大下宇陀兒うだる氏の「蛞蝓なめくじ奇談」(『新青年』増刊)これはショート・ストーリーである。という意味は短いながらも一つの完結した物語であるという意味だ。なめくじという妙な動物の不思議な習性についての最初の説明はそれ自身で面白いのみならず、それがこの作品の伏線として役だっているのだから、無駄のない書き方だといわねばならぬ。なめくじとつばきのかたまりとを間違えるというような無理な作為にもかかわらず面白い読み物である。だが私は、この作者のような科学者に対しては、こんな古めかしい見世物などに材料をとらないで、探偵小説の本質にもっと接近した現代の機械文明の先端から材料をとった作品を書いてもらいたいと希望するのである。でないと探偵小説はずるずるべったりに古い通俗物語の中へ埋没してその独自性を失うだろう。
(『東京朝日新聞』一九二九年二月二日)

底本:「平林初之輔探偵小説選〔論創ミステリ叢書2〕」論創社
   2003(平成15)年11月10日初版第1刷発行
初出:「東京朝日新聞」
   1929(昭和4)年2月2日
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年12月8日作成
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