで、いいわ。……ただ、こんにちは、というだけ……」
昼御飯を早めにすますと、ひと束の長人参をうしろに隠して、公園の入口で待ち伏せしていた。キャラコさんのつもりでは、この人参で、老人にちかづきになるキッカケをつくろうという肚黒い計画なのである。
いつもの時間になると、すこし坂になった土手沿いの道のむこうに、おじいさんの馬車が見えだしてきた。
キャラコさんのほうは、馬と老人を策略にかけてちかづきになろうという下心があるので、なんとなく平気になれない。
「こんなふうにしていると、まるで、不良少女のようだわ」
不良少女はともかくとして、自分に関係のない他人の生活に興味をもって、ひと束の人参を手土産にして、うやむやにささり込んで行こうなどというのは、たしかに、あまり趣味のいいことではない。
キャラコさんが、まとまりのつかない顔をして立っているうちに、馬車はいつものところでとまり、老人は馬車のほうへのびあがって秣槽をおろしはじめた。
キャラコさんは、それをぼんやりと眺めながら、足踏みでもするような曖昧な身振りをする。そのはずみに、うしろに隠していた人参が、ごつんとふくら脛にぶっつかる。
(ああ、そうだっけ!)
三四歩後退りをすると、公園に散歩にでも来たお嬢さんのような、なにげないようすで老人のほうへ歩み寄りながら、こんなふうに声をかける。
「おじいさん、こんにちは。……あたし、公園へ散歩に来ましたのよ」
老人は、秣をかきまぜる手をやすめて、ゆっくりとキャラコさんのほうへふりかえると、片手で頬かぶりをしていた手拭いをとって、
「やあはれ、それはお元気なこって……。いやはや、こんなところへ馬車をばつなぎまして、お邪魔なこってござります」
キャラコさんは、へどもどして、
「いいえ、そんなことはありませんわ。いつまででもつないでおいてちょうだい」
老人は、それこそ、橋がかりへ出て来た高砂の尉のようなおっとりしたしかたで小腰をかがめて、
「そんならば、ちょっとの間、ここへ置かせていただきますでござります」
と、いって、またゆっくりと秣槽を取りおろしにかかる。つぎ穂がなくなりそうなので、キャラコさんは、あわててでまかせなお愛想をいう。
「おじいさん、ずいぶん立派な馬ですね。……それに、利口そうな顔をしてますわ」
老人は、皺だらけの顔を笑みくずして腰をのばすと、可愛くてたまらないというふうに、馬のほうへ流眄をつかいながら、
「……こんな片輪ものですけに、立派ということはござりませんがな、気のいいことにおいては、けして、ほかの馬にひけをとらんのであります」
「それに、元気そうですわ」
「いやはや、わし同様、すっかり老いぼれてしまいまして、はやもう、なんの芸もないのでござります」
「そんなに謙遜なさらなくてもだいじょうぶよ。だれが見たって感心するにきまってますわ。うちにも一匹おりますけど、とても、この馬とはくらべものになりませんの」
「お嬢さま、あなたは、ほとほと馬がお好きと見えまするの」
「ええ、大好きですわ。でも、こんな立派な馬を見るのははじめてよ。……なるほど、すこし跛をひくようですけど、そんなことは欠点にならないとおもいますわ。なによりだいじなのは、優しいということよ。……それはそうですわねえ、おじいさん。あなただって、そうお思いになるでしょう。いくら走るのが速くても、力があっても、意地悪ではとるところがありませんわ」
老人は、嬉しそうにうなずいて、
「はい、仰せのとおりなのでございまする。何がどうあろうと、情け知らずでは駄目でござります。けだものと人間が、ながねん連れそって暮らしてゆくには、お互いの親切がなくてはやってけんのでござります」
そして、皺の中へ眼をなくして、また、いとしそうに馬のほうへふりかえりながら、
「こいつはまァ、気のいい、ひと懐っこいやつではありまするが、ただひとつ困ったことは、喰べるものに気むずかしいことでござります。……それと申しますのも、あまり、甘やかしたせいでござりましょうなれど、乾草や藁などは見向きもいたしませぬ。……牧草でも、レッドトップならば匂いぐらいは嚊ぎまするが、チモーシとなれば、はやもう、鼻面も寄せん。燕麦に大豆。それから、に唐もろこし。……それも、水に浸して挽割にし、糠と混ぜて練餌にしてやるのでなければ、てんから受けつけんのでござります」
老人は、夢中になって、人の好さそうな顔を紅潮させながら、
「ああ、じっさい! なんということでござりましょう!……林檎を日に五つずつ。……角砂糖は喰べ放題。……カステラを喰べ散らすやら、蕪大根を噛んで吐き出すやら、なかんずく、人参と来ましたら、一倍と好みがやかましく、ありふれた長人参では啣えてみようともいたしませぬ。ベルギーという白っこい温室できのやつでなければ、お気に召さんのでありまする。……華族さまのお馬といえども、こんな贅沢はいたしますまい。どうにもはや、手のかかるやつなのでござりまする」
そういって、うれしさのあまり、感きわまったように身ぶるいをした。
ああ、この老人は嘘をいっている!
ようやく飼料桶の底が隠れるくらいの乾草に、ひと握りのほどの糠をまぜ、最後のひとつまみまでを指で集めて喰べさせているのを、キャラコさんは、これでもう、十日もまいにち見ているのだ。情けなそうに首をふりながら、この苗木が売れたら、人参を三銭も買ってやるから、ひもじくとももうしばらく我慢をしろ、と判でおしたように同じ言葉でなぐさめることも!
しかし、これを嘘といってはいけないのであろう。老人は夢を語っているのだ。貧窮のなかで、この夢想だけが老人の慰めなのであった。
もし、誰れかが、
(おじいさん、あなたは、たいへんな嘘つきだ。あなたは、この馬に、すこしばかりの乾草と、ひと握りの糠しか食べさせていないじゃないか)
と、いったら、この老人は、絶望のあまり泣きだしてしまうにちがいない。
キャラコさんは、どうしていいかわからなくなってしまった。喉の奥のところに、固いものが突っかけてきて、すんでのことに、涙を見せるとこだった。
老人は、酔ったようになって、いかにも誇らしそうに両手を擦り合わせながら、
「……いま申しましたように、たとえようのない我ままなやつではありまするが、そうならばそうで、いっそうに愛らしく、はや、どうにもならぬ始末なのでござります。……まったく、こんなしあわせなやつは、この世にまたとあろうとも思われませぬ。……あの顔をば見てやってくださりませ。……なんという小癪らしい、可愛げな顔ばしているのでありましょう」
たしかに、こういう見方もあるのに相違ない。
頭の禿げた、悲しげな顔をした馬は、いかにもひだるそうに、力なく横腹に波うたせながら、首を垂れ、うっそりと眼をとじている。しかし、仮に、老人の意見を認めるとすれば、飽食の、満ち足りた幸福の絶頂で、うつらうつらしているのだと、考えて考えられぬこともない。
キャラコさんが、感動の極といったような声を、だす。
「そうだとすれば、なんという贅沢な馬さんなんでしょう! そんなしあわせな馬さんなんて、あとにもさきにも聞いたことがありませんわ」
「じつに、はやもう!」
「あたし、この馬さんを見たとき、なんというおっとりとしたようすをしているんだろうと、思いましたの。まったく、理由のないことじゃありませんでしたわ。そんなにだいじにされて、したいようにしているのだから、それで、こんな上品な顔つきになるのですね」
キャラコさんは、嘘をついたのではない。ほんの、ちょっとばかり、誇張したのに過ぎない。老人の夢に賛成することが、老人を慰めるいちばんいい方法だと思ったから。……そして、ひょっとして、こんなふうにでもいったら、見向きもしないというこの長人参を、気位の高いこの馬さんに食べていただけるようなことになるかも知れないと思って。
背中に隠している長人参の葉が、キャラコさんの手のなかで火のように燃える。なんとかして、この施物を受けとらせるうまい口実を探し出そうと思って、キャラコさんは、夢中になってあれこれとかんがえはじめる。
ともかく、老人は、すこしばかりいいすぎたようだ。今となっては、どうしたってこの長人参を受けとるわけにはゆくまい。
(長人参などときたら、くわえても見ようとしないのでござります)
そのひとことが、たいへんな重石になってしまった。老人は、自分の夢を語るのに一生懸命で、キャラコさんの腰骨のあたりからソッとのぞきだしている、目のつんだきれいな人参の葉っぱに気がつかなかった。それにさえ気がついていたら、こうまでひどく人参を軽蔑するようなことはしなかったであろう。
ああ、じっさい! キャラコさんのほうにしたってそうだ。こういう経過のあとで、この人参を受けとらせようとするのは、なかなかなまやさしいことではないのである。
水気の多い、見るさえ美味そうな、このひと束の人参!
歯のあいだで噛みしめたら、口のなかが清々しい匂いでいっぱいになってしまうにちがいない。シャリシャリいう、なんともいえない歯あたりと、どこか、すこしばかりピリッとした甘い漿液!
四半桶の秣と、ひと握りの糠しか食べていない、この餓じい馬にとって、それはまあ、なんという素晴らしい御馳走なのであろう! そしてまた、老人にとっても、それを喰べている自分の馬を眺めるということは、どんな有頂天な喜びであろう。
ほんのちょっとしたことだった。長人参の悪口さえいわなければ、馬も老人も、わけなくその喜びを味わうことができたのだった。
キャラコさんは、逆せあがったような気持になる。どんな卑劣なことをしてでも、馬と老人にその喜びを味わわせてやりたいと思って、気もそぞろになる。
キャラコさんが、そろそろと切りだす。
「……ねえ、おじいさん。……これは、ほんの譬えばなしですけど、だれか通りがかりのひとが、この馬さんを見て、すっかり気に入ってしまうとしますね」
「ああ、ありそうなことでござります」
「……それで、ご褒美になにか美味いものを、馬さんの口元へ差しつけたとしますね。……すると、この馬さんは、いったい、どうするかしら?」
「はい、それは、ものによるのでござります」
「すると、気にいったものなら、食べてもらえるわけなのね」
「かくべつ、遠慮するようなこともいたしますまい」
「もし、長人参だったら、どうでしょう」
「いやはや、それは……」
「やはり、喰べませんかしら」
「傲ったことをもうすようですが、こいつの口は、あげな棒っ切れのようなものを食べるようには、できておらんのでござります」
「無理に口へ押しつけたら?」
「ああはや、飛んでもない! そのようなことをして、こやつに、フウッと太い鼻息でもひっかけられなんだら、そのひとのしあわせというものでござります」
「……でもね、おじいさん。……あたしたちなら、ひとの親切を感じたら、どうしても嫌いでないかぎり、我慢して食べるようなことだってしますわね」
老人は、重々しく首を振って、
「いやはや、こやつでは、とてもそういう都合にはゆきますまいて……。鼻の先へおしつけられさえすれば、見さかいもなく、なんにでもむしゃぶりつくような馬とは、育ちがちがうのでござります。……見てもくださいませ。……あの上品らしい口が、ブランと長人参をくわえるありさまなどは、考えるだも、身の毛がよだつような思いがするのでござります」
キャラコさんが、ねじのゆるんだような声を、だす。
「なんという気品の高い馬さんなんでしょう。ほんとうに、感心しましたわ」
こんな棒切れのような長人参などを二人の前へさしだしたら、馬も老人も、軽蔑のあまり笑いだしてしまうことだろう。ひょっとしたら、屈辱の感情のために、真っ赤になってしまうかも知れない。
キャラコさんは、老人にも馬にも見えないように、後手で人参の束を地面へずりおとすと、靴の踵でそっと溝の中へ押し落としてやった。
「……おじいさん、あなたのおっしゃるとおりですわ。……長人参を食べる馬なんか、ほんとうに、下等ね」
底本:「久生十蘭全集 7[#「7」はローマ数字、1-13-27]」三一書房
1970(昭和45)年5月31日第1版第1刷発行
1978(昭和53)年1月31日第1版第3刷発行
初出:「新青年」博文館
1939(昭和14)年11月号
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年12月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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