山の上には雲が流れてゐた

あの山の上で、お弁当を食つたこともある……
  女の子なぞといふものは
  由来桜の花弁はなびらのやうに、
  よろこんで散りゆくものだ

  近い過去も遠いい過去もおんなじこつた
  近い過去はあんまりまざまざ顕現するし
  遠いい過去はあんまりもう手が届かない

山の上に寝て、空をみるのも
此処にゐて、あの山をみるのも
所詮は同じ、動くな動くな

あゝ、枯草を背に敷いて
やんわりぬくもつてゐることは
空の青が、少しく冷たくみえることは
煙草を喫ふなぞといふことは
世界的幸福である

底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店
   1968(昭和43)年12月10日改版初版発行
   1973(昭和48)年8月30日改版13版発行
入力:ゆうき
校正:ばっちゃん
2012年2月9日作成
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