△今朝、思いがけなく本集をうけとりました。前集ほど振っていないという評には誰も異議はありますまい。句が総じてダレています。無理に拵えたらしい痕跡があります。
△私は此度もまた出句することが出来ませんでした。自分は出句もしないで、こういう勝手な文句を並べる――実は済まない、不都合千万だと思います。併し詮方がありません。私には今の処どうしても句が作れません。句作の余裕――句材があってもそれを句として発表するだけの心のユトリがありません。私は此頃非常に心身が動揺しています。それがために殆んど家業をも省みないほどの慌しい押し詰った生活を続けています。どうぞ私を赦して下さい。そしてもう少し考えさして下さい。
△五句集の組織について色々の御意見がありますが、それによって五句集に対する諸君の熱心な真面目な態度が窺われて私は至極喜んで居ります。自から省みて自分の俯甲斐なさを責めずにはいられません。発奮せずにはいられません。
△私は私だけの意見をチョッと述べて置きます。石花菜君の説には賛成ですが、今は其時期であるまいと思います。やっぱり碧松君のいわれるように本五句集は本五句集として今迄通りの経路を進んでゆくのがよかろうと思います。一言にして尽せば私は現状維持論者です。
△一転しつつある私は懐疑に生きて居ります。私は俳句其物に就て諸君の御高見を承りたいと切望しています。句の巧拙とか優劣とかいうこと以外にまた句材とか句法とかいうものについて御経験を示して戴きたいと思います。そして時々『何故我々は句作するか』という疑問を提出して考えたり論じたりするのは一面非常に無知な、そして一面非常に意味あることだろうと信じて居ります。
       △ △ △
△華やかな春にあこがれていられる石花菜君の若々しい感情を祝福する。緑大野にそそり立つ樫樹のような碧松君の堅実な歩調を尊敬する。そして折からの凩にくさめをしたり苦笑したりする破口栓君の心持に同情する。私は三君とりどりの態度に動かされた。私もまた私の一部を暴露したい。荒んで石塊のように硬張った私の感情を少しばかり披露したい。あの大道芸人が群衆の前にその醜い髯面をさらすように!
△私にも春があった。青い花を求め探した、黄ろい酒を飲み歩いた。赤い燃ゆるような唇を吸った。強烈なもの、斬新なもの、身も心も蕩けてしまうようなもの、熱愛する恋人を弄り殺して剖き取った肉のようなものを貪ぼった――実人生を芸術化しようとして悶え苦しんだ、悶え苦しんで何を得た? あゝたゞアルコール中毒!
△自己批評は三人の私生児を生んだ。自棄生活、隠遁生活、そして自己破壊。私はそのいずれと結婚したか。……
深い穴がある。
冷たい風が吹く。
誰やら歩いてくる――
灰色の靄の奥から、
トボ/\と歩いてくる。
誰だ!
シツカリしろ!
ビク/\するな、
急げ、急げ、
愚図々々せずに急いで来い!
危ない、気を付けろ!
穴がある、
深い穴がある、暗い穴がある。
落ちるぞ、いつそ飛び込め!
――あ、彼は――私はヅドンと倒れた※[#感嘆符三つ、49-5]

△人生には解決がない。ただ解決らしいものが一つある。それは死だ! と誰やらが叫んだ。然かも死そのものを信じえない人にとっては死もまた解決らしくさえない!
△人生とは矛盾の別名である。矛盾に根ざして咲いた悪の華、それが芸術だと信じていた。今でもそう信じている。と同時に芸術はどうしても道楽という気がして仕方がない。現実の苦痛に泣笑しつつ都々逸でも唄いたくなる。情ない、あさましいと思うけれど、事実は飽くまでも事実である。
△放浪によりてえたる貧しき収穫より――旧作□
美しき人を泣かして酒飲みて調子ばづれのステヽコ踊る
旅籠屋の二階にまろび一枚の新聞よみて一夜をあかす
酒飲めど酔ひえぬ人はたゞ一人欄干つかみて遠き雲みる
酔覚の水飲む如く一人いちにんに足らひうる身は嬉しからまし
       △ △ △
△先日の句会では愉快でした。持病の饒舌で諸君を煩わしたことを謝します。そして破口栓君に私はあれだけ饒舌ってもまだ饒舌り足らなかったことを伝えて置きます。最後に檳郎君にお詑します。私は本紙を七枚ばかり破棄しました。実は今夜妙に興奮していたので、筆に任せて書き続けて、さて読みかえして見ると、あまり下らない事ばかり並べているので、すまないとは思いましたけれど、そのままにして置いて同人諸君の気持を悪くするよりはましだと考えたので引き裂いて反古籠へ投り込みました。
△巡回編集としての小俳紙発行のことは漣月君からも訪問をし訪問をうけた時承りましたが、雑誌編集はなかなか困難で永続は難かろうと思いましたから、しかとした返事は致しませんでした。このことについては兼てより熟考しましたが私は巡回編集よりは寧ろ単独編集の方が永続しようと思います。二三者の手に依って単独に編集されては如何です。
△歌集、大賛成です。賛成……と意気込んでも作ることは出来ません、が作り得る様になりたいのです。十四五の頃は一寸熱中して少年界などへも投書したことがありましたが此の所は遠ざかっていますのでてんで御話になりませんが是非御仲間に入れて戴きとうございます。歌集には賛成者も多い様ですから早速に編集したいものです。編集者を誰れや彼れやと云うと暇取りますから甚だ失礼ですが最初一二度私が編集しましょう(五句集の体裁で)、早速ですが左記に依り御投書を願います。(編集其他の事項に就ては近々回章を出します。――田螺公)
五首ずつ集

         最近作
二月末日〆切 五首
         (題□□□)

佐波郡三田尻駅前浴永不泣子宛
(椋鳥会『初凪』 大正二年一月)

底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社
   2002(平成14)年7月10日第1刷発行
   2007(平成19)年2月5日第9刷発行
初出:「椋鳥会『初凪』」
   1913(大正2)年1月
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年5月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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