或日の事、自分は昼飯を喫べて後、あまりの徒然に、慰み半分、今も盛りと庭に咲乱れている赤い夏菊を二三枝手折って来て、床の間の花瓶に活けてみた、やがてそれなりに自分はふらりと宿屋を出て、山の方へ散歩に行ったのである、二時間ばかりして宿屋へ帰った、直ぐ自分の部屋へ入ると私は驚いた、先刻活けたばかりの夏菊が最早萎れていたのだ、一体夏菊という花は、そう中々萎れるものでない、それが、ものの二時間も経ぬ間にかかる有様となったので、私も何だか一種いやな心持がして、その日はそれなり何処へも出ず過した、しかし幸と何事も無く翌日になったが、未だ昨日の事が何だか気に懸るので、矢張終日家居して暮したが、その日も別段変事も起らなかった、すると、その翌日丁度三日目の朝、突然私の実家から手紙で、従兄が死んだことを知らして来た、書中にある死んだ日や刻限が、恰度私が活けた夏菊の萎れた時に符合するので、未だに自分は不思議の感に堪えぬのである。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月22日作成
2008年10月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。