その岸田の生活が間もなく脱線して職から雛れた時、彼の頭にいつまでも鋭く残されたものは実に他愛もない断片であった。彼が毎朝降りたX駅に、ある日一羽の鷹が翼をばたつかせながらひらひらと地上近く舞ひ舞ふてゐて、人の目を驚かせたことがある。それと、もう一つはX駅の横の小路で、一人の男が小犬に信号しては歩かせたり停らせてゐた光景である。
底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日初版発行
入力:蒋龍
校正:伊藤時也
2013年1月24日作成
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