或女友達への手紙

 このリルケの手紙は、彼の死後、程なく、「新佛蘭西評論ヌウヴエル・ルヴユ・フランセエズ」(一九二七年二月號)に發表せられたものである。この手紙と共に、J・P(編輯者のジャン・ポオランか?)と署名のある、リルケの死を悼む文が載せられてゐる。(文中、筆者は詩人が既に危篤の状態にありながら、醫者の死ではなしに、彼自身の死を死ぬことを欲して、遂に一切の注射を拒絶したといふ插話を引いて、大いに驚歎してゐる。)この手紙の宛てられた女友達は、誰であるか判明しない。が、若い閨秀畫家らしいことはその手紙の中に見えてゐる。詩人が晩年佛蘭西語で書いた小さな詩集「窓」の插繪を描いてゐる Baladine なぞがちよいと譯者の頭には浮ばないものでもない。それから何ともことわつてゐない所から見ると、この手紙もやはり佛蘭西語で書かれたものであらうと思はれる。
 手紙の冒頭で詩人の云々してゐる詩は「ドゥイノ悲歌」(Duineser Elegien)である。それからもう少し先のところで、マルテとあるのは、あの有名な「手記」の主人公マルテ・ラウリッヅ・ブリッゲを指してゐることは言ふまでもない。

          ※(アステリズム、1-12-94)

 私が肉體を無視してそれを魂の供物にするやうな者でないことは、あなたも御存知でせう。私の魂はそのやうな方法で奉仕されることを好みませぬ。私の精神のあらゆる飛躍は私の血のなかに始まるのです。自然全體のいとも見事な樂しい調和に存するところの眞の精神的愉悦を取りちがへぬやうにと、私が自分の仕事に先立つて、まづ、素直に、純粹に、苛立たず、亢奮することなく、生者としてen vivant)一切の準備をするのは、それがためなのです。唯、餘儀なくされてゐた長い中絶のおかげと、それから非常に價値はあるのだが何としても一九一二年の日付をもつてゐる諸感動の上に立ち戻らねばならないので、私は異常な立場に陷つてゐるのです。もう暫くすれば、恐らく私は、一昔前から始つてゐる、これ等の歌が一體どんな風にして高まつて來たのやら、その状態がまるきり解らなくなるのでせう。若しあなたが他日これ等の仕事の二三をお知りになつたら、私を一層よく理解なさるだらうと思ひます。自分で説明するのはなかなか難しい。
 若し私が自分の良心の上に身を傾けるならば、私はそこに嚴格に命令的な一つの法則をしか見出さないでせう。――即ち、自分の中に閉ぢ籠つて、自分の心の中心から自分に云ひつけられた仕事を一氣に仕上げること。私はそれに服從します。――何故なら、あなたもよく御存知のやうに、もうかうなつた以上は、私はさうすることしか欲しないからです。そして私は自分の獻身と服從とを爲し遂げぬうちは、自分の意志の方向を變へるべき何等の權利をも持たないからであります。
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 私はいま「下仕事」(Vorarbeiten)を殆どすつかり了へました。つまり、私は文通の夥しい遲滯からやつと救濟されたのです。――考へても見て下さい、(私は今朝それを數へた許りですが)私は百十五通の手紙を書きました、しかもその一通として四頁以下のものはなく、その大部分はごく細かい字で八頁から十二頁ぐらゐのものまであるのです。(勿論、あなたのところに宛てたものは一切勘定に入れませんでした、これは文字なぞではなく、ペンによる呼吸みたいなものですからね……)まあ、何といふ手紙でせう! 何が何だか私にはちつとも見當がつかないのに、私から――救ひだの、助言だのを待つてゐる人々が澤山居るのです。人生の最も專横な緊急事の前にこんなにも當惑して立つてゐる私から! しかも私には彼等が誤りを犯してゐるのがよく解つてはゐますけれど、――それだのに、私は彼等に私の經驗の若干を――私の長びいてゐる孤獨の果實の二三を知らせてやらうとしてゐるのです、(そしてそれが虚榮からだとは私は信じませぬ!)さうして彼女等の家庭の眞ん中にどうにも仕樣のないやうに見棄てられてゐる婦人たちや少女たち、――身邊にもち上つた事柄のためにすつかり怯えてゐる若い新婚者たち、……それから、あてもなく刑務所から出てきて、惡醉したやうな詩を書きながら「文學」の中をうろついてゐる、大半は革命的な、若い勞働者たち、――彼等に何んと言つてやつたものでせう? どんな風にしたら、彼等の絶望した心を引き立たせ、彼等の歪んだ意志を――事件の行きがかり上、ほんの一時的な假りの性格をとつてゐたところの、が現在は、殆どその使ひ方も知らぬ異樣な力として彼等自身のうちに持ち扱つてゐるところの、その意志を調節してやれるでせう?
 マルテの經驗は、屡※(二の字点、1-2-22)、私をしてそれ等の未知の友の叫びに答へるべく餘儀なくさせるのです、若しも何びとかの聲が彼のところに屆いたとしたら、彼はそれに應じたに違ひありませぬ、――そして彼は慈悲深い目的を擲つことの出來ぬやうな行爲を私に形見として遺して行つたのであります。――且又、さういふ獻身を續けるやうに私を餘儀なくさせるのも、私の形づくりたいと思つてゐるあらゆる事物を私の愛の力のすべてを以て(それは彼が私にその使用權を遺して行つたところの不可抗力なのです)私が愛するやうに私に要求するのも、彼〔マルテ〕なのです。あんなマルテのやうな男が、ああまで彼には恐ろしかつた巴里で、一人の戀人をか、或は一人の友人をですら、持つてゐたと想像して御覽なさい! 彼は事物の深奧へあれほど遠くまで這入つて行けたでせうか? 何故かと云ひますと、――マルテは屡※(二の字点、1-2-22)私たちだけの何囘かの會合のなかで私にこんなことを言ひましたが、――君がそれに本質的な生命を與へようと願つてゐる事物は、先づ、君に要求する、……君は自由であるか? 君は君の愛のすべてを自分のために捧げる覺悟が出來てゐるか? 丁度、あの接待者聖ジュリアンが、單なる一時的な慈愛では爲し得ないやうな、そしてその原動力として愛、一切の愛、この世のありとあらゆる愛をもつてゐるやうな、崇高な抱擁をその者に與へてやりながら、あの癩病患者の傍に臥たやうに、君は自分と一緒に臥る覺悟が出來てゐるか? そして若し事物が(とマルテが私に言ひますには)――若し事物が、君が君の興味の僅少をもつてすら他の物に氣をとられてゐるのを見拔くが早いか、彼は閉ぢこもつてしまふ。彼は多分君に何か一言ぐらゐは云ひつけるだらう、ほんのちよつと親しげな小さな合圖ぐらゐは君にするだらう、(それだけでも既に、口のうまい謬見の方へ始終引張られがちな人間どもの間に閉ぢこめられてゐる人間にとつては、大したことだけれど)……が、それは、彼の心を君に與へるとか、彼の忍耐づよい存在、彼をすこぶる星座に似させてゐるところのあの天體的なやさしい恆久性を、君に托することは、拒絶するだらう!
 一事物が君に語るためには、君は或る一定の時間、それをこの世に存在してゐる唯一の事物として、獨自の外貌として、把握してゐなければならない。――さうしてもつて始めて、それは君の孜々とした排他的な愛によつて宇宙の中心に置かれ、そしてその時こそ、その比類のない場所で天使どもに奉仕されるであらう。私の友よ、あなたが此處に讀むものは、私がマルテ(苦痛と誘惑とに充ちた多くの年月の間の私の唯一の友人)から受けた教訓の一節です。そして私にはあなたもあなたのデッサンや繪について語りながら、それと全然同じことを言つていらつしやるやうに思へるのです。筆や鉛筆でもつて抱擁し、愛撫し、手ばなさぬやうにする、さういふ愛のほだしによつてのみ、それ等のデッサンや繪は價値があるやうに思へる、とあなたは仰言られて居ましたけれど。
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 私がこの前の手紙に使つた「運命」(Sort)といふ表現に吃驚なさらないやうに。私が運命と呼ぶのは、不可避的に、精神の整理だの、本來孤獨であるべき高揚だのを中絶せしめ、廢止せしめに來るところの、あらゆる外部の出來事(例へば病氣などをも含めて)を指すのです。セザンヌはそれをよく知つてゐました。彼はその後半生、三十年間といふもの、彼の言葉を使へば「鉤をひつかけに」彼のところにやつて來るすべてのものから遠ざかつてゐました。そして彼の從來の慣習に信頼し、それに何もかも委ねてゐたのです。そして彼は、一日の仕事を失はぬために、彼の母の葬式にさへ行くことを肯んじなかつたのでした。その話を聞いた時、まるで、それは矢のやうに私に突き刺さりました。そしてその燃ゆる矢は、私の心臟を射つつ、それを明識の火事のなかに放棄してしまつたのでした。我々の時代には、かかる不屈不撓、かかるはげしい熱狂を抱いてゐる藝術家は僅かしか居りません。が、私は信じますが、かかるものなくしては、人々はいつも藝術の表面に止つてゐるでせう、それだけでも、勿論あなたに氣持のいい發見を許す位の豐富さはもつてゐませうけれど、それでは賭博者が賭博臺に參與するぐらゐにしか藝術に參與できませぬ。屡※(二の字点、1-2-22)「好い目」が出せても、それは絶えず法則の從順にして巧妙な猿でしかない偶然に左右せられてゐるのです。
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 私は屡※(二の字点、1-2-22)、それを讀ませぬために、青年たちからマルテの本を取り上げなければなりませんでした。何故かと云ひますと、生きることの不可能なことを殆ど證明するに了つたかに見えるこの本は、云はば、それに逆ひつつ、讀まれなければならぬからです。若しこの本に苦い叱責が含まれてゐるとすれば、それは決して人生に對して向けられてはゐないのです、――反對に、それは我々が我々に運命づけられてゐる、此の世の無限の豐富を殆ど全部失つてしまふのは、無氣力、放心、因襲的な誤謬によつてに過ぎないと云ふことの、絶えざる證明であるのです。
 私の親愛なる者よ、かかる精神をもつてこれ等の頁からはみ出してゐるものをお讀み下さい、――それはあなたの涙を惜しませぬでせう、が、それはあなたの涙に、より明るい、(そして云はば)透明な意義を與へるに足りるものでありませう。

 二伸、――私は、土曜日に、ホオリンゲンの館のすばらしい小徑をさまよひながら、あなたのために、こんなストロフを作りました。

すべては空しいとは誰が言つた?
あなたの傷つけた小鳥だつて、
それがもう飛べぬとは、誰が知つてゐる?
さうして私達の愛撫の花はおそらく
私達よりか、それを咲かした土地よりか、生きながらへる。

いつまでも愛の所作しぐさは消えないのではないが、
それがため、あなた達は――胸から膝まで――
すつかり黄金の甲冑で、かためられてしまふ。
さうしてその鬪ひがあんまり純粹なので、
天使があなた達の後を引受けてくれる。

底本:「堀辰雄作品集第五卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年9月30日初版第1刷発行
初出:「四季 第八号 リルケ研究号」
   1935(昭和10)年5月20日刊
※初出時の表題は「或る女友達への手紙」、「雉子日記」河出書房(1940(昭和15)年7月9日)収録時「或女友達への手紙」と改題。
入力:tatsuki
校正:岡村和彦
2013年1月17日作成
2013年4月26日修正
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