姨捨

わが心なぐさめかねつさらしなや
をばすて山にてる月をみて
          よみ人しらず

 上総かずさかみだった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょにあずまに下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。京には、昔気質むかしかたぎの母が、三条の宮の西にある、父の古い屋形に、五年の間、ひとりで留守をしていた。
 そこは京の中とは思えない位、深い木立に囲まれた、昼でもなんとなく薄暗いような処だった。夜になると、毎晩、木菟ずくなどが無気味にいた。が、田舎に育った少女はそれを格別寂しいとも思わなかった。そうして其屋形にまだ住みつきもしないうちから、少女は母にねだっては、さまざまな草子を知辺から借りて貰ったりしていた。京へ上ったら、此世にあるだけの物語を見たいというのは、田舎にいる間からの少女の願だった。が、まだしるべも少い京では、少女の心ゆくまで、めずらしい草子を求めることもなかなかむずかしかった。
 国守までした父も、母と同様、とかく昔気質の人だったから、京での暮らしは、思ったほど花やいだものではなかった。が、少女はそういう父母の下で、いささかの不平も云わずに、姉などと一しょにつつましい朝夕を過ごしていた。「もっと物語が見られるようになれば好い」――只、少女はそう思っていた。
 その年の末、一しょに東にも下っていた継母が、なぜか、突然父のもとを去って行った。翌年の春には又、疫病のために気立のやさしかった乳母も故人になってしまった。此頃或右馬頭うまのかみの息子がおりおり姉の許に通ってくる外には、屋形はいよいよ人けのなくなるばかりだった。が、当時何よりも少女の心をいためたのは、「これを手本になさい」と云われて少女が日毎にその御手を習いながら、人知れず物語の主人公に対するようなあくがれの心を抱いていた、侍従大納言の姫君までが、その春乳母と同じ疫病に亡くなられてしまった事だった。「とりべ山谷に煙のもえ立たばはかなく見えし我と知らなむ」――少女が日頃手習をしていた姫君の美しい手跡にそんな読人よみびとしらずの歌なんぞのあったのが、いまさら思い出されて、少女には云いようもなく悲しかった。
 が、そういう云いしれぬ悲しみは、かえって少女の心に物語の哀れを一層らせるような事になった。少女はもっと物語が見られるようにと母を責め立てていた。それだけに、其頃田舎から上って来た一人のおばが、源氏の五十余巻を、箱入のまま、他の物語なども添えて、贈ってよこして呉れたときの少女の喜びようというものは、言葉には尽せなかった。少女は昼はひねもす、夜は目のめているかぎり、ともし火を近くともして几帳きちょうのうちに打ち臥しながら、そればかりを読みつづけていた。夕顔ゆうがお浮舟うきふね、――そう云った自分の境界にちかい、美しい女達の不しあわせな運命の中に、少女は好んで自分を見出していた。いままだ自分はおさなくて、容貌もよくはないが、もっとおとなになったら、髪などもずっと長くなり、容貌も上がって、そういう女達のようにもなれるかも知れないなどと、そんな他愛のない考も繰り返し繰り返していたのだった。
 古い池のほとりにある、大きな藤は、春ごとに花を咲かせたり散らしたりした。そのたびに、少女は乳母の亡くなったのは此頃だと悲しく思い出し、又、同じ頃亡くなった侍従大納言の姫君の手跡を取り出しては、一人であわれがったりしていた。そんな五月の或夜、夜ふけまで姉と二人して物語など見ながら起きていると、少女の身ぢかに、猫の泣きごえらしいものが出し抜けにした。驚いて見ると、かわいい小猫が、どこから来たのか、少女の傍に来ていた。前にいた姉が「誰にも教えないで、私達だけで飼いましょうよ」と云って、傍に寝かせてやると、おとなしく寝ていた。もとの飼主がそれを捜していて、見つかりでもするといけないと思って、二人だけでこっそりとそれを飼ってやっていると、猫はもうはしためたちの方へは寄りつきもせず、いつも二人にばかり絡みついていて、物もきたなげなのは顔をそむけて食べようともしなかった。
 一度、姉がわずらって、何かと手が無かったものだから、その猫を婢たちのいる北面きたおもてにやり放しにして置いたことがあった。猫は、その間じゅう、北面の方で苦しそうに泣きつづけていた。――すると、わずらっていた姉がふいと目をまして、「猫はどこにいるの。こっちへよこしておくれ」と云うので、「どうかなすって」と少女が云うと、姉はいましがた見た夢を話した。なんでもその猫が寝ている姉の傍らに来て、こんな事を言ったのだそうだった。
「実はわたくしは侍従大納言殿の姫君の生れ変りなのでございます。前世からの因縁がありますのか、このなかきみがわたくしの事を大そう哀れがって思い出しなさいますので、只暫くの間、此処に参っておりましたのに、今のように婢たちの中にばかり押し据えられておりましては、なんともつらくてなりませぬ」――一人の品のよい、美しいお方が自分の傍で泣き泣きそんな事を云われているように思って、驚いて目を醒ますと、それはさっきから泣きつづけている猫の声だったと云う事だった。
 そんな夢の事があってから、猫はもう北面へも出されずに、今までよりか一層姉妹に大事にかしずかれていた。一人ぎりでいるときなど、よく少女はその猫を撫でながら、「おまえは大納言様のお姫君ですのね。そのうちお父う様からでも大納言様にお知らせ申すようにいたしましょうね」と云いかけたりした。すると猫も、気のせいか、それを聞き分けでもするかのように、長泣きなどしながら、いつまでも少女の顔を見かえしていた。
 夜なかに急に火事が起って、その三条の屋形が跡かたもなく焼けてしまったのは、その春の末の事だった。その火事と共に、大納言の姫君と思われて可哀がられていた猫もゆくえ知れずになってしまった。――ひとまず、立退いた先の屋形は、非常に狭苦しくて、木なんぞはなんにも無かった。そのかわり、隣家の生い茂った木立が目のあたりに見え、何かの花の匂などが風につれてこちらまで漂って来るにつけても、少女は昔の木立の多かった屋形を、――又、それと一しょに焼け死んだのかも知れない猫の事などを、切ない程あざやかによみがえらせたりしていた。
 或月あかりの夜、おおかたの人が寝しずまった夜なかまで、少女は姉と一しょに起きて、その家の端近くに出て物語などしあっていた。そのうち話もと絶えがちになって、二人は黙って空をじっと仰いでいた。
「このまま私がすうと飛び失せて、ゆくえ知れずになってしまったら、どうだろうか知ら」姉が出し抜けにそんな事を口にした。
 少女はおそろしそうに顔を伏せた。穉い頃、死んだ乳母から聞かされた、女が一人ぎりで長いこと月に照らされていると物にかれるなんぞと云う話を急に思い出したからだった。姉はそういう少女に気がつくと、わざとらしく笑いながら、何か外の事に云いまぎらわせようとした。が、少女はすっかりおびって、いつまでも顔を袖にしていた。
 程経て、隣りの家の前に男車らしいもののまる音がした。そうして「荻の葉、おぎの葉」と呼ばせているのが手にとるように聞えて来た。が、隣家からは誰もそれに返事をしないらしかった。とうとう男は呼びわずらったらしく、こん度は笛をおもしろく吹き出した。
 姉妹は思わず目を見合せて、ようやく明るい微笑ほほえみを交しながら、なおも息をつまらせて耳をそばだてていた。しかし、隣家からは、相不変あいかわらず、なんの返事も無いらしかった。男はとうとう、笛を吹き吹き、その家の前を通り過ぎて往った。――
 互に慰めもし、慰められもしたそんな一人の姉が、びしい仮住の家で、二番目の子を生んで亡くなったのは、それから間のない事だった。母なんぞがその死んだ姉の傍に往ってしまっている間、少女はひとりで、形見に残った穉い児たちを左右に寝かしつけていた。知らぬ間に荒れた板葺いたぶきのひまから月が洩れて、乳児ちごの顔にあたり、それを無気味に青ざめさせていた。少女はふいと前の月夜の事を思い出し、その顔へ自分の袖をかけてやりながら、いま一人の穉児おさなごをひしと抱き締めて、其処にいつまでも顔を伏せていた。

 新しい普請の出来上った三条の屋形では、古い池と共に焼け残った藤が、今年はどういうものか、例年になく見事な花をつけた。それが一層屋形の人けの絶えたのを目立たせているような単調な日々の中で、少女は又昔のとおりに、物語を見ては、夢みがちに暮らしていた。昔風の父母は、勿論、まだこの少女を誰かにめあわせようなぞとは考えもしなかった。が、さすがに少女ももう大ぶおとなびては来ていた。
 父が或秋の除目じもく常陸ひたちかみに任ぜられた時には、むすめはいつか二十になっていた。女はこん度は母と共に京に居残って、父だけが任国に下ることになった。「ことによると、もうお前達にも逢えないかも知れない」――そんな心細そうな事ばかりを云っている年老いた父を一人で旅に出すのは、勿論、女には何よりもつらかった。が、すっかりおとなになった女の身としては、父と一しょにそんな田舎へ下ることも出来悪できにくかった。
 或風立った日、父が京に心を残し残し常陸へ下って往った後、女はもう物語の事も忘れてしまったように、明け暮れ、東の山ぎわを眺めながら暮らしていた。「今頃お父う様はどこいらを旅なすっていらっしゃるだろう」と、穉い頃あずまから上ってきた遠い記憶を辿たどりながら、その佗びしい道すじの事を浮かべていると、父恋しさは一層まさるばかりだった。朝がた、東の方の黒ずんだ森から、秋の渡り鳥らしいのが一群、急に思い出したように一しょに飛び立って、空を暗くしては山の彼方へ飛び去って往くのなんぞを、女は何がなしいつまでも見送っていた。
 晩秋の一日、女は珍らしく思い立って、太秦うずまさへ父の無事を祈りに、ひとりで女車に乗って出掛けた。一条へさしかかると、その途中に、物見にでも出掛けるらしい一台の立派な男車が何かを待ちでもしているように駐まっていた。女がみすを深く下ろさせたまま、その前を遠慮がちに通り過ぎて往ってから、暫くして気がつくと、さっきの男車らしいものが跡から見え隠れしながら附いて来ていた。女はそれを気にするように、すこし車を早めながら、太秦まで往きいて寺にはいってしまうと、いつかもうその男車は見えなくなっていた。しかし、寺に数日こもって、父の無事を一心になって祈っている間も、どうかすると女にはあの立派な男車がおもかげに立って来てならなかった。「しかしたら――」が、女はそんな考えを逐い退けるように、顔を振って、ひたすら父の無事を祈っていた。

 丁度その頃、父は遠い常陸の国に、供者ぐしゃもわずか数人具したぎりで、神拝をして巡っていた。一行はその日の暮、一つの川を真ん中に、薄赤い穂を一面になびかせている或広々とした芒野すすきのを前にしていた。その芒野の向うには又、こんもりと茂った何かの森が最後の夕日にかがやいていた。
 国守は、なぜか知ら、突然京に残したむすめの事を思い出していた。そうして馬にまたがったまま、その森の方へいつまでも目を遣っていた。そのうち何処から渡って来たのか、一群の渡り鳥らしいものが、その暮れがたの森の上に急に立ち騒ぎ出した。国守は、その鳥の群がようやくその森にいてしまうまで、うつけたようにそれを見つづけていた。

 それから五年立った秋、父はっと任を果して、常陸から上って来た。兎に角無事に任を果して来たと云うものの、父はいたいたしい程、やつれていた。そうしてもう、こん度の上京かぎり、官職からも身を退いて、妻や女を相手に、静かに月日を送りたいと云うより外は何も考えないでいるらしかった。それ程ほうけたように見える父は、女にはいかにも心細かった。女はもう自分の運命が自分の力だけではどうしようもなくなって来ている事に気がつかずにはいられなかった。しかし、そういう境界の変化も、此女の胸深くに根を下ろしている、昔ながらの夢だけはいささかも変えることは出来なかった。女は自分の運命が思いの外にはかなく見えて来れば来る程、一層それを頼りにし出していた。「こういう少女らしい夢を抱いたまま、埋もれてしまうのも好い」――そうさえ思って、女は相不変あいかわらず几帳きちょうのかげに、物語ばかり見ては、はた目にはいかにも無為な日々を送っていた。
「そうやってなんにも為ずにいらっしゃるよりは――」と云って、此頃しきりに宮仕えを勧めて来る人があった。幾らか縁故もあるその宮からも、是非女を上がらせるようにと再三云ってよこしたりした。その宮というのは、今をときめいている一の宮だった。が、昔気質むかしかたぎの父母は、何かと気苦労の多い宮仕えには反対だった。女は勿論、父母の意に背いてまで、そんな宮仕えなどに出たいとも思わなかった。しかし、人々が「此頃の若いお方はみんな宮仕えに出たがっておりますよ。そうすれば自然に運がひらけて来る事もありますからね。ともかくも、ためしにお出しになっては――」などと、なおも熱心に勧めて来るので、とうとう父母もその女の行末を案じ、宮にさし出す事に渋々納得した。これまで安らかな無為の中にばかり自分を見出していた女は、急に自分の前に何やら不安を感じながら、それでも外に為様しようがないように人々の云うとおりになっていた。
 人出入の多い宮仕えは、世間見ずの女には思いの外につらい事ばかりだった。もとより、それが物語に描いてあるようなものではない事は、女も承知していた。が、冬の夜など、御前の近くに、知らない女房たちの中に伏しながら、殆どまんじりともしないでいる事が多かった。そうして女は夜もすがら、池に水鳥が寝わずらって羽掻はがいているのを耳にしたりしていた。又、昼間、自分のつぼねに下がっている時には、ひねもす、此頃自分の事をいかにも頼りにし切っているような老いた父の姿などを恋しく思い浮べていた。亡き姉の遺児たちも、夜は大がい自分の左右に寝かすようにしていたのに、今はどうしているだろうと気がかりになってならない事もあった。が、そんな人知れない思いさえ、傍から人に、見られているかと思うと、どうも気づまりで思うようには出来悪できにくかった。
 ときおり女が三条の屋形に下がって往くと、父母は炭櫃すびつに火など起して、女を待ち受けていた。「おまえがいてお呉れだった時は、人目も見え、はしためたちも多かったが、此頃というものは、殆ど人けが絶えて、一日じゅう人ごえもしない位だ。ほんとうに心細くって為様がない。こんな具合では、一体、おれ達はどうなるのだろうなあ」そんな事を父は長々と女に云って聴かすのだった。御前などでは、他の女房たちの蔭に小さくなって、殆どあるかないかにしているのに、そんな自分も里に下りるとこれ程頼もしがられるのかと思うと、そんな事を云う父のみならず、云われる自分までが、なんだかいたわしくってならなかった。
 が、五六日立つと、女は又気を引き立てるようにして、宮へ上がって往くのだった。

 女の仕えていた宮が突然お亡くなりになったのを機会しおに、女は暫く宮仕えから退いて、又昔のように父母の下でつつましい朝夕を送り出していた。さすがに宮仕えをした後には、女はもう世の中が自分の思ったようなものではない事をいよいよ切実に知り出していた。かおる大将だの、浮舟だのが此の世にあり得よう筈がない事もわかり過ぎる位わかって来た。が、一方、女はそういうどうにも為様のないようなあきらめに落ち着こうとしている自分が、かえって昔の自分よりもふがいなく思えてならなかった。
 その後も宮からは、絶えず女をお召しになっていた。亡くなられたお方の小さい御子達の相手に女の姪たちを連れて来て貰いたいと云うのだった。女はもう自分だけなら、このまま静かに老いるのも好いと考えていた。それ程女は身も心も疲れ切っていた。しかし、ようやくおとなびて来た姪たちの事を考えると、此子達だけは自分のようにさせたくないと、折角の宮からのお召を拒みかねて、二人に附添ってはおりおり又出仕をするようになった。が、こん度は女は宮でもまるっきり新参というのでもなく、そうかと云って又古参という程でもないので、只なんという事なしに女房たちの中にじって、もとの朋輩ほうばいたちと気やすく語らってさえいれば好かった。もう別に宮仕えだけで身を立てようなどともしていないので、外の女房たちが自分よりも上の思召おぼしめしが好かろうとうらやましいとも思わなかった。そうして、古参の女房からいろんな昔の知りびとの噂などを聞いては、それを淡々と聞き過していた。一方、こうして此頃のように自分がそれにかずはなれずの気もちでいられるようになってから、漸く宮仕えと云うものの趣を自分でも分かりかけて来たような気もしないではなかった。
 或冬の暗い夜の事だった。上では不断経が行われていたが、丁度声のよい人々が読経する時分だというので、一人の女房に誘われるまま、女はそちらに近い戸口に往って、そこに伏しながら、それを聴いていた。暫くそうして聴いていると、其処へ殿上人らしい男が一人、そういう二人には気がつかないように近づいて来た。
「どなただか知らないけれど、急に隠れたりなんぞするのも見ぐるしいから、このままこうして居りましょう」と、相手の女房が云うので、その傍に女もじっと伏せていた。
 その男は、戸口の近くにそういう二人を認めると、前からの知合らしい一方の女房に向かって、非常に穏かな様子でことばをかけた。「いまお一人はどなたですか――」などとも問うたが、女が困って何んとも返事をせずにいても、それ以上執拗しつようには尋ねなかった。そうしてそのまま二人の傍にすわりながら、そのどちらに向かってともつかず、世の中のあわれな事どもをそれからそれへと言い出して、女達にも真面目に問いかけたりするので、女もついそれに誘われて、いつか二こと三ことことばを交わしていた。「まだ私の知らないこういうお方がいられたのですね――」などと珍らしそうに男は女の方を向いて云って、いつまでも気もち好さそうに話し込み、なかなか其処を立ち上がりそうにもなかった。
 星の光さえ見えない位に真っ暗な晩で、外にはときどき時雨しぐれらしいものが、さっと木の葉にふりかかる音さえ微かにし出していた。「こういう晩もなかなか好いものですね。」男はそう云いさして、微かに木の葉にかかる時雨の音に耳を傾けながら、急に何か考え出したように沈黙していたが、それからしずかにこんな事を語り出した。
「どうした訳ですか、私は今ふいと十七年ほど前の或晩の事を思い出しておりました。それは私が斎宮さいぐうの御裳著もぎの勅使で伊勢へ下った折の事です。伊勢に下っておる[#「下っておる」は底本では「上っておる」]間、殆ど毎日、雪に降りこめられておりました。ようやく任も果てたので、その明けがた京へ上ろうかと思って、お暇乞いとまごいに参上いたしますと、ただでさえいつも神々しいような御所でしたが、その折は又円融院えんゆういんの御世からお仕えしているとか云う、いかにも神さびた老女が居合わせて、昔の事などなつかしそうに物語り出し、しまいにはよく調べた琵琶までも聞かせてくれました。私もまだ若い身空でしたが、何んだかこうすっかりその琵琶の音が心にって、ほんとうに夜の明けるのも惜しまれた位でした。――それからというもの、私はそんな冬の夜の、雪なんぞの降っている晩には極まってその夜の事を思い出し、火桶ひおけなどかかえながらでも、かならず端近くに出ては雪をながめて居ったものでした。――そんな若い時分の事もこの頃ではつい忘れがちになっておりましたのに、今、こうしてあなた達と話し込んでいますうち、その夜の事が急になつかしく思い出されて来たのです。どういう訳のものでしょうか。――そう云えば、今宵もこれ程私の心に沁み入っていますので、これからはきっとこんな真暗な、ときどき打ちしぐれているような冬の夜の事も、その斎宮の雪の夜と一しょに、折々なつかしく思い出される事でしょう。……」
 男はそんな問わず語りを為はじめた時と少しも変らない静かな様子で、それをえた。
 男が程経て立ち去った跡、女達はそのままめいめいの物思いにふけりながら、いつまでも其処にじっと伏せていた。雨は、木の葉の上に、思い出したように寂しい音を立て続けていた。

 こんな事があってからも、女が何かと里居がちに、いかにも気がなさそうな折々の出仕を続けていた事には変りはなかった。が、出仕している間は、いままでよりも一層、他の女房たちのうちに詞少ことばすくなになって、一人でぼんやりと物など眺めているような事が多かった。しかし、何かの折にいつかの女房と一しょになりでもすると、互に話もないのにいつまでもその女房の傍にいて何か話をしていたそうにしていたり、又、相手があの時雨の夜の事をそれとなく話題に上そうとでもすると、慌ててそれを他に外らせようとしたりした。しかし、女はいつかその男が才名の高い右大弁うだいべんの殿である事などをそれとはなしに聞き出していた。――そうやって宮に上っていても何か落ち着きを欠いている女は、里に下りて、気やすく老いた父母だけを前にしている時は、一層心も空のようにして、何か問いかけられても返事もはかばかしくなかったりした。そうして一向ひとむきになって何かを堪え忍んでいるような様子が、其頃から女の上には急に目立ち出していた。

 右大弁はときどき友達と酒を酌んでいる時など、ひょいとその時雨の夜の事、――それからそのとき語り合った二人の女のうちの、はじめて逢った方の女の事なぞを思い浮べがちだった。男は勿論、外にも幾たりかの女を知っていた。又、大方の女というものがどういうものであるかも知悉ちしつした積りでいた。――しかし、その時雨の夜のように、何ぶん暗かったのでその女の様子なんぞよく見られなかったせいもあるかも知れないが、その女といかにもさりげなく話を交していただけで、何かこう物語めいた気分の中にられて行くような、胸のしめつけられる程の好い心もちのした事などはこれまでついぞ出逢ったことがなかった。何かと云えばいま一人の女房を立てて、自分はいかにも控え目にしていた、そんな内端うちわな女のそういう云い知れぬ魅力というものは何処から来るのだろうかと、男は自問自答した。もう一度で好いから、あの女と二人ぎりでしめやかな物語がして見たい。私の琵琶を聞かせたらどう聞くだろうか、――此頃になくそんな若々しい事まで男は思ったりもしていた。しかし、男は何かと公儀の重い身で多忙なうちに、その女の事も次第に忘れがちになって往った。――が、ときどき友達と酒でも酌んでいるような時に、思いがけずふいとそのほのかに見たきりの女の髪の具合などがおもかげに立って来たりした、……。

 その翌年の春だった。或夜、右大弁は又その一の宮に音楽のあそびに招かれて往っていた。暁がた、男は一人で庭に降り立って、ほんのりとかかったほそい月を仰ぎ仰ぎ、読経などをしながら、履音くつおとをしのばせてそぞろ歩きしていた。細殿ほそどのの前には丁子ちょうじの匂が夜気に強く漂っていた。男はそれへちょっと目をやりながら、遣戸やりどの前を通り過ぎようとした時、ふいとその半開きになっていた遣戸の内側に一人の女のいるらしいけはいを捉えた。女房の一人でも月を眺めているのだろう位に思って、男は何の気なしにそれへ詞をかけた。内の女は暫く身じろぎもしないでいたが、っとためらいがちに低く返事をした時、男ははじめてそれが誰であったかに気がついた。
「あなたでしたか。あの時雨の夜はかた時も忘れずになつかしく思っておりました」
 男はわれ知らず少し上ずったような声を出した。
 そうしてそのまま男は黙って返事を待っていた。遣戸の内からは、暫くすると女がこんな歌をかすかに口ずさむのが聞えて来た。
「なにさまで思ひ出でけむなほざりの木の葉にかけし時雨ばかりを」
 その時その細殿の方へ履音を響かせながら、五六人の殿上人たちが男を追うようにやって来た。男はそれと殆ど同時に、遣戸の奥へ女がすべり込んで往くけはいに気がついた。
 男は殿上人たちにらっせられながら、細殿の前に漂っていた丁子の匂を気にでもするように、その方を見返りがちに、再び履音をさせながら其処を立ち去って往った。

 女が、前の下野しもつけかみだった、二十も年上の男の後妻となったのは、それから程経ての事だった。
 夫は年もとっていた代り、気立のやさしい男だった。その上、何もかも女の意をかなえてやろうとしていた。女も勿論、その夫に、悪い気はしなかった。が、女の一向ひとむきになって何かを堪え忍んでいようとするような様子は、いよいよ誰の目にも明らかになるばかりだった。しかし、もう一つ、そう云う女の様子に不思議を加えて来たのは、女が一人でおりおり思い出し笑いのような寂しい笑いを浮べている事だった。――が、それがなんであるかは女の外には知るものがなかった。
 夫がその秋の除目じもくに信濃の守に任ぜられると、女は自ら夫と一しょにその任国に下ることになった。勿論、女の年とった父母は京に残るようにと懇願した。しかし、女は何か既に意を決した事のあるように、それにはなんとしても応じなかった。
 或晩秋の日、女は夫に従って、さすがに父母に心を残して目に涙をめながら、京を離れて往った。おさない頃多くの夢を小さい胸に抱いてあずまから上って来たことのある逢坂の山を、女は二十年後に再び越えて往った。「私の生涯はそれでも決して空しくはなかった――」女はそんな具合に目をかがやかせながら、ときどき京の方を振り向いていた。
 近江、美濃を過ぎて、幾日かの後には、信濃の守の一行はだんだん木深こぶかい信濃路へはいって往った。

底本:「昭和文学全集 第6巻」小学館
   1988(昭和63)年6月1日初版第1刷発行
底本の親本:「堀辰雄全集 第二巻」筑摩書房
   1977(昭和52)年8月30日初版第1刷発行
初出:「文藝春秋」
   1940(昭和15)年7月号
初収単行本:「晩夏」甲鳥書林
   1941(昭和16)年9月20日
※底本の親本の筑摩書房版は、甲鳥書林版による。初出情報は、「堀辰雄全集 第二巻」筑摩書房、1977(昭和52)年8月30日、解題による。
※訂正注記に際しては、底本の親本を参照しました。
入力:kompass
校正:門田裕志
2003年12月29日作成
2012年4月14日修正
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