山日記その一

 九月三日
 ゆうべ二時頃、杉皮ばかりの天井裏で、何かごそごそと物音がするので、思はず目を覺ました。ちやうど僕の頭の眞上のへん。鼠だらう位に思つて、やがてもう音がしなくなつたので、又すぐ寢てしまつた。
 朝、起きぬけにけふこそ一つ仕事をしてやらうと思つて、霧の中をすこし散歩をして歸つてくると、僕を迎へる女房たちの樣子がちよつとばかり變なので、どうかしたのかと訊いてもなかなか白状しない。何か僕のいやがる事があつたらしい。
 が、とうとう白状した――けさ、僕が散歩に出た後で僕の部屋の雨戸をあけて見ると、庇から變な白いものがぶらさがつてゐる。よく見ると、二尺ばかりの蛇の拔け殼。――どうしてこんなものがこんなところにあるのだらうと不審なまま、僕が蛇の大嫌ひなのはみんな知つてゐるので、留守の間に片づけて置いて、僕には默つてゐようと申し合つたのださうだ。
 僕はそれを訊いた途端に、もうすつかり忘れてゐた、ゆうべ天井裏でごそごそやつてゐた物音を思ひ出した。どうも鼠にしてはすこし大人しすぎると思つたが、ことによるとその蛇の奴がそのとき丁度僕の頭上で脱皮したのかも知れない。
 僕達のコッテエヂのまはりは、何しろ谷の上だから、少しは蛇も出るだらうと覺悟はしてゐたが、夏ぢゆう一ぺんも見かけなかつたので好い工合だと思つてゐたら、夜なかに屋根裏へ這ひ込んでゐようとは本當に知らぬが佛。……
 もうその蛇はとつくに出ていつたらうが、そこの窓枠に手をついて背伸びをして見ると、まだ庇の穴から氣味の惡い拔け殼の切れつぱしがひらひらとしてゐる。さつきいそいで引つ張つたら途中で切れてしまつた――それだけで二尺餘りも。あつたのださうだから、よほど大きな奴だつたのだらう。まだ殘つてゐるのは首の方の由。――
 蛇の拔け殼を見るのは縁起が好いのださうだが、どうもそいつがぶらぶら下がつてゐる窓の下で、勉強をするのは閉口だから、勉強にいるやうなものはみんな廣間に移して、しばらくその一隅を假りの書齋にしつらへた。そんな事でうかうかしてゐるうちに、午前中、せつかく仕事をやらうと思つてゐた氣分がめちやくちやになつてしまつた。
 午後、阿比留信君來訪。霧のなかを歩いて來たので、だいぶ上衣がしとつてゐるやうだし、家の中もけさから何んとなく濕つぽいので、煖爐に火を焚いた。早速阿比留君をつかまへて、けさの出來事を話して聞かせる。が、君はさう驚いたやうな顏をして聞いてもゐない。こんな山住ひではごく有りきたりの出來事のやうにして靜かな樣子で聞いてゐる。
 それから阿比留君が話を引きとつたが、なんでも君達が數年前借りてゐたコッテエヂには、屋根裏に小さな蝙蝠が棲まつてゐたこともあつたさうだ。夕方、君の妹が鏡に向つて髮をいぢつてゐたら、なんだかその鏡のなかを黒い影がすうすうと横切るので、ふり向いて見たら、それがその蝙蝠だつたと云ふ……
「それにしても、あの蛇はまだ天井裏にゐるのだらうかね?」
「いや、脱皮してしまつたんだから、そりあ出ていつてしまつてゐるよ」
「さうだらうなあ」
 煖爐では、もう火がぼうぼう音を立てて燃え出してゐた。出來るだけ威勢よく燃えて、おれの裡の、蛇なんぞをびくびくするやうな、けちな根性を燃やしてしまつてくれるといい。
 しばらくそれから二人とも默つて火を見まもつてゐたが、やがて私の脣を衝いて、

             ………Wie vor sich selbst
erschreckt, durchzuckts die Luft, wie wenn ein Sprung
durch eine Tasse geht. So reisst die Spur
der Fledermaus durchs Porzellen des Abends
(蝙蝠は自分自身を怖れるかのやうに、空中にはためき出る。
さうして茶碗にひびが入るやうな工合に、蝙蝠は掠め過ぎる、
磁器に似た夕闇を横切つて……)

 といふ詩句がひとりでに浮んできた。こなひだちよつと讀んだリルケの「ドゥイノ悲歌」中の一句だが、――さういへば先日芳賀檀君が來られての話に、目下そのリルケの「悲歌」の全譯に着手せられ出してゐるとの事、――かういふいまの生きることの難しいやうな秋に、あの生への悲痛なる讚歌ともいふべき「悲歌」を、私達のために紹介してくれることほど有意義な仕事はあるまいと、思へる。その大いなる仕事をはじめられようとしてゐる芳賀君は、甚だ元氣だつた。僕は君を大いに羨んだ。……
 夕方、阿比留君が歸つてから、僕は霧のために早目に薄ぐらくなり出した小屋の中に、いつまでも燃え殘りの火を守りながら、ぼんやりとしてゐた。
 どうもけさ片づけてしまはうと思つてゐた小さな仕事を、これからすぐにでも取りかからなければならないのだが、それが急に厭になつた。ろくな仕事をこつこつやるより、かうやつてぼんやりしながら「悲歌」のことだの、僕が近いうちに身を打ち込んでやりたいと思つてゐる仕事のことだのを考へてゐる方が、まあどんなに好い事だらう。……
 いつもの事ながら、さういふ自分が本氣でぶつからうとする仕事の日々が近づいてくれば近づいてくるほど、僕はいよいよ怠惰になつて、自分でもどうしやうもない位、無爲をきはめる。さうしてもう完全に怠惰に、無爲になり切つたとき、やつと仕事に手がかりができる。それまでさうやつて何もせずにぢつと待つてゐるのが、さすがの自分にも、いかにも苦しい。しかし、いまの自分には他にはどうしやうもないのだ。
 阿比留君の話では、蛇は脱皮する前に、かならず半睡状態に陷つてあらゆる動作がきはめて鈍くなるのださうだ。僕なんぞのも、ひよつとしたらその類ひかも知れない。
 あんなに蛇をこはがつてばかりゐた僕の、丁度寢てゐる眞上でもつて、その蛇が夜なかに脱皮をしてゐる物音を聞きとがめながら、それとは知らずに平氣で寢てゐたなんて、どうも知らぬが佛とはいへ、僕にとつて何かの瑞兆であればよい。

底本:「堀辰雄作品集第四卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年8月30日初版第1刷発行
初出:「文學界 第五巻第十号」文藝春秋社
   1938(昭和13)年10月号
※初出時の表題は「山日記」です。
※表題は底本では、「山日記 その一」となっています。
入力:tatsuki
校正:染川隆俊
2013年8月8日作成
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