A 大隈侯おほくまこうまへ正月しやうぐわつ受取うけとつた年始ねんし葉書はがき無慮むりよ十八まん五千九十九まいで、毎日々々まいにち/\郵便局いうびんきよくからだいぐるまはこびこんだとふが、隨分ずゐぶんきみエライもんぢやないか。
 B 大隈侯おほくまこうのエライのに異存いぞんはないが、郵便局いうびんきよくからだいぐるますこしをかしいなア。
 A ナニそんなことはどうでもいゝ。計數けいすう正確せいかくところおれはなし特色とくしよくだ。
 B 成程なるほどきみ子供こどもときから數學すうがくではいつも滿點まんてんつたとふのだね。
 A さうさ。おれ先達せんだつ先祖せんぞ計算けいさんをして、四十代前だいまへおれ先祖せんぞすうが、一まん九百九十五おく二千一百六十二まん五千七百七十六にんだといふ莫大ばくだい數字すうじ發表はつぺうしたときには、三十三まん三千三百三十三にんの『中外ちうぐわい』の讀者どくしやが一せいぼく頭腦づなう明晰めいせき感嘆かんたんしたんだからね。
 B 『中外ちうぐわい』の讀者どくしやはそんなにあるのかい。
 A ウン。ざつと三十三間堂けんだうほとけかずの十ばい見積みつもつたんさ。
 B ぢや大隈侯おほくまこう葉書はがきかずなにかからの見積みつもりだらう。
 A イヤ、あれは本統ほんとうだよきみ。ちやんと新聞しんぶんいてあつた。それを精密せいみつ記憶きおくしてるのがすなはおれ頭腦づなう明晰めいせきなる所以ゆゑんさ。
 B さうかい。大隈侯おほくまこうひとりのぶんが十八まんいくらあるとすれば、…………。
 A オイきみ。そんな不正確ふせいかくはなしはよしたまへ。十八まんせん七百九十九まいだ。
 B さうか。よし/\。大隈侯おほくまこうひとりのぶんがそれだけあるとすれば、日本全國にほんぜんこく使つかはれる年始ねんし葉書はがき大變たいへんかずだらうなア。
 A さうさ。非常ひじやうなもんだよ。きみこといてくれた。おれ頭腦づなう明晰めいせきを一層確實そうかくじつ證據しようこだてる機會きくわいあたへてくれたこときみ感謝かんしやするね。ちたまへ。大正たいしやうねんの一ぐわつ十五にちまでに全國ぜんこく郵便局いうびんきよく取扱とりあつかつた年賀葉書ねんがはがき總數そうすうは三千四百五十六まん七千八百九十九まいといふ統計とうけいしめされてる。
 B 九十九まいとはさすがのきみすこきうしたな。ぼくなら二千三百四十五まん六千七百八十九まい算出さんしゆつするんだがなア。
 A 馬鹿ばかつちやいかん。統計とうけい神聖しんせいだ。勝手かつて算出さんしゆつしてたまるもんか。それよりかきみおれ今度こんど年賀状ねんがじやう趣向しゆかうせてやらう。
 B また俳句はいくだらう。先年せんねん電車でんしやのストライキのあつたとき、あれはなんとかつたつけな、めう俳句はいくやうなものをいてよこしたぢやないか。
 A ウン、あれはうさ。『きみ電車でんしやまる今朝けさはる』さ。
 B もひとつ、なんとかいふくびつりの名句めいくがあつたぢやないか。
 A ウン、あれはおれのぢやないけれど、ういふんだ。『きみ社頭しやとうまつくびくくり』さ。
 B それできみ今度こんどのは?
 A 奇拔きばつだよ。おどろくな。くちつたんぢや面白おもしろくないからいてせる。ソラ、これだ。
新玉あらたまとしちかへるあしたかな    隱居
たまのでんぐりがへるあしたかな    熊公
世界中せかいぢうひつくりかへるあしたかな    澁六
 B アんだ、隱居いんきよだの熊公くまこうだのしぶ六だのと。
 A 馬鹿ばかだなア、しぶ六とはおれ變名へんめいぢやないか。『立派りつぱなユーモリスト』『日本にほん一のユーモリスト』としておれ盛名せいめいらないとは、親友甲斐しんいうがひのないにもほどがあるぢやないか。しかしそれはマアいゝとして、『隱居いんきよ』と『熊公くまこう』とがわからないとは、きみあたま隨分ずゐぶん粗末そまつなブロツクだね。
 B ブロツク・ヘツドにわかやう説明せつめいしたらいゝぢやないか。
 A いよ/\馬鹿ばかだなア此奴こいつは。およそ、洒落しやれ皮肉ひにく諷刺ふうしるゐ説明せつめいしてなんになる。刺身さしみにワサビをけてやうなもんぢやないか。
 B ぼく折々をり/\刺身さしみふよ。中々なか/\うまいものだ。
 A 仕樣しやうがないなア。ぢや説明せつめいしてやる。よく寄席よせ落語家らくごかがやるぢやないか。横丁よこちやう隱居いんきよくまさん八さんに發句ほつくをしへるはなしだ。隱居いんきよ物識ものしりぶつて『新玉あらたまとしちかへるあしたかな』づこんなふうふものだと作例さくれいしめす。するとくまさんが、『發句ほつくツてそんなもんですかい、ぢやわけアねえ』とふので、『たまのでんぐりかへるあしたかな』とやりだす。落語家らくごか見識けんしきからすると、『新玉あらたまの』は本統ほんたう發句ほつくだが、『たまの』は無茶むちやだとして、それで聽衆ちやうしうわらはせようとするんだが、おれところこれことなりだ。すなは熊公くまこうくちから自然しぜんほとばしりた『たまのでんぐりかへる』といふ大膽だいたん用語ようごむし奇拔きばつでいゝね。そこで『立派りつぱなユーモリスト』なるしぶ先生せんせいこれして、『世界中せかいぢうのひつくりかへるあしたかな』とやつたんだ。どうだわかつたか。
 B わかつたにはわかつたが、きみ其句そのく何處どこ面白おもしろい?
 A 仕樣しやうがないなア。ロシアもつくりかへつた。ドイツもつくりかへつた。いま世界中せかいぢうつくりかへるんだよ。
 B それはわかつてるが、あんまり面白おもしろことでもあるまい。
 A 面白おもしろいぢやないか。『世界改造せかいかいざう』が講和會議かうわくわいぎのモツトーになつてる。ウヰルソン大統領だいとうりやうさきにドイツ國民こくみんたいして國家組織こくかそしき改造かいざう要求えうきうして、とう/\あの革命かくめい勃發ぼつぱつさせた。日本にほん英佛米伊えいふつべいいの四こくとも支那しな勸告くわんこくはつして、はや南北なんほくあらそひをめて『世界改造せかいかいざう偉業ゐげふ參加さんかせよ』とやつたね。支那しなはおかげ南北合同なんほくがふどう大共和國だいきようわこくになるだらう。いま筆法ひつはふもつ日本國内にほんこくない政治せいぢ改造かいざうせよとせまるものがあつたら、きみは一たいどうするつもりだね。
 B そんなことぼくるものか、ぼく政治せいぢなんぞに關係くわんけいしたことがない。
 A だつてきみ日本國民にほんこくみんの一ゐんぢやないか。
 B 日本國民にほんこくみんたるものたれでも政治せいぢ關與くわんよするはずのものかい。
 A あたまへぢやないか。
 B しか今日こんにちまでだれぼく政治上せいぢじやう相談さうだんなんどちかけたものがいのだもの。
 A フン、それは相談さうだんをしないはうわるいんだが、むかふで相談さうだんしなけりや此方こつちから相談さうだんしかけたらいぢやないか。
 B しかぼくなんどが相談さうだんしかけたつてだれ相手あひてになつてれないだらう。
 A それだからいけないよ、きみは。なんでも相手あひてにさせるんだよ。相手あひてにしなけりや承知しようちしないとふんだよ。それが政治機關せいぢきくわん改造かいざうする所以ゆゑんなんだらうぢやないか。
 B そんなにぼくしかつたつて仕樣しやうがない。
 A 或程なるほどきみしかつたつて仕樣しやうがない。いまおれおほいにほか奴等やつらしかつてやるんだから、今日けふはマアきみをんなはなしでもしよう。はうならきみ專門せんもんだから。
 B べつ專門せんもんといふわけでもないが、政治せいぢはなしよりをんなはなしはう面白おもしろい。
 A Mさんの近況きんきやうはどうだね。健康けんかうおほいに回復くわいふくしたかね。
 B あゝ、おほきにごろはいゝさうだ。最近さいきん報告はうこくれば、體量たいりやうが十二くわん三百五十もんめになつたさうだ。
 A ヤア、きみをんなことになると、だいぶん精密せいみつ數字すうじげてくるね。
 B だつて、さういてよこしたのだもの。あすのあさ葉書はがきにはキツトまたもんめぐらゐふえてゐるだらう。
 A あすのあさ葉書はがきるときまつてるかね。
 B うゝきまつてるよ。毎日まいにちあさばんと一まいづつる。ぼく毎日まいにちあさばんと一まいづつしてる。
 A おや/\、おどろいたねえ。おむつまじいこツた。
 B だつて是非ぜひさうしてれとふのだもの。
 A イヤおほきに結構けつこう双方さうはう一月ひとつき九十せんづつの散財さんざいだ。精々せい/″\葉書はがき贅澤ぜいたくをやりたまへ。
 B ぼく友人いうじんには、旅行中りよかうちう毎日まいにちかならず三留守番るすばん細君さいくん葉書はがきひとがあるよ。
 A おや/\。毎食後まいしよくご三十ぷん白湯さゆにてもちゆかね。
 B まつたく。始終しじう葉書はがきくせをつけると持藥ぢやくやうなものだよ。
 A 持藥ぢやくかつたね。なにしろマアそれでヒステリーびやうだの悋氣病りんきびやうだのがなほれば結構けつこうだ。年始状ねんしじやう無暗むやみ澤山たくさんしたりするのにくらべると、君等きみらのはけだ葉書利用法はがきりようはふ上乘じやうじようなるものだね。
 B まだういふのがあるよ。矢張やはぼく友人いうじんだが、くに母親はゝおやがひとりでさびしがつてゐるとつて、毎日まいにちまいづつ繪葉書ゑはがきしてゐるが、モウそれを三四年間ねんかんにちかさずやつてるから感心かんしんだらう。
 A ラヴレターならむかしから、うまんだら七駄半だはんなんて先例せんれいがあるんだけれど、母親はゝおや毎日まいにちかさずはまつた感心かんしんだね。けだ葉書利用法はがきりようはふ最上乘さいじやうじようなるものかね。
 B まだういふのがあるよ。矢張やはぼく友人いうじんだが…………
 A 葉書はがきくわんするきみ知識ちしき非常ひじやう豐富ほうふだね。をんなはなしばかりが專門せんもんかと思つたら、葉書はがきの話も專門せんもんだね。
 B ぼく自分じぶん隨分ずゐぶんよく葉書はがきくから、ひと葉書はがきくのにも注意ちういしてる。其女そのをんなはね……
 A をんなかい、それは?
 B あゝをんなだよ。
 A それがきみ友人いうじんかい?
 B あゝ友人いうじんだよ。をんな友人いうじんがあつたつてなに不思議ふしぎことはあるまい。
 A イヤ、べつ不思議ふしぎとははない。それで?
 B それで其女そのをんなはね。或時あるとき或男あるをとこ結婚けつこん申込まをしこんだ。
 A をんながかい?
 B あゝ、をんながだよ。をんな結婚けつこん申込まをしこんだつてなに不思議ふしぎことはあるまい。
 A イヤ、べつ不思議ふしぎとははない。それで?
 B それで其女そのをんなはね。わたしの一しんさゝげるひとはあなたよりほかにはないとかなんとかつてね。是非ぜひこのあはれなるもだえのすくつてくださいとかなんとかいたものだ。
 A 葉書はがきにかい?
 B イヤ、それだけは封書ふうしよだつた、さうだ。ところをとこはうでは、まだ結婚けつこんなんどするつもりがなかつたものだから、『そんなことつてくれてはこまる。自分じぶんはまだ』なんだとかだとかつて曖眛あいまい返事へんじをした、さうだ。
 A をかしいぢやないか。其男そのをとこ其女そのをんなとは、それより以前いぜんどんな關係くわんけいつたんかい。
 B うゝ、それはマア双方さうはうあひだにキナくさにほひぐらゐしてゐたのだらう。其中そのうちをんなくにかへつて、しばらくしてから手紙てがみをよこしたんだ、さうだ。
 A なんだかすこしをかしいね。しかしマアいゝや。それから?
 B それから翌月よくげつの一じつになると、『御返事ごへんじつてります』とたゞそれだけ綺麗きれいやさしいいたをんな葉書はがきた。をとこまた加減かげんことつてやつておくと、またその翌月よくげつの一じつ葉書はがきた。矢張やはり『御返事ごへんじつてります』とたゞそれだけいてある。をとこなんともつてやりやうがないので、のまゝ打つちやらかしておくと、またその翌月よくげつの一じつ葉書はがきた。矢張やはり『御返事ごへんじつてります』とある。をとここまつてしまつて、あんな葉書はがき度々たび/\よこしてはいけないとつてやつたが、矢張やはまたその翌月よくげつの一じつには『御返事ごへんじつてります』の葉書はがきた。其後そのごをとこからなんつてやつても、をんなからは依然いぜんとして毎月まいげつじつに『御返事ごへんじつてります』の葉書はがきた。とう/\それが一年間ねんかんつゞいた。をとこもさすがにすここゝろうごかされたけれども、まだどうあつても結婚けつこんなどの出來できやううへでないので、仕樣しやうがないから葉書はがきりツぱなしで、つちやらかしておいた。ところ葉書はがきつぱりる。そして依然いぜんとして『御返事ごへんじつてります』とある。をとこ少々せう/\氣味きみわるくなつた。とう/\また葉書はがきが十二まいたまつた。まる年間ねんかん小言こごとはず、うらみもはず、たゞ御返事ごへんじつてります』でめられたのだからたまらない。をとこはとう/\落城らくじやうした。しか今更いまさらなんとかとか長文句ながもんく手紙てがみけないものだから、『承諾しようだくい』といた電報でんぱうやう葉書はがきしたんだ、さうだ。
 A 其女そのをんなすなは現今げんこん房州ばうしう出養生でやうじやうきみ細君さいくんだね。
 B ハハア、まあそんなわけさ。
 A どうも永々なが/\御馳走樣ごちそうさま葉書はがきはじまつた御縁ごえんだから毎日まいにちまいづつの往復わうふくぐらゐあたまへだね。しかなにしろ葉書はがきといふやつ面白おもしろいものだね。くど/\とながたらしいこといた手紙てがみよりか『御返事ごへんじつてります』の葉書はがきの方が、はるかにきみむねをゑぐるちからつてゐたんだね。
 B まつたくさうだよ。だからぼくおほいにハガキ文學ぶんがく唱道しやうだうしてるんだ。
 A ハガキ文學ぶんがくいね。ソラよく雜誌社ざつししやなどで原稿げんかうあつめる一手段しゆだんとして、諸名士しよめいし往復葉書わうふくはがきしたりするぢやないか。
 B あゝ、あれは駄目だめだよ。葉書はがきまいぐらゐの短文たんぶんで、ちよつといた面白おもしろことやう名士めいしいくらもないからな。
 A なかには隨分ずゐぶん長文ちやうぶん氣焔きえんいてよこしてるひともあるぢやないか。だれみはしないだらうに。
 B まつたくだよ。あんなひとかぎつて有數いうすう惡文家あくぶんか乃至ないし駄文家だぶんかだからたまらない。
 A てよ。對話たいわは『中外ちうぐわい』にせるんだから、そんなはなしすこ遠慮ゑんりよしてかうよ。それよりかモツト葉書はがきくわんする無邪氣むじやき面白おもしろはなしでもないかい。
 B あるよ。ぼくは一たい滅多めつた封書ふうしよといふものをかない。そんなにひとわるやうこと場合ばあひはないからなア。それでぼく何用なにようでも大抵たいてい葉書はがきますのだが、し一まいりなければ二まいつゞきにする。二まいつゞきにしたつて封書ふうしよおなことで三せんだ。たまに三まいつゞきにすることもあるが、状袋じやうぶくろれたり、切手きつてつたりする面倒めんだうがないだけでも、一せんりん値打ねうちはあるからな。
 A 成程なるほど葉書はがきの二まいつゞき三まいつゞきはチヨツトかはつてる。さすがきみ葉書はがき專門家せんもんかだね。
 B ぼく又折々またをり/\葉書はがき友人いうじん論戰ろんせんすることがある。十まいづつも葉書はがき往復わうふくするとなり面白おもしろ論戰ろんせん出來できる。まじめな論戰ろんせんをやることもあれば、惡口あくこうきあひや皮肉ひにくひあひをすることもある。其間そのあひだかほあはせることがあつても、くちでは其事そのことんにもはない。そしてうちかへつてから葉書はがきす。チヨイト面白おもしろいものだよ。
 A 成程なるほど、それもわるくないね。今度こんどきみおれとでひとつやらうか。
 B やらう。是非ぜひやらう。葉書はがき返事へんじならぼくはどんないそがしいときでもく。オヽ、それからまだういふ面白おもしろはなしがあるよ。矢張やはぼく友人いうじんだが、――今度こんどをとこだが――或奴あるやつからすこるべきかねがあるのに、どうしてもよこさない。いろ/\掛合かけあつてたがらちがあかない。忌々いま/\しくて仕樣しやうがないけれど、まさかナグリにわけにもゆかない。そこで毎日々々まいにち/\催促さいそく葉書はがきした。十つゞけて催促さいそくしたらなんとか返事へんじぐらゐよこすだらうと思つたが、すこしもごたへがない。いよ/\忌々いま/\しくて仕樣しやうがないので、またばかりつゞけた。矢張やはなんごたへもない。もううなつてると此方こつち意地いぢだ。畜生ちくしやう、いつまでゝもめるものかと根氣こんきよくきつゞけた。文句もんく色々いろ/\へて、あるひつよく、あるひよわく、あるひのゝしり、あるひはふざけ、種々樣々しゆ/″\さま/″\こといてやつた。中途ちうとへたたれてはまつたてき降伏かうふくするわけだから、れい持藥ぢやくのつもりで毎日まいにちいた。もううなつてると、るべきかねらうと最初さいしよかんがへもなくなるし、またそれがめに葉書代はがきだいつひやすのはそんだといふやうかんがへもなし、是非ぜひともなければならない日課につくわとして、毎日々々まいにち/\根氣こんきよくきつゞけた。たまには、こんなことをしてゐて結局けつきよく馬鹿ばかるのぢやたまらないとかんがへたこともあつたが、モウ二ヶげつあまりつゞけてると、今更いまさらやめるわけにはどうしてもかない。こまつたものだとはおもひながらも、ひとつは習慣しふくわん惰力だりよくでとう/\五個月間かげつかんやりつゞけた。さうすると、どうだらう。或日あるひ先方せんぱうやつ突然とつぜんぼくうちにやつてて……
 A きみうちにかい?
 B うゝ、じつ矢張やはぼくのやつたことさ。
 A だらうともつた。きみ細君さいくんからほとこされたじゆつ今度こんどてき應用おうようしたんだね。
 B マアさうつたやうわけだらう。ところやつ突然とつぜんぼくうちにやつてやがつて、『どうも五個月間かげつかん葉書攻はがきぜめには閉口へいこうしました。あなたの根氣こんきには實際じつさいおどろきました』なんてやがつて、三十ゑんかねいてつたが、ぼくじつうれししかつたよ。あれでしいつまでゞもはふつてかれたにや、ぼくたるものじつ進退しんたいきはまるところだつたんだが。
 A さうさねえ。つまり根氣こんきくらべだね。しか如何いかなる人物じんぶつでも、毎日々々まいにち/\葉書はがきてられちやはふつてけないものとえるなア。りにおれ地位ちゐつたとしてかんがへてても、事柄ことがら如何いかんかゝはらず、毎日まいにち葉書はがきなんのかのとつてられたにや、實際じつさいやりれまいとおもふよ。べつ自分じぶんがそれについて弱味よわみつてないにしてもさ、ながあひだにはなんだか不安ふあんを感じてさうな氣持きもちがするね。
 B まつた不安ふあんかんじるよ。薄氣味うすきみがわるくなるよ。
 A 『御返事ごへんじつてります』がよほどこたえたね。ハハヽヽ。
 B ウフヽヽヽ、それからまだういふ話があるよ。或學校あるがくかう學生間がくせいかん教頭排斥けうとうはいせきおこつて、すでにストライキをやらうとしたのだが、ストライキでは犧牲ぎせいおそれがあるとふので、ハガキ運動うんどうといふことだれかゞおもひついて、有志いうし學生がくせい毎日まいにちまいづつ教頭けうとうてゝ辭職勸告じしよくくわんこく葉書はがきさうとことまをあはせた。サア翌日よくじつから教頭けうとうたく葉書はがきさかんにひこむ。はじめは二十まいか三十まいだつたが、追々おひ/\五十まいとなり、百まいとなり、二百まいとなり、三百まいとなつた。教頭けうとう隨分頑固ずゐぶんぐわんこをとこで、こんな不都合ふつがふ示威運動じゐうんどう讓歩ぢやうほしては學校がくかう威嚴ゐげんたもたれないとつて、葉書はがきなんまいようと見向みむきもしなかつたが、状態じやうたい一月ひとつきばかりもつゞいて、葉書はがきかずが五百まいたつしたとき、とう/\教頭けうとうおくさんがきだしてをつと辭職じしよくすゝめた。其時そのときには頑固ぐわんこ教頭自身けうとうじしんもモウ加減不安かげんふあんかんじてゐたのだから、おまへまでがソウふならとやうわけで、それをキツカケにして早速さつそく校長かうちやう手元てもと辭表じへうした。それでも學生がくせいなか何人なんにんかは矢張やは筆跡ひつせき證據しようこになつて退學處分たいがくしよぶんけたんださうだが。
 A フーン、そいつア面白おもしろはなしだね。學生がくせいとしてはすこ不穩ふおん行動かうどうかもれないが、多數たすう葉書はがき受取うけとひと心理しんり研究けんきうするには材料ざいれうだね。きみ實際じつさい葉書研究はがきけんきう專門家せんもんかだよ。つきの貸金かしきん催促さいそくといひ、『御返事ごへんじつてります』とひ、面白おもしろはなしだね。
 B ところが、のごろチラといたはなしだが、みぎのハガキ運動うんどう選擧權擴張せんきよけんくわくちやう要求えうきう應用おうようしかけてゐるものがあるさうだ。
 A ヘエ? それはどういふんだね。
 B ぼく政治上せいぢじやうこと趣味しゆみがないからくはしいことらないが、なんでも請願せいぐわんかはりに、多數たすう人民じんみんから衆議院議長しうぎゐんぎちやうてゝ葉書はがきさうとふのださうな。
 A さうか。そいつは面白おもしろいねえ。『普通選擧ふつうせんきよ斷行だんかうせよ』『われ選擧權せんきよけんあたへよ』なんて葉書はがき毎日々々まいにち/\なんまい何萬枚なんまんまい衆議院しうぎゐんひこんだら、議員ぎゐんまんざららんかほをしてはられまい。
 B アに、あれらは無神經むしんけいだかららんかほをしてるよ。
 A だつてきみしか國民こくみん多數たすう年始状ねんしじやうやうになつてたまへ。おれ計算けいさんれば、すくなくとも三千四百五十六萬七千八百九十九まい葉書はがき衆議院しうぎゐんひこむわけだ。きみ計算けいさん讓歩じやうほするとしても、二千三百四十五萬六千七百八十九まいむんだ。
 B さうかなあ。議員ぎゐんなんて連中れんちうでも、それだけひこんだら矢張やは多少たせう不安ふあんかんじるだらうかなア。
 A  それやきみすこしは薄氣味うすぎみわるくなるだらうぢやないか。つた十八まん五千七百九十九まい年始状ねんしじやう大隈邸おほくまていはこびこまれてさへ新聞種しんぶんだねになるんだもの。三千四百五十六まん七千八百九十九まいしくは二千三百四十五まん六千七百八十九まい選擧權要求書せんきよけんえうきうしよが、毎日々々まいにち/\だいぐるま衆議院しうぎゐんはこびこまれるとしたら、如何いか無神經むしんけいでもたまるまいぢやないか。彼等かれらいはゆる『世界改造せかいかいざう偉業ゐげふ』に參加さんかすべき責任せきにんいうしているんぢやないか。國内政治機關こくないせいぢきくわん改造かいざう要求えうきうする人民じんみんこゑ無視むしするわけくまいぢやないか。どうだいきみきみはサウおもはないんか。
 B ぼくか。ぼく政治せいぢ關係くわんけいがないのだから、そんなことはどうでもいゝ。しか事苟こといやしくも葉書はがきくわんする以上いじやう其點そのてんいさゝぼく注意ちういいてるのだがな。
 A 仕樣しやうがないなア。イヤ、しかりがたう。おかげ色々いろ/\面白おもしろはなしいた。おれこれからモすこくハガキ運動うんどうについてかんがへてなくちや。左樣さやうなら。いづれまた
(大正八年)

底本:「現代ユウモア全集 第二卷 堺利彦集」現代ユウモア全集刊行會
   1928(昭和3)年10月20日発行
入力:Juki
校正:染川隆俊
2011年5月3日作成
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