あるくにに、戦争せんそうにかけてはたいへんにつよ大将たいしょうがありました。その大将たいしょうがいるあいだは、どこのくに戦争せんそうをしても、けっしてけることはないといわれたほどであります。
 それほど、この大将たいしょう知略ちりゃく勇武ゆうぶにかけて、ならぶものがないほどでありました。それですから、よくほかのくに戦争せんそうをしました。そして、いつもったのであります。
 あるとき、となりくに戦争せんそうをしました。それは、いままでにないおおきな戦争せんそうでありました。そして両方りょうほうくに兵隊へいたいが、たくさんにました。となりくにでは、今度こんどばかりはたなければならぬといっしょうけんめいにたたかいましたけれど、やはりだめでした。そして、とうとう最後さいごけてしまいました。けれど、さすがのつよ大将たいしょうも、今度こんどはやっとったというばかりで、みな家来けらいのものもなくしてしまいました。
 大将たいしょうつかれて、のこったわずかなひとたちとともに、みやこをさして戦場せんじょうからあるいてきました。そして、戦争せんそうのためにれはてた、さびしいところをとおらなければなりませんでした。もりはやしも、大砲たいほうけてしまったところもあります。ひろ野原のはらに、青草あおくさひとつえないところもあります。まったくむかしと、あたりの景色けしきがすっかりわっていました。
 あるがた大将たいしょうは、まったくみちまよってしまったのであります。

 このとき、あちらからきはらした、まずしげなおんながやってきました。そのおんなは、もうだいぶのとしとみえて、頭髪かみのけしろうございました。
 大将たいしょうは、おんなめて、みやこへゆくみちをたずねました。
「あなたは、どなたさまでございますか。」と、年老としとったおんなは、きはらしたげてたずねました。
「おまえは、おれらないのか、今度こんど大戦争だいせんそうをして、ついにてきかした、大将たいしょうおれだ。」と、大将たいしょうはいわれました。
 年老としとったおんなは、じっとそのかお見上みあげていましたが、
「あなたは、地図ちずをおちにならないのでございますか。」ともうしました。
「ああ、この大戦たいせんでみんなけてしまった。」と、大将たいしょう激戦げきせんさまおもかべてこたえられました。
 すると年老としとったおんなかんがえていましたが、さびしいほそみちゆびさして、
「これを、まっすぐにおゆきなさるとゆかれます。」ともうしました。
 大将たいしょうは、わずかな家来けらいれて、そのみちいそがれました。けれど、どこまでいっても人家じんかがありません。やっとたどりついたところは、いつか激戦げきせんのあった、おもしてもぞっとするような戦場せんじょうであって、ものすごいつきひかりらしていたのであります。

「こんなところへきては、うしろへもどるようなものだ。あのおばあさんは、うそをいったな。」と、大将たいしょうおこられました。その野宿のじゅくをして、翌日あくるひ、またそのみちかえしたのです。
 今度こんどは、あちらから、しろ着物きものをきて、かみみだしたはだしのむすめがきました。大将たいしょうは、そのむすめめられました。
おれは、大将たいしょうだが、みやこほうへゆくみちは、どういったがいいか。」と、おたずねになりました。
 むすめは、かなしそうなかおつきをして、大将たいしょうかおをながめていましたが、
「このみちをまっすぐにゆきなされば、あなたのおぼしなさるところへられます。」ともうしあげました。
 大将たいしょうは、うなずかれて、このむすめ正直者しょうじきものらしいから、けっしてうそはいうまいとおもわれて、むすめゆびさしたみちいそいでゆかれました。
 やはり、どこまでゆきましても、人家じんからしいものはあたりませんでした。やっと、たどりくと、そこはまだあたらしい墓場はかばで、今度こんど戦争せんそうんだひとのしかばねがうずまっていて、つちいろ湿しめっていたのでありました。
おれは、こんなところへきたいとおもったのでない。じつに不埒ふらちなやつらだ。なんでこの名誉めいよあるおれを、みんながあざむくのだ。」と、さすがの大将たいしょうも、ひどくおおこりになりました。

 また、すごすごと、大将たいしょうはきたみちをもどらなければなりませんでした。
 そのうちに、いつしか、そのれかかったのであります。すると、あちらから、おじいさんが、つえをついてきました。大将たいしょうはそのおじいさんをめて、自分じぶん大将たいしょうであるが、みやこかえろうとおもってみちまよって、二人ふたりおんなたちにみちをきいたら、みんなうそをいったが、それはどういうものだろうとわれたのであります。
 おじいさんは、つえにすがって、ばしながらこたえました。
年老としとったおんなは、母親ははおやであって、その子供こども戦争せんそうにいって、んだのをふかかなしんでいるからでありましょう。」とこたえました。
「そんなら、むすめは……。」と、大将たいしょうわれました。
 おじいさんは、
「そのむすめは、結婚けっこんして、まだもないのであります。それをおっと戦争せんそうにいって、んだのをふかかなしんでいるからでありましょう。」とこたえました。
 おじいさんは、大将たいしょうに、みやこにゆくみちをていねいにおしえました。大将たいしょうは、今度こんどは、まちがいなくみやこかえられました。そして、たかくらいのぼりましたが、大将たいしょうは、また一めんにおいて人情にんじょうにもふかかったひとで、んだ人々ひとびと同情どうじょうせられて、ついに大将たいしょうしょくして、隠居いんきょされたということであります。

底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社
   1976(昭和51)年11月10日第1刷
   1977(昭和52)年C第3刷
※表題は底本では、「強(つよ)い大将(たいしょう)の話(はなし)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:江村秀之
2013年9月8日作成
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