ちひさな鶯

 雪のつもつた
 枝から枝へ
 ちひさな鶯
 あをい羽根して
 ぴよんぴよん渡る

 小枝さらさら
 雪はちらちら
 ちらちら動いて
 羽根はあを
 あアをい鶯なぜ鳴かぬ

 うぐひすよ
 うぐひすよ
 ちひさな鶯さアむいか
 寒くばどんどと
 火にあたれ

 どんどと燃ゆる
 圍爐裏ゐろりのそばで
 默つて聞けば
 なアいた 啼いた
 ほう ほけ べちよ
 ほう ほけ べちよ


春の雨

 木の芽がふくらんだ
 窓のさきの木の芽
 木の芽のさアきに
 雫が一つ生れた

 うまれた雫
 雫がまるく光つた

 光つたと思つたら
 きらきらきらりと落つこつた

 落つこつたと思つたら
 またひとつ生れた

 木の芽 木の芽
 木の芽のめぐりに雨が降る


たんぽぽ

 たんぽぽが咲いた
 はたけのあぜ
 お地藏さんの横に
 たんぽぽの花は
 まつ黄な花よ
 まつ黄な花が
 ずらりと咲いた
 はたけの畔に
 お地藏さんの横に
 まつ黄に咲いた
 たんぽぽやたんぽぽや


雲雀

 雲雀が啼いてるね兄さん
 どこで啼いてるのだらう
 ずゐぶん澤山ゐるね兄さん
 お日さまのひかりが
 ぴちぴちはぢけてる樣だね兄さん
 聞いてゐると
 ねむくなるね兄さん
 早く走りませう
 兄さん 兄さん


春の日向ひなた

 ちいぴいちいぴい
 鳥が啼く

 ひいんこつこつ
 また別な鳥

 遠くか近くか
 柿の木か

 ちいぴいちいぴい
 ひいんこつこつ ひいんこつこつ

 窓をけたら
 太陽が ばア


櫻眞盛り

 おほきなおほきな櫻の木
 まんまんまるい花ざかり

 あつちから見てもこつちから見ても
 まんまんまるい花ざかり

 風は吹けども花散らず
 小鳥とべども花散らぬ

 おほきなおほきな櫻の木
 まんまんまるい花ざかり


櫻散る散る

 昨日もひらひら
 今朝もひらひら
 今もひらひら
 櫻ひらひら
 ひらひらひらひら
 千散り
 萬散り
 千萬散り散り
 散つても散つても
 散り盡きない


けらのねぼけ

 あぜの穴からひよつこりと
 けらが一疋とび出して
 『今晩は、今晩は』と云ひました
 空には霞んだ月ばかり

 返事がないのでこそこそと
 おほきなお尻を振り向けて
 いま出た穴へと入りました
 おほかたねぼけでござりましよ




 まいにちまいにち
 見てをれば
 お庭の蟻も
 かはゆくなる
 蟻よ蟻よと
 こちらで云へば
 返事しいしい
 頭ふりふり
 せつせとこちらにやつて來る
 蟻に御馳走
 やりませう


夏のけしき

 槍持やりもち 旗持はたもち
 眞白まつしろ 小白こしろ
 雨の行列ぎやうれつ
 川の向うを急いで通る

 雷は峠を越えて
 雨の行列も行き過ぎ
 山から山に
 虹の橋が懸つた


富士の笠

 富士が笠かぶつた
 饅頭笠かぶつた
 雲の笠かぶつた
 富士が笠かぶりや
 伊豆の沖から降り始め
 駿河するがの濱邊を降りかすめ
 相模さがみの國に降りぬけて
 甲斐かひの山々降りつぶす
 大雨小雨
 土砂降どしやぶり小降り
 富士が笠かぶつた


はだか

 裏の田圃たんぼ
 水いたづらをしてゐたら
 蛙が一疋
 草のかげからぴよんと出て
 はだかだ はだかだと鳴いた
 やい蛙
 お前だつてはだかだ


ダリヤ

 ダリヤ、 ダリヤ
 赤いダリヤ
 大きなダリヤ

 あたいの顏と
 くらべて見たら
 あたいの顏より
 大きなダリヤ
 眞赤まつかなダリヤ


秋のとんぼ

 茅萱ちがやのうへに
 ほろほろと
 きいろい
 胡桃くるみの葉が落ちる

 茅萱の蔭から
 ゆめのよに
 赤い蜻蛉とんぼ
 まアひ立つ

 とんぼ可愛や
 夕日のさした
 胡桃の幹に
 てとまる


百舌鳥もずが一羽

 あははたけ
 百舌鳥もずが一羽
 雀の眞似して
 啼いてゐたが
 雀は來ぬので
 ひろい黄いろい粟畑越えて
 向うの山にとんで行つた


雪よ來い來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 寒いお手々をたたいて待つた
 雪よこんこと降つて來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 さむい天からまん眞白に
 ちいろりちろりと降つて來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 さむいお手々は紅葉のやうだ
 雪のうさぎがこさへたい


冬の畑

 冬のはたけは土ばかり
 なんにも見えない土ばかり
 見えない向うに五六本
 青い大根の葉がみえる
 大根の蔭からパラパラパラ
 砂をまいたよに
 空の青いのに
 雀がちゆんちゆとまひたつた


八兵衛と兎

 八兵衛はちべゑ なまけもの
 おかかに叱られて
 鐵砲かついで
 お山に出かけた

 八兵衛 近眼ちかめ
 よぼよぼの爪先つまさき
 兎を三疋
 見つけた

 八兵衛 有頂天うちやうてん
 鐵砲おろして
 一發ずどんと
 身構へた

 八兵衛 あわてもの
 おかかに叱られて
 うちを出るとき
 とんと彈丸たまを忘れた

 兎 横着わうちやく
 それと見てとつて
 逃足かへして
 云ふことに

 八兵衛 はげあたま
 御飯ごはんのお釜の蓋とつて
 もんももんもと
 湯氣出した

 その湯氣なんになる
 草葉に宿つて露となる
 きらきら輝く露となる
 その露嘗めろ

 ウワツハツハ
 ウワツハツハ
 やアい八兵衛の禿頭
 禿げた處をなめて見ろ

 なアめた なんの味
 澁い腐つた柿の味
 その柿捨てろ
 八兵衛の頭にぶつつけろ

 つうけろ つけろ
 禿げた處に土つけろ
 つけて見たれば草えた
 ぴんぴん草がちよいとえた

 はアえた えた
 八兵衛の頭に毛がえた
 八兵衛わアかいぞ
 わアかいぞ若いぞ

 八兵衛もとよりうかれ者
 いまは鐵砲投げすてゝ
 餅つく兎の腰つきで
 ウワツハツハ ウワツハツハ

底本:「若山牧水全集 第九卷」雄鷄社
   1958(昭和33)年12月30日発行
初出:「小さな鶯」弘文館
   1924(大正13)年5月
入力:小川幸子
校正:土屋隆
2009年4月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。