ランプの下で

 山にやつて來てから、もう隨分長いこと書かない。去年はほんたうに何も書きたくなかつたので、あつさりと何も書かなかつたが、今年はそんな氣持はかなぐり棄てて、ひとつうんと書いて見るつもりだ。
 しかしまだ、何が書けるのやら、自分にも見當がつかない始末だ。が、今年は――秋にでもなつたら、ひよつとしたら詩が書けさうな氣がしてゐる。もし書けたら、一ぺんにどつさり發表する。それまでは、相變らず、隨筆を書いたり、飜譯などをやつてゐるより仕樣があるまいと思つてゐる。まあ、ひとつ本當の仕事は秋まで待つてゐて貰はう。
 この春には、その代り、本を二三册出す。ついでだから本の廣告をしてしまへ。

          ※(アステリズム、1-12-94)

「狐の手套」――これは僕のこれまで書いた隨筆と小品とを何もかもごつちやに集めたもの。「狐の手套」といふのは、ヂギタリスの異名ださうだが、或るとき何でもない隨筆を書いて氣まぐれにそんな題をくつつけたのだが、ちよつとファンタスチックな味があつて、僕の隨筆集などの題には惡くなからうと思つて、それをそのまま採つて表題とした。さういつた風のファンテジイをはじめ、いくぶん骨を折つて書いたエッセイから、二三枚ぐらゐの何でもないものも、わざと棄てずに、殆んど全部採録した。それらの中から僕の日常生活の詩みたいなものが感ぜられれば、それでいいのである。ポケットにちよつと入れるやうな、小さな本にして貰ふつもりだ。

          ※(アステリズム、1-12-94)

「一二三」――これは、こちらの四季社から出す筈の、僕の譯詩集につけてゐる假題。コクトオがゲエテとハイネとニイチェの三人のことを書いた詩に「アイン、ツワイ、ドライ」といふ洒落れた題をつけてゐるのを眞似たのである。本が出來るまでには、そんな眞似でない、もつといい題を考へておくつもりだが、僕の譯詩集もいままでの豫定ではアポリネエル、コクトオ、ラジィゲの三人の作品を主にしてゐたので、「一二三」ともぢつたのである。しかし、ラジィゲの詩はどうも譯しにくいし、譯しても效果のないものが多いやうに思ふので、これは二三篇に止どめ、その代り、リルケが佛蘭西語で書いた詩を、書き下ろし(?)ですこし餘計入れようと思ふ。その他はジャコブ、スウポオ、それから、せいぜいジャム位。――まあ、これは僕のアングルのヴァイオリンと云つたやうなもの。これも「狐の手套」と同型の、小さな本にでもしたい。

          ※(アステリズム、1-12-94)

 小さな叢書。――これはその叢書の題ぢやない。獨逸のインゼルといふ本屋から「インゼル・ビュッヘライ」といふ、氣持のいい叢書が出てゐる。どれも七八十頁位の手ごろな本で、世界中の小さな傑作を集めてゐる。リルケのものなどだいぶ這入つてゐる。ああいつた感じの、樂しい叢書を、私達の手で出して行かうといふのである。本屋も大いに乘氣になつてゐる。どういふものを出すか、皆と相談して、近いうち發表するが、なるべく僕の我儘を許して貰つて、僕の好きなものばかり集めるつもりだ。勿論、僕も譯す。僕自身で譯したいと思つてゐるものは、ジェラル・ド・ネルヴァルの「シルヴィ」、ジュウル・ラフォルグの妹に宛てた手紙、リルケのロダンに宛てた手紙、アポリネエルのコント等々々。――叢書で出すのは、勿論、そんなかたよつた詩人のものばかりぢやない。他の人達には、それぞれ得意のものを譯して貰ふつもりだ。とにかく、そんな本が十册位揃つたら、隨分樂しいだらう。本屋といふのは、僕の短篇集「物語の女」を出してゐる山本書店。

          ※(アステリズム、1-12-94)

 すこしいい氣になり過ぎて、自分の本の廣告ばかり書いてしまつた。そのせゐでもあるまいが、もう夜もだいぶ更けてゐるだらうに、あまり書いてゐる手もかじかまない。そとはいくぶん春めいてきてもゐるやうだ。僕の中にだつて、こんなことを書いてゐるうちに、やや春めいたものが感じ出されてゐないこともない。――この冬くらゐ、山の中に閉ぢこもつて本當に何もしないでしまつたことは少いけれど、一體お前は何をしてゐたのだと、まあ、僕の近況を知らずに遠くから僕のことを心配してくれてゐる人があつたら、唯、次のやうなリルケの即興詩をもつて、お答へをする。


   冬

まだすこしもスポオツの流行らなかつた昔の冬の方が私は好きだ。
人は冬をすこし怖がつてゐた、それほど冬は猛烈で手きびしかつた。
人は我が家に歸るために、いささか勇氣を奮つて、
ベツレヘムの博士のやうに、眞白にきらきらしながら、冬を冒して行つたものだ。
そして私達の冬の慰めとなつてゐた、すばらしい焚火は、
力づよく活氣のある焚火、本當の焚火だつた。
人は書きわづらつた、すつかり指がかじかんでしまつたので。
けれども、夢を見たり、失せやすい思ひ出の
助力者を支持して、少しでもそれを引き止めたりすることの、何といふよろこび……
思ひ出はすぐ傍にやつて來て、夏よりも
ずつとよくそれが見られたものだ。……人はそれに彩色までした。
かうして室内ではすべてが繪のやうだつた。
それにひきかへ戸外ではすべてが版畫の趣になつてゐた。
そして樹々は、自分等の家で、ランプをつけて仕事をしてゐた……。

底本:「堀辰雄作品集第四卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年8月30日初版第1刷発行
初出:「四季 第十六号春季号」
   1936(昭和11)年3月10日号
入力:tatsuki
校正:染川隆俊
2013年5月6日作成
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