彼等は鼠のやうに遊んだ。
 彼等はある空家の物置小屋の中に、どこから見つけてきたのか、數枚の古疊を運んできて、それを一枚一枚天井の梁の上に敷きつめた。するとそのおかげで、そこには――天井と梁との空間には、一種の部屋のやうなものが出來あがつた。それは祕密好きな子供らが誰にも見つからずに遊ぶためには屈竟な場所だつた。その隱れ場はしかし黴のにほひがした。
 そこは、一日中、うす暗かつた。そのために、彼等は眞晝間でも、夢の中でのやうにそこで遊ぶことが出來た。彼等はみんな十ぐらゐの男の子ばかりだつた。彼等は學校がすむと、一たんは家へかへり、それからすぐまた出直してくるのであつたが、それはカバンと草履との代りに、めいめい家から何か遊び道具を持ち出してくるためだつた。彼等のあるものはこつそりと父親の煙草を盜んできた。さうすると一本の卷煙草が二三人によつてかはるがはるに吹かされるのであつた。さうして、ある日のことだつた。誰だか、石膏の女の人形(それは石膏のヴイナスであつた!)を家から盜んできたものがあつた。最初のうちは、何か異樣な、そして祕密なものででもあるかのやうに、そつと次から次へと手渡しされてゐたが、しまひには、もう一度それを手で觸つて見ようとする者同志が、奪ひ合ひをはぢめて、たうとうその手足をバラバラにもいでしまつた。さうしてから、彼等はくすくすと音を立てずに笑つた。――しかし、さういふ馬鹿騷ぎの間でも、彼等は決して喧しい物音を立てなかつた。もし誰かが大聲でわめきでもしたら、すぐその者は規則違反者として罰せられたに相違ない。それほど彼等の遊戲の祕密は嚴重に守られてゐたのだ。彼等はさういふ規則が、詩人を刺戟するライムの方則のやうに、彼等の遊戲を一そう面白くすることを知つてゐたからだ。
 彼等はそこで、毎日、鼠のやうに遊んでゐた。

 ところが、その物置小屋の中に、一大事件がもちあがつた。
 といふのは、その天井裏に、石膏のお化が出るといふ噂が、誰れの口からともなく、ひろがり出したのである。
 ある夕方、彼等の一人が、みんなの歸つて行つてしまつた後も、そこにまだ、一人きりで殘つてゐた。彼は、何氣なく疊の上にちらばつてゐる、いつかの石膏のバラバラになつた手足を、暗がりの中に手さぐりしながら、かき集めた。そしてそれらを接ぎ合せて、どうにかかうにか原型に近いものにすることが出來た。見ると、あと足りないのは、ただ女の首だけだつた。そこで彼はそれを搜すためにマツチに火をつけた。そして何本も何本もそれを無駄にした。だが、その石膏の首は、その疊の上にはどこにも見あたらなかつた。たうとうしまひには、彼もあきらめて、火のついたマツチを手にしたまま、疊の上からひよいと顏を持ちあげた。と同時に、彼は思はずあつと叫んだ。彼の手にしてゐたマツチのかすかな光りが、彼の前の虚空に、彼の搜してゐた石膏の首を(しかもそれは人間の生首の大きさぐらゐあつた!)白くぼやつと照らしたのである。そこで彼はびつくりしてそこを逃げ出してきたといふのであつた。
 子供達の心の中で、その石膏のお化に對する好奇心と恐怖とが戰つた。そして彼等の好奇心がやうやく彼等の恐怖に打ち勝つた者が數人あつた。そのものは一かたまりになつて、物置小屋の中にはひつて行つた。だが、天井裏によぢのぼつて、黴のにほひのする古疊の上に、いくつも、石膏の手や足がバラバラにころがつてゐるのを見ただけで、なんとなくうす氣味わるくなつて、誰が云ひだすともなく、わあつといつて梁から降り、小屋の外へ飛び出して來てしまつた。
 そのやうにして、彼等は、その數箇月間の隱れ湯を見棄てなければならなかつた。
 しかし彼等はすぐ、それの代りになるものを見つけた。
 彼等は、以前、物置小屋の天井裏に絶好の隱れ場を見つけたのと同樣の「よい嗅覺」をもつて、今度はそれを或るお寺の床の下に見つけたのだ。彼等はその床の下に、これはまたどこから盜んできたのか、數枚のアンペラを運び込んだ。そしてそこで彼等は土龍もぐらのやうな遊びを始めた。そこは物置の中とは比べものにならない位に涼しかつた。丁度季節がこれから夏に向はうとしてゐたので、彼等はこの新しい隱れ場の冷え冷えとしてゐるのを、何よりも好んだ。しかし、ここはあんまり暗くて、あんまりジメジメしてゐるので、ときどき彼等は自分たちが惡夢を見てゐるのではないかとさへ疑つた。そして彼等はひそかに、昔の天井裏の生活にあこがれた。
 ところが、ここに大膽にも、全く一人きりで、誰にも、もちろん仲間の者にも、氣づかれずにその天井裏に上つていつて、昔のままの鼠のやうな生活を續けてゐた、一人の少年があつたのである。

 それは最近に母を失つたばかりの少年であつた。彼はそのことを非常に悲しんでゐた。ときどき彼は涙の發作に襲はれた。だが、この少年の驚くべき自尊心は、さういふ彼の涙を他人に見られるのをひどく厭がつた。そこで、彼は、どうしたらさういふ發作の時に完全に一人でゐられるかとしきりに工夫をした。
 彼は物置小屋の中の薄明が好きだつた。彼はときどき、この薄明の中で、友人たちに氣づかれないやうに、こつそりと泣いた。この種の隱れ場で泣くのは彼には生理的に快くさへあつた。彼は泣きながら、彼を取卷いてゐる友人たちが、一人もゐないやうな場合を想像することがあつた。突然、それが彼に大膽な計畫を思ひつかせた。
 石膏のお化は、實は、この少年の作り事に過ぎなかつたのである。そして彼は彼の計畫に成功した。その結果、疊の上にころがつてゐる、石膏のバラバラになつた手足を恐がらずに、天井裏の部屋に上つて行ける者は、彼一人だけになつた。――しかし彼のさういふ大膽さは、超自然的なものに對するそれではなしに、つまり、自分の友だちをだましたところにあつたと云ふべきだ。

 ある日のことだつた。彼は、その彼だけのものになつた隱れ場でさめざめと泣きあかした後、どうしでも自分の家に歸る氣がしなかつたので、そのままそこに横になつてゐた。いつしか夜になつた。彼は空腹を感じだした。それでも彼はそこを立ち上らうとしなかつた。
 彼は、彼の母が死んでから、急に自分に對してやさしくなつた父のことを思ひ浮べた。こんなに遲くまで歸らない自分のことを、父はきつと心配して、夕飯も食べずに待つてゐるだらう。だが、それも、彼をそこから起き上らせるには充分でなかつた。何か不思議な力が彼をそこにしばりつけてゐるかのやうであつた。
 そのうちに、彼はうとうとしだした。彼は自分が夢を見だしてゐるのに氣づいた。それとほとんど同時に、彼はあたかも夢遊病者のやうに、無意識的に、彼のまはりにころがつてゐる石膏の破片をよせ集め、そしてそれを接ぎ合せはじめてゐた。正確を云ふと、そんなことをしだしたのが彼を夢現にさせてしまつたのか、或ひはその中で自分がそんなことをしてゐる夢を見だしたのか、どちらだか彼にはよく分らなかつた。それにもかかはらず、彼のふしぎな仕事はずんずん進行していつた。そして、そこに、ほとんど元のままの石膏のヴイナスが出來上つた。ただ、それにはヴイナスの首だけが缺けてゐた。彼はそれを搜すために何本かのマツチをすつた。その擧句、彼は、彼の目の前の虚空に、人間大の石膏の女の顏を、彼の作り事の中でと同じやうに、認めた。いまや、現實(あるひは夢が)彼の作り事をそつくりそのまま模倣し出してゐるらしいのである。ただ、現實あるひは夢が彼の作り事以上であつたことは、意外にも、その石膏の女の顏が、彼の死んだ母の顏にそつくりであつたことだ。何物かそれを彼の母であると彼に固く信じさせたものがあつた。そのため、彼は彼の心の恐怖をおもてに現はすまいと一生懸命に努力した。――その瞬間、彼の母の顏はやさしく微笑んだやうに見えた。それから彼女は急に彼の上にのしかかるやうにしながら、彼の脣の上にそつと接吻をした。彼はその接吻が氣味わるくひやりとするだらうと思つてゐたのに、その脣はまるで生きてゐるやうに温かつた。――次の瞬間、彼は愛情と恐怖とのへんな工合に混り合つた、世にもふしぎな恍惚エクスタシイを感じだしてゐた。

底本:「堀辰雄作品集第一卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年5月28日初版第1刷発行
初出:「婦人公論 第十五年第七号」
   1930(昭和5)年7月号
入力:tatsuki
校正:大沢たかお
2012年8月21日作成
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