公益に有害の鑛業を停止せざる儀に付質問書

(明治三十年二月廿六日、衆議院提出)
一、栃木縣上都賀郡足尾銅山鑛毒の慘酷なる事實は、今尚其被害地なる栃木群馬茨城埼玉の四縣下人民より提出しつゝある鑛業停止請願に依り又群馬縣々會も鑛業停止すべきを内務大臣に建議を爲したるを以て明なり。是れ一國の大問題にして一日たりとも等閑に附し去るを得ず。然るに多年政府の之を等閑に附し去る理由如何。
一、明治廿四年十二月十八日本員等は國務大臣に向て足尾銅山鑛毒被害に關する當局者の職責怠慢を質問せり。不幸にして第二議會解散に會ひ、其答辯書は新聞紙上に於て之を見たり。曰く其被害の原因に付て未だ確實なる試驗の成績に基ける定論あるに非ず。曰く、粉鑛採聚器を新設し一層鑛物の流失を防止するの準備をなせりと。然るに爾來鑛業の増加は益々甚しく、被害の區域愈々擴大せし事實あるは如何。
一、明治廿五年五月廿三日、本員等は如此前後撞着の答辯に對し更に第二囘の質問をなし、農科大學の試驗成績を以て國務大臣の明答を促したり。然るに其答辯には、鑛業の害たるは試驗の結果によりて之を認めたりと自白しながら、其損害たるや鑛業を停止すべき程度には非ずと主張し、且つ鑛業人に於ては現に粉鑛採聚器設置の準備を爲し、將來植物の生長を害する如き事なしと斷言しながら、其所謂粉鑛採聚器を設置したる六週年後の今日、鑛業の被害益々増加するを默視するの理由如何。
一、同年六月十三日、本員等は右の答辯に對し更に第三囘の質問をなせり。然るに其質問中に於て、政府は地方官をして鑛業人の爲に仲裁せしめ、地方官亦粉鑛採聚器据付の一事を以て巧に被害地人民を欺瞞し、人民提出の請願書を遮りて強て事實を蔽はんとする等立憲治下にあるまじき所行を專にし、而も中央政府は何等の答辯をなし得ざりし理由如何。
一、明治廿六年十二月第五議會解散に次で、翌廿七年第六議會又解散せられ、空しく質問の機を失せり。時偶々日清戰爭に際せるを以て、擧國一致の必要より、本員等又政府に對する質問は暫く枉げて中止することゝし、力めて官民の協戮を圖れり。然るに廿七年の洪水にて鑛毒の流出益々多大なるの實況を見るや、鑛業人の狼狽一方ならず、地方官又同じく前項の盡力一空に歸せんことを恐れ、壯丁出陣の不在を窺ひて日々被害町村に出沒し、老夫幼童を威嚇して、自己隨意の契約證を作りて之に盲印を押さしめ、以て鑛業人の爲に謀らんとす。而も政府の之を默視する理由如何。
一、右に付本員等は日清戰爭終局を待ち、明治廿九年の議會に於て地方官吏の惡計を摘發し更に第四囘の質問を爲せり。然るに政府は漫然として之が答辯を爲さざるのみならず、今尚依然として其行爲を改めざるの理由如何。
一、前項の如くにして、明治廿七年の洪水以降年々増加する鑛毒啻に渡良瀬川に止らず、今や利根川北岸に迄浸漸して、四縣下十郡數萬町歩の田宅將に擧て沙漠に化せんとす。然るに政府の之を坐視する理由如何。
一、足尾鑛山の鑛業伸擴するに隨ひ、渡良瀬川水源の樹木を濫伐すること益々多く、水源涵養の道今や爲に全く絶え、之に因て土砂流出河身壅塞舟楫往來の便亦自ら缺け、洪水の氾濫十年前に數倍せり。而も政府の之を默視する理由如何。
一、土地建物鑛業に侵され、爲に譜代の財産を失ひ日々貧窮に迫れる人民は、如何にして之を處分するや。
一、以上の現状より沿岸被害人民は衣食足らず禮節修らず。政府は何を以て國民の義務を守らしめんとするか。
一、本員等は鑛毒浸漸の極多數人民の公益を侵害すること如此深大ならざるに先ち、多年屡々政府に向て忠告を與へたり。然るに當局者は種々の遁辭を以て一時を瞞過せんとし、姑息遷延以て今日に至り、其慘状殆ど挽囘し得べからざるの點に達せしめたり。政府は如何にして被害人民の生命財産權利を囘復せんとするや。
一、鑛業條例第十九條第一項には、試掘若くは採掘の事業公益に害ある時は、試掘に就ては所轄鑛山監督署長、採掘に就ては農商務大臣、既に與へたる認可又は特許を取消す事を得と明記せるに拘らず、政府は此公益に大害ある鑛業を停止する事を爲さず、被害地十餘萬の人民獨り帝國憲法の庇護を受くる能はざるの理由如何。
右議院法第四十八條に依り質問す、國務大臣は帝國憲法第五十五條により責任を以て明確なる答辯あらんことを望む。

          田中代議士の質問演説

(明治三十年二月廿六日、衆議院に於て)
 私は公益に有害なる鑛業を停止せざる儀に付質問理由を述べんとするのであります。本日は重要なる問題も澤山ございまして、諸君におきましても質問の長演説は隨分御迷惑でございませうが、此質問は地方に於きまして差掛つて居る問題で、此地方官の中の郡吏抔と云ふ者が人民を虐めたり欺いたり惡い事をして居る最中でございまするから、一日も早く之を公に致しまして此苦痛を救ふてやらなければならないし、其れから質問の要點を政府へ知らして其答辯を請求するのでございます。どうか少々の間御聽取を願ひます。
 此質問は、栃木縣下足尾銅山と云ふ所の鑛毒の害が甚しいので先年來度々請願書を農商務大臣に出して居り、殊に昨年群馬の縣會では此鑛業を停止すべしと云ふ決議を内務大臣に建議致しました位。又た渡良瀬沿岸の人民は、新しき村でも又た新しき町でも、戸長の調印を致しました者が今日五十の數に上つて居り、尚ほ續々願書を提出中でございまする。其の鑛毒の區域は群馬栃木埼玉茨城の四縣に渉り、郡の數が十二に渉つて居りまするが其の色々の調査物は八郡だけが稍々出來て居ります。一體此の人民は、調査の方には極めて不便な位地に居る。二十里三十里に渉る間の調査でありますから、郡役所に就き又は縣廳に就て取調べる其間の仕事が大變です。錢の無い人民が之を取調べるのは困難で、漸く八郡に渉る所の調査が稍々出來ましたから、是から此調を御披露に及びます。
 此質問は、「公益に害のある鑛業であるから、此鑛業を停止しなければならぬ。」と云ふに過ぎないのでございます。銅山の事業は一個人の者であれ又た國家の者であれ、害が非常に多ければ害の多い事を理由として之を處置しなければなりませぬ。名義は一個人でも國家でも、事業より害の方が多ければ據なく停止しなければならぬ。――此質問を本員が始めたのは明治廿四年が最初で、其より四度の質問に及び、度々の忠告を政府に與へてあるのでございます。今囘が五度目の質問で、農商務大臣は時々是に答辯を與へましたけれども、其答辯は悉く嘘を吐いてあるので、彼の答辯には責任を持たぬと云ふ事を申しますが、責任を持たぬどころで無い、詐りの答辯を致して居る、而して此の鑛毒の害と云ふものを非常に大きくして了つた。此の鑛毒の事に就ては、議會は政府を信ぜず、人民は政府を怨むと云ふ事になつて居る。是では國家と云ふものゝ値打が亡くなつて來る、外國人を日本の法律に從はせることが出來なくなつて來る。從はせる事が出來なくなつて來るのでは無い、法律の保護を與へないのでございますから、人民は法律を遵奉するの義務が無いので――法律を遵奉するの義務が無ければ、是より如何なる事を仕出かすかも知れない。斯樣な場合で、一日も早く諸君に御訴へ申して置かなければならぬ。
 質問の順序を申ますれば、二十四年からの道行は十八個條――鑛毒は政治の關係でござりまするが、鑛毒其物の事を細かに御話申さなければならない。其説明は分れて數十條、先づ束ねて申しまする。勸業の偏頗愛憎であると云ふ事。鑛毒の害の及ぶ有樣はどの位であるかと云ふ事。鑛毒と山林の關係、深山の老樹を濫伐して其より生ずる危險な有樣。鑛毒と洪水の關係、山より押出したる所の土砂等の爲に舟楫の便を缺く事。鑛毒より生ずる税を免租にしなければならぬと云ふ事。鑛毒被害の費目。鑛毒が人の生命を害する事。鑛毒が家の内に流れ其他井戸を汚すと云ふやうな事。鑛毒が良民の權利を奪ふと云ふ事。鑛業人の跋扈と云ふ事。鑛業人の跋扈は總ての社會を亂して他の工業の發達をも妨げると云ふ事。此慘憺たる有樣でありながら、此被害人民が長き年月の間聲を立てることが出來なかつたと云ふ事。其から此鑛業は政治までも紊亂せしめたと云ふ事、所謂政治の本は當局者たる農商務省である、農商務省と云ふ所が鑛毒の爲に殆ど紊亂して居ると云ふ事。――是が先づ御話を申上げる要點でございます。
 先づ勸業偏頗の事から申します。茲に事業を起す者があつて之を政府に請願する。許可をするには宜しく其地理を調べる、或は人智の程度を見る、是は當り前の事。若し東京の眞中に彈藥製造所を建てると云ふに、爆發を防ぐの準備も無く、又何かの機械を据付けるに烟筒の準備も無く、之を許したと言つたら如何でございませう。關東の地理を調べず、足尾の地理も取調べず、彼所に採掘を許したと云ふ事は譯の分らない事である。足尾銅山の地理も調べずに採掘を許したのが惡いばかりで無い、其上に機械を据付ける、其機械が如何なる働をするか、其採掘がどの位盛大になるものか、此割合を取調べもせず監督もせず、無暗に之を許して關東の地を荒らす。――元來關東は水平な所、地が平かで、毒が流れて來れば恰も板の間に水を流す如くに廣がる。斯樣なことを取調もせずに事業を彼の山に許すと云ふは、根本に於て間違つて居る。去らば是は惡意でしたものかと云ふに、是は不注意と學問が無いからで、學者があつても其を活用しなければ無學同樣である、農商務省に學者なしと斯うなつて來る。又古來斧斤を入れない所の深山を一萬町も濫伐させて、水源を涸すことをさせると云ふは、是は智慧が無いのではない惡意である。山林濫伐をすればどう云ふ惡い事が出來て來る、と云ふことは分かつて居る。是は不注意でなくして惡意である。また足尾銅山がどう云ふ働をして居るか其の働も見ないで、足尾銅山は年に二百萬圓以上の仕事をやるからして、是は國の財源で大切な山である、東洋一であると云ふ樣なことを言ふて居るが、其鑛業に依て生ずる害は、一方には山林を濫伐し、一方には三萬三千町歩以上の田地を毒害し、十萬の人間に毒水を飮ませ毒食をさせると云ふことをして置いて、國の本當の財源と云ふものが人民の方に在る事に氣が付かない。此の國の財源を粗末にして、一方の鑛業が如何なる惡事をするかと云ふことを問はずして、唯だ鑛山が國の財源である抔と言ふ。一と通りの頭でそんな議論が出るもので無い、當り前の腦髓を持つて居る官吏ならば斯樣な馬鹿なことを言ふもので無い。是には事情がある。――喋々せぬでも御察しの事であると思ふ。斯樣な譯で、今日まで農商務省の取扱と云ふものは、知らないのか、學問が無いのか、惡い事をするのか、實に言語に絶えた次第でござりまする。北海道の開墾地は何年の星霜を經てどれだけの田地が出來ましたか。明治四年から始めて漸く九萬町が聊か缺けて居る。其内納税地が七萬町ばかりあるが租税と云ふは名ばかりである、何にせよ收穫がありやしない、是に費す所の金は數千萬圓、北海道に斯の如く金を入れるかと思へば、關東で一番良い地面一段百五十圓二百圓と云ふ地面をどん/\潰すことは一向知らぬ顏して居る。物の偏頗と云ふものは、斯の如き結果になる。
 是より鑛毒の恐るべき大害であると云ふ御話を少こし致します。――先づ鑛毒で植物が枯れる。魚が取れぬ。人の生命が縮まる。斯樣な譯で、銅山に毒があれば動植物に害を與へると云ふことは古來學者の定論で、農商務の官吏が皆正直でさへあれば其れで宜しいのである。學者の定論があるにも拘らず、妙な考からして分らなくしてしまうのである。先づ近き例を申せば、明治廿五年農科大學の試驗の成績はどうである。前年栃木縣農事試驗所に於て致した所の試驗、又明治廿二年と廿九年の兩度に於て醫科大學の三宅秀と云ふ人が、鑛毒が衞生に害があると云ふことを二囘栃木縣へ來て演説された。其他色々の調により、銅山の毒が何に障るかと云ふ位の事は分り切つて居るのに、農商務省が分からぬと云ふは不思議千萬である。銅山製鑛所の烟害と云ふものが山林を枯して山を禿にするばかりで無い、此の烟突から出る烟が風に從つて或は東或は西、數里の間山に登つて、目に見へるだけ皆な禿山になつてしまつた。木ばかりでは無い、竹草苔と云ふものまでも綺麗に之を枯してしまふ。烟の中に一種の灰が混つて居る。此灰が觸れると忽ち葉が枯れると申しまする。是は化學者の領分で、私は細かい御話をしませぬが、何にしろ木が枯れる。日本開始以來斧斤を入れない山と云ふものは、木の根で網の如く絡んで居て、落ちようとする土砂を木の根で固く抑へて居り、崩れかゝる巖石を木の根で固く支へて居る。是を伐つてしまつたから山の土石が崩れる。今四五年經つて此根が腐つてしまへば、必ず山が大崩れに崩れて如何なる災害が來るかわからぬ。昨年の洪水は未だ此點にまで達したのではござりませぬ。斯樣なことも前に分つて居る。今日の所は、唯今水源が乾燥して多少の土砂が流れ出る、製鑛所からも砂を流す、山からも砂が流れて來るので川が埋つた。川の埋り方も、他の利根川や鬼怒川北上川と云ふ川の埋り方と違つて、故らに土砂を流す仕懸になつて居りますから、川底が他の川々よりも急に高くなる。今日の所、後來恐れますのは、此山の崩れると云ふことが一度はあると云ふことを明言して置かなければなりませぬ。――まるで取締らぬでは無い、伐つた跡に木を植へろと云ふ命令を下してある。七千町の木を伐つた時に命令を下して、今日いくら植へてあるかと云ふと、五十三町しか植へてない。たとひ殘らず植へましても、其木が大きくなつて山が崩れないやうになるには、百年を待たなければならぬ。斯樣に鑛業人が先づ其責任を盡くさない。其故に去七月中のこと、是は御話が枝に渉りますけれ共、群馬栃木兩縣の縣會議員で氣の付くものが寄合して、渡良瀬川は前途非常な災害があるから、堤防[#「堤防」は底本では「堤坊」]を新築するか増築するか或は延長するか如何にか工夫を取らなければ、如何なる災害に遇ふやも知れぬと云ふて評議して居りますと、超へて九月八日の大水、是が非常の事でありましたけれど、今日山崩を防ぐ計畫をすれば、まだ是丈は幾らか防げるかと思ふのでごさいます。
 斯樣な譯で、此鑛毒と洪水の事を少々申上げなければなりませぬ。洪水の事は各府縣に於ても災害を受けて居る事でありますから喋々申しませぬ。唯だ群馬栃木埼玉茨城の洪水は、毒が這入つて居ると云ふだけが違つて居る。越後岡山其他各地洪水の御話も隨分慘憺たる有樣でありますが、此方のには毒があるのでございますから、諸君の御賢察を願はなければなりませぬ。それで此堤防に生へる所の竹が枯れてしまう。是れが(演壇上に竹を示しつゝ)堤防の竹でございます。是は當年の竹が死んでしまつたのである。鑛毒の爲に根が枯れる、此根が皆な長くならなければならぬのに、皆な枯れて是だけしか根がありませぬ。――此の堤防のことにつき當節土木局の役入抔の話によりますると、一體堤防に竹のあるのはよくない、綺麗に刈拂はぬと、洪水の時に蟻の穴鼠の穴から堤防の崩れるのが分らぬ、殊に手を掛けないで鑛毒の爲に枯れて呉れゝば便利だなどゝ云ふ辯護説もあるそうでございます。從來竹を以て護岸とし或は草を以て護岸とし柳を以て護岸とする徳川時代の堤防は、皆な地勢に則り川の流を十年も二十年も實驗して築いた堤防である。今の堤防學者の樣に外國で學んで來て、川の地理などには構はないと云ふのとは違つて居る。竹で防げる所は竹で、草で防げる所は草ですると云ふのが徳川時代の堤防築造方でございます。古い堤防は竹が必要な場所がある。其竹を枯してしまへば善くなると云ふ筈は無い。是が爲に堤防が切れて澤山の害を受けたと云ふことは、是は御訴へ申して宜からうと思ふ。それで堤防の竹が斯の如く枯れるばかりでなく、洪水のある地方から御出になつた諸君は能く御承知でございますが、堤防には幅が極まつて居る、高さも極つて居る。然るに此渡良瀬川は明治政府が出來て、明治廿二年以來川床が非常に高くなつたことは是はちやんと分かつて居る。或は六尺高くなつて居るかと思はれる、堤防を六尺高くしなければ水が溢れると云ふことも極つて居る。然るに此の山から押し出して來る所の水が、乾燥して居る川へ一時にドツとやつて參りますから、敢て大水でなくとも水は一時に來る。同じ水でも一時に參りますから多くなる。川の下流の方では未だ洪水と云ふことを知らぬ内に、上手の方の堤防が切れる。此の水の水脚も非常に早くなつた。此に付ては内務省にも調べた統計がございませう。元と十時間で來たのが三時間で來る、二十時間のが七時間か八時間で達しますから、水防の準備も無い中にやつて來る。是が爲め殆ど堤防が水に堪へなくなる、疲れて堪へないかと云ふと然うでは無い、一時に來るからである。例へばコツプの水を飮む如く、徐々に飮めば幾らでも飮めるが一時に飮めば咽せる如く、堤防を壞はすことは決まつて居る。栃木縣だけの統計を見ましても驚くべきであります。栃木縣は八郡で、其の水害を受けた所が一萬九千町歩、しかも渡良瀬川沿岸三郡で其一萬九千町歩の内一萬三千町背負込んで居る。水害を受けた其内に、堤防が切れたばかりで六千十九町と云ふものが荒地になつてしまつた。此の荒地と云ふものも、尋常の荒地であれば五ヶ年十ヶ年の鍬下年限で起返りますけれども、毒が混つて居るから如何とも致方が無い。此土を悉く取片付けなければならぬ。此毒土の厚さが五寸の處もあれば一丈に及ぶ處もある、此土を取片付けなければならぬ。取片付けるには如何致す。土のやり場も何もありませぬから、畑なり田なりの片隅に土山を築いて、跡を耕地にするのですから、某困難は一と通で無い。鑛毒が這入れば其田地は死滅したもので、其土を掘出し片隅に山を築き、一方を畑に致す――新に買入れるよりも高くなると云ふ計算で、經濟上から言へば丸で問題にならぬ。
 次は鑛毒の爲に年貢を下げなければならぬことである。栃木群馬茨城埼玉諸縣鑛毒地の年貢を下げ又た免租もしてやらなければならない。一體水害地方と云ふものは、常に水害を被ぶるからして地價は安く出來て居る。其れ故尋常の水害ならば地價を下げるに及ばないが、毒と云ふものが這入りますれば地價を下げなければならぬと云ふことが出來る。外の荒地なれば五年十年で起返りますけれど、毒の這入つた砂のやり場が無いから、若し堤防を築き鑛業を停止しましても、此田地は最早死んだもので、是は開墾の名義にしましたなれば又幾らか田地になるかと云ふに過ぎないのであります。最早今日までに沙漠となつてしまつた地面が千六百町もあるのでございます。三萬町以上の中で捨てゝ置けば皆な然うなつてしまふ。俄になるのではございませぬ、まだ五年と六年と間はあるけれども、今日其を差止めなければ矢張皆惡るくなつてしまふ。此の免租減租を致しまするに就ては、租税のことに心配をする當局者もございませうから參考に申して置きますが、一體此の渡良瀬川沿岸と云ふものは地味が肥えて居て地價が安い――水害地だから。灌漑用水の方は地價金が高い。其れで賣買値段を申しますると灌漑用水の方は賣買が安い。此の水害地の方の堤外地と申して此の土手の外にある地面は、元と二百圓の取引であつたものが、其れが一圓二圓でも賣買が無いやうになつて居る。元來川の沿岸は浸水を受けると同時に、深山の木の葉が落ちまして、此葉が腐れて洪水の時に流出して田地に注ぎ肥料となるから、洪水が出ますると同時に田地が良くなり、又た冬先に至ては麥作も能く出來た。所が今日肥料と云ふものが來なくなつて、是に代るに毒が來ると云ふ話になつたから、二百圓の地面が一圓二圓になつてしまつた。
 此鑛毒の害を受ける田地の種類が三ツある。第一は用水地である。第二は逆流水と申して、洪水の時に込み上げて來る逆流水が、堤防の裏に廻つて此の堤内の田畑を害す、逆流水を受ける處が十三口あります、渡良瀬沿岸三郡の中に十三口あります。斯う云ふ風に枝川は十三口あつて、水が逆さになつて來るから堤防の中に水が這入る、是が一種であります。第三は水が堤防を破つて新規に荒地を拵へるのであります。之を要するに、前には肥料が來たものが、今日は肥料に代つて毒が來る。それで今一言荒地のことに就て申上げて置きたいのは、尋常の荒地でございますれば是は天災でありますから據ない、所有主の損と國家の損で終るのでございまするが、其に加ふるに人爲の害即ち鑛毒と云ふものを押流しましたのは、先づ賠償金を取る權利があると同時に、前申しまする通り五年十年を以て起返へるべきもので無いと云ふことをば、呉々も諸君に訴へて置かなければなりませぬ。一體租税を司る者は早く注意をしなければならなかつたのであります。大藏省あたりでも何故之を早く當局の大臣に迫らないのでございますか、自分の本領を守つて何故農商務大臣に掛合はないのでございますか。
 被害の種類を御話申しますることは長くなつて出來ませぬから、其項目を朗讀して演説に代へます。其項目は五十四箇條ある。――個人被害は、
田畑荒廢に因れる不動産の滅失。土質變惡に因れる地價の低落。地價低下に因れる賣買實價の下落。土質變惡に因れる肥料増加。田畑荒廢及び土質の變惡に因れる收穫の減失。藁稈の浸害に因れる飼料及び肥料の減失。苅草の浸害に因れる家畜飼料及び肥料の減失。積肥の浸害に因れる土壤培養力の減失。毒水の浸害に因れる家宅倉庫の減失。家宅倉庫の浸害に因れる什器家具の減失。家宅倉庫の浸害に因れる穀菜其他飮食物の減失。家宅倉庫の浸害に因れる家畜家禽の斃亡。毒泥浸入に因れる床下土砂の入替費増加。土中浸毒に因れる水脈の閉塞及び井水新鑿費増加。原野浸毒に因れる茅葭の枯涸及び草屋葺料買入費増加。河川沼地の浸毒に因れる漁業の廢絶。穀菜その他飮食物の減失に因れる榮養補足費の増加。漁業廢絶に因れる榮養補足費の増加。財産減失に因れる衣食住の缺乏。貧困窮迫に因れる身體榮養の不足。貧困窮迫に因れる浸害物喫食の害。井水浸毒に因れる飮料の汚害。薪炭浸毒に因る焚火の烟害。毒水蒸發に因れる大氣呼吸の害。土質變惡に因れる筋骨過勞の害。土地の荒廢に因れる所有權の消滅。財産滅失に因れる選擧權の消滅。
又た地方の被害を擧れば、
土地荒廢に因れる共有地の減失。毒水浸入に因れる共有家屋建物の減失。毒水浸入に因れる共有井水浚渫費の増加。地價低落に因れる税源の減失。土地賣買實價下落に因る富力の減失。鑛毒浸入に因れる堤防の竹木草苔の枯涸。竹木草苔の枯涸に因れる堤防の決潰。堤防決潰等に因れる道路及び橋梁の損失。銅山薪炭の増加に因れる水源山林の濫伐。山林濫伐に因れる土砂流失河底埋塞。河底埋塞に因れる舟楫往來の減失。鑛毒浸入に因れる用水路の損失。堤防決潰に因れる治水費の増加。道路橋梁の損失に因れる土木費の増加。失産貧窮に因れる救恤費の増加。貧窮流離に因る戸數及人口の減失。戸數及人口の減失に因れる自治權の縮少。
又た國家の被害を擧ぐれば、
土地荒廢に因れる面積の減失。土地荒廢に因れる國有地の減失。毒水浸入に因れる國有家屋建物の減失。税源減少に因れる國庫收入の減少。地方財力の減失に因れる國力の減少。地方負擔過重に因れる國庫補助の増加。健康被害に因れる兵丁合格者の減失。貧困窮迫に因れる國民教育の不振。貧困窮迫に因れる犯罪者の増加。道路橋梁の損失に因れる郵便電信の不通。
 是は御退屈になりますから、速記の方へ頼んで書いて貰ふことにして、まだ半分も讀みませぬが是で留めやうと思ひます。斯樣なものが五十條以上もございまするが、詰る所は此の人民が貧困に陷り――人民が貧困に陷るのは急激に來る、急激に來て急に財産を失ひ、急に貧乏になり、急に衣食住を缺き、急に榮養力を減ずる。就中衞生上の害は大きく、農民が馬を飼つても馬に喰はせる藁が無い。洪水が出ました跡の草を刈つても、其草を馬に喰はせることが出來ない。是はもう論外で、其から來る衞生上の害は察するに餘あることでございまする。毒に基づく榮養力の減退を考へまするに、明治十四年栃木縣の統計に據れば、魚を捕るものが二千七百七十三人ございましたのが、明治廿一年には七百八十七人に減じた位でございます。又た野菜の方を見ましても、足利郡羽田の庭田と云ふ人は本家新宅の家の周りに十五町餘の田地を持つて居て、其の十五町餘の耕地に菜一つ作ることが出來ない。今日此處で私が申上げても其眞相を描き出すことが出來ない。十五町餘も宅地に附いた地面がありながら菜一つ作ることが出來ない、其でも作つて見たいから、二尺も三尺も土を脇へやつて中へ菜を蒔いて見る――風が吹くと其中へ砂が落ちるから菜が枯れる、雨が降つても枯れる。魚も然うでございます。魚は一尾も居ない――一尾も居ないと云ふことは無い、居る時もある。居る時はいつも秋である。秋長く天氣が續くと毒が河底へ沈澱するからソロ/\魚がやつて來る。之は僅かな雨の爲めに死ぬ、何故に僅な雨の爲に川の魚が死ぬるかと云ふと、其れは洪水の時堤防に毒がたんと付いて居る、草や木に毒が一杯ついて居る、是れが少しでも雨が降りますると地を洗つて毒を落し、堤防の毒を洗つた水が少しでも流れこむと魚が死ぬ、是は洪水でなくとも然う云ふ有樣でございまする。其故に今日でも野菜が生へない。其れでも百姓と云ふものは、綺麗な地面であるから菜を蒔いたら生へるだろう、芋を植へたら出來るだろうと迷つて居る。魚も捕れないことは無い、時としては來るからと言ふて、魚を捕る道具を持つて居るものもある。
 食物を喫べる時毒を食べると云ふに至ては情ない話である。洪水が出ますと水と共に田畑へ鑛毒が這入りまして、高い所には這入らない處もありまして、鑛毒の無い水と鑛毒のある水とある。籾は鑛毒の水を被つたのも腐れ、鑛毒のない水を被つたのも腐れ、どちらも其籾の皮を剥ぐと黒い玄米が出來て、是を小米と稱へる。此の小米を白米にしようと思ふと、粉になつてしまつて白米にはならない。是を玄米のまゝ碓で挽いて粉にする。そこまでは同じであるが、毒水を被つたのと被らないのとは其處で分かれる。毒水を被らない方の粉では、團子を拵らへ燒餅を拵らへると云ふことが出來るが、毒水を被つた方のは粉に粘力が無くなつて、團子にも燒餅にもならない。ならなければ之を捨てゝ了はなければならないが、そこが悲しいかな、矢張り味噌汁や何かへぶち込んで蕎麥掻のやうにして喫べる。之を食べるに諸君、毒と云ふ事を知らずして喫べる者が大分あります。中には知つて居ても貧乏に驅られて之を食ふものがある。實にひどい有樣で、其のひどい有樣の御話をするのぢやない、此の毒の這入つた水と這入らない水が此に至つて分れる。又た藁も然うでございます、藁が一杯に腐つて了ふ。此の鑛毒の這入らない藁は肥料になる、鑛毒の水の這入つた藁は肥料にならない。肥料にならないのみならず之を灰に焚いても殆ど番茶の樣なものが出來て少しも灰の樣に見へないのでございます。其の鑛毒と鑛毒で無いと云ふ事は、能く其土地の者は知つて居りますので、是も一々御覽に入れる譯には參りませぬが(此時實物を示す)、唯だ此中で一々御覽に入れるのは忙しうござりますから出來ませぬが、鑛毒の這入つた腐れ藁を焚きますると斯う云ふ灰が出來る。是は一號より二十號まで出品がござりますけれども、是等は養蠶に御熱心の方も多いのでございますから御覽に入れまするが、鑛毒の這入つた桑の葉と鑛毒の這入らない洪水を被つた桑の葉で、此鑛毒の這入らない桑の葉は申上げるまでもない當り前の葉で、鑛毒の這入つた葉は斯う云ふ色になる、すつぱり一目して明に御分りになることでござります。又た是等は鑛毒の這入つた胡麻です。是は稻の洗いたるもの、其他色々御覽に入れますから談話室に於て諸君の御一覽を願ひます。
 人口の方はどうだと申しますれば、家の中に毒水が這入る分は、群馬栃木茨城埼玉四縣で一萬六千四百七十戸其人口九萬八千八百八十人。是れは家の中に毒水が這入つた。其外群馬縣に於ては桐生町の新宿境の両町のやうな處では井戸に毒水が這入るでは無くして、渡良瀬の水を引いて飮用水にして居る、之を合せますれば十一萬人ばかりになるですが、是は井戸の數の取調が付きませぬから今日申しませぬが、家の中に這入る分だけで九萬八千八百八十人と御記憶を願ひます。斯の如き問題を當局者は何故に棄て置くのでありませう。當局者が棄て置きましても、他の各省が何故に、租税に關する事舟楫及び教育に關する事權利に關する事――之を當局農商務大臣に御掛合にならないでございませうか。
 此外鑛毒の害が權利に及ぶと云ふ事を申上げなければならない。是は細かに申す迄も無い、財産が俄に亡くなり、公權が無くなつてしまうのである。其外教育費を出しながら子供を小學校に遣ることが出來ないと云ふ事情――學校どころでは無い、兄弟父子離散、實に如何なる言葉で申したならば此の慘憺の有樣を訴へることが出來ませうか。實に結婚まで害されて居る。結婚まで害されて居ると云ふのは、斯の如き鑛毒地方から迎へる者はあるとしても、往く者は無いと云ふ侮辱を受け、名譽まで害されて居るのでございます。
 斯の如く權利に害があるので、司法大臣は少しくらゐ氣が付きそうに思はれるが、付かない。一方は斯の如くヒドい目に逢はして置いて、一方鑛業人の跋扈を其儘にして置くは何事か。此の鑛業人は古河市兵衞と申す者でございます。まさか本人の心ばかりでもございますまいが、斯う云ふ山師の仕事には得て山師が左右に付くもので、主人の知らない惡事を澤山するものでございますから、鑛業人一人を攻める譯ではないが止むを得ない、責任者であるから名を言ふので。其の手代共が惡い事をする、其の跋扈と云ふものは實にひどい。前にも申した通り、山林を伐つて後を植ゑろと云ふに其を植ゑず、三萬五千町以上の地面を荒し、人の權利までも奪ひ、十萬の人を毒させ、而して己が榮耀を貪るのみならず、地方の人民が請願しようとすれば直ぐ地方の縣官抔を擒にし、郡吏の如きは殆ど古河の奴隸である。斯樣なる亂暴を働き國を害し人を賊ふて、其中で獨り金儲をして居る。之を本人が言ふならば兎に角、他の局外の人或は官吏などと云ふ者が、あれは國の財源であると唱へる。斯樣に山の木を盜伐同樣に伐り、數萬人を害し、三萬人以上の田地を荒して置きながら、利益があるから國の財源である――何も知らぬ者が言ふなら暫く措く、苟も物を知つて居る者而かも當局の役人共が斯の如き事を申すと云ふに至ては、實に憎みても餘りある次第。全體斯の如きことで儲ける金は利益と言ふものでは無い。眞の利益と云ふものは、正しい道を以て得る所之を利益と言ふ、己を制し世を益するものを言ふので、盜賊同樣なることをして得る所の金を利益と名付ける[#「名付ける」は底本では「名ける」]事が出來まするか。是は抑も何と名を付けるものであるか、掠奪と言ふか、贓物と言ふか、私は名の付け方に苦む、諸君は斯樣な者を何と呼ぶか、御訴へ申す、私には適當の名が見付かりませぬ。
 斯の如く鑛業人一人を法律の外に置て我儘跋扈をさせると云ふことは、治外法權を内地に拵へて其の執行權を與へて置くと同じでございます。外務大臣司法大臣と云ふものは自分で警戒を加へなければなりますまい、内地雜居が行はれます時、何を以て外人に我國の法律を遵奉させることが出來ますか。此外此の銅山の鑛業人が他の一般鑛業人の發達を妨げると云ふことを明言しなければならぬ。斯樣な奴があつては他の鑛業者が迷惑をする。何故かと言へば世問で言ふ、一體鑛業と云ふものは良くないもので、鑛毒は植物衞生に害があるのみならず人心を腐らせる、又た國益などゝは以ての外で、彼處は惡人の製造場だ、斯樣なものが栃木群馬に居るから、銅山を此外に起されては堪らない。――左程害のひどく無い所までも足尾銅山の爲に他の鑛業者の名譽を害し鑛業を妨げると云ふことが出來るのみならず、今既に其處に到つて居る。同じ銅山でも伊豫の別子銅山の如き、海を距つこと僅に八里。栃木縣の地理を調べないではいけぬのは其處です。足尾銅山は地圖で見ても日本の眞中である。眞中だから是が平坦の關東へ流れ出す。關東で一番有名で稠密な桐生足利といふ織物産地に此毒が流れて來る、どちらへ出ても五十里百里と云ふ道を經なければ海に落ちない。剩へ平坦の處へ出て良田を潰す。海の端に在る銅山と山間の溪流を經て海へ落ちるものと一緒になるもので無いから、初め此に採掘事業を起す時に能く調査しなければならぬ。一體此處に採掘事業を起させて製鑛所に非常な械械を据付けて亂暴することを許したのが、土臺間違つて居る。
 斯の如く迚も言葉を以て盡されませぬが、それだけの害があるに、何故今日まで被害地方の人民は騷ぎ出さないか、何故に聲を上げて騷がないか、騷ぎが餘りに遲いではないか、又今日となつても聲が低いではないかと云ふ疑がなければならないのでございます。其に就きましては何處迄も被害地人民の有樣を申上げて大に之を辯解して置かなければならない。當路の人にも能く之を聽かして置かなければならない。被害地の巡廻に參つても、古河の番頭たる郡長の案内で、害の少ない上ツつらを見て歸つて來ると云ふ樣なやり方では迷惑するから、能く實驗の仕方も教へて置かうと思ひます。
 渡良瀬川の下流にある被害地今日の境遇では、聲を出す能はざるに至つて居る。一體此の土地の人民は腹を立てると云ふことを知らない人民で、經濟の頭と權利と云ふ頭が乏しくなつて居る。何となれば百姓でございますから當り前に田を作り、春耕し夏耘り暑い土用に田の草を取つて、漸く七八月の頃稻の穗が出る時分には洪水が出て、是が一時に水泡に歸するのである。是は鑛毒の無い前の話でございます。鑛毒も何も無くても、洪水が出て此一時に一年の勞を水泡に歸しますからして、自分の家の經濟の豫算が常に出來ない。例へば一町の田を作れば五十俵取れる六十俵取れる、斯ふ云ふ計算をすることが出來ないから豫算と云ふ頭が無い。權利と云ふ方に參りますと、人は勞をすれば報酬を受けるのが權利であるけれども、一年働いたものが水泡に歸し、是れ天災なりと言ふて棄てなければならない。是れが何年ともなく長く其處に住んで居る所からして、皆之を天災に歸して天災と諦めて居る。腹を立つと云ふことは他の郷里の人よりも少ないのでございます。此の骨を折つた方には酬ひが來ない。一方骨を折らぬ方から酬ひが來る。何であるかと申しますと、洪水の爲に稻が腐れてしまうから米は取れないけれども、其の代はり肥料が來る、魚が多く取れる。骨を折らぬ方から報酬が來て骨を折つた方が水泡になるから、頭がめつちやになつて權利も經濟も何も無い。權利と云ふことを知らざるに非ず、知つて居るが之を天なりとして棄てることが多い。又た經濟を知らざるに非ず、知つて居るけれども豫算と云ふ頭の乏しいのはどうも據ない、土地の風俗でありますので。其上に此鑛毒と云ふものゝ來ることを知らずに居つたのが十年――第一此の鑛毒と云ふものは、洪水の時に水の中に這入つて來るのでございますからして一寸分からない。分らないで、當年は稻の出來が惡るい、是は虫のせいであろう、氣候のせいであろう。――十年經つて作物が出來なくなつて、是は鑛毒と云ふものだそうだと云ふことが見付かつた時は、最早既に間に合はない。
 尚ほクド/\しい御話でございますけれども一つ申して置くことがある。洪水は恐るべきであるが肥料が來る魚が來る、或場合、鑛毒の無い前には洪水を歡迎した位である、即ち天災を歡迎すると云ふ場合があつた。洪水が來て米も取れないが魚も取れない、双方とも取れなくなつたのは鑛毒の爲である。鑛毒と云ふものを知らずに居る事が十年で、其間鑛毒が諦めの可い天災の中に這入つて歡迎を受ける。天災の中に鑛毒が混つて來るから、十年ばかりと云ふもの知らずに居つた是れが一つ。愈々是を知つて、さて問題が六ヶしい、化學衞生權利經濟國家政治社會――斯樣な色々なものを一通り心得なければ、此事に就て聲を立てることが出來ないと云ふ問題である。此被害地の人に取ては實に至難な問題であります。次に費用の出所であります。鑛毒を知つても、請願をするとか何をするとか云ふ運動費の出場が無い。町村の自治と云ふものがもそつと發達して居りますならば、是は無論町村會で議決してやるべきものと決まつて居りますが、悲しい哉此の沿岸の町村は他の町村に比べて幾らか智識が劣つて居るものと見へ、之を矢張被害民に押付ける。被害人は災難を受けた上に費用の出所が無いから涙を呑んで默つて居たので、今日では皆之を町村費で議決して出すやうになりましたけれども、其間どうすることも出來ずに居たのである。
 もう一つは政府と云ふものはどうであるか。先づ地方官の事から御話をします。――(此時吉本榮吉演壇に趣きて田中に私語す)――豫ねて前にも申上げて置きました通り、嘸ぞ御迷惑でございませうけれども、何卒當年の如く御休の多い年柄でございますから、幸に此の被害者を御救ひ下さる御思召がございますならば、今暫く御清聽を願ひたう存じます。――偖て地方の役所では、或は天然痘が流行つて來たと云ふて大騷ぎをする、是は大騷ぎをやるのが宜い。又た桑木の植方其他蠶種に至ては微粒子の取調種々なる事に力を盡すに似合はず、此の鑛毒と云ふものに至ては知らざる如くである。十萬人の毒食する者があつても、是に一片の令達も出ない。唯だ明治十四年に早くも渡良瀬川の魚を食つてはならぬと云ふことを、當時の栃木縣令藤川爲親と云ふ人が令達を出したことがあつた。十四年に藤川縣令が未だ正直なる時代に斯樣な令達を出したのに、今日は、昨年の洪水で十萬以上の人が毒殺されるのに、何一つ鑛毒と云ふことを言つてない。此方から忠告しても爲ない。文字に書いてはならない、書くと氣が付くから差止める。斯樣な慘酷なる事で、栃木群馬二縣の人々は鑛毒と云ふことを言つてはならぬと云ふ位に、郡吏や縣官から非道な取扱を受けて居るのでございます。然らば何も彼も構はず打捨ておくかと云ふに、一方郡吏が東西に奔走して色々干渉手段を廻らして途方も無い惡事ばかり働いて居るのでございます。それで人民に聲を立てることが出來まするか。斯樣に私が御話を致しましても、若し實際毒がひどいならば人民は既に竹槍蓆旗にも及びそうなものである、蓑笠を着けて御門訴をしそうなものであると思召しませうけれども、其れが色々な事情に依り、或は縣官郡吏を擒にし、或は地方で有名な者を擒にして壓制を致しますると云ふ次第なので、是は栃木群馬の被害人民ばかりでは無い、隨分中等以上の人間も五十人三十人の團體がございましても、其の頭の方を二三人買收されると、あとはおとなしくなると云ふことは、先づ帝國議會の中には居りませぬけれども、議會の門を出ると然う云ふことがどうも行はれて居る。側から見て居ると如何にも人間の頭では考の付かないことが幾らもございますから、此の被害人民中の悧巧さうな者を捕へてしまへば、あとは聲の立たないと云ふは極つた話。斯の如き事は申したくはございませぬけれども、被害人民の爲に之を辯解するが爲には少しく申さなければならない。
 又たも一つは、有形的のものは能く人が氣付く、然れ共無形のものに至ては如何にも氣の付き方が遲かつたのでございまして、氣の付いた時にはもう事が過ぎて居た。彼の岐阜愛知の震災の如き、三陸の海嘯の如き、噴火山爆發の如きは、大抵な馬鹿でも是れは分かる。大臣や何かも飛んで行く、技師も飛んで行く。所が此の鑛毒と云ふ問題はジミなものであるからして、世間で知らない。世間で知らないは據ないが、農商務省が知らなければならぬのに、是を取締るべき所の人達が是を知らぬと云ふに至ては如何なる事であるか。先づ當り前の人間には判斷が六つかしい。尚ほ進んで申しますならば、彼の岐阜愛知の震災、また三陸の海嘯各府縣の洪水は實に慘憺たる有樣でございますが、これは天災である。此の天災と云ふものすら政府は是を處置するでございませう。此の鑛毒事件は天災に加ふるに人爲の加害がありましたならば、人爲の害は人爲で醫すると云ふことは決まつて居る。此の決まつた事をしない。分らない話である。分らない筈だ、人爲で害を與へた事を、又た人爲を以て之を掩ふことが出來るのである。地震の如き天災は人爲を以て押へることは出來ぬが、鑛毒のやうな人爲で加へた毒であるから、又人爲を以て、「毒は無い。」「毒は薄い。」請願人がワイ/\言ふのは皆な洪水を幸にして、あれも鑛毒是も鑛毒と、洪水の害を鑛毒へ引き付けるのだなど言ひ譯する。山師が金を撒き散して働けば、何分樣子を知らない人達は、先きに聞いた方を御尤に思ふのは無理のない話である。此の樣子を知らぬ諸君が反對の議論を御信じになるのは據ない事でございまするが、是を取締るべき所の役所が被害地の人民よりも譯が分らない、被害地の人民が卑屈で今日まで聲を立てぬと言ふよりは、農商務の官吏等が聲を立てぬと云ふのは、幾百倍の卑屈と云ふべきか、無學と云ふべきか、實に此の農商務の官吏に向て言ふ言葉を知らぬのである――何と言ふたら形容し盡くせるか、まさかに蛆蟲とも言へず、馬鹿野郎とも言へぬ、何と云ふ名を付けたら宜いでございませうか。
 諸君御覽なさい。關東の地面は平坦で地が廣い、實に目を遮るものが無い。此の沃野の良田數十里と云ふものが害されて、之を救ふものが今日政府の中に無いと云ふに至ては、如何でございます。諸君が常に忌む所の藩閥政府は、此良田をして沙漠たらしめたのである、沙漠となしつゝあるのである。此の綺麗な田畑淳朴な人民を、或は傷害し或は毒殺すると云ふのは藩閥政府のやり方で、藩閥政府が東北の人士を取扱ふこと斯の如く殘酷であるのでございます、如何ともすること能はざる有樣にして置いて、質問書が出たならば相當の答辯をして見るが宜しい。どう云ふ答辯が出來るか――或は是から學者を頼んで機械を買入れて毒を流さぬやうにする。――テーブル上の議論も大抵にするが宜い。人を殺して置いて、是から醫學の研究をする――そんな答辯ならば御よしなさるが宜しい。是から廿四年の質問に就て、今日まで政府が嘘を吐いたと云ふ御話を致して止むのであります。
 鑛毒と政治の關係――歴代の政府が此銅山に對しては無政府の有樣である、古河市兵衞に對しては一言も無いと云ふ政府である。從來の大臣が議院に對して詐りの答辯をしたと云ふことは、明治廿四年十二月本員等の質問に對する答辯は、以來毒を流さぬやうに機械を据付けて其れ/\準備して居る、學者も是まで掛つて心配して居ると云ふやうな答辯でありました。其年は議會が解散されて、二十五年に第二回の質問を致しました所が、其時の答辯も亦た粉鑛採聚器と云ふものを据付け、是から先きは決して毒を流さぬやうにすると立派に答辯が出て居るけれ共、それが徹頭徹尾やると云ふの誠意が無いから、第三囘の質問を出しますると、第三囘目には是等の答辯を出さずに地方官に内命を下して、地方の縣令が被害人と古河との間に這入つて仲裁を試みた。縣令たるものが、此の公益に害があり衞生に害があると云ふものを金圓を以て扱ひをする。其の扱をする言葉に、又々粉鑛採聚器と云ふ機械を据付けて毒は必ず流さないから是で承知しろ、其代り諸君にも幾らか既往の損害もあることであるから是は不充分ながら取つて呉れろと言ふから、地方の人民は皆な知事の申すことであるから之を信じて、欺かれて幾らかの金を取つた。そうして以來毒は流れて來ぬと云ふことであるから、私共の知事は有難い事であると言つて知事に禮状を發した位である。其の世話役をした縣會議員抔もありますけれども、是は未だ能く鑛毒の事を知らぬのであつた。職のある者が斯う云ふ事をやると云ふは惡るいけれども、是は知らぬでやつたことであるから敢て彼此言ふではございませぬが、知事たる者が内務省の内命を受けるとか何かなければソンな亂暴なことをやるだけの度胸を持つて居るものではございませぬから、即ち議會に於て鑛毒を流さぬと云ふことを二度まで答辯して、それで三度目の答辯が出來ないから、地方の知事を頼んで仲裁したと云ふやうな曖昧した答辯が出た位でございまするが、其時には農科大學の試驗の成績を以て第二囘の質問を致しましたから、鑛毒が無いと云ふことは言へなくなつた、鑛毒はあるに相違ないけれども未だ鑛業を停止するだけの程度に至らぬから、是の場合粉鑛採聚器を据付けて是から先き毒を少しも流さぬやうにすると云ふ答辯を致した。それで續いて知事を以て地方を瞞着し、瞞着するのみならず欺いて居る。
 明治廿六年に、どうも粉鑛採聚器と云ふものは效力の無さそうなものであるからして、質問を致さうと思つて居ると、議會が解散になつた。廿七年に質問しようと思ふと、又解散になつた。其中に日清戰爭になりましたから、此の場合は質問どころか意を枉げて之を控へて國の一致團結を圖り、外國に對して兄弟牆にせめぐことをば見せぬやうにしたのが、當時の精神であります。それで廿七八年は質問はしないのでございます。丁度伊藤内閣の時には質問しないで、今の内閣に至つて質問するやうな場合になつて來た。然るに廿七年の洪水の毒が來たから、そこで鑛業者は驚いて、廿七年十一月から郡吏を派遣して地方の人民を騙かし始めた。其瞞着の仕方と云ふものは、郡吏と云ふものが色々考えた末、郡長の内命だとか或は郡長の代理だとか言ふては出張し、人民を呼び上げて、一段歩に付き二圓若くは一圓の金を呉れるから永世苦情を言はぬと云ふ書付に判を捺せ。――一體此の欺き方が色々で、嚇すのもあるし賺すのもある。或は虚言を吐き、足尾銅山と云ふものは最早鑛脈が絶へて一年位しか持たないのであるから、今ま一圓でも二圓でも取れば取り徳だ、五十錢でも取り徳だ、是れは貴樣にだけ内證で話すのだがと云ふ樣な事を言ふ。此話が漏れて傳はるから、五十錢でも三十錢でも取り徳と云ふ競爭で、彼の永世苦情を言はぬと云ふ書付を、五圓以下一圓から二十五錢甚しきは七錢五錢、唯だ五錢取つて永世苦情を言はぬと云ふ判を捺した。群馬縣邑樂郡海老瀬村などは一村皆な然うである、一番多いのが二十五錢である。
 斯樣な譯で、色々な手段を以て欺いて、金を遣つて書付を取つたから是で苦情は無いものである、是は鑛毒地の半分以上を占めて居る抔と云ふことを、今日申して居る連中がある。彼の惡漢無頼の輩ならばいざ知らず、郡吏などが斯樣なことをやつたと云ふことに就きましては許されないことですから、日清戰爭平和の後二十九年に質問したのでございます、此處だけ質問したのでございます。是にも亦た農商務大臣は答辯しない。近頃聞く所によると、群馬縣新田郡の郡吏中某と云ふものは灌漑用水か何かで、近頃鑛業停止の請願書が大分出るさうだから古河市兵衞に掛合へば必ず金が取れる、金を取るのは此處だと言ふて騷ぎ[#「騷ぎ」は底本では「騷き」]立て、郡吏の先立で、古河市兵衞から一萬圓内外の金を取つて被害人民を胡麻化そうとしたが、然う馬鹿にされる人民許りでもございませぬから、昨今反對の大騷があると云ふ話である。兎に角郡吏と云ふ者の遣り方が此の通りだ。内務大臣と云ふものは是に就て、何故己の本領を固めて農商務大臣に御掛合は無いでございますか。甚しきは此の廿七年の十一月のことでございます。十一月は未だ日清戰爭中、海城邊の戰爭の時分で、兵隊は寒い所で凍へて死ぬ、兵糧衣服は不十分と云ふことを訴へて居る折柄、此の鑛毒被害地からも壯丁が繰出して戰場へ出て居る、此の壯丁の居ない時を附け込んで老若男女を脅かし騙して印を取つたと云ふことは、如何に金が欲しくてすると云ふても、苟も役人と云ふ肩書を持つて居る奴が、古河市兵衞の奴隸になるとは怪しからぬことで、此の人間が今日に至て未だ郡吏だとか何だとか云ふことをして居ると云ふに至ては、日本政府無し――政府があるならば斯樣な奴は嚴重なる御處分があつて宜しかろうと思ふ。それで一圓渡す二圓渡すから是へ判を捺せと迫る。其を承知して判を捺す奴は村中で一人か二人しか無い。拒んで金を取らぬ判を捺さぬと云ふ者には、壯士を差向ける、無頼漢に酒を飮まして、「貴樣が金を取らぬから外の人も取ることが出來ぬ。」と言ふて脅かす又た撲ぐる。斯う云ふ次第で外へ出ることが出來ない、而して是を撲ち打擲したのがある。暗夜でございましたから何者かを認めなかつたのは殘念だが、駐在巡査が立會つて創所の模樣をはツきり調査になつた。其の毆ぐられた方の名前は申しませう、是は栃木縣足利郡吾妻村字羽田の横塚吉五郎と申す者でございます。偶々正直な者があれば是は撲ぐる。
 群馬縣新田郡と云ふ處に金山と云ふがある、栃木縣に唐澤山と云ふがある、此處には菌が出るので、年々秋になれば尊きあたりの菌狩に御出になることがある。而して其麓の村々には鑛毒がある。明治十四年の頃北越御巡幸の際には、鰥寡孤獨を始め忠臣義僕それ/″\御賞與の御扱があつたものである。爾來御聖徳益々盛にましますのに、其麓の村々の鑛毒のある處に案内をして來る人がある。如何なる人が御案内を申すのであるか。幸ひ日本の臣民は忠直で、有難い御方の御出になるのだから道普請を始め色々心を用ひる、宮中を御怨み申す者は一人も無い。然るに此の如き場所に往つて、鑛毒を除くことの出來ない麓の、顏の瘠せて居る人民の所に菌狩の御案内をするに至ては、實に左右の者共に於ても綺麗な奴ばかり居ると云ふ譯には行かないのである。諸君、是は皇室の御爲に諸君に御訴へ申して置くのでございます。又た今日の内閣大臣諸君にも以後の所は十分御警戒あつて然るべき事と存じますからして能く御記憶御注意なさるが宜しい。
 吾々が初め鑛毒の事に就て政府に忠告を致し質問を致したのは廿四年で、其時の鑛毒地は千六百餘町歩。然るに彼れの此れのと遁辭を構へ、或は學者の力に依て鑛毒を無くするとか、或は機械の發明に依て鑛毒を流さないとか、三度まで嘘を吐いて、其中に今日は三萬餘町の廣さに及んだ。是でも未だ何か學者の力を藉りるとか機械を据付けて毒を流さぬ樣にすると云ふやうな頭を持つて居るものと見へる。然らざれば質問書の出ない前何故に鑛業を停止してしまはないか。吾々の質問は、發いて以て快とするに非ず、事實が已むことを得ないから之を訴へるのである。最早議會も六十日以上經つた今日になつて質問しなければならぬからするので、敢て好んでする質問でも無いのに、何故今日まで之を停止しないのであるか、何か答辯が出來るつもりで居るのか。それとも地方の無頼漢或は郡吏等を頼んで拇印を取れば其れで用が濟んだと思ふて居るのか。被害人民を悉く欺きおほせても國家は承知しない。被害人民が悉く二十錢三十錢の金で誑かされて判を捺しても、そんな事は國家は知らぬ、國家が承知しない。國家は大體に立つて利害の比較を見、人民の權利を何處までも保護するのである、政府が保護しなければ吾々が保護するのである。政府は帝國憲法に、「日本臣民は所有權を侵さるゝ事なし。」と明記しあることを知れる乎。鑛業條例には、「試掘の事業公益に害ある時は所轄鑛山監督署長、採掘に就ては農商務大臣、既に與へたる認可若くは特許を取消す事を得。」とある。是だけの公益を保護し臣民を保護する所の憲法々律が顯著なるにも拘らず、此の人民を保護しない。人民を保護しなければ、人民は法律を守る義務が無い。法律を守る義務が無いどころではない、政府から強て無罪なる人民に法律を守ることの出來ない樣な事を仕向けて居るのでございます。斯樣な譯でございます。政府が法律を以て人民を保護しない、公益を保護しない。人民は法律を守るの義務が無い、又た義務なからしめたのである。故に本員等は議院法に依て質問を致しましたのでございます。大臣は帝國憲法第五十五條に依り責任を以て大臣らしき御快答あらんことを望むのである。皆樣に長く御迷惑を掛けましたことを御詫び致します。

底本:「田中正造之生涯」國民圖書
   1928(昭和3)年8月20日発行
※「兩」と「両」、「囘」と「回」、「蟲」と「虫」など、旧字(古字)と新字の混在は、底本通りとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※疑問点の確認にあたっては、「田中正造全集 第七巻」岩波書店、1977(昭和52)年6月6日発行を参照しました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2003年5月13日作成
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