「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から

九月十一日、トゥリエ街にて
 一體、此處へは人々は生きるためにやつて來るのだらうか? 寧ろ、此處は死場所なのだと思つた方がよくはないのか知らん? 私はいま其處から追ひ出されてきた。私はいくつも病院を見た。私は一人の男がよろめき、卒倒するのを見た。人々は彼のまはりに集り、私にその餘のものを見ないやうにさせてくれた。私は姙娠してゐる女を見た。彼女は高い、暑い煉瓦塀にそうて重苦しさうに歩いてゐた。まだそれが其處にあるかどうかを確めるためのやうに、ときどきその煉瓦塀を手搜りしながら。さう、それはまだ其處にある。その向うにあるのは何かしら? 私は私の地圖の上を搜す。産科病院だ。さうか、そこでお産をしようと云ふのだな。うまく行くといいが……。もうすこし先きの、聖ジャック街には、圓屋根のある大きな建物がある。地圖で見ると、Val de Gr※(サーカムフレックスアクセント付きA小文字)ce(衞戍病院)。私は特にそんな名前なんか知る必要はなかつたのだ。しかしそんなことはどうでも構はない。小路が四方八方から臭ひはじめる。私にそれが嗅ぎ分けられたところでは、それはヨオドフォルムの匂、揚林檎の油の匂、恐怖の匂だ。夏になると町中が匂ふ。それから私は一軒の異樣な、盲目のやうな家を見た。それは地圖には出てゐなかつた。しかし扉の上にまだ充分に讀めるやうに Asile de nuit と記されてあつた。玄關の脇に、宿泊料が書き出されてあつた。それは高價ではなかつた。
 そしてそれから? 停つてゐる乳母車の中に一人の子供を私は見た。子供は肥つてゐて、蒼白く、額に目に見えるくらゐの吹出物ができてゐた。それは明らかに全治してゐて、もう痛まないらしかつた。子供は眠つてゐた。口を開けて。そしてヨオドフォルムや、揚林檎の油や、恐怖の匂を吸ひ込んでゐた。まあかういつたところなのだつた。肝腎なことは、人々が其處で暮らしてゐるといふことだ。それは一番肝腎なことだ。

 私が窓を開けて眠ることをどうしても止められないわけを話さう。電車は私の部屋をよぎりながら轟々と走り去る。自動車は私の上を疾走する。戸が鳴る。何處かで窓硝子が軋みながら落ちる。私はその大きな破片がどつと笑ひ、小さな破片がくすくす笑ふのを聞く。それから突然、家のなかの他の側から、鈍い、抑へつけられたやうな物音が聞えてくる。誰かが階段を登つてくるのだ。上つて來たぞ、ひといきに上つて來たぞ。ほら、そこに居る。まだ居る。とうとう通り過ぎてしまふ。それから再び、街。一人の娘が叫んでゐる。「お默りつてば! もうそんなこと聞きたかあないんだよ……」電車が全速力で走つてくる。その叫び聲のうへを、あらゆるもののうへを、超えてゆく。誰かが叫んでゐる。人々が走つてゆく。追ひこしあふ。犬が吠える。犬が……それは何んといふ慰めだらう。また明け方には、鷄が啼く。それを聞いてゐると、たまらなくぞくぞくしてくる。それから突然、私は眠る。

 それ等は音だ。しかし此處にはそれよりもつと恐ろしいものがある。沈默だ。大火の場合などに、極度に緊張した一瞬間の生ずるやうなことが屡※(二の字点、1-2-22)ある。放射水がやや衰へ、消防夫がそれ以上に攀ぢ登らうとせず、誰ひとり身動みじろがうとしない。音も立てずに、黒い蛇腹が前にのめり出しで、そしてそのうしろから火炎の昇騰してゐる、高い塀が、音もなしに傾きかかる。皆は肩をそびやかし、眼へすつかり顏を集中させて、ぢつとして待つてゐる、その恐ろしい崩壞を。ここにいふ沈默とはさういふものをいふのだ。

 私は見る稽古をしてゐる。何故、すべてのものが私の中にずんずん深く入つてゆき、そしてこれまで何時もそこに止つてゐた場所にもはや止らうとしないのか、私には分らない。私の中には、私がそれについては何も知らない内部がある。すべてのものは、いま、そこまで行つてしまふ。そこで何が起つてゐるのやら、私には分らない。
 今日、私は一通の手紙を書いてゐた。そのとき、私はまだ此處へ來てから三週間しか經たないのだといふ事に氣がついて、びつくりした。三週間なんていふものは、他處では、例へば田舍なぞでは、一日ぐらゐにしか思へない。それが此處では何年にも思へるのだ。私は手紙をそれ以上書き續ける氣がしなくなつた。私は、私がすつかり變つた人間になつたことを誰に打ち明けようと、それが一體何になるのだ? 私がもし變つたのなら、私はもはや嘗つて私があつたところのものでは無い筈だ。そしてもし私が今までとは別な何者かであるとしたら、自分にはいかなる知人もないことは明らかなことだ。そして見ず知らずの人々に、自分を知つてゐない人々に、手紙を書くことなんぞ出來やしないぢやないか!

 私は既に言ひはしなかつたか? 私は見る稽古をしてゐるんだと。さう、私はその稽古をしだしてゐる。まだうまく行かない。が、私はもつとそれに時間をかけよう。
 例へば、私はこれまで決して、人間の顏が一たいどのくらゐあるのか、氣に留めたことなどなかつた。澤山の人間がゐる。が、それよりもつと澤山の顏があるんだ。何故なら、一人一人が顏をいくつももつてゐるからだ。數年間、一つの顏しかもつてゐない人達もゐる。その顏は、自然に使ひ耗らされ、汚れ、皺だらけになり、旅行中嵌めきつてゐた手袋のやうに、伸び切つてしまつてゐる。それは儉約な、單純な人達だ。彼等は顏を變へない。それを洗ひさへしない。これで結構だ、と彼等は主張する、そして誰がその反對のことを彼等に證明できよう? ところで、もし彼等が澤山の顏をもつてゐたとしたら、彼等は餘分の顏をどうするかしら? 彼等はそれ等をしまつて置かう。彼等の子供等がそれをつけるだらう。また、彼等の犬がそれをつけるやうなことさへあるかも知れない。何故そんなことはあり得ぬといふのか? 顏は顏だ。
 他の人達は、無氣味なくらゐ素早く、次から次へと、彼等の顏をかぶり、それを取りはづす。最初は、いつまでもそれをつけてゐなければいけないと思ふのだが、やつと四十になるかならずで、それはもう一番最後の顏となる。そこに勿論、悲劇がある。それに彼等は顏を大事にすることに慣れてゐない。彼等のその最後の顏は、八日過ぎると、もう穴があき、あつちこつち紙のやうに薄つぺらになる。そしてだんだん生地(顏でないもの)が現はれだし、そして彼等はそのままで外出もする。
 しかしこんな女もゐる。その女は、すつかり彼女自身のなかに、彼女の手のずつとなかまで、もぐり込んでゐた。それはノオトル・ダァム・デ・シャン街の町角であつた。私はその女を見るや否や、靜かに歩き出した。かはいさうな人達が考へこんでゐるときは、彼等を邪魔すべきではない。彼等はきつと好い考へを思ひつくにちがひないから。
 町はあまりに空虚だつた。その空虚は退屈してゐた。そして私の足もとから私の歩みを引き離して、それでもつて町の向う側を、木靴でもつてのやうに鳴らしだした。女はびつくりして、彼女自身から飛び出した。が、それがあんまり急で、あんまり烈しかつたので、顏だけが彼女の兩手に殘つてしまつた。私はその手のなかにその顏が、そのうつろの形骸が横はつてゐるのを見ることが出來た。その手にばかり目を止め、そしてその手から脱したものを見まいとして、私は何とも云ひやうのない努力をしてゐた。顏の内部をかうして見てゐることは私をぞつとさせてゐたが、しかしそれよりずつと、顏を失くして、むきだしになつてゐる首を見ることの方が怖かつたのだ。
(初出時の表題は「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」。)
 私は恐ろしくてしやうがない。一度恐ろしいやうな氣がしたら、そいつを何とかしてしまはなければならない。こんな場所で、病氣にでもなつた日には、それこそ堪らないだらう。誰かが自分を H※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)tel-Dieu(市立病院)に入院させにやつて來て呉れようとも、自分はきつと其處で死んでしまふだらう。それは氣持のよい、人出入りの多い病院ではあるけれど、私達はノオトル・ダァム・ド・パリの正面を眺めようとしたら、ほとんど命がけだ。ちよつとでもぽかんとして居ようものなら、その前の廣場を全速力で突つ切つてゆく、澤山の車の一つに轢かれさうになる。小さな乘合がしつきりなしに鳴つてゐる。が、どんな小さな瀕死人でもがその市立病院に一直線にはひつて行かうと思ひつめさへしたら、サガン公爵ですら、その行列を止まらさない訣には行かない。瀕死人は強情張りだ。そして殉教者マルテイル町の骨董店のマダム・ルグランが、市の或る場所に向つて馬車で出かけるときは、巴里全體が停滯してしまふ。それらの憑かれたやうな、小さな馬車が異樣に人々の好奇心をそそるのは、それがまるで牛乳みたいに不透明な色をした窓硝子を持つてゐる故であるのに氣づかなければならぬ。――その硝子の向うに、最も莊嚴な死の苦しみを、いくらでも想像することが出來ようといふのだ。それには門番程度の想像力でも足りる。が、若しもつと想像力があり、もつとそれを他の方向へ發展させられる人々だつたならば、その想像は本當に何處まで行つてしまふことだらう? が、また私は幌無しの辻馬車が――臨終前の一時間といへども、ふだんの賃金どほりに二法で走るところの、幌をすつかり上げた、時間ぎめの辻馬車が、大急ぎでやつて來るのを一度ならず見かけたものだつた。

 その立派な市立病院は非常に古かつた。クロオヴィス王の時代に、既にもうそこのベッドで死んだ者が數人あつた位だ。今では、そこの五百五十九個のベッドに人々は次から次へと死んで行く。勿論、すべてが工場式だ。そしてそんな大量生産の際に、一つびとつの死なぞはうまい具合に行きつこはない、が、そんなことはあまり大したことではないのだ。大量生産さへすれば好い。このやうな今日に、一の死がうまい具合に行つたとて、誰がそんなものに價値を置くだらう? 誰も居まい。そして丁寧に死なうとしたらそれの出來る金持どもすら、そんなことには無精になり、無關心になつてしまつた。獨特の死を持たうといふやうな欲望は、ますます稀になつてきた。やがて何時かは、それもまた獨特の生活と同樣に世に稀なものとなるだらう。神よ、すべてのものがこんな風で御座います。人がやつてくる、其處には既製レデーメードの生活がある。人はそれをただ身につけるだけのことだ。人は其處から再び出かけようとする。或は出かけるべく餘儀なくされる。――その時はもう、何んの努力をするまもない! Voil※(グレーブアクセント付きA小文字) votre mort, monsieur. 人は、それが丁度いい時期でもあるかのやうに、死んでゆく。人は自分の持つてゐた病氣に附屬してゐる死を死ぬのだ。(何故かと云ふと、あらゆる病氣が、知られてしまつてからといふもの、人々は、さまざまな致死的結果は、病氣の所爲で、人間の所爲ではないと云ふこと、そして病人は言はばもう自分の力ではどうすることも出來ないのだと云ふことを、完全に理解してしまつたからだ。)
 サナトリウムでは、――其處では人々は自ら進んで、そして醫者や看護婦たちに多くの感謝を示しながら死んで行くのだ――人々はその建物に所屬してゐる死の一つを死ぬのだ。その死は前もつてはつきりと豫知せられる。が、人々が自分の家で死ぬときは、おのづから、一流の、品のいい死が撰ばれる。それと共に一等の葬式と、それからそれに伴ふ嚴かな儀式が既に始められてゐるのだ。すると、その家の前には、貧乏人たちが立ちはだかり、そしてそれは貪婪さうに見入つてゐる。彼等の死は勿論平凡で、いかなる邪魔もはひらない。彼等は偶然に自分にぴつたり合ふやうな死を見つけようものなら、それこそ仕合せといふものだ。大抵の場合そいつは大き過ぎる。が、人は何時も少しづつ大きくなる。そしてそいつが胸の上できつちり締らなくなつたり、咽喉をしめつけたりすると、人は大變苦しがる。
(初出時の表題は「二つの断片(「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から)」。)
 私は自分の家のことを思ひ浮べる度毎に、昔はそれが今とはずつと異つてゐたやうに思へてならない。(今はもう其處には誰も居ないのだけれど。)昔は、人々は自らの死を、あたかも果實がその核を持つやうに、自らの中に持つてゐることを知つてゐたものだつた――或はそれを豫覺してゐたものだつた。子供達は小さな死を、大人達は大きな死を持つてゐた。女達はそれを胎内に、男達はそれを胸中に持つてゐた。そしてそのやうに自ら死を持つてゐると云ふことが、各自に獨特な威嚴と平靜な誇りとを與へてゐたのであつた。
 私の祖父の老侍從ブリッゲも、自分の死を自分自身の中に持つてゐたやうであつた。そしてそれは何といふ死だつたことか! 彼は二箇月位もぶつ通しに苦しんでゐたが、その呻き聲と云つたら、ずつと離れた農場にまで聽えたくらゐであつた。
 古い大きな邸も、彼の死を收容するにはあまりに小さ過ぎた。それへ翼を建て増さなければならぬかと見えた。侍從の身體がますます大きくなつて行つたからだ。彼は絶えず一つの場所から他の場所へ運んでいつて貰ひたがつてゐた。そして日のすつかり暮れ切らぬうちに、まだ彼の運ばれない部屋がひとつも無くならうものなら、彼はひどく腹を立てるのだつた。そんな時は、彼はいつも身のまはりから離したことのない、下僕や、小間使や、犬などを殘らず引きつれて、階上へ昇り、そして家扶が先に立つて、今は亡きかれの母の逝去の部屋の中へはひり込まなければ承知しなかつた。その部屋は、二三十年前、彼が母に死にわかれた時のままにそつくり保存され、そしてふだんはその中へ誰にもはひらせないのだつた。が、今は獵犬どもまでも一緒にはひり込んだ。窓帷は引かれて、夏の午後のきびしい日ざしは、臆病な、怯やかされてゐるやうな器具類を一々檢査したり、龜裂の入つた鏡の中を不器用さうにうろつき※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つてゐた。そして人々だつても、まあ、それくらゐのことはしかねぬのだつた。小間使は何處に自分の手をやつてゐたらいいのか分らない位、好奇心で一杯になつてゐたし、若い下男は目を皿のやうにしてあらゆるものを見まはしてゐたし、又、老僕は老僕で、いま運よくその中にはひり込んでゐる、この開かずの間について昔から云ひつたへられてゐる事どもを、しきりに憶ひ出さうとしながら、部屋の中を往つたり來たりしてゐた。
 が、あらゆるものの匂つてゐる、この部屋の中に居ることは、就中、犬どもを頗る亢奮させてゐるらしかつた。大きな、しなやかな、ロシア産の獵犬は、安樂椅子のうしろをせはしさうに走り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つたり、輕い抑揚のある緩やかな舞踏の足どりで部屋を横切つたり、紋章の犬のやうに立ち上つたり、又、その痩せた前肢を白金色の窓枠に靠せながら、尖つた、緊張した面もちをして庭の中をきよときよと見※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)してゐた。黄色の手套てぶくろのやうな色をした、小さな狸犬ダツハフンドは、何もかも相變らずだと云つたやうな顏つきで、窓の傍の、ゆつたりとした、絹張りのソファに坐り込んでゐた。それから氣むづかしげな樣子をした、栗毛のポインタアは、金色の脚のついた圓卓子の端にその背中をこすりつけながら、漆塗りの臺の上のセエヴル製の茶碗をがたがた顫はせてゐた。
 さう、それは確かに、それらの半ば夢見心地の、ぼんやりとした器具類にとつては、恐ろしい一時期であつた。誰かが性急な手つきでぶきつちよに開いた本の中から、薔薇の花瓣がひらひらと落ちて、それが足で踏みにじられてしまふやうなことは屡※(二の字点、1-2-22)であつた。小さな、脆い器具類は、手にとり上げると、すぐ壞れるので、いそいで元の場所に置かれた。又、カーテンの下だの、暖爐の煤止めの金色の網のうしろにこつそり隱される毀損品も少くはなかつた。そしてときどき、何かが墜落した。絨氈の上にはふんわりと、硬い床板の上にはがちやんと音を立てながら。そしてあちらこちらに散らばつて、鋭く碎けたり、或はほとんど音もなく割れたりするのだつた。それらの我儘に馴らされてゐる器具類は、どんな墜落にも堪へ得なかつたからであつた。
 そしてこれらすべての原因は何であるか、これほど注意深く面倒を見られてゐる部屋に、何がかかる破壞の恐怖の一切を呼びよせたのであるか? と若しも誰かが尋ねることを思ひついたとしたら、その質問に對しては唯一つの答しかあるまい。即ち、それは死なのだ。
 ウルスガァルに於ける侍從クリストフ・デトレェヴ・ブリッゲの死。彼は部屋の眞ん中の床の上に、暗青色の制服から大きな體をはみ出させたまま、横はり、そしてもう身動きもしなくなつてゐた。大きな、異樣な、誰にもそれと分らないやうな彼の顏の中で、その兩限は閉されてゐた。彼はもう何が起らうともそれを見ることは出來ないのだ。人々は先づ彼をベッドの上に横たへようとした。が、彼はそれを拒絶した。彼は、その病氣のやうやく重くなつた頃の夜からといふもの、ひどくベッドを嫌つてゐたからであつた。でなくとも、ベッドはあまりに小さ過ぎるやうに思はれた。そこで、かうやつて絨氈の上に寢かせて置くより仕方がなかつたのだ。彼自身も、もう其處から動かされたがらなかつたからであつた。
 其處にいま彼は横はつてゐる、そして人々はもう彼を死んだものと信じずにはゐられなかつた。しづかに日が暮れ出すや否や、犬どもは、一匹づつ、扉の隙間から出て行つた。唯、氣むづかしげな顏をした、栗毛の犬だけが主人の傍に坐つて、その幅のある、毛深い前肢の一つを、クリストフ・デトレェヴの大きな灰色の手の上にのせてゐた。召使たちの大半は、その部屋の外の、内よりは明るい、眞白な廊下に立つてゐた。が、まだその内に居殘つてゐた者たちは、ときどきこつそりと、部屋の中央にある、大きな、薄暗い塊りへ眼をそそぎながら、それが單に腐敗物の上に被せられてゐる大きな衣類に過ぎないことを望んでゐた。
 が、それはまだ何かであつた。それは一つの聲であつた。七週間前から誰にも分らずにゐたところの聲であつた。それは侍從の聲ではなかつたからである。その聲はクリストフ・デトレェヴにではなく、クリストフ・デトレェヴの死に屬してゐたからである。
 クリストフ・デトレェヴの死は、既にずつとずつと以前から、ウルスガァルに住みついてゐたのだつた。そして皆に話しかけたり、要求したりしてゐた。自分を運んで行くやうに要求し、青い部屋を要求し、小さな客間を要求し、大きな廣間を要求するのだつた。犬を要求し、人々が笑つたり、喋舌つたり、ふざけたり、默つたり、それからそれらを何もかも一緒に要求するのだつた。友人等や、女等や、死人等に會ふことを要求し、それから彼自身の死ぬことを要求するのだつた、要求し、そして叫び續けてゐるのだつた。
 すつかり夜になつて、疲れ切つた、宿直の番に當つてゐない召使どもが眠らうとしかかる頃になると、クリストフ・デトレェヴの死は、突然、叫び出すのだつた。それは叫んだり、呻いたりした。それは非常に長い間、そして絶え間なしに吠え續けたので、最初のうちはそれと一緒になつて吠えてゐた犬共も、しまひには默つてしまひ、そしてもう横にならうともせず、その長い、細そりした、顫へてゐる肢で立つたまま、びくびくしてゐた。そしてそんなひろびろとした、銀色の、いかにも丁抹らしい夏の夜に、そんな死の吠えるのが聽えてくると、村の人々は嵐のときのやうに起き上り、著物をきて、一言もものを云はずに、それが過ぎ去るまで、ランプのまはりに坐つてゐるのだつた。そして産期の近づいてゐる女達は、一番離れた部屋の、一番寢床の奧まつたところにもぐり込んでゐた。それでも、彼女等にはそれが聽えてくるのだつた。あたかも彼女自身の身體の中でそれが叫んでゐるかのやうに、聽えてくるのだつた。すると彼女等はしきりに寢床から出して貰ひたがり、そして眞白な、大きな姿でやつて來て、他の者等の間に、絶え入りさうな面もちをして坐つた。そしてそんな折なぞにお産をする牝牛くらゐ、かはいさうで、みじめなものはなかつた。そしてその一匹などは臟腑ぐるみ死んだ胎兒を引つぱり出されたりした。そいつがどうしても出て來ようとしなかつたので。そして誰もかも自分の仕事をいい加減にやつつけ、枯草をしまふのを忘れたりした。彼等は晝間から夜のことをびくびくしてゐたから、それに彼等は幾晩も寢られなかつたり、びつくりして飛び起きたりするので、もう何んにも思ひ出せないくらゐ疲れてしまつてゐたから。そして日曜日に、靜かな、眞白な教會に行つても、祈祷の間ぢう、彼等はウルスガァルにはもう神樣はいらつしやらないのではないかと疑つてゐた。そして皆の考へたり祈つたりしてゐることを、牧師は教壇の上から大聲にしやべるのだつた。牧師もまた夜眠ることが出來ず、そしてもう神の御意みこころが分らなくなつでしまつてゐるからだつた。すると鐘がそれを更らに繰り返すのだつた。といふのは、鐘にとつてもそいつは手に負へない相手だつたので。そいつに一晩ぢう唸られた日には、その間はあらんかぎりに金屬の音を響かせても、どうすることも出來なかつたので。さう、そんな風にありとあらゆるものがそれを語り合つたのだ。そして若者たちの中には、城館の中にしのび込んで、熊手でもつてその神樣を撲り殺した夢を見たと云ふものすら出てきた。その男が皆の前でその夢の話をして聞かせると、皆はそれに耳を傾け、そしてそれを疑はうともせずに、本當にそんな大膽な眞似が出來たのかどうかを知らうとし、その男をまじまじと見つめたほど、それほど皆は氣が立ち、亢奮してゐたのであつた。數週間前まではまだ皆でその侍從を愛し、氣づかつてゐたその地方で、いま人々の感じ、語り合つてゐるのは、さう云ふことであつた。が、人々はそんな風に語り合ひはしてゐたけれど、何物も變らなかつた。ウルスガァルにふんぞりかへつてゐるクリストフ・デトレェヴの死は、少しもそれから壓迫を感じないらしかつた。そいつは十週間位の豫定でやつて來てゐたのだが、かつきり十週間其處に滯在してゐた。そしてその間、そいつはクリストフ・デトレェヴ・ブリッゲが嘗つて其處を支配してゐたのよりも以上に、其處を支配してゐた。そいつはまるで王樣のやうであつた。そしてそいつは、その後、そして何時までも、人々から「恐怖」と呼ばれてゐた。
 侍從が、その一生の間、その身うちに抱き、そしてそれを自ら養つてゐたところのものは、よくある水腫病のやうな死ではなく、兇惡な、恐ろしい死だつたのだ。
 最も平靜な日々ですら、彼の使ひ耗らすことの出來なかつた誇りとか、意志とか、權力などの過剩のすべてが、その死の中にはひり込んだのだつた。今、ウルスガァルでふんぞりかへつて、したい放題のことをしてゐるその死の中に……
 よし誰が侍從ブリッゲに對して、そんな死ではなしに、もつと他の死を死なんことを希望したにせよ、どうして彼はそんなことに構つただらうか? 彼は彼獨自の苦しい死を死んで行つたのだ。
(初出時の表題は「「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から」。)
 さうして私が私の出遇つたり或はその噂を聞いたりした他の人達のことを考へて見るに、――いづれもみなそれと同じだ。誰もかもが獨特な死方しにかたをしてゐるのだ。男達の中には、甲冑の下に奧深く、あたかも囚人のやうに、その死を閉ぢこめて置いた者もあつた。又、女達の中には、ひどく老衰して小さくなり、そして大きな寢室の上で、まるで舞臺の上かなんぞのやうに、家族の者や召使や犬などを前にしながら、叮嚀にそして莊嚴に死んでゆく者もあつた。さう、子供達も、どんなに小さな者でさへも、單なる子供としては死なないのである。彼等がそれまであつたところのものと、彼等がこれからなるであらうところのものとの合體したものになりながら、彼等は死んで行つたのである。
 さうしてそれは姙娠してゐる女達に何といふいたいたしい美しさを與へてゐたことか! その女達がぼんやりと立つたまま、我知らずその痩せた手を彼女等の大きな腹の上に置いてゐる時には。その腹のなかには二つの果實が入つてゐるのだ。即ち嬰兒と死と。彼女等のすつかり空虚うつろになつた顏に漂つてゐる、濃厚な、ほとんど榮養分に富んでゐるやうな微笑は、彼女等が屡、自分等のうちにはその二つのものが共に成長しつつあるのだと考へてゐるがためではないであらうか?

 私は恐怖に對して多少抵抗を試みて見た。私は一晩中坐つたまま、書いてゐた。いま、私は非常に疲れてゐる。まるでウルスガァルの野原をずつと遠くまで歩いて來たあとのやうに。が、そんなことはもう昔のことであつて、そして今はその長い、古い屋敷には見知らぬ者どもが住んでゐるのかと思ふと、私には大へん苦しかつた。あの階上の、破風の下の眞白な部屋には、いま、女中どもが睡つてゐる――夜中から朝まで、その重苦しい、じめじめした眠りを睡つてゐるのかも知れないのだ。
 さうして人は何物をも、又何人をも所有して居らぬ。唯、人は自分のトランクだの本箱だのを携へたのみで、つまりは何の好奇心をも抱かずに、世界中を旅行する。一體全體、それはまあ何といふ人生であらう? 家もなけれは、財産もなければ、犬も持つてゐないのだ。せめて思ひ出だけなりと持つてゐられたなら! が、そんなものを誰が持つてゐよう? たとへ少年時が自分のうちにあつたにしても、それはすつかり埋沒してしまつてゐる。それに完全に到達するためには、恐らくよほど年よりにならなければなるまい。年よりになることは私には大へん良いことのやうに思へる。

 今朝はいかにも秋らしい、すばらしい朝だつた。私はテュイルリイを横切つて行つた。東側の、太陽の前方にあるすべてのものはまばゆかつた。その光を浴びてゐる他の側は、靄のためにまるで銀鼠色の幕をかけられてゐるかのやうであつた。まだ閉されてゐる公園の中に、そんな鼠色のなかに一きは目立つ鼠色で、彫像どもが日向ぼつこをしてゐた。細長い花壇のなかの二三の花は立ち上り、そしてもの怯ぢたやうな聲で Rot(赤)とささやいた。それから非常に背の高い、すらりとした男が一人、シャン・ゼリゼエの方の、町角を曲りながら、立ち現れた。彼は松葉杖を突いてゐた、――が、それを肩の下に差し込んでゐるのではなかつた――彼はそれを輕々と、自分の前に突いてゐた。そしてときどき、まるでメルキュウルの杖のやうに、それをしつかと、音高く地面に突き立てるのだつた。彼は愉快で愉快でしやうがないらしかつた。そしてあらゆるものを通して、太陽に、それから木々に微笑みかけてゐた。彼の歩き方はまるで子供のやうに怯づ怯づしてゐて、そんな輕快な歩調にはいかにも慣れてゐないやうであつたけれど、それは昔の歩き方の思ひ出で一杯になつてゐた。

 何んとまあ、あの小さな月にこんな大した魔力があるのだらう! すべてのものが私達のまはりに照らされてゐて、明るい大氣のなかに僅かにそれと認められるやうな、それでゐて妙にはつきりとしてゐるやうな日々がある。すぐ近くの物までが遠くにあるやうな調子をしてゐる。それがぐつと遠ざかり、遙か彼方に見えるのみならず、全く手に屆かないやうにさへ見えるのだ。そして擴がりのある物――たとへば川とか、橋とか、長い町竝とか、やけに大きな廣場とか――と關係のあるすべての物は、自分の背後にその擴がりを背負つてゐる、そしてそれにまるで絹織物の上にのやうに描かれてゐるのだ。と言つても、新橋ポン・ヌフの上でうす緑色の馬車がどうだとか、或はあの赤いやうな色の滲じみ出し具合がどうだとか、或はまた眞珠に近い灰色をした家々の防火壁の上に貼られてある廣告がどうだとか、と一々取り上げて言ふことは出來ない。すべてのものが、マネエの肖像畫の中に描かれた顏のやうに、正確な、はつきりした二三の面に移されて、單純化されてゐるのである。無意味なものや無用なるものは何一つ無い。河岸の古本屋は軒竝みに箱をひろげてゐる。そして本の新鮮なのや褪色した黄色、裝幀本の菫がかつた褐色、それからアルバムの幅の廣い緑色など、それ等すべてのものが調和し、效果を上げ、それぞれの役割をしつつ、何一つ缺くるところのない全體を形づくつてゐるのだ。

 私は町のなかで次のやうな一群を見た。――一人の女が小さな手押車を押してゐた。手押車の前方には自働オルガンが縱に置かれてあつた。そしてその後方には、斜めに一つの籠が載せられてゐて、その中にごく小さな子供が、ボネット帽をかぶり、いかにも嬉しさうな顏つきをして、踏んぞり返つてゐた。どうしてもぢつと坐つてゐようとはしなかつた。ときどき女がオルガンのハンドルを※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)した。するとその小兒はすぐ立ち上つて、その籠の中で足拍子をとるのだつた。そして緑色の晴着をきた小さな娘が舞踏をし、ときどきタムバリンを、窓の方へ差し上げながら、叩いてゐた。
(初出時の表題は「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記(※(ローマ数字3、1-13-23))」。)

底本:「堀辰雄作品集第五卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年9月30日初版第1刷発行
初出:マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記「四季」
   1934(昭和9)年10月号
   二つの断片(「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から)「四季」
   1934(昭和9)年12月号
   「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から「四季」
   1934(昭和9)年12月号
   マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記()「四季」
   1935(昭和10)年1月号
初収単行本:「堀辰雄全集 第六巻」新潮社
   1955(昭和30)年8月10日
※初出時の表題を、各章の末尾に補いました。
入力:tatsuki
校正:岡村和彦
2013年1月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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